何が始まりますか?
招待状裏に記された雑な地図を頼りに会場へ着いた。
高い塀に囲まれた大きな2階建ての邸宅だ。立派な門の前には2人の門番がいる。
レンタルの辻馬車を返し、仮面を着け、スティーブンのエスコートで受付へ進んだ。
受付では招待状を見せ、外套や上着を預けた。仮面に夜着という、指定のドレスコード姿になった上で会場へ入る。
危険な物を持っていないかというボディチェックは女性が行った。
その案内人の女性もネグリジェ姿で仮面を着けている。濃い紫色のネグリジェが何とも妖艶だ。
会場へ向かう廊下は薄暗く、案内人の女性の持つキャンドルの灯りで照らしながら進んだ。
暗くて知らない場所というだけで少し心細いが、隣を歩くスティーブンがピタリと寄り添い、がっちりと逞しい腕でエスコートしてくれているのが救いだ。
会場は大きな広間だった。会場もまた薄暗かった。大きなテラス窓があるため、そこから射し込む月の光によって照らされているだけで、人為的な明かりは少なく思えた。
暗くて静かだ。しかし多くの人の気配が立ちこめている。ひそひそと囁くような声が聞こえる。
見れば広間のあちらこちらに3、4人掛けのカウチソファーが置かれている。
向きも並び方もソファー同士の間隔もバラバラだ。ソファーの形や色も統一されていないようだ。暗くてよく見えないけれど。
「どうぞ、適当に空いているお席にお座り下さい。もうじき始まります」と言い置き、案内人の女性が去って行った。
「とりあえず、あそこに座ろう」とスティーブンが私を誘導した。
場の空気に従い、そうっと動いて静かに腰を下ろした。
「ねえ、何なのここ。何が始まるのかしら」
ヒソヒソ声でスティーブンに耳打ちした。
こんなに暗くて静かでは、お気に入りの夜着を見せ合ってはしゃぐ雰囲気ではない。
ダンスをするための場でもないようだし。
「さあ。もうじき始まると言うなら、少し待ってみるしかないな。目は暗さに慣れてきたな。慣れれば結構明るいな」
確かにスティーブンの言うとおり、最初は暗いと思ったが、目が慣れれば段々くっきりと見えてきた。
他のソファーにもカップルが座っている。仮面に夜着姿の他人。会場の異様さも相まって、非日常感が増す。
「レディース&ジェントルメンっ」と突然場違いに大きな音声が流れてきた。
ビックリして声の方に目を向け、会場の奥が壇上になっていることに気付いた。
「ようこそおいでくださいました。さて本日も皆様のためにとっておきの品をご用意しました。この機会に是非お求め下さい」
壇上に立つ司会の男は夜着ではなく、きっちりとした三つ揃いスーツを着込んでいる。しかし変な仮面を着けて、顔を隠している。
いったい何が始まるのかと注目していると、壇上だけが明るく照らし出された。
そして手押しワゴンに乗せた「とっておきの品」が次々と出てきて、競売にかけられた。
薄暗い会場のあちらこちらから手が挙がり、希望の買値額が飛び交った。
あ、そうかこれは――…
「オークション?」
「だな。表立って外に出せない品の」とスティーブンがヒソヒソ声で答えた。
えっ、と思わず大きな声を上げそうになって抑えた。
「それって、盗品ってこと?」
「ああ。さっきの記念金貨数点セットは、先々月に資産家の自宅から盗まれた物だ。被害届に見覚えがある」
「だからみんな顔を隠してるのね。身元を隠した集まりで、盗品を売りさばくオークション……犯罪だわ!」
「ああ。カイザーを詐欺罪で立件するのは難しくても、もしかしたらこっちで引っ張れるかもしれないな。この盗品オークションに関わっていれば、だが」
「カイザーって?」
「例の怪しい投資話グループのリーダーだ。偽名だが、カイザーと呼ばれている」
「まあ、大層な偽名ね」
「カイザーは今日ここへ来ているはずだ。どいつがそうか、分かれば近づきようもあるんだが……」
「ねえ、カイザーがこのオークションを見に来ているのは、きっとカモを見つけるためよね? 大金を持っていて、悪いことに手を出すのに躊躇しない、そういう客はカモにするのに打ってつけだもの」
「ああ、そうだな」
「じゃあ私たちがカモ候補になれば、向こうから接触してくるんじゃない?」
「確かに。けど、そのためにこのオークションに参加しろって? それは駄目だ、犯罪だ。第一、参加しようにも資金がない」
「資金なら私が出すわ。手持ちの現金はないけど、このペンダント、そこそこのお金になるはずよ」
「いや、やっぱり金の問題じゃない。盗品のオークションには参加しない、犯罪だ」
そうこう言っているうちにオークションは終わってしまった。
一応、高額の落札者たちをできるだけ覚えておき、彼らに接触しようとする者が現れるか、注意することにした。
といっても落札者はみな夜着に仮面で、会場は薄暗いため、人物を特定して記憶しておくのも難しく思える。
今は座っている位置や、何となくの特徴で覚えておけるが、それらはいつでも曖昧になり得る。




