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クマのぬいぐるみ

3日後、リズノール伯のお城を再訪した私は、トリスタン様の取り計らいでお父様と丸く収まった。


苺増産プロジェクトの提案者はお父様と認定され、計画が上手く行けば報奨金をいただけることになった。

苺ハウス建設の最高監督者にはお父様が任命された。

これでもう変な投資話に気持ちが向くこともないだろう。


そう安堵したのも束の間。

帰りの馬車の中、上機嫌のお父様に私がそのことについて探りを入れると、途端にむっとした顔をした。


「まだそんなことを言っとるのか。詐欺などではない。女には分からぬだろうが、男には誰に反対されようとも勝負せねばならぬときがあるのだ」


まだそんなことを言っとるのか?

それはこっちの台詞です。

勝負どきはそこじゃないだろ、絶対に!


と内心で激しいツッコミを入れつつ、しとやかに困惑してみせ、やんわりと意見した。


「でもお父様、今度の件で報奨金をいただけるそうですし、工事の段取りでお忙しくもなるでしょうし、他事をなさる暇など……」


「あるに決まってるだろう。新しい工事がいくら増えようが、私は名ばかりの長官なんだぞ。働くのは下々の者だ。それにこの度の報奨金など大した額ではないし、貰えるのも先の話だ。そんなものに期待しておらん。私はもっとどかんと儲けたいのだ。楽にな」


うわぁ、我が親ながら引く。

しかしお父様の立派なところは、この屑のような台詞を何の卑屈さもなく、堂々と威張って言えるところだ。


そんなお父様に特に疑問を抱かず、さすが貴族の家長だと誇りにさえ思っていた、今までの私よ。

ああこの親ありて、この悪役令嬢むすめありか。納得だ。


お父様に忠告しても聞く耳持たず。

ならやはり詐欺グループの正体を暴いて、騙されていることを分かっていただくしかない。

あれから音沙汰がないけど、スティーブンの調査は進んでいるのかしら?


帰り際、トリスタン様が「これからも何かあったら何でも言ってほしい」と言ってくださったことを思い出した。

あのお優しく、ご聡明なトリスタン様なら、内密に相談に乗って下さるかもしれない。スティーブンより権威がある分、さくっと調査して下さるかも。


だけど、と思った。

やはりトリスタン様には、お父様がアホだとは知られたくない。お父様のお立場上、面子があるし、下手を打てば副業に手を出そうとした罰がリズノール伯から下されるかもしれない。


だから、スティーブンお兄ちゃまに頼ったのだ。親戚で幼なじみで、安心できる。


それに一度スティーブンに任せると決めたのだから、その結果報告も待たずに他の手に頼るのは、あまりに節操がない。

音沙汰がないのは不安になるが、あれからまだ10日しか経っていないし。

引き受けたものの何もしていない、という可能性は、スティーブンに限ってはないと断言できる。


スティーブンは、出来ないことは出来ないとハッキリ断るし、一度引き受けたからには生真面目にやり遂げる性分だ。


あれは昔――私の6歳の誕生日。

スティーブンが贈り物をしてくれるというので、私は街中のショーウインドウに飾ってあるでっかいクマのぬいぐるみをリクエストしていた。

しかし、いざスティーブンがそのクマを買おうとしたところ、直前に売れてしまっていた。

そのクマは特別生産品で、その店にも展示していた一点しか売っていなかったのだ。


スティーブンはあちこち他を探したがどこにも売っておらず、ワガママ娘の私は、絶対にそのクマでなくては駄目だと癇癪を起こした。


そしてスティーブンが奇跡的に見つけたのは、近々開かれる「トマトの大食い大会」の案内だった。

その優勝賞品が、私の欲しがっていたクマのぬいぐるみだったのだ。


スティーブンは大会の主催事務局を訪ね、賞品を譲ってほしいと頼み込んだが、大会主催者の答えはこうだった。

ヘイボーイ、賞品が欲しいなら優勝するしかないね☆


スティーブンは私のワガママを叶えるため大会に出場し、すごい意地を見せて優勝した。

しかしそのときにトマトを食べすぎたせいでお腹を下し、数日間苦しみ、トマトアレルギーになってしまったのだ。

火を通したトマトは大丈夫だが、生のトマトは見るだけで気分が悪くなるらしい。


そこまでして手に入れてもらったクマのぬいぐるみだが、私は大事にしなかった。

もっと普通にプレゼントしてくれたなら嬉しかったのに。

このせいでスティーブンお兄ちゃまはお腹を壊し、トマト嫌いになり、そして私のことも嫌いになったに違いない。

クマのぬいぐるみを見る度にそう思っては、嫌な気持ちになった。


この疫病神。


今思えば、あのクマちゃんには何の落ち度もない。勿論スティーブンお兄ちゃまにも。

私のワガママも、子供らしく可愛いものだった。

だけどあのときは何もかもが最悪に思えて、クマのぬいぐるみに当たり、お兄ちゃまに素直に謝れずお礼も言えず、だから当然嫌われてしまったのだと納得した。


それからしばらくしてスティーブンは警ら隊員になるための学校へ進学し、寮に入ってしまったので、顔を合わせることが全く無くなってしまった。

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