<85>王子様たちはそれぞれに攻略したい人がいるようです
夕食を共に取った一同は、その足でお城のチャペルに向かった。もともとは王族用の小さなチャペルは、30人も人が入れば一杯になる。クリスマスミサはすでに始まっていて、司祭達が祈りを捧げていた。シャーロット達も入り口近くに空いた席に静かに着席すると、祈りを捧げた。しばらくミサに参加して、入れ代わり立ち代わりミサに祈りを捧げる城の関係者達の様子を見ていた。チャペルに人が入りきらなくなってきたので、シャーロット達はチャペルを出て入ってきた誰かと交代した。
「また明日の朝、お祈りしにこようか、」
ミカエルが隣を歩くシャーロットに言った。二人は無意識に、堂々と手を繋いで歩いていた。ラファエルもガブリエルもさすがに手を繋いで歩いてはいなかった。
「そうね、また来ましょう。」
王族用の私的な応接室の前まで来ると、シャーロットは廊下に待っていたライトの姿を見つけた。「じゃあね、ミカエル、私はお部屋に案内してもらうわ。」
繋いでいた手を離すとシャーロットは手を振った。後ろを歩いていたサニーとクラウディアにも手を振って「またね、」と告げる。
先を歩いていたラファエルとガブリエルにも「またね、」と告げて、「おやすみなさい」とお互いに言いあった。
「ライト、お部屋まで案内してほしいの、」と、シャーロットはライトに話しかけて一緒に歩き出した。
「サニーとクラウディアは、この後どうするのかな。」
「あのお二人でしたら、王妃様がお部屋をご用意されていますから、大丈夫ですよ?」
「そう言えば、私、今日王妃様にご挨拶してないけど、大丈夫なのかしら?」
「あちらはあちらでお忙しいですから、気が向かれたらいらっしゃいますよ。」
ライトが意味ありげに微笑んだ。付き合いが長いので、表情で言いたいことは何となく伝わってくる。
「そういう感じなのね?」
「ええ、ご心配なく。」
国王とユリス様と何かあったのかしら。まあ、聞いてはいけない話なのだろう。
「シャーロット様のお部屋はこちらです。」
いくつかある客室の中でも、ミカエルの部屋に近い王族の私的な客人用の部屋だった。角を曲がればミカエルの部屋がある。
「鍵はこれです、落とされませんように。」
中に入ろうとせず、ライトがうち開きのドアを開けたまま中を見せてくれた。水色の壁紙で白い重厚なカーテンの部屋だった。ベッドカバーも青色で床の絨毯は紫色だった。備え付けの家具は白色で、花瓶には白い花が活けられていた。ドアが二つあって、隣にも部屋が続いている様子だった。
「可愛らしいお部屋ね。」
「今日のシャーロット様のお召し物と同じような色合いですね。」
シャーベットブルー色のニットワンピースのスーツ姿のシャーロットを見て、ライトは微笑んだ。
「とても可愛くてお似合いですよ?」
微笑んだシャーロットに、ライトは青いリボンのついたカギを手渡す。
「トランクはこちらです。」
廊下からライトが指差した菫色のソファアの傍に、トランクが置かれていた。
「では、ごゆっくり、」
シャーロットはライトに「またね、」と手を振った。部屋に一緒に入ってこようとしない用心深さがこの城で働く者の自衛なのだわ、と思いながら部屋の中に入った。鍵をかけ、持って来ていた布製の室内履きに履き替えると、ソファアに座って部屋の中を眺め、シャーロットは溜め息をついた。
ゲームの中で、ミカエルは一晩中ローズと語り明かしたって言ってたわ…。
シャーロットは眉間に皺を寄せて考えた。あの話し方だと、ゲームの中だとサニーやクラウディアは今日いなかったんだろうなと思う。
でも、今日、いないはずのサニーとクラウディアがいる。
ゲームとは違って、シャーロットも、クリスマスプレゼントを用意していた。金曜日にリュートの家に出かけて以来、シャーロットは家に閉じこもって侍女に編み物を教わっていた。家族が出かけていく中、週末は一人で編み物をして過ごした。教えて貰わないと出来なかったし女子力も高くないけど、私だってマフラーを編んだのにな。シャーロットは口を尖らせた。3日かかって、自力でモスグリーン色のマフラーを編み上げていた。
シャーロットは、今までミカエルがイベントと言っていた出来事を振り返って考えていた。
何か小道具や食べ物が必ず必要だった。でも、ミカエルはフラグを折ると言ってそれを揃えなかった。だから、ローズとイベントが起きていなかった。私の誕生会にローズは薔薇のコサージュを手に入れずに現れた。リュートとの演武会の時は、サンドイッチが鍵だったけれど、ローズは寝込んでいた。サニーとからくり屋敷に行った時は、ローズはからくり屋敷に入らなかった。
ローズではなく私が影響していたとしたら…?
