<95>大国の軍人がやってくるようです
翌朝、シャーロットはいつも通りの時間に目が覚めると朝食を早めに済ませ、荷造りを済ませた。帰ってきたら出かけられるように準備したのだった。祖父は気まぐれなので、予定よりも早く帰ることになるかもしれないと思っていた。
光の加減で白くも見える上品な灰色の地に、白いレースの襟の付いた膝丈のワンピースを着て、背中にピンクのクマリュックを背負った。日傘を手にエリックの部屋のドアをノックすると、支度を済ませたエリックがすぐに出てきた。
灰色の半袖シャツに白いズボン姿のエリックは、シャーロットの顔を見るなり、「昨日眠れたか?」と聞いた。
「しっかり眠ったし、ちゃんと食べたわ。私は大丈夫よ? エリックは?」
「少しは眠れた。腹が立ってなかなか眠れなかった。朝は、一応食べた。」
「もう執事が来てるわよ、きっと。早く行きましょう。」
シャーロットが急かし、ホテルの入り口に向かうと、執事とブルーノが待っていた。ブルーノはカーキ色のヘンリーネックのシャツを着て袖を捲り、白いズボンを履いていた。一緒にいたのは、二人旅行についてきていた執事の、語学に堪能な方のジョシュアという名の青年だった。もう一人は格闘が好きなバランという名の青年で、祖父の警護も兼ねていた。
「お嬢様、お坊ちゃま、おはようございます。では、ブルーノ様に道案内をお願いしてお店に参りましょう。よろしくお願いします。」
執事が頭を下げると、ブルーノは頷いて、シャーロットの手を取った。
「土産を買うならいい店があるんだ。そこへ昨日のうちに使いをやっておいたから、朝早くから用意をしてくれている。さっさと済まそうか。」
「ええ、迷惑をかけて申し訳ないわ。今日はよろしくね。」
シャーロットが微笑むと、エリックは先に歩き出した。
エリックが先頭を歩き、シャーロットとブルーノが続き、執事が最後を歩いて、坂を下っていく。
教えられるまま入り組んだ路地を進み、街の東側の小さな家に入った。看板もなく、ひっそりとしていた。
「ここは…?」
「この国の有名な工芸品を扱ってる店なんだ。小さいけれど価値が高くて、貴重なんだ。」
ブルーノが店員の男性に何かを話しかけると、男性店員は白い布の乗った小さなトレイを手に持ってきた。白い布の真ん中に、時計が置かれていた。よく見ると、腕輪のように時計の上下に滑らかな鎖の帯が取り付けられていた。
「腕時計って言うんだ。懐中時計よりも軽くて小さくて、まだあまり作られていない貴重な技術なんだ。」
滑らかな鎖の帯は小さな時計としっかりと固定されていて、腕の太さに合わせて調節ができるような細工もしてあった。
「この前探検した地下の遺跡があっただろ? あそこに工場があって、職人達が作っているんだ。地上だと、風が吹いて埃がついてしまうからね。」
「これは…、お父さま、きっと喜ぶわね。」
シャーロットがエリックを見上げて言うと、エリックは頷いて言った。
「可能なら、俺も欲しいくらいだ。」
値段を尋ねると、店員は黙って小さな紙に金額を書いて寄越してきた。額面の半分が一個の値段…。シャーロットはお財布を見て、言った。
「お母さまに持たせてもらったお金がまだあるの。エリックの分も買えるわよ?」
「本当か? 半分くらい自分で出すから、お姉さま、そうしてほしい。」
ブルーノは店員にもう一つ腕時計を持ってくるように言った。店員は黙って頷くと、店の奥へと行った。
シャーロットは店の中をぐるりと見渡した。棚に置かれていた時計の一つに目が留まる。その懐中時計の蓋には黄緑色や緑色の宝石が散りばめられていて、とても爽やかな色合いだった。黄緑色はクリソベリルだろう。ミカエルへのお土産はあれがいい。何も買わないで帰ろうかと思っていたシャーロットはそう思った。
「あれが欲しいわ。あれは、売り物ですか?」
店員に話しかけると、店員は頷いて、金額を書いた紙をシャーロットに見せた。自分のお小遣いで十分間に合う金額だった。
「あれも下さい。」
