表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/153

<93>もう一人の王子様が登場するようです

 6日から4日間受ける授業が始まると、シャーロット達の生活は寄宿学校での生活のように、学校とホテルの往復になった。初日と翌日は語学を学び、3日目は午前中この島の風土と気候を学び、午後から産業や経済と周辺諸国との関係を学ぶ日程だった。

 最終日は学習理解の試験があり、習熟度に合わせて評価とご褒美が貰えるらしかった。夜にはペンタトニーク公主催のお別れパーティが待っている。

 通う学校はリュートの読み通り、この国の基本学校だった。

 制服ではなく私服で通う学校に、シャーロットはドキドキしていた。毎日日傘を差して学校へ通うシャーロットに、島の子供達が話しかけてくるようになった。みんな日に焼けて階段や路地裏を駆け回っていて、シャーロットを見つけると駆け寄ってくるのだ。

「ロードヴァ・エッタイヴァ!」

 確かこれは「おはよう」って意味だったわね…。学んだばかりの言葉を試せるとばかりに、シャーロットも「おはようロードヴァ・エッタイヴァ、」と答える。

 子供達は口々に早口でシャーロットに何かを言うが、シャーロットはいつも聞き取れない。

 習ったばかりの「ちょっと(モメン)待ってくださいイェッキ・ヨージボーク、」とシャーロットが言うと、更に早口で子供達は何かを言って笑う。通じてるはずなのになあ、とシャーロットは首を傾げる。

 学校へ行くまでそんな感じなので朝は朝でもやもやとし、帰りは帰りでホテルに着くまでそんな感じなので、シャーロットは微妙に疲れていた。授業は判りやすいし丁寧に進んでいくのに、実戦は難しいわねとシャーロットは顔を顰めてしまうのだった。

 子供達とシャーロットのやり取りを、周辺に住む家の大人達は微笑ましく思って聞いていた。子供達は仕切りとシャーロットに、「未来の公妃様なんでしょう?」「異国のお姫様なんでしょう?」「何処から来たの?」「この国にずっといるの?」「ねえ、一緒に遊ぼうよ、」「学校が終わったらまた来てもいい?」「王子様のことが好きなんでしょう?」と尋ねているのに、シャーロットが躊躇いがちに、すべて「ちょっと待ってください、」と答えるので、子供達はさらに面白がる。ジーナやアンドレアにも、子供達は初日に声をかけていた。二人は無視して聞かなかったことにしていたけれど、シャーロットだけが愛想良く相手にしていた。そういう様子も、大人達は見て知っていた。一番身分が高そうなお嬢様が一番親しみ易い、そう評価していた。

 もっと時間をかけてこの国に遊びに来てくれたらいいのに、と大人達は思っていた。この国の気候も風土も住む人々の気質ももっと好きになって貰って、美しいこの異国の令嬢が本当に公妃となって嫁いできてくれたら、異国に遊学に出ているブルーノ様はもっとこの国にいて下さるだろうにと期待していた。


 最終日の試験は午前中までで、午後はすぐに成績が発表された。一位はリュートで、2位はシャーロット、3位はエリックで、後の順位は語られなかった。ここでも2位なのね、とシャーロットは思ったけれど、黙って溜め息を隠した。全員がお互いを拍手をして、授業は終了した。

 帰り道に群がってきた子供達にもうお別れするのよと伝えたくて、シャーロットは話し掛けられるたびに「ありがとう(グラッツィイ)」と微笑んで伝えた。早口過ぎて一人一人の質問に答えを返すのは諦め、にこにこと笑顔を作りながら聞いていた。

 水色の透かしレースの長袖のシャツに膝下丈の白いプリーツのスカート姿の日傘を差したシャーロットは、とうとう最後までよく判らなかったわと思った。

 ホテルの前まで送ってくれた子供達へ、微笑むと「ありがとう(グラッツィイ)さようなら(インセリムレック)」と言って手を振ったシャーロットを見て、子供達は察したのか、シャーロットの腰に抱き着いてきた。口々に何かを言って、「さようなら(インセリムレック)」と言って駆けだした子供達を見送ると、シャーロットもなんだかしんみりとしてしまった。

 まだ夜のパーティまで時間があった。すっかり母への土産を買いに行けなかったシャーロットは、今日こそはと勉強道具を部屋において、日傘を差してピンクのクマリュックを背負って買い物に出かけることにした。