ミカエルは、ローズは11月の建国記念日の休みの間で攻略対象者の為にマフラーを編んで過ごす、と言っていた気がする。そのマフラーを私が貰った。愛の詩集は、クララ達はうっとりと聞き惚れていたのに、私は笑ってしまった。プチ・プリンスの本は、私がみんなにおねだりしてしまった。いつも私がダメにしている気がする…。
ゲーム通りにイベントが起きない実感しかない…。シャーロットは項垂れた。
ゲームの基準で客観的に照らし合わせると、ミカエルとは親密度が高いとは思えない。
「そっか、今日サニーがいるのは、もしかすると私が原因なのかも。」
ゲームの基準だと、ミカエルとじゃなくて、サニーとの親密度が高いのかもしれない。思い当たる節ならいくらでもある。知らなかったとはいえ、スノードームをシャーロットがプレゼントした。
「もう、イベントが起きないくらい、どうしようもないのかな。」
独り言を呟くとさらに落ち込んでしまったシャーロットは、部屋の中を探検しシャワールームを見つけ、お風呂に入ることにした。
今日はもう何も起こらないし、ゲームのようにはミカエルと過ごせないだろう。バスタブにお湯を貯めながらシャーロットは思った。
せめてミカエルが早くプレゼントに気がついてくれたらいいのに。
お風呂を済ませピンク色のふわふわしたナイトウェアに着替えたシャーロットは、部屋の明かりを消しカーテンを開けて夜空を楽しんでいた。暗い夜空にちらほらと雪が舞っていて、幻想的で美しかった。
部屋のドアを誰かがノックした。気のせいかと思い何もしないでいると、またノックする音が聞こえた。
布製の室内履きで絨毯を踏みしめるようにそっと歩いて、音を立てないようにドアの前まで行く。ゆっくりと静かにカギを開けてドアを少し開けると、誰かの指がドアの隙間から入ってきた。
「誰?」と言おうとしたシャーロットの口を、誰かが手で塞いだ。
「僕だよ、ミカエル。」
ドアを少し開けて忍び入ってきたミカエルを、シャーロットは黙って見つめた。手を引っ張って、窓の傍に連れて行く。
窓の外の雪明りしかない暗がりの中、浮かび上がるミカエルの姿を見て、シャーロットは悲しくなった。さっき別れた時と同じ格好だった。
ミカエルの首にはマフラーは巻かれていなかった。手にも、何も持っていなかった。
やっぱり、イベントは起こらないんだわ…。シャーロットは唇を噛んだ。私では、ダメなんだ。
「シャーロット、」
ミカエルはシャーロットの頬を撫でた。手が冷たく感じた。
「どうしたの、」
「もうシャーロットは寝るんだね?」
「ええ、そのつもり。」
「僕の部屋に来ないの?」
ミカエルはじっとシャーロットの瞳を見つめた。
「ええ、行かないわ。」
「どうして?」
イベントは起こらないと思うから、とは言えなかった。悔しくて、泣きたい気持ちを我慢するので精一杯だった。
「僕の、お願いだったと思うけど?」
「行けないわ…。」
「どうして?」
何を話すの? 一晩中、今の私には話せることなんてない。シャーロットは俯いて、言葉を飲み込んだ。
「一緒にいたくないの? せっかくのイベントなんだよ?」
「…そんなことをしなくても、私はあなたが好きだもの。」
シャーロットは暗がりの中で微笑んだ。見えていなくてもいい。ミカエルが見てくれていなくても、私はミカエルのことが好き。その言葉を告げる時、微笑んでしまう。感情が零れて出てしまう…。
「シャーロット…。」
「本当は…、イベントは、起きないのね? 足りないんでしょう?」
ミカエルは困ったような顔になった。シャーロットはどう伝えたらいいのかわからなくなってしまう。
「あなたにキスしても、イベントになるのかな。」
「どうだろう?」
少し背伸びして、シャーロットはミカエルの肩に手を乗せてキスをした。靴だけじゃないと思う。ミカエルはまた背が伸びたと思った。
「私はあなたが好き。だから、ゲームのイベントなんか起きなくても、あなたと一緒にいたいと思うわ。」