父用には白い箱に包んで貰って、あとの二つは薄い水色のラシャ紙と、薄い緑色のラシャ紙に包んで貰った。エリックから時計の代金を半分出してもらってお会計を済ませて、シャーロットはさっそくエリックに紙袋の中から水色の包み紙を手渡した。エリックは嬉しそうに顔をほころばせた。
「ありがとう、お姉さま。」
「お礼はお母さまに。私はお金を預かっただけよ?」
「あと一つは…、誰に渡すの?」
シャーロットの買い物を黙って見ていたブルーノが尋ねた。不機嫌そうな表情でも美しい人から黙って視線を逸らして、シャーロットは店の外へ出た。
買い物を済ませたシャーロット達は、途中でもう一軒、帰る前に店に立ち寄った。たまたま見かけた本屋で、どうしてもこの国の本が欲しくなってしまったのだ。
「時間がないから少しだけだからな。」
そう言っていたエリックの方が熱心に本を探していた。
シャーロットはこの国の地図の載った本と、子供が喜びそうな字の少ない美しい絵ばかりの絵本を買った。
「誰かに読んであげるの?」
ブルーノはシャーロットの選んだ本を見て尋ねた。
「旅の記念に、この国の文字の書いてあるものが欲しかったの。絵が綺麗だから、内容が判らなくても楽しいかなって思ったの。」
シャーロットとブルーノと執事が店の前で待っていると、本を抱えたエリックが出てきた。
「迷ってしまって、結局この3冊を買うことにしたんだ。」
「何の本を買ったの?」
「料理の本と、図鑑と、辞書。」
実用的な本ばかりね…、とシャーロットは呆れた。この国の言葉で解説された辞書を買っても使う機会はあるのかしらとエリックの顔を見ながら思ったけれど、黙っておいた。
4人がホテルにつくと、祖父が待っていた。
「出航時間は3時になった。昼を済ませたら支度をして港に降りてくるように。他の者達にはもう伝えてある。遅れると迷惑が掛かるから、早めに支度するんだぞ。」
シャーロット達が頷くと、祖父はシャーロットに言った。
「シャーロット、今荷造りが済んでいるトランクを、今この者に預けてしまいなさい。お前が一番心配だ。」
ジョシュアが微笑んで頷いた。
「お嬢様、お支度はお済ですか?」
「ええ、もう3つとも動かせるわ。」
「それはようございました。」
「じゃ、ジョシュア、お願いしていいかしら。」
部屋へと戻り、トランク二つをジョシュアに任せた。一つくらいは自分で運べるから、と言ってシャーロットも譲らなかった。バランスが悪いけど、どうにかして持っていこうと、勝手なことを思っていた。
時間に間に合うようにシャーロットは2時にはホテルを出た。居合わせたリュートと一緒に坂道を下っていく。
エリックがトランクを二つ持って追いかけてきた。
「お姉さま、部屋を出るなら声を掛けろよ、用心するに越したことはないだろう?」
「早めに出たから、大丈夫かなって思ったの。」
「早めだろうと何だろうと、船に乗るまでは油断できないだろう?」
シャーロットは黙って歩いた。そんなことを言い出したら、沖に出たって船は追いかけてくるだろう。向こうは軍艦なのだから。
坂の脇の階段で遊んでいた子供達が、シャーロットを見かけて集まってきた。わあわあと口々に何かを言っていて、聞き取れたのは「さようなら」、と「シャーロット」くらいだった。
シャーロットは片手でトランクを持ち直し、手を振りながら歩いた。「さようなら」と言うと、寂しくなってくる。
「お姉さまの名前を呼んでいるのだけは判るな。」
エリックがぼそりと言った。「こういう子供が巻き込まれないうちに、この国から軍艦が去ってしまえばいいのにな。」
子供達に見送られて港の波止場まで来ると、祖父と執事達と、ブルーノが待っていた。乗ってきた船と同じ船で帰るようだった。
「時間に余裕があるから、まだ陸にいてもいいし、もう乗船しても構わないよ?」
ブルーノがシャーロットのトランクを船に積みながら言った。リュートの荷物やエリックの荷物は執事達が運んでくれた。リュートは先に甲板に上がってしまった。
「ダニエルとアンドレアを待って出航なんだ。他の者達はもう船の中にいるよ。」
船を見上げて、シャーロットはちょっと考えた。
「じゃあ、ちょっと、ここから見る街並みを見てからにするわ。」
