<84>悪役令嬢はお城のクリスマス会へ参加するようです
クリスマスなのに出かけるのねと母に嫌味を言われながら、お昼ご飯を家族で済ませたシャーロットは、お泊りセットの入ったトランクと母から持たされたお土産入りの紙袋とミカエルへのプレゼントの入った紙袋を持って、馬車でお城へと出かけた。
黒いコートの下にはシャーベットブルー色のニットワンピースのスーツを着ていた。茶色のタイツを履いて革靴を履いていても、なんとなく今日は寒かった。ブーツにすればよかったかなと、シャーロットは馬車の窓から空を見上げながら思った。もしかして雪が降るのかしら。
お城につくと、ミカエル付きの近衛兵が出迎えてくれた。シャーロットが気安く話ができる数少ない大人で、婚約した当初から送り迎えをしてくれていて、随分長い付き合いになる。
「ライト、メリークリスマス。今日はよろしくお願いしますね。」
「シャーロット様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。少し背が伸びましたか?」
シャーロットのコートと荷物を受け取りながら、ライトが尋ねた。母から渡されたお土産入りの紙袋は、さすがに自分で手に持った。
ライトは背が高くて手足が長く均衡の取れた体格をしている顔が綺麗な騎士で、剣の腕も優れていた。まさしく近衛兵の条件を十分に満たしている。もちろんそんな彼をお城で働く女性陣は放っておかず、3年前に結婚していて子供も2人いる愛妻家だった。
「そうなの、この前仕立て屋の採寸師にもそう言って貰ったの。昨年のこの時期より5センチは伸びてますねって。」
「なかなか女性で背の高さを計ってもらう機会はないですからね。あちこちの長さを計って全体を想像するんでしょうけど…、私もそれくらいは伸びていると思いますよ?」
ミカエル達王族の住む居住区へ向かいながら、二人は廊下を歩いた。
「お城の近衛兵の待合所に不審者の身長を計る道具はありますから、ご希望とあればご用意しますけど…、公爵家の御令嬢にそのようなことをして、私の首が飛ぶのも困りますからね。」
「そうね。体に触れただけで、首が飛ぶって大騒ぎになりそうね。」
身分の差があると、そんな些細なことも失態につながる。二人はくすくす笑いながら奥へと進んだ。
「皆さまはもうすでに到着されているのかしら。」
「ええ、隣国からも、北方からも、王子様達がいらっしゃってます。」
「もしかして、ミカエルはご機嫌斜めなの?」
ライトは微笑んだ。「お察しの通り、お一人目が見えてから自室で読書されています。」
「みんな背が高いものね。」
レインもシュタインも、背が高くて逞しい。二人と比べると背が低くて華奢なミカエルは、だから不機嫌になるのだろうなとシャーロットは思った。
「それだけではないんですけどね。」
部屋の前で立ち止まると、ライトは苦笑いをする。
「シャーロット様の荷物は客室へと運ばせていただきますね。あとで声をおかけください。」
いったいなんだろう…? シャーロットは首を傾げながらライトがドアを開けてくれた王族用の私的な応接室へと入った。
広々とした部屋には3人掛けのソファアが向かい合うように4台置かれていて、それぞれのソファアに、それぞれの王子様とお姫様が座っていた。
一番上座のソファアにラファエルと北方の国の王子のシュタイン、次に上座のソファアに隣国のレインとガブリエル、残りのソファアにサニーとクラウディア、一番下座のソファアには誰も座っていなかった。
「え?」
サニーとクラウディア姫? シャーロットは驚いて声をあげた。サニーはチャコールグレー色のセーターに灰色のスーツ姿で座っていて、クラウディアは赤紫色のセーターに、金糸の刺繍が美しく煌めく、紫色の踝丈の長いスカートを履いて座っていた。
「シャーロット、メリークリスマス。」
ラファエルとガブリエルが近寄ってきて、シャーロットを抱きしめた。二人はお揃いの白いセーターを着て、同じような膝下丈の明るい赤色を基調としたタータンチェックの毛織の巻きスカートで黒い靴下を履いていた。
「ごめんね、予定外のお客様がいらっしゃったの。」
髪をハーフアップにして白い花飾りの付いたリボンで纏めたラファエルが、耳元で囁いた。
「お招きしたのはレイン様だけでしたのですが、御用があると仰って、お二人もご一緒されましたの。しばらく滞在されるみたいですわ。」
髪を二つにお下げに括ってベルベットの深緑色のリボンを結んだガブリエルも、囁いた。
「ありがとう。わかったわ。ミカエルは?」