 坂を下っていると、エリックが走って追いかけてきた。エリックは半袖の青いシャツに白い半ズボンを履いていた。

「お姉さま、一人で行動するなってあれほど言っただろう。」

「そうだったかしら?」

「どこへ行くんだ?」

「お母さまから頼まれたお土産を探しに行くの。」

「ああ、石だったか?」

「そう、石は石でも宝石。」

「ブルーノを連れて行った方が良いんじゃないのか? 俺達だけで行けるような店じゃないだろう。」

「その時は諦めて帰るわ。お母さまには売って貰えなかったって言うわ。」

 公爵家の娘であるシャーロットに物を売らなかったと聞いたら、母が鬼の形相で怒りだすだろうということは想像はついた。異国なんだからシャーロットの身分ではなくシャーロットの見掛けで判断されるだろうことも、母にも想像がつくだろう。判ったうえでシャーロットはそう答えるつもりだった。

「…シャーロットお姉さまは時々、最悪に性格が悪いよな。」

「あなたの足元にも及ばないと思うけど。」

 エリックなら、あの手この手で何としてでも宝石を手に入れて土産にするだろうとシャーロットは思った。母が頼んだのはエリックではなくシャーロットなのだから、シャーロットが母に試されていると、思った。

「どこに店があるのかは、調べてあるのか?」

「ええ、だいたいね。」

 リュートと日傘を買いに街を歩いた時に、宝飾店を見かけていた。

 エリックと話しながら歩いていると、すれ違う緑色の帽子の緑色の半袖シャツの男性に何度か会釈をされた。シャーロットも会釈をしてやり過ごす。あちこちに騎士の姿も見かける。

「あれは? 知り合い?」

「えっと、この街の調整官だって聞いたわ。何かあったのかしらね。」

 港の方を見ると、大きな軍艦が沖に停泊しているのが見えた。

「あれはどこの国の船かしら。」

 エリックが目を凝らして船を見つめている。

「あの旗は…、うちの領地の港には入港したことがないな。見たことがない。」

「この辺の国の船じゃないなら、予定外の航路なのかしら。明後日出航なのよね? 計画に変更が出ないといいけど。」

 明日は休養日で、シャーロットは街探検に行く予定だった。可能な限り、路地を歩いて回ろうと思っていた。迷路みたいな街で迷子になる計画でいたのだ。

「嵐が近いんなら、繰り上げて明日出航になるかもしれないな。明日出来ることは今日してしまおうか、お姉さま。」

 エリックが何かを考えながら言った。

「そうね。お土産だけは今日買わないと困るわね。」

 シャーロットも足を速める。軍艦が入港すると、領地の港もいつもと雰囲気が変わった。補給に寄るだけと言っても、殺伐とした雰囲気に街の空気が影響されていく。時には気が立った軍人に無理難題を吹っかけられることもあり、警備の騎士達や領地を守る執務官達が駆り出されていくのを何度か見ている。それでもどうしようもない時は、祖父や父が公爵として対応することもあった。

 宝飾店に入ると、店の奥の方に深い群青色の軍服を着た将校らしき男性達が何人かいて、恰幅の良い男性店員を前に、並べられた宝石を見ていた。背が高く鍛え上げられた軍人達は、シャーロットとエリックに気がついていないのか整った美しい横顔だけ見えた。透き通るような水色の瞳に浅黒く日に焼けた肌をしていて、茶金髪の横髪を軍帽から覗かせていた。

 エリックがすかさずシャーロットを軍人達の視界から隠すように立ち、近寄ってきた年配の女性店員に、「母への土産を買いたい」と告げて宝石を出してもらった。

 シャーロットとエリックを見た女性店員は頷くと、巻貝のような金細工に大きなクリソベリルを閉じ込めたイヤリングとブローチを、赤いトレイの上に乗せて持ってきた。黄緑色に輝くクリソベリルは、この国の貴重な鉱物だと授業で習ったばかりだった。

