救世主ですか?
「来るとき馬車の中でした約束、覚えてる?」
スティーブンが落ち着いた小声で言った。
「え?」
はっと気付いた。
時間稼ぎするから、その間に逃げろと言っているのだ。
だけど、どうやって?
1人で逃げ切る自信もないし、スティーブンを置いて逃げるなんてできない。馬車の中でもそう言ったはずだ。
もし上手く私だけ逃げられたとしても、その後にスティーブンがどんな目にあうか分からない。
小さく首を横に振ったとき、背後から
「あのー、ちょっとすみません。待ってください」
という声がかかった。
警備の3人と連行される私達一同、足を止めて、追ってきた者をジロリと見た。
「あのー、その女の人は別にいいんじゃないんですか。お咎め無しでも。喧嘩したのは男性2人でしょう? パートナーも同じように取り調べるっていうなら、片方だけ不公平じゃないですか。ていうか、俺、その女の人と遊びたいです。貸してくれません?」
へらへらした口調のふざけた男の出現に面食らった。
仮面を着けているため顔は半分見えないが、見える範囲の口元は髪と同色の焦げ茶の髭で覆われている。声の感じと全体の雰囲気から、三十路手前くらいと推測できる。
「結構です」と即答した。
「いや、そう言わずに〜。ねえ彼氏。君だけトマトオムレツが大きいなんてズルいんじゃない?」
ふざけた髭男がスティーブンに向かって言った。
え、どういう意味??
ぽかんとする私とは違い、スティーブンは何かを感じたようだ。
「分かりました。あなたに任せます」
勝手な了承をすると、仮面越しに私を見つめて、「彼と待っていて。大丈夫だから」と言った。
有無を言わせない、強い光をともなった誠実な瞳に、私はこくりと頷いた。
スティーブンが大丈夫と言うなら、きっと大丈夫。そう信じよう。
「オッケー、任せといて。じゃあ彼女お借りしますねー」
「分かりました。あなたの言うとおり、御仁への追及のみとしましょう。一方のお連れ様だけでは不公平ですし」と黒服のリーダーが納得した。
「それとも公平に、もう一人のお連れ様も呼びましょうか」
「いやいいっ、それはやめてくれっ」と変態仮面のオジサンが声を荒げた。
髭男が私の腕を取り、さあ行こうと促した。スティーブンと視線を交わし、後ろ髪を引かれる思いで踵を返した。
長い廊下を少し歩いたところで髭男はぱっと私の腕を離すと、
「ったく、世話が焼けるな」と吐き捨てるように言った。
「お前たちが何でここにいるのか説明してもらおう。まさか、乱交パーティー目的ではないだろ? それならそれで構わんが、いや、良くはないな。親父が親父なら、娘も最悪だな」
目が点になった。
この声、この言い方、この感じの悪さ、私とお父様へのありありとした嫌悪感……誰かっぽいな。
身に覚えがある。この髭男に見覚えはないけれど……まさか
「ま、マークス様……?」
私の知っているマークス様とはあまりに別人で、しかしこの言動はマークス様そのものだ。
恐る恐る確認をすると、
「ここでその名を出すな。変装してる意味」
と叱りつけるように仰った。
まさかの!
本当にマークス様!
えっウソっ、何でマークス様が!?
「マークス様こそどうしてこちらに?」
わざわざこんなもっさりとした変装までして。
「呼ぶなと言ったそばから呼ぶな。お前は馬鹿か」
「じゃあ何とお呼びすれば」
「ここではアレクと呼べ」
「かしこまりました、アレク様。アレク様はどうしてこちらに?」
「それを訊いてるのはこっちだ」とまた怒られた。