シャーロットは街並みを見上げた。白い家の階段と路地だらけの街で迷子になってみたかったなあと、名残惜しむ気持ちがむくむくと沸き起こってきた。授業で学んだ島の反対側の街にも行ってみたかった。地下でつながるという時計の工房も探してみたかった…。
沖を振り返ると、軍艦が相変わらず停泊している。
「あの軍艦は、いつ帰っていくの?」
「入港申請に来た者の話だと、あと三日はいるみたいだよ? 国に帰る物資の調達だって話だったけど、そんなに買い込んでる気配がないんだ。」
祖父はブルーノの瞳をじっと見つめて言った。
「近々、戦争が始まるのやもしれんなあ。」
「あの船は偵察船ってことですか?」
「ああ、乗っているのが軍師シュトルクだからな。」
エリックが忌々しそうに言った。
「早く俺も力をつけて、お父さまの名前を借りなくても影響力のある人物にならないと。お姉さまですら守れない。」
「あれは…、悔しかったな。」
ブルーノも小さく言った。掌を開いて、じっと見ていた。
「目の前でシャーロットがあいつと踊っていても、何もできなかった。」
シャーロットは何とも言えない気持ちになって、唇を噛んだ。戦う力もなく身を守る術も持たない自分が、一番無力だと、思った。
ダニエルとアンドレアが二人仲良く坂を下ってきた時には、もう2時半を過ぎていた。甲板から見ていたシャーロットは、笑顔で二人で荷物を持ってやって来た様子を見ると複雑な気持ちになった。旅行って、こういう楽しい気持ちで過ごすものなんだわ、と羨ましく思えてくる。
船は二人を乗せると、予定よりも若干早く、緩やかに波しぶきを上げて動き出した。
甲板にいて部屋に戻らなかったシャーロットは、エリックとブルーノと並んで遠くなっていく波止場を見ていた。波止場に街の方から、軍服の集団がやってくるのが見えた。
「あいつら、我が物顔だな、」
忌々しそうにエリックが呟いた。
軍人の集団の中心にいたのはシュトルクだった。シュトルクは船の甲板に並ぶシャーロット達に気がついて、大きく腕を振った。
「お姉さま、手を振ってやれよ、今生の別れだよ、きっと。」
エリックがニヤニヤしながら言った。
シャーロットは仕方なく顔の横で手を振った。
「ねえ、エリック、向こうは軍艦なのよ? 追いかけてこられたら今生の別れにならないわよ?」
そうシャーロットが言うと、エリックは肩を竦めた。
「軍艦にそんな機動力があるとは思えないな。でかいだけだろ?」
本当にそうなのかな? シャーロットは小さくなっていくシュトルクがそれでも手を振っているのを見ながら、首を傾げた。
行きと同じ部屋割りには、さすがにシャーロットは閉口した。同じ部屋で、ソファアに深く座ってエリックはにやりと笑って、土産に買った辞書を読んでいる。向かいに座るブルーノは眠たそうに微睡んでいた。シャーロットはぼんやりと窓の外の青い海と空を眺めていた。ミカエルは今頃何をしているんだろう。寮は今日の10日から再開されている。もうお城から帰ってきているんだろうか…。
一行は船で夕食を取り船中泊をして、翌日の朝、寄港した港で船を乗り換えた。ペンタトニーク公が万が一のためにと部屋を用意した船だった。乗ってきた船はそこからまたペンタトニークの島へと戻るのだ。乗り換えた船は大型船で、一般の乗客も乗っていた。
シャーロット達は全員貴族室を割り当てられた。母好みのレースだらけの白いワンピースを着て窓辺に佇むシャーロットは美しい一枚の絵のようで、同じ部屋にいるエリックは、お姉さまに何もなくて本当によかったと思いながら辞書を読みつつ盗み見ていた。
乗り換えたので時間を取られ、公爵領の港に到着したのは公爵領の港を出発した時間と同じ、夕方の5時前だった。
シャーロット達の荷物を船から降ろし終わると、船は次の寄港先へと出港していった。
船を見送って、迎えに来た馬車に4人ずつ分かれて乗り込んだ。ブルーノも、当然乗り込んでいた。このまま公爵領で一泊してから寄宿学校へ帰るのだという。
ここでシャーロット達が別行動をとることは伝えてあったので、ジーナは別れを惜しんで涙ぐんでいた。手には、下船時にブルーノに渡されたペンタトニーク公からのお土産の入ったオレンジ色の袋を握っている。
