シェフの気まぐれランチ
家に戻ると、執事のニコライがスティーブンからの伝言を預かっていた。
明日は仕事が夜勤なので、昼に一緒に食事をしようとのこと。
例の件について、何か進展があったという報告に違いない。
私のウキウキした様子に、ニコライが少し渋い顔をした。
お母様から、私がスティーブンと親密になり過ぎないようにと、注意を受けているのかもしれない。
そんなの関係ないもんね。
「心配いらないわ、ニコライ。お昼に外で食事をして帰ってくるだけよ。親戚だもの、おかしなことではないわ」
釘を刺される前に先手を取る。
大体お母様は、娘を心配するわりには家を空けすぎる。
自分はお茶会だのサロンだの、ショッピングだのプチ旅行だのに忙しくしておいて、娘の行動を細かく縛るなんて、ナンセンスの極みだ。
家でぐうたら過ごすのが好きなお父様と、外で遊び歩くのが大好きなお母様。
2人とも共通しているのは、一人娘には格上の金持ち男を捕まえてほしいという望みはあるが、娘自身への関心は薄いということだ。
お金と口はたっぷり出すが、手間暇はかけない。せっせと子どもの世話をしてきたのは、お金で雇われた使用人たちだ。
育児放棄の両親でも、潤沢なお金さえあれば何とでもなる、という見本のような家庭だ。
お金のある家に生まれて良かったと心底思うが、それが今や無くなろうとしている。
近い将来、うちは貧乏になって借金をして、それを返済するために爵位と娘を売ってしまうのだから。
何としても阻止しなくては。
頼むよ、スティーブンお兄ちゃま!
どうか良い進捗状況が聞けますように!
翌日のお昼、指定されたレストランの貸し切り部屋でスティーブンと向かい合い、私は改めてそう祈った。
シェフの気まぐれおすすめランチコースを二人分オーダーし(ちなみにグローリアは馬車に待たせている)、スティーブンはおもむろに本題を切り出した。
「子爵に例の話を持ちかけた人物は、チェス仲間の誰かじゃないかって言ってたよね」
「ええ」
お父様から聞き出すことは出来なかったが、多分そうだろうと推測し、スティーブンに話したのは私だ。
何しろ、引きこもり気味のお父様は外での新しい交流に乏しく、訪ねてくる親しい人間といえば、昔からのチェス友達だ。3人いる。
「当たりだったよ。そのうちの1人で建設団の副団長、オスニエル・ジョナス・レインが、子爵に話を持ちかけた人物で間違いなさそうだ。しかし君も言っていたように、レイン氏も騙されていて、黒幕はもっと上にいる。知っての通り、レイン氏の建設団は、子爵へ便宜をはかる見返りで、子爵の推薦を得て大きな工事を請け負っている。持ちつ持たれつの関係だ。そんな大事な相手に、悪い話を持って行くわけがないからね。良い話を内密に教えて、さらに恩を売ろうと考えたわけだ。自分も儲けられるし、一石二鳥だと」
あーね、よくありそうな話だ。
馬鹿じゃないかなと思うけれど、欲に目が眩んだら冷静な判断力を失ってしまうのだろう。
楽に大儲けしたいと豪語したお父様を思い出した。
うん、そりゃ誰だってそうだ。それがいいに決まってる。だけど――
妙にモヤモヤとして、その理由にはたと気付いた。
私は?
私はどうなの?
お父様とそのお友達に馬鹿だなあと呆れる己は、ただの無職だ。全身全霊、親のすねかじり。家事手伝いもしていない。
いつまでたってもメイドにお世話をしてもらい、お母様のように浪費するだけの存在。
それが貴族の婦女子たるものだと言われれば、そうなんだけど……。
「ごめん、デリカシーのない発言をした」
深刻な声色に視線を戻すと、スティーブンがひどく苦い顔をしていた。
「いきなりこんなことを聞かされて、ショックだよな。すまない。ただ言いたいのは、子爵もレイン氏も騙されている被害者だということだ。悪い奴は別にいる。そいつを暴き出して、白日の下に晒してやる」
スティーブンは決意を込めた瞳で、私に誓った。
「だから君は何も心配するな」
その静かに強い光をたたえた瞳にぐっと胸を鷲掴みにされかけたとき、「失礼しまーす」と朗らかな声が響いた。
「前菜のスープとサラダをお持ちしましたぁ」
テーブルに配膳された『本日のシェフの気まぐれサラダ』を目にして、ぎょっとした。
トマト!