シャーロットもひそひそと話す。
「ミカエルは部屋でぶーたれてるわ。可愛い顔してね。」
ラファエルとガブリエルがくすくす笑った。
二人はシャーロットから離れると、手を取り合って言った。
「今日は聖なる夜なの。雪も降りそうだし、素敵な夜になりそうよ?」
そ、そうね…。シャーロットは波乱の幕開けにしか思えなかった。
「じゃあ、ちょっと、私、ミカエル様をお呼びしてきますね?」
シャーロットがお土産入りの袋をラファエルに渡し笑顔で部屋を出ようとすると、ラファエルとガブリエルが手を振った。サニーとクラウディアは立ち上がろうとするけれど、ラファエルが止めた。
「お茶の用意をさせるから、先にいただきましょう?」
ラファエルありがとう、とシャーロットは思いながら部屋を出た。ライトがすかさず寄ってきて、「大丈夫でしたか?」と尋ねた。
「大丈夫よ? ラファエルが気を使ってくれたの。ミカエルの部屋に行きたいわ。」
ついでにシャーロットはライトに頼んで、紙袋を持ってきて貰った。ミカエルへのクリスマスプレゼントが入った袋だった。
二人は迷路のような廊下を進んで、ミカエルの部屋へと行った。
「ミカエル? 入ってもいい?」
ライトがドアをノックすると、不機嫌そうなミカエルの声がして、いいよと聞こえた。ライトにドアを開けて貰って、シャーロットは中に入った。ライトはドアに猫の置物を挟むと、部屋の外で待機し警備してくれている。
ミカエルはソファアに凭れ掛かって、不機嫌そうに膝の上の本を広げたまま、読むのを諦めてしまったかのように座っていた。白色のセーターに赤色を基調としたタータンチェックのズボンを履いている。ラファエルとガブリエルとお揃いなんだわとシャーロットは思った。
「ミカエル、メリークリスマス。」
シャーロットが近寄ってミカエルの頬にキスすると、ミカエルはぶーたれた顔でぼそっと「メリークリスマス」と言った。
「クリスマスプレゼントを持ってきたわよ。」
紙袋を渡すと、ミカエルは目をぱちくりした。
「え、今くれるの?」
「今しか二人きりになれそうにないもの。」
シャーロットが静かに答えると、ミカエルは項垂れた。
「そうなんだよね…、どうしてなのか隣国からお客さんがおまけで付いてきちゃって、追い返す訳にもいかないし、今晩も一緒に過ごせるかわからなくなっちゃったんだよね。」
「それは別に客室で構わないけど、ミサも、みんなで行くの?」
「あー、一緒にミカエルルート攻略したかったのにっ!」
「はいはい…。そうそう、私、研修旅行、行く事になったわ。」
土曜の午後、祖父が二人分の結果を持って公爵邸に帰ってきた。エリックとシャーロットの分の資料で、もちろん抽選はナシの確定した結果だった。
「おめでとう。行ってらっしゃい。お土産は気にしなくていいから、沢山お願い。」
「ナニソレ。いらないんじゃなくて、欲しいのね?」
シャーロットはくすくす笑った。
「気にする程度にお願い。」
「わかった。あったら買ってくるね。」
「どこに行くの? 誰が行くの? 」
「ペンタトニークの国に、エリックとブルーノとリュートと、あと6人の学生とで10人で行くの。」
「えー、僕も申し込めたらよかった…。ミカエルルートだけいつもひどい目に合う気がするのは、どうしてだろう。」
「気のせいじゃないのかな。」
シャーロットにもこればっかりはどうにもならない。
「そうは思えないけど。今日はサニーと仲良くしないでね、僕だけを見つめていてね。」
「あー、はいはい、頑張るねー。」
面倒なことになって来たな~とシャーロットは思った。
「ナニその言い方っ」
ミカエルはシャーロットを抱きしめた。
「シャーロット、ずっとここにいて? 二人でここにいようよ?」
「ラファエルとガブリエルに悪いから、みんなのところに行こうよ。みんながこっちに来ても困るでしょ?」
「それもそうだね。」
ミカエルはシャーロットの瞳を見つめた。翡翠色の瞳に、シャーロットが映っていた。
「キスしてもいい?」
「少しだけ、ね?」
「キスに少しも多いもあるの?」
「それもそうね。」
ふふっと笑ったミカエルにキスされて、シャーロットは瞳を閉じた。ミカエルの肩に寄り掛かる。
「もう少しだけ、こうしていてもいい?」
「ええ、私もそうしたい。」
シャーロットの髪を撫でるミカエルに、シャーロットは小さく答えた。
手を繋いだ二人がライトと一緒に部屋に戻ると、ラファエルの言葉通り、みんなは本当にお茶を楽しんでいた。和やかな雰囲気の中、何やら楽しそうに笑っていた。