ミカエルがシャーロットを抱き締める。ミカエルの腕の中で、シャーロットは肩に頬を寄せた。
「今日はここに来れてよかったと思うわ。一日の終わりにあなたの顔が見れただけでも、私は幸せ。ミチルでいると当たり前のことが、ミカエルだと出来ないもの。ミカエルなのにこうやって寝る前に会いに来てくれただけで、嬉しいわ。」
次、ミカエルに会うのは新年の挨拶の時だろう。その後は学校が始まるまで、また会えなくなる。
「おやすみ、ミカエル。」
シャーロットはミカエルにゆっくりキスをすると、ミカエルの胸を押して、抱き締める腕から逃れた。
「シャーロット…。」
静かにドアを開けたシャーロットに、ミカエルは諦めたように微笑んで、「おやすみ」と呟いた。
ミカエルが去った後の部屋に、一人取り残されたシャーロットは、鍵をかけるとベッドの上に倒れ込んだ。
「一緒にいたいのに決まってるじゃない…。ずっと、一緒にいたいのに。」
翌朝早くに目が覚めたシャーロットは、顔を洗うと薄化粧をしてお気に入りのスズランの香水をつけ、丁寧に髪を梳かした。白色のニットワンピースのスーツを着て黒いタイツを履いて、チャペルへと向かった。
さすがにまだ日の上らない早朝ということもあって、人気がなかった。司祭達のミサを静かに聞いて、シャーロットはチャペルを出て廊下を戻った。昇りはじめた朝日に目を細めて窓辺に立ち止まり、お城の中庭を眺めた。うっすらと雪を被った木々が朝日に輝いていた。
「綺麗だわ…、」
シャーロットが思わず呟いた言葉に、「そうですね、」と答える声がした。
声のした方向を見上げると、サニーが微笑んで佇んでいた。
黒いタートルネックのセーターにチャコールグレー色のスーツを着ているサニーは、シャーロットの傍に来て、一緒に窓辺に立った。
「おはようございます、シャーロット。今日は雪の妖精のようですね。昨日は眠れましたか?」
「ええ、早くに寝たから。サニーは?」
「それなりに寝ました。私達はあの後、トランプで遊びました。シャーロット以外はあの部屋に戻りました。」
「そうなの…、」
ミカエルはみんなで遊んだ後、シャーロットのところへ寄ったのだろうか。
「今朝は早く起きて大丈夫だったの?」
「私は習慣で、毎朝これぐらいの時間に起きています。寮にいる時は、朝はトレーニングをしています。」
「同じ部屋の人と?」
「ええ、友人達と集まって、演習場を走りこんだり筋力トレーニングをしたりしています。」
だから私を軽々とお姫様抱っこできるのね、とシャーロットは納得した。
「ここではそんなことはできません。散歩がてら歩いていてあなたを見つけました。」
「そうなのね…。私はさっき、ミサに行ったの。クリスマスだから、一日の始まりに感謝を捧げたの。」
普段は熱心な信者とは言えないシャーロットは、こんな機会くらいは祈りを捧げようと思った。もしかするとミカエルと会えるかもしれないと、密かに期待もしていた。
「おかげで朝からあなたに会えましたね。」
「そうね。」
シャーロットが微笑むと、サニーが嬉しそうに目を細めた。
「おはよう、君達もミサに出たのか?」
チャペルの方から、大股で歩きながらシュタインがやって来た。明るい青色のタートルネックのセーターを着て明るい灰色のスーツを着ていた。騎士コースの学生に混じっていてもおかしくないような筋骨隆々の大男なシュタインは、並んで立つとサニーよりも背が高かった。二人に挟まれて立つと私はまるで子供ね、とシャーロットは思った。
「おはようございます、シュタイン様。私はつい先程ミサに伺いました。」
シャーロットがお辞儀をすると、シュタインは「シャーロット嬢はえらいな、」と言った。
「私は毎朝この時間に起きて剣の稽古があるのだ。何もしないのは手持無沙汰だからな。ミサに朝から出て心を清めてきた。」
「素晴らしいですね、シュタイン様はさすがだと思います。」
サニーが褒めると気を良くしたのか、シュタインは嬉しそうに笑った。
