予定調和
「……ありがとう。じゃあ前向きに頑張ってみるわ。それでもどうしても仕方なくて、スティーブンにお願いすることになったら、そのときは引き受けてくれるってことで良いのね?」
「ああ勿論。君がそれで良いなら。子爵から正式に話を貰えれば。引き受けるからには精一杯務めるよ」
覚悟を決めたような重い表情でスティーブンが言うのを見て、ああやっぱりこれは浮かれる類の話ではないのだなと悟った。
これは契約の打診であり、恋愛ではない。
「本当にそれで良いの? スティーブンは私のこと何とも思っていないのに、急に結婚だなんて、本当に大丈夫?」
「何とも思ってない、わけないだろ。クレアのことは、妹のように大事に思ってるし、気心の知れた友人だとも思ってる。だから唐突な結婚話に、正直戸惑ってるよ。急には切り替えられない。けどそれは徐々に、意識を変えていければいいと思う」
さすがスティーブンお兄ちゃま。
ド正論で、誠実な受け答えだ。
だけどやっぱり私は地味に傷ついた。
つまり、女としては見られないとハッキリ言われたのだ。
「意識して」「努力すれば」変えられる余地はある、と。
複雑な心境で俯く私を元気づけるように、スティーブンお兄ちゃまが言った。
「大丈夫だ。君ならもっといい人が見つけられる。探さずとも、きっと向こうからやって来るさ。子爵家が特別な事情で急きょ婿を必要としていることを聞き知れば、名乗りを上げる者も出てくるはずだ。よく吟味して――ああでも、少しの妥協も必要だとは思うが、いい人をお選び。いつでも相談に乗るよ」
なんて優しくて、なんて鈍感なんだろう。
妹のように思っている私が、お兄ちゃまのことを異性として好きである可能性に1ミリも触れないなんて。
「分かったわ。でも、お兄ちゃまのことをいざというときのための保険としてキープしておいて、他にいい人ができたらそっちと結婚するなんて、ひどい話よね。お兄ちゃまの1年は無駄になるんだもの」
「ひどくないし、無駄じゃない。クレアが安心して前へ進むために、後ろで控えているってことだろ。君が幸せになるなら、それが一番嬉しいよ。どちみち俺の1年なんて、気付いたら勝手に過ぎてる。仕事しかしてないしな」
「でももしかしたら、ある日運命の恋に落ちて、好きな人ができるかもしれないわ。そうなったら後悔するはずよ。私のお願いを聞いてしまったことを」
「そんな出会い、ないさ。言っただろ、警ら隊員には出会いの場がないって。寮の食堂の女性に贔屓されたのされてないだので、やんや言われるくらいだ」
スティーブンが苦笑した。
「俺の心配はいい。君は君のことを一番に考えろ」
きゅっと胸が痛んだ。
本当の気持ちを何一つ口にできず、スティーブンと別れてから激しく後悔した。
ああ、どうしてあそこでもっと可愛く言えなかったのか。
どうして「仕方ないから」風を装ってしまったのか。
もっと素直に、スティーブンのことをとても好ましく思っているから、どうか結婚してくださいましとお願いできたら、どんなに可愛げがあったか。
お兄ちゃまもそれに絆されて、もしかしたらぐっときて、恋心が芽生えたかもしれないのに?
って、そんな都合よくいくわけないよね。
お兄ちゃまからしてみれば、赤ん坊の頃から知っている親戚の少女だ。
逆に、ずっとそういう目で見ていたのだと告白されて、もし前世の記憶を思い出す前の私なら、ちょっと気持ち悪いと思ったかもしれない。
以前の私は、スティーブンのことを異性として意識したことが無かったからだ。
前世の記憶を取り戻し、この世界が創作物であると知ったために、自分自身のことを含め周囲の人々を客観視できるようになったからこそ、スティーブンの男前度を再認識したに過ぎない。
それが無ければ、今もスティーブンのことはただの優しい親戚のお兄ちゃんだと思っていただろう。
しばらく疎遠だったし、思い出して再会することも無かったのかもしれない。
前世の記憶によって、私の意識が変わったのだ。
でもスティーブンは変わっていない。そのままだ。それは勿論スティーブンのせいではない。
私が勝手に唐突に恋心を芽生えさせて、勝手に期待を膨らませて、予定調和のごとく失恋した。
それだけのことだ。