「シャーロット嬢、楽しかったわ。ありがとう。学校へ帰っても、また話しかけてね。私も話し掛けるから。」
「あなたと親しくなれて楽しかったわ。私もまた学校で会えるのを楽しみにしているわ。」
ジーナと握手をするシャーロットに、ジョージとリチャードが「俺達のことも忘れないでくれ」と言った。
「大丈夫、あんた達は私が忘れておくから!」
ジーナが言うと、ジョージがぼそりと「ジーナはボケが始まってるもんな」と言った。別れを惜しんでいた空気が消え、くすくすとシャーロットは笑い泣きをした。
ヴァレントも、「またね、」と手を振るシャーロットに、何度も頷いて手を振っていた。
リュートは黙ってシャーロットの頭を撫でると、「よく頑張った、」と言って頷いた。なんとなく意味がわかったシャーロットは、照れてしまう。
ダニエルとアンドレア、祖父とリュートが乗った馬車が先に行き、次の馬車にはジーナとヴァレントとリチャードとジョージが乗って、荷物と執事二人を乗せた馬車が続いた。最後の馬車にはシャーロットとエリックとブルーノが乗って動き出した。先頭の3台の馬車の行き先は公爵領の中にある貴族向けの保養施設だった。シャーロット達は別荘に帰るので別行動だった。
「楽しかったな…、旅行。」
馬車の中で呟いたシャーロットに、隣に座るブルーノが手を握った。
「楽しい人達だったね。また学校で会えるさ。」
「また、行けたらいいな。」
エリックが窓を眺めながら珍しく名残惜しそうに、言った。
別荘に帰ると、父と母と犬が出迎えてくれた。見慣れた執事や侍女達の顔を見るとホッとした。両親に早速土産を渡すと、父も母も喜んでくれたのでシャーロットは満足だった。
白い大きなプードルは大喜びでエリックに飛びかかり舐めると、今度はシャーロットの周りを尻尾を振りながらヨダレを垂らして駆け回った。それでも、「ハウス!」と母が短く言うと、一目散にカーテンの影に隠れてしまった。
「あれは何? 新しい芸なの?」
シャーロットが尋ねると、母は笑った。
「犬小屋を建て替えようと頼んだら、その間に新しい居場所を見つけたみたいなのよ。」
ニヤリと笑いながら、エリックが「シャルらしい馬鹿っぷりだな」と言った。シャーロットは無言でエリックの足を踏む。弟は口が過ぎる。
ブルーノは客室に迎えらた。祖父は学生達と保養所で泊まるらしかった。
「お父さまは学生達をスパでおもてなしするようなの。貴族向けのスパだから、学生には贅沢よね。」
母はそう言って微笑んだ。シャーロットはブルーノと顔を見合わせて、小さく肩を竦めた。
夕食後、シャーロットはエリックと、父の執務室に呼ばれた。母がソファアに座って待っていた。
「あなた達、あの国で何をしたの?」
いきなりの母の質問に、シャーロットは面食らった。何って…、勉強?
「これといって、何も?」
「そう?」
父は黙って机の引き出しから手紙を一通出して、シャーロットとエリックに見せた。
「お父さま、それは?」
手紙にはこの国の文字と異国の文字が並んでいて、シャーロットには読めても内容が理解が出来なかった。エリックも同じなのか、眉を顰めている。
「シャーロットと縁談を希望する申込書だよ。遠い東方の国の、シュトルク・ベックメッサー。彼は第3王子で、軍師だ。どうしてペンタトニーク公の国でこういう縁を拾ってくるんだい?」
シャーロットとエリックは項垂れながら、母の土産を買う為に宝飾店に行った話をし、歓迎の立食パーティでの一件も説明した。
聞いていた母はテーブルの上に並べていた二つのベルベットの箱を大きく目を見開いて見て、ムズムズと口を動かした。言いたいことが山のようにあるんだろうな~とシャーロットは思った。
「そんなご縁、何もなかったことにして捨ててしまう訳にはいきませんの?」
「希望しているだけだからね。こちらの事情を分かってくれれば引いてくれるだろう。でもまあ、一度正式に会いに来るだろうな。その時は会わない訳にはいかないだろう。」
父はシャーロットの顔を見つめた。「断って良いからね、シャーロット。遠い東方の国と、うちが今、関係を持つ必要はない。」
