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<75>サニールートに流されてはいけない

「シャーロット、おやつにしませんか?」

 馬車を降りると、サニーはシャーロットと手を繋ぎながら言った。

「はい? おやつですか?」

「ええ、お茶をしに行きましょう。」

「では、以前来たことがあるあの喫茶店に行きませんか?」

 サニーとシャーロットは街の入り口にある案内板を見上げた。二人の後ろ姿をちらちらと観察する私服の執事や騎士がいるとは露も知らない。

「シャーロットはコーヒーが好きでしたよね? コーヒー専門店を探してもいいですよ?」

「サニーはこの街に詳しいのですか?」

「そんなには。喫茶店やコーヒー専門店なら地図を探せば見つかりそうな気がしたのですが、どうしますか?」

「では、コーヒー専門店に行きますか? サニーもコーヒー好きですよね?」

 この前二人でお茶をしたとき、そんな会話をした気がする。

 地図の東側の街から順に見ていくと、中央市場の近くに、コーヒー専門店の名前を見つけた。北側に近く住宅街の中にあり、一目で見つけられるのかなあとシャーロットは思った。

「ウルサンプリュシュ? 見つけられそうですか?」

 シャーロットがサニーを見上げると、サニーは目を細めた。

「大丈夫です、メモを取りましたから。」

 前に見たサニーの凄まじい地図を思い出して、シャーロットは大丈夫なのかなとこっそり思った。

 二人は判りやすいだろうとあたりをつけて中央広場に向かって歩き、そこから北東へと進んだ。どう見ても住宅街になりつつあるんだけどほんとにあるのかなあ、とシャーロットが思っていると、オリーブの木を緑色のドアのすぐ傍に植えた店の前に、小さな茶色いクマの形をした看板が立てかけて置いてあった。

 かなりシャーロット好みの外観とセンスで、胸のキュンキュンが止まらない。シャーロットは興奮して顔が赤くなってしまう。

 サニーを見上げると、サニーはメモを見ながら微笑んだ。

「ここですよ、シャーロット。」

 クマの胴体の部分に、ウルサンプリュシュと書いてあった。可愛いクマにさらにシャーロットはキュンキュンしていた。

「案外簡単に見つかって良かったですね。」

「ええ、サニー、すごいですね。では入りますか?」

「そうですね。こういう店は初めてです。」

「私もです。この街にコーヒーの専門店があるなんて知りませんでした。」

 サニーがゆっくりとドアを開いた。

「いらっしゃいませ。」

 低い男性の声が店内から聞こえた。思ったよりも明るい店内は天井が高く、薄黄色い壁紙の店内にはいくつかサボテンの植木鉢が並んでいて、緑色のファンが照明の上でゆっくりと回っていた。席はカウンター席ばかりで10席程しかない小さな店だった。客はシャーロットとサニーしかいない。

 若い男性の店員がコーヒー豆を焙煎していた。その隣で、高齢の女性店員が黙ってコップを磨いている。二人とも、茶色いシャツに黒いエプロンをつけていた。

「お二人ですか?」

「ええ。どこへ座っても大丈夫ですか?」

「お好きにどうぞ。」

 真ん中あたりの椅子に座ると、おしぼりとメニュー表を手渡された。おしぼりが温かかった。シャーロットは手を拭うと、たたんで置いた。

 サニーはコーヒーに詳しいのか、手渡されたメニュー表を見ながら、何かを尋ねている。シャーロットはサニーの傍でじっと大人しく様子を見ていた。女性従業員が愛想よくサニーの質問に答えていく。