「色違いはあるか?」

 エリックが尋ねると、頷いて同じような金細工の大粒の黒真珠のイヤリングとブローチを持ってくる。黒真珠もこの島の近海でとれる特産物だった。

「どっちも買おう、お姉さま。こっちはお姉さま、こっちは俺の土産にしよう。」

 もっと違うのも見たいわとシャーロットは思ったが、エリックは急いでいるようだった。あの軍人達から一刻も早く遠ざかりたいのだろうなと勘付いた。

 二つ買っても、金額は予想していたよりもかなり安かった。

「そうしましょうか。じゃあ、これで。」

 シャーロットはリュックからお財布を取り出した。「プレゼント用にそれぞれ包んでほしいの。」

 女性店員は頷いて、二つの箱を持ってきた。赤いベルベットが貼られた箱と、黒いベルベットを貼られた箱だった。それぞれの箱の中に納めると、店員は「こちらでよろしいですか?」と言った。

「ええ、それでお願い。」

 お会計を待つ間、シャーロットがふと視線に気がついて振り返ると、奥の方で店員と話をしていたはずの軍人達と目が合った。何かをいいながら、軍人達がシャーロットを指差して、早口で話している。

 エリックが小声で言った。

「お姉さま。会計が済んだら急いでここを出よう。あいつらが何を言っているのかよく判らない。外の方がまだ騎士がいるだけましだ。」

「わかったわ。」

 女性店員が丁寧に包んだ包みを二つ、手提げの紙袋に入れてくれた。シャーロットは「ありがとう(グラッツィイ)」と微笑んで、手提げ袋を受け取ったエリックと急いで店を出た。

「寄り道しないで帰ろうか、」

 エリックが日傘を差したシャーロットと歩き出そうとすると、宝飾店の中から軍人達が出てきた。

 エリックと歩き出したシャーロットの腕を追いかけてきた軍人の一人が掴んで、何かを言っている。腕を掴まれ立ち止まったシャーロット達に、他の軍人達が追いついた。

「な、なに?」

 見知らぬ軍人に腕を掴まれるという初めての経験をしたシャーロットは、猫を被っている場合ではなく、素で狼狽え日傘を落とした。

 エリックの表情が険しく変わる。シャーロットを掴む軍人の手をゆっくりと外すと、睨みつけながら言った。

「私の姉に無礼はやめて頂きたい。私はハープシャー公爵家の跡取りの、エリック・ハープシャーだ。姉は、あなた達のような身分の者に触れさせていい身分ではない。」

 エリックの言葉は通じなくても、雰囲気は伝わったようだった。近くにいた街の人達が遠巻きに集まってきて、向こうの方から調整官や騎士が走ってくるのが見えた。夕方の買い物に母と来ていたのか、見知った顔の子供達がシャーロット達の周りに集まってくる。

 軍人達の奥の方にいた、一番階級が上に見える軍服を着た軍人が後方から前に進み出た。

「私の部下が失礼をした。私は少し、あなた達の国の言葉が使える。あなた達が店員と話す様子を見て、この国の人間かと思ったから声を掛けた。私達はこの海を二つ越えた国からやって来た。軍事演習中で、嵐の為に航路が変わり、補給のためにこうして寄港している。」

 ハスキーな知的な印象のする声だった。エリックと同じくらいの背の高さの軍人は、跪いてシャーロットの手の甲にキスをした。綺麗な顔で精悍な印象は、さぞかし女性に騒がれるのだろうなとシャーロットは思った。

「びっくりさせて済まなかったね。君があまりにも美しかったから、一緒に食事でもと思ったのだ。君たちの顔立ちはよく似ているから兄妹だろうとは思っていたが、君がお姉さんなのだね。」