「君達は私の国には来たことがないだろう、そのうち遊びに来るといい。」
「一人でですか?」
「二人でも歓迎するぞ。私の国は冬はオーロラが見れるのだ。」
「オーロラですか?」
シャーロットは思わずサニーと顔を合わせた。そんな二人の様子に、シュタインはおやっ? と思ったが黙っていた。
「可能なら、ぜひ。星も見れるのでしょう?」
シャーロットは嬉しくなって微笑んだ。星も見れてオーロラも見れるなんて、なんて素敵な国なんでしょう。
「ああ、ものすごく寒いけれどな。」
「寒いのですか? 」
「今朝くらいの寒さは10月頃の寒さだ。12月には外へ出たいとも思わない。」
「では、よく今日はこの国まで来てくださったのですね。」
シャーロットが感心したように尋ねると、シュタインは当然だという顔つきになった。
「ラファエルはもうこの国でクリスマスを祝えないからな。この夏には私の国に嫁いでくる。最後にこの国での思い出を作りたいを望まれれば、来ない訳にはいかないだろう。」
シュタインの力強い物言いに、シャーロットはキュンと胸がときめいた。この人かっこいい…。
頬を染めたシャーロットの手を、サニーがぎゅっと握った。
「サニー?」
「シャーロットと二人で、ぜひ伺いたいですね。」
「ああ、構わん。シャーロット嬢の相手がミカエルだろうと君だろうと、私にはあまり意味がない事だからな。」
シュタインはにやりと笑って手を振ると去って行った。
「サニー、手を離して?」
シャーロットが困った顔をすると、サニーはシャーロットを見つめたまま言った。
「あなたが昨日、あの方と夜、会っていたことは知っています。あの方がすぐに部屋から出てきたことも。何もなかったのでしょう? こんなに近くにいるのに何もないあなた達と、私と何が差があるのでしょう?」
「どうしてそれを知っているの?」
「さあ、どうしてでしょうね?」
サニーは口元だけ笑った。「知りたければ、私の部屋に来ますか?」
「行かないわ。知りたくても、行けないわ。」
手を振りほどくと、シャーロットは背を向けて歩き出した。サニーが後をついてくるのが判った。追いつかれて、結局手を握られて一緒に歩く。
黙ったまま二人は歩いた。シャーロットはずっと下を向いていた。自分の部屋へ戻る気になれなかったシャーロットは、王族用の私的な応接室へと向かった。
部屋の前にライトの姿を見つけて、シャーロットは黙ってサニーの手を振りほどいた。サニーも何も言わなかった。
「シャーロット様、おはようございます。ミサに行かれていたんですか?」
「そうなの。おはようライト。あなたはこんな早くから仕事をしているのね。もしかして夜勤だったの? 」
「はい。こういう日は特別手当てがつくんです。妻に、子供が小さすぎてクリスマスがよく判らないうちは働いてほしいと、言われてしまいました。」
「あなたも大変なのね。もう、この部屋には入れる?」
「皆さまがお待ちです。」
「そう、私も入るわ。」
シャーロットはサニーを振り返ることなく部屋に入った。シャーロットとサニーを見て、ライトが微妙に眉を顰めていた。
「私も入ります。」
サニーが入ると、すぐミカエルが不機嫌そうな表情でやって来た。ミカエルは落ち着いた灰色のスーツの中にピンク色のセーターを着ていた。
「おはようございます、ミカエル様。」
「ああ、おはよう、入っても大丈夫か?」
「ええ」
修羅場になりそうだなとライトは思ったが、黙って部屋のドアを開けた。案の定、ソファアに座るシャーロットの隣にはサニーが座っていた。部屋の中は誰も話などしていない。
ミカエルは黙ってシャーロットの反対隣に座った。
4月から寄宿学校に入学してお城からいなくなったシャーロットを昨日久しぶりに見て、美しくなったなとライトは思ったが、こんな面倒なことになっているとは思ってもいなかった。
こっそり溜め息をつくと、何も見なかったことにして部屋のドアを閉めた。
ありがとうございました