「あら、ミカエル、やっと来たのね。」
ラファエルがカップをソーサーに戻した。
「今、隣国のクリスマスのお話を伺っていたところなの。」
ミカエルとシャーロットは空いていたソファアに二人で座った。すぐさまメイド達がお茶の用意をしてくれる。
白い地に藍色の花柄模様の描かれたカップに、お茶が注がれる。少し濃い色合いだなとシャーロットは思った。カップを近付けて香りを嗅ぐと、品の良い花のような香りがした。
「このお茶はレイン様がお持ちくださったのですわ。隣国のお茶なんですって。」
「ジャスミンの香りがしますね。」
「そうなの、ジャスミンティーって言うんですって。ポットの中で花が咲くのよ。」
「へえ…。」
メイドがシャーロットとミカエルの傍まで寄ってきて、「失礼します、」と言うと、ポットの蓋を開けた。
恐る恐る中を覗き込むと、茶葉が花を開いたようにポットの中に沈んでいた。無言で顔を遠ざけて、シャーロットは「ありがとう、」と言って微笑んだ。メイド達はお辞儀をすると、そそくさと部屋を出て行く。
「このお菓子はシュタイン様の国のクリスマスのお菓子なの、果物がたくさん入っていて美味しいわよ?」
ラファエルが掌でパンのようなお菓子の入った皿を勧める。シュタインはラファエルの隣で足を組んで座っていた。背が高くしっかりとした体格のシュタインは雰囲気が国王と似ていて、落ち着いた赤いセーターを着て濃い灰色のスーツを着ていた。寄り添うラファエルは嬉しそうに身を寄せている。
「シュタイン様の国のお菓子ですか。珍しいですね。いただきます。」
シャーロットがシュタインに会釈すると、焦げ茶色の瞳で目鼻立ちがはっきりした顔のシュタインは、黙って微笑んだ。
「シャーロットの持って来てくれたお土産も、開けてもいいかしら?」
「ええ、どうぞ、」
シャーロットはまた美容クリームなんだろうなと思った。母の持たせてくれるお土産はたいてい領地のなにかしらだった。お菓子をフォークで食べながらシャーロットは思った。
「あら、可愛い。シャーロット、ありがとう。」
ラファエルの声にシャーロットがラファエルの手元を見ると、綺麗な紫色のカップの中に黄色い芯の蜜蝋が入っていた。ラファエルは丁寧にテーブルの上にカップを並べた。一個ずつ金色のリボンが巻かれている。カップは焦げ茶色が3個と紫色が3個、青色が3個あった。
「ティーキャンドルね。素敵だわ。」
ガブリエルが手に取って眺めている。
「この数だと、一人一個ずつ貰えるのね。今晩さっそく使ってみようかしら、」クンクンと香りを嗅ぎながら、ラファエルは微笑んだ。
「ディア様もおひとついかがですか? 私は青色を頂きますわ。レイン様も青色でお揃いにしましょう。」
中にクリーム色のセーターを着て焦げ茶色のスーツを着たレインが、組んだ膝を抱えて微笑んだ。
「では、私は紫色を。」
「瞳の色と同じなのですね、」ガブリエルがクラウディアに微笑む。
「そうだな、私はラファエルの瞳の色と同じ青色にしよう。」
「あら、嬉しいわ。私はシュタイン様の焦げ茶色にしましょう。」
ラファエルとシュタインは見つめ合って微笑んでいる。うわー凄く仲良いのね、とシャーロットは思った。ラファエルはシュタインと思っていたよりも親密な印象だった。
シャーロットは紫色を手に取ると、サニーには焦げ茶色、ミカエルにも焦げ茶色のカップを渡した。ミカエルがクラウディアと同じ紫色を選ぶのは嫌だった。だからシャーロットは紫色を選んだ。残った紫色のカップをシャーロットはラファエルに譲った。三色揃ってラファエルは喜んでいた。
「素敵なお土産をありがとう。シャーロットのうちの公爵領は美容関連の事業が得意だものね。蜂蜜もおいしいし、蜜蝋でこういうこともできるのねえ。」
「ふふ、喜んでもらえて嬉しいです。母にも伝えます。」
シャーロットが微笑むと、ラファエルとガブリエルは優しい瞳で頷いていた。
夕食を共に取ろうと約束して、ラファエルとシュタインは手を取り合ってラファエルの部屋へとティーキャンドルを手に去っていき、レインとガブリエルもそれに続いた。
部屋の残されたシャーロットとミカエル、サニーとクラウディアは話すこともなく黙って座っていた。
シャーロットは、窓の外を眺めているミカエルがずっと話をしないのは、不機嫌だからと判っていた。クラウディアはミカエルの婚約者候補だと思うと、クラウディアと何を話すのが最適なのか判らない。サニーは何を考えているのかが判らない。