「では、私はそれを。シャーロットはどうしますか?」

「私は判らないので、おすすめを頂きます。」

 シャーロットはななしやで今日のおすすめは無難という注文の仕方を学習していた。

「おすすめはすべてです。お嬢さん、お好みはありますか?」

 味に自信があるのだなあと、若い店員の余裕の笑みを見ながらシャーロットは思った。

「では、甘くて、苦くなくて、いい香りのするものをお願いします。」

 意地悪な注文かしら、とシャーロットは思ったけれど、男性店員は澄ました顔で「わかりました」と了解する。

「サニーは何を頼んだのですか?」

「私は、南方の国の高地で取れるコーヒー豆のブレンドです。華やかな香りが特徴で、柑橘類の香りがするのです。」

「それはすごい。サニーのと同じにすればよかったかも。」

「学校や普通の街の喫茶店なんかだと、この豆はなかなか無いのです。私の国でも、珍しかったですよ?」

「ますます、サニーと一緒にすればよかったかも。」

 シャーロットが微笑むと、サニーはシャーロットの手を握った。

「好きなものが同じだと、楽しいですね、シャーロット。」

「そうですね。サニーとしかこういうお話、しないですね。」

 ミカエルは甘党なので、コーヒー自体飲まない。紅茶党だし、学校の購買で買うのはイチゴミルクが多かった。

「そういえば、」サニーがシャーロットの耳元で囁いた。「胸の跡は消えましたか?」

 シャーロットは真っ赤になった。消え入りそうな声でサニーに囁き返す。「き、消えました。」

「誰にも見られなかったんですか?」

「誰かに見せたりしません。」

 侍女には見られたけどね。

「そうなんですか、」サニーは目を細めた。

「てっきり見せたくないお相手でもいるのかと思ってました。」

「見られるような相手もいません。」

 シャーロットとミカエルは、清い関係でいないとミチルとの同室が解消されてしまう。

「そうですか。」

 黙ってしまったサニーに、シャーロットも黙る。あまりしたい話ではなかった。コーヒーが運ばれてくるまで二人は黙ったままだった。

「お待たせしました。」

 いい香りとともに、ざらざらした手触りの焦げ茶色のカップが運ばれてくる。ソーサーにはスプーンと小さなクマの形のチョコレートが二粒添えられている。可愛すぎる…! シャーロットはまた胸のキュンキュンが止まらなくなる。

 シャーロットが嬉しそうにサニーを見上げると、サニーは優しく微笑んだ。

「お嬢さんのコーヒーは、海を渡った大陸の、古い遺跡のある街から来たコーヒーだよ。苦みが少なくて甘くて飲みやすいんだ。おすすめだから、香りも楽しんでくださいね。」

 男性店員が丁寧に説明してくれて、シャーロットは嬉しくなる。

「ありがとうございます」とシャーロットが微笑むと、男性店員も女性店員も嬉しそうに微笑んだ。

「シャーロット、試しに私のコーヒーを飲んでみますか?」

 サニーが優しい眼差しで、シャーロットを見ていた。黒い瞳にはシャーロットが映っている。

「ありがとう。でも、今度のお楽しみにして今日はこれを頂くわ。また、機会があったらでいいから。」

「ではまたここに、二人で来ましょうか。」

 サニーはさらっと次の約束を口にした。

「それは、またいつか考えましょう。」

 はぐらかして微笑むと、シャーロットはコーヒーを飲んだ。いつもはカフェオレにするので、砂糖も入れないコーヒーは苦かった。いい香りだとは思うけれど、一口飲んで挫折して、砂糖とフレッシュを程よく入れる。

「サニーはお砂糖は入れないんですか?」

「今日はこれがありますから、いらないですね。」

 小さなチョコのクマを摘まむと、サニーは口にポイッと入れた。ブラックのまま飲んでいる。大人だわ…。シャーロットは甘いカフェオレなコーヒーを飲みながら思った。小さなチョコのクマも食べる。甘くて美味しかった。このお店、絶対当たりだわ。

 にこにこ微笑んでいると、年配の、夫婦らしき男女が店に入ってきた。夫だろうか、老人が一緒に入ってきた妻のように見える老婦人の為に、一番奥の日当たりのいい席の椅子を引いて座らせていた。男性店員に、「いつものやつを頼む」と声を掛けている。

 男性店員がコーヒーを淹れる時間を、ゆったりと二人は微笑んで見つめている。

「素敵ね、ああいうご夫婦。」

 シャーロットが呟くと、サニーはシャーロットの手を握って、愛おしそうにシャーロットを見つめた。

「私達もなれますよ? ああいう風に。」

 手をゆっくりとサニーから離して、シャーロットは黙ってカップを見つめた。ならないわ、サニーとは結婚しないもの。心の中の呟きは自分の中で流してしまう。

 苦みがなくて甘くていい香りのカフェオレなコーヒーは、名残惜しいけれど、もうここでは飲めないかもしれない。


 二人がそれぞれ会計を済ませ店を出ると、空は夕焼けが始まっていた。赤い空は黒い闇を呼んでいる。

「少し早いですが、帰りの時間もあるし、次のお店に向かいましょう。」

 地図を書いたメモを見ながら、サニーはシャーロットに提案する。

「夕ご飯て、何食べるんですか?」

「夕食は、決まってます。私の国でも有名な店が、最近この街にも出来たんです。」

 サニーは手を繋ぐのが当たり前のように、シャーロットと手を繋いでいる。シャーロットも、そんなサニーに抵抗せず手を任せていた。今日だけは、サニーだけを見つめていよう、そういう気分だった。