 エリックを見上げると、エリックは無表情なまま、シャーロットを見ていた。はあ…、機嫌悪い…、これは非常にマズイ…。

「私と姉は今晩はペンタトニーク公と食事の約束があります。もう、失礼しても?」

「君には話をしていないよ、エリック。私はこのお嬢さんの名前が知りたい。」

 軍人の言葉には有無を言わせない強さがあった。公爵の息子とエリックの身分を知っても名前を呼び捨てできる高慢さに、シャーロットは驚いた。

 シャーロットは言いたくないなと思っても、言わないと帰れないんだろうなとも思った。周りに視線を向ければ、心配そうな子供達やその母親達、街の人達が様子を伺っている。

 子供を巻き込むようなことになるのは嫌だなと、シャーロットは思った。猫をしっかり被って、公爵家の令嬢のシャーロットの気持ちを作る。

「ハープシャー公爵家の長女、シャーロットと申します。弟が失礼いたしました。どうか、お気を悪くなさいませんように。」

 優しく微笑むと、少し首を傾げて目の前の軍人を見つめた。シャーロットの瞳を眩しそうに見つめる軍人に、優しく問いかける。

「あなた様のお名前を伺っても?」

 軍人は立ち上がると、シャーロットの両手を握って口元だけで微笑んだ。水色の瞳がシャーロットをじっと見ていた。

「私の名前はシュトルク・ベックメッサー。どうかシュトルクと呼んでほしい。」

「シュトルク様。では、手を離してくださいませ。」

 手を離してもらうと、シャーロットは微笑んでお辞儀をした。

「ありがとうございます。シュトルク様、良い旅を。あなた様の船に幸運の風が吹きますように。」

 地面に置かれていた日傘を手に、エリックの腕を取る。「さ、行こう?」

 子供達はほっとしたような表情をしているのが見えた。シャーロットは街の大人達にそれとなく会釈して、エリックと足早に歩き出した。

 シャーロット達の後ろ姿を見送って、軍人達は何か話を始めた。その会話の中にはペンタトニークの名前が何度か出て、シャーロットやエリックの名前も出た。

 集まってきていた調整官や騎士達は、何事もなく収まった様子にほっと胸を撫で下ろし、また散って行った。

 シャーロットお姉ちゃんっていうんだ。子供達は初めてシャーロットの名を知った。誰も名前を聞いたことがなかったのだ。母親達も、子供達の話題に出ていた異国から旅行で来ている女子学生の名と身分を初めて知った。あれが、ブルーノ様の愛しい人…。街の大人達の間で、学生達の中にブルーノが連れてきた貴族の令嬢が混じっているのは、噂にはなっていた。あれがお姫様なのねと、軍人相手に引けを取らない器に納得していた。

「シャーロットお姉ちゃん、ブルーノ様のお嫁さんに来てくれないかなあ。」

 無邪気な子供の言葉に、母親は微笑んだ。「そうね。お母さんも、来てほしいなって思ったわ。」


「どこの田舎軍人か知らないけれど、お姉さまに気安く触るなんて許せないな。」

 エリックが帰り道の坂を上りながら呟いた。

「何もなくて良かったじゃない。お土産も買えたし、とりあえず一安心だわ。」

 シャーロットは言葉が判らないって怖いことだわと思った。しかも向こうは異国の軍人だった。普通の状況でもあまり関わりたい相手ではない。

「今日はありがとう。エリックがいなかったら、私、今頃、海の藻屑になってたかもしれないわ。」

 シャーロットは身震いをした。

「お姉さまは藻屑じゃなくて丸太じゃないのか?」

「ひどーい。」

 エリックとくすくす笑いながらシャーロットはホテルに帰ってきた。日傘を閉じながら、入り口で従業員と話をしているブルーノを見てほっとしたのは内緒だった。美しい人は心配そうにシャーロットを見つめた。

「シャーロット、エリック。探してたんだ。街には軍人が沢山いただろう、大丈夫だったか?」

「一応無事。一応大丈夫。」

 エリックが答えると、ブルーノは安心したように微笑んだ。

「あの国の船は滅多にこの海域に来ないのに、嵐のせいで航路が乱れて補給のために寄ったらしいんだ。この国から船で2日はかかる東方の国だから、この先、君達が二度と会うことはないと思うけど…。」

「そうね、そうだといいわね。」

 シャーロットは手を握られたことを思い出して、自分の手を見て答えた。軍人なのに手がごつごつしていなかったわ。剣を握る立場にいない人なのかしら。

「ああ、買い物した帰りに捕まって、名前を聞かれた。言葉が理解できる者が一人いて、その者と話した。」

「へえ…、君達の国の言葉をねえ…。」

 ブルーノは何か考えている顔つきになった。「その者は名乗ったのか?」

「ええ、私の名前を聞いてきたわ。だから私も聞いてみたの。シュトルク・ベックメッサーって言ってたわ。」

 シャーロットが答えると、ブルーノは黙り込んだ。

 エリックは腕を組んで様子を見ている。

「それはあの軍艦に乗ってる兵団の団長の名前だよ。あの国の第三王子で、軍師シュトルクだ。」

「道理で厚かましいわけだ。」

 エリックが吐き捨てるように言った。シャーロットを見て、念を押す。

「お姉さま、絶対一人で行動するなよ?」

 シャーロットは大人しく頷いて、すごすごと自分の部屋に帰った。煩い弟が煩く言いはじめると、いろいろ面倒なのよね、と思った。

ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