気まずい…、話すことがないわ…。シャーロットは内心冷や汗をダラダラ流しながら、猫を被って微笑んでいた。こんなことなら家にいた方がましだったわと思っていた。母とエリックと3人でクリスマスを祝った方がましと思うなんてどうにかしてるわ、とも思う。
「せっかく4人でいるんですし、学校の話を聞かせて貰ってもいいですか?」
クラウディアが躊躇いがちに聞いた。
「1月から私、寄宿学校に仮入学する予定ですわ。」
そう言えばそんな話を聞いていたっけ。シャーロットはクラウディアの美しい紫の瞳を見つめた。
「楽しい思い出を作って下さるといいなと思います。私達のクラスに仮入学されるのですね?」
「ええ、統治のコースだと聞いています。仮入学なので、まずは言葉や文字に慣れるつもりです。」
「寮はどうされるのですか?」
「女子寮に空きがあると聞いたので、そちらに一人で入る予定です。」
今一人で女子寮に入寮しているのはローズだけなのかしら? シャーロットは首を傾げた。ローズとは身分が釣り合わないってことなんだろうなと思った。ということは、シャーロットがあのまま一人部屋でいたら、クラウディアと同室になったということなのだろう。ミカエルを見ると、同じことを考えていたのかミカエルは微笑んで頷いた。
「サニー様は統治のコースで1位なので、頼りになるのではないかなと思います。」
シャーロットがサニーに微笑むと、サニーは嬉しそうに微笑んだ。
「シャーロット様は2位なのでしょう? シャーロット様にも教えて頂きたいですね。」
恋敵にそんなことを頼めるクラウディアは強い心臓の持ち主なのね、とシャーロットは思った。それくらい気持ちが強くないとやっていけないのかもしれないなとは思う。
「ええ、私でよければ。」
「シャーロットはガブリエル様と転校生と奨学生の3人の面倒を見ているから、あんまりわがままを言ってはいけないよ、ディア。」
「お兄さまはシャーロットと呼ぶのね? シャーロット様、私もシャーロットと呼んでもいいかしら。」
「ええ、ご自由に。」
好きに呼んで、とシャーロットは思った。恋敵に呼ばれる名前にこだわりなど持てなかった。
「私のことは、では、ディアと呼んでください。ミカエル様にも、そう呼んでほしいのですが、いかがですか?」
「それはできない。一国の姫の事を愛称で呼ぶことは、婚約者でもないので遠慮させてほしい。」
ミカエルはきっぱりと即答した。
「なら、シャーロットのこともシャルと愛称でお呼びになればよろしいのでは?」
シャーロットはミカエルと顔を見合わせた。ミカエルはどうする? とでも言いたそうな顔をしていた。シャーロットはふるふると首を振った。ミカエルにシャルという愛称の話はしたことがなかった。
シャルと呼ばれると同じ名前のプードルが寄ってくるので、シャーロットは嫌だった。いまさら犬に譲った名前で呼ばれたいと思わなかったし、理由も由来も、その話自体もしたくもない。リュートの家の猫の名前もシャルなので、ますます呼ばれたくはなかった。
「私も、クラウディア様とお呼びしたいです。いけませんか?」
クラウディアは残念そうな顔をした。「私はシャルと呼びたいのに…。」
それが嫌なんだけどなあとシャーロットは思ったけれど、猫を被って黙って微笑む。
「ディア、シャーロットにおねだりをする時は、何かで勝負をして勝たないとダメなんだよ?」
サニーが微笑んで言った。「それがこの国の決まりなんだ。」
「いえいえ、そんな決まりはないですからね?」
シャーロットがすぐさま答える。
「そうなのですか?」
クラウディアは目を見開いて尋ねてくる。
「その勝負はなんでもいいのでしょうか?」
「試験に勝たないとダメなんだ。シャーロットの順位に勝つと、お願いが聞いてもらえるんだよ?」
ミカエルまでにやりと笑って答えている。
「そ、そんな話は知らないわよ?」
二人とも、間違った情報を吹き込まないでほしいわっ。
「シャーロット様は2位なんでしょう? 1位を獲らないと聞いてもらえないのね?」
「そうだね、ディア。」
サニーが優しくクラウディアを見つめて微笑んだ。
「私も1位を獲れたからサニーと呼んでもらっているんだよ?」
違うからっ。
「私、今のうちに学んで、入学が決まったら頑張って勉強しますわ。シャーロットにディアって呼んでもらいたいですわ。」
呼びたくない…。シャーロットは心の中で呟いた。ミカエルの婚約者になるつもりのクラウディアは、今現在婚約者である私の事をどう思っているのか一度じっくり聞いてみたいわと、シャーロットは思った。
ありがとうございました