エリックが不機嫌そうに尋ねた。
「お父さま、その手紙はいつ届いたんですか?」
「今朝だ。お前達よりも先に向こうを出たのだろうな。」
昨日の午前中に出航した船を利用したのだとすると、あのパーティがきっかけになったのだろう。
「やっぱり、手なんか振るんじゃなかったんじゃないの?」
シャーロットが小さく呟くと、エリックは目を細めてさらに不機嫌そうな顔になった。
部屋に戻ったシャーロットはさっそくお風呂を済ませ、まふまふのナイトウェアに着替えてベッドの上で寛いでいると、エリックが部屋をノックして勝手に入ってきた。
エリックはブルーノを連れていた。二人とも灰色のナイトウェアに黒いカーディガンを羽織っている。
「お姉さま、ちょっといいか?」
「勝手に入ってきて、いいかなはないんじゃないのかしら?」
シャーロットはベッドの上で起き上がり、座り直すと答えた。
「ブルーノまで。いったいなんの用なの?」
「明日、寮まで帰るだろう? その後の話。一緒に週末出かけないか?」
ブルーノはベッドの端に腰かけながら言った。
「何かあるの?」
「コーヒーの専門店に行きたい。道案内を頼む。」
「エリックも?」
「ああ、いいだろ?」
「まあ、今のところ予定ないし、いいわよ。」
「じゃあ、決まりね?」
ブルーノは嬉しそうにそう言うと、シャーロットの頬にキスをした。
「おやすみ、シャーロット。」
「おやすみ、ブルーノ、」
シャーロットはブルーノの頬に自然にキスをする。
「お姉さまはそういうのは抵抗ないんだな、」とエリックが小さく呟いた。
エリックとブルーノが部屋に出て行った後、シャーロットの部屋をまたノックする音が聞こえた。
「エリック?」
シャーロットはベットの端に座って、ペンタトニークから貰ったお土産の包みの中身を眺めていた。エリックが忘れ物かと思い尋ねると、部屋に入ってきたのは母だった。母はシャーロットと向かい合う様に、ベットの傍のソファアに座った。
「シャーロット、それはなあに?」
「お母さま、びっくりしたわ。御用ですか?」
「ええ、まずはそれが何か知りたいわ。」
「これは…、ペンタトニーク公が、お詫びにと下さったお土産なの。みんな同じものを貰ったわ。」
オレンジ色の包み紙の中は、オレンジ色の薔薇の絵が描かれた小さな箱だった。中にはオルゴールが入っていた。箱の横の螺子を回すと、陽気な音楽が流れてくる。
「この歌は、あの国の基本学校で習うんですって。海を越えて旅立とう、いつか帰ってくる祖国を胸に抱いて、どこまでも漕ぎ出そうっていう歌詞なんですって。」
「詳しいのね、シャーロット。」
「一応あそこでの授業で習ったから。」
シャーロットが微笑むと、母は躊躇いがちに言った。
「明日なんだけど、シャーロットにはエリックと別行動をとってほしいの。」
「何かありましたか?」
「さっきのお話しなんだけど、実はもう、いらしゃってるの。」
「誰がですか?」
「シュトルク様。」
「はい?」
シャーロットは何度も瞬いて、母を見つめる。
「あなた達に見せた手紙が届いたのが今日の朝で、近々会いたいともう一通のお手紙が届いたのがあなた達の到着する前。つい先程、シュトルク様の船が入港したと知らせが届いたの。」
母は、シャーロットの手を両手で擦った。
「明日、お会いになりたいそうよ? あなたと会えないなら、停泊する日時を伸ばすって言われたわ。」
「それは…、あまりよくない状況ですよね? お母さま。」
「そうね。予定にない軍艦が入港するのは誰も歓迎しないわね。エリックとブルーノ様はまだ知らないの。早めに片付けてしまいましょう、シャーロット。」
「お母さま、私、あの方と会っても、話せる話題なんてないですよ?」
母はゆっくりと微笑んだ。
「それでもいいの。何かを言われたら、断りたければ断ってくれて構わないわ。」
シャーロットの頭を胸に抱きしめて、母はシャーロットの髪を撫でた。
「あとはお父さまと私が、どうとでもするから、大丈夫よ?」
そんなことを言われても、軍人相手に私に何ができるんだろうと、シャーロットは思った。
ありがとうございました




