マークス様の突撃訪問
翌々日、我が家を訪ねてきたトリスタン様にビックリした。
グーチさんと話し合った結果、『リズ姫の初恋』というネーミングが正式に決定した旨を伝えにいらしたのだ。
初恋という言葉は一般的だが、『リズ姫』という固有名詞を考えたのはグーチさんなので、それを手柄と捉えて了承してくれたそうだ。
そのことを伝えにわざわざ出向いてくださるとは。
大恐縮する私と家の者に、トリスタン様は穏やかに微笑んで、
「ちょうどこの辺りに来る用事があったので。約束も取り付けずに、突然来てしまって申し訳ない」
と本当に申し訳なさそうに仰った。
突然いらしたことには勿論驚いたが、さらにぎょっとすることに……
「ああ、こちらは私の兄の……」
「もっ勿論存じ上げております! マークス様。私はデイヴィー子爵家の一人娘、クレアと申します」
深々と貴族令嬢式のお辞儀をした。
「知ってるよ。来てるんだから」と冷めた声が返ってきた。
私も知っている。
マークス様ってこういうお人だ。
見た目はトリスタン様とよく似ていて、双子かと見まがう。トリスタン様の二つ年上のお兄様。
ピンクがかった金髪に、ブルートパーズ色の瞳。整った顔立ちで超絶麗しい。
双子のように似ているお二方だが、見分けはすぐつく。
マークス様の方が少し小柄で髪が長めで、そしてとっても感じが悪いからだ。
同じような顔をしているのに、トリスタン様には穏やかな愛くるしさがあり、マークス様にはそれが皆無だ。
氷のように、ひやりとする冷たさを備えている。
そこがまたクールビューティーで素敵♡と、マークス様派のファンも多いのは知っている。
でも私は断然、トリスタン様派。
それに私は知っている。
この大衆にはツンとしているマークス様が、どストライクでどタイプな女性に対してだけは、手の平を返したようにデレることを。
社交場で群がる女たちに対し、公平に無難に接して距離を置くのがトリスタン様で、思いきり好き嫌いを出すのをはばからないのがマークス様だ。
そしてその、どストライクのどタイプの女性っていうのが、いかにもな。小さくて可愛らしく弱っちろそうな、The守ってあげたいタイプ。
はいはい、私とは真逆ですとも。
けどだからって、初めの挨拶からこんなにツンケンしなくても。
と内心不満に思っても、相手は領主様のご令息で、トリスタン様のお兄様だ。
ですよね〜アハハハと渇いた笑いを浮かべるしかない。
「私はトリスタンとは別件だ。子爵は不在なんだな。出不精のくせに今日に限って外出してるとは、運がいいな」
チッと舌打ちか聞こえそうな表情でマークス様が吐き捨てた。
運がいいとはどういう意味だろう?
分からないけど、確かにそうだ。
お父様は家に居ても大抵だらけている。
だらしない格好でダラダラしていて、昼間からお酒を飲んで寝ている日もある。
そんな日に抜き打ち訪問されなくて良かったとほっとする。
平謝りするニコライと使用人たちに見送られ、マークス様はお帰りになった。
マークス様もトリスタン様も、今日は馬車ではなくそれぞれ馬に乗っていらしたのだ。
「兄はいつもあんな調子でね。悪気はないんだ。大目に見てほしい」
「いえっ…トリスタン様! マークス様はハッキリきっぱりされてて、清々しいお方ですわ」
そう、まさに清々しいほどの感じの悪さ。
そう思えば、不思議と許せる。まあ許すも許さないも無いけども。領主様のご令息ですから。
「あのー、マークス様が父に用事というのは……建設に関するお仕事のことでしょうか?」
お父様は領土内の公共工事に関する部門の長官だ。名ばかりのお飾りだけど。
実質の業務を取り仕切っているのは有能な部下たちで、彼らはきちんと毎日然るべき所へ顔を出して働いている。
業務に関することなら、そちらへ聞いた方が絶対に確実なのに、どうしてお父様の所へ……しかもアポ無し突訪で。
「だと思うが、兄の管轄に私は不干渉で、詳しくは聞いていない。すまないね」
「いえ、とんでもないです。こちらこそ、申し訳ありません。せっかくお越しいただいたのに、父がおりませんで……」
本当に良かった。だらしなく昼間から酔い潰れているような姿を見られなくて。
だけど嫌な予感がする。
もしかして、お父様が怪しい儲け話に手を出そうとしていることが、どこかから耳に入ったのでは?
それならそれで良いことなのかしら?
領主様のお耳に入って、厳重注意を受ければ、お父様も詐欺被害に遭わずに済む。
だけどその場合、注意だけで済むかしら。
領主様の補佐役でありながら、本業をおろそかにして、怪しい副業に手を出そうとしていたのですもの。
罰せられると考えるのが相当な気がする。
軽い罰ならいいけれど……最悪の場合、役を解かれるとか!?