 中央広場へと近付くと、夕食の食材を買い求める買い物客で大層な賑わいだった。沢山荷物を手にした誰もが、寒さに頬を赤くして家路を急いでいる。

「この街はいつ来ても賑わってますね。」

 サニーが感心したように言った。前もそんなこと言ってたよね?とシャーロットは思った。

「そうですね、」と答えたシャーロットに、サニーが囁いた。

「いつか、一緒に家に帰りませんか? こうやって手を繋いで、一緒に買い物をして、二人で帰るんです。そんな未来が、見えてきそうじゃないですか?」

「私と、サニーが、ですか?」

「ええ、あなたとなら、どんな異国でも、楽しいと思いますよ?」

 サニーは頼りになるし優しいだろうなあと思うけれど、シャーロットはそういうつもりがない。

「私は料理が出来ませんから、無理だと思います。ローズは得意ですから、ローズとどうぞ。」

 さりげなくローズを勧めてみる。ローズはゲームのヒロインなのだから、サニーとは相性がいいだろう。

「私はシャーロットがいいと言っています。ローズ・フリッツはシャーロット・ハープシャーではありませんから、無理ですね。」

 ゲームのシナリオに忠実にすればいいのにとシャーロットは思ったけれど、シャーロットだって悪役令嬢ではないから、シナリオ通りにはならないのかもしれない。

「シャーロットは時々、ローズの事をかなり私に勧めてくる気がします。」

「そうですか? 気のせいじゃないですか?」

 その通りローズを勧めてますけど? シャーロットは内心思ったけれど、誤魔化しておいた。

「気のせいじゃないと思います。その名前が出るたびに、ローズをミカエル王太子殿下に捧げて、あなたを私のものにしたくなりますね。」

 それは嫌かも。

「お互いに最良の相性だと思いますが、そうなりませんね。」

 ミカエルとローズが最良な相性だと思いたくないシャーロットは顔を顰めた。

「さてと、話をしているうちにつきましたよ?」

 着いた場所はななしやが以前あった場所だった。ななしやと隣2軒があった場所には大きな店が一軒出来ていた。看板には異国の文字がさりげなく書かれていて、シャーロットには読むことが出来なかった。

「ここは?」

「ラウラ・クリスティーナ王女をご存知ですか? あの方の国で流行っている鉄板焼きという焼肉を専門に扱う店なのです。私の国の王都にも一軒あります。この国には王都に次いで2軒目なのではないでしょうか。」

「へー、すごいお店なんですねえ。」

 だから、気前よく見舞金をつけて土地を買ってくれたのかな。シャーロットはローズの友達として嬉しく思った。

 店の入り口の前にはコートを着てタキシードで正装した男性店員が二人立っていて、ドアを開けてくれた。受付の女性にコートと荷物を手渡すと、サニーは予約していたらしく、テーブル席もいくつか見えたけれどすんなり奥のカウンター席に通される。カウンターテーブルが大きな鉄板の乗った料理台を囲むように設置されている。鉄板は熱せられているのか湯気が上がっている。どうやら白衣のコックが目の前で調理をしてくれるようだ。

 既に何組か客が座っていて、シャーロットとサニーも並んで座る。店内は薄暗く、鉄板の上から照明が照らされているだけで、客席の方はテーブルの手元にキャンドルライトが等間隔に置かれているだけだった。おかげで私服の護衛役の執事と騎士がテーブル席に座って観察していても目立たなかった。

「はじめてなお店ばかりです。サニーは凄いですね。」

 シャーロットは出来上がったものが運ばれてくる生活に慣れていて、目の前で調理する様子を眺めたことがない。せいぜい学食のおばちゃん達の調理する後姿を見る程度だった。

「シャーロットの前でいい恰好を見せたいですからね。」

 サニーはテーブルの上で指を組んで、微笑んだ。

「シャーロットが喜んでくれるのが一番嬉しいです。」

「ありがとう、サニー。」

 女性店員がおしぼりを手渡しながら飲み物を聞いてきた。炭酸水を二つ頼んで、サニーはシャーロットの手をおしぼりで拭いた。タートルネックの黒いセーターに黒いパンツ姿のサニーは、手首にさざれ石のアメジストのブレスレットを嵌めていた。シャーロットの手をおしぼりで拭きながら、シャーロットの手首に光る同じブレスレットを見て、嬉しそうに微笑んだ。

「ここはお任せなのです。メニューは飲み物だけ。あとは焼いてくれる肉を食べていくだけです。」

「変わってますね。」

 コース料理に慣れた貴族の食事からすると、変わっていた。

「値段も、定額ですからね。予約した時に好みを伝えておくだけです。」

「サニーはほんと、すごいのね。」

「結婚したくなったでしょう?」

「それとこれとは別です。」

 シャーロットは小さく笑った。

 やがて、シャーロット達の担当のコックが奥から食材を手に現れ、目の前で鉄板に肉や野菜を並べて焼き始めた。赤ワインの瓶を片手に、フランベしている。換気されているとはいえ、肉とアルコールの混じる匂いが立ち込める。

 わー、お酒の匂い、すごーい。シャーロットは匂いだけで酔っちゃうかもと思った。隣のサニーは平気そうに、料理する姿を眺めている。なんだかほんと、大人だわ、この人。サニーの意外な一面ばかり見ている気がした。

「どうぞ、」とコックが、焼いてから大きなナイフで細く食べやすく切った牛肉と野菜の盛り合わせのプレートを、シャーロットとサニーの目の前に置いた。ナイフとフォークは探しても見つからない。見つかるのは黒い棒ばかりだ。

「あちらの国では、ハシという道具を使うのですよ?」

 サニーがテーブルに用意されていた黒い木の棒のような細い道具を右手に持って、肉を摘まんだ。

「シャーロット、口を開けて? あーん、」

 サニーは当然のようにシャーロットに食べさせようとした。

「え、自分で食べられますよ?」

「今日は、私のお礼の日です。これくらいいいでしょう?」

 本一冊のお礼って随分高くついた気がするな~と、シャーロットは思った。口を開けると、サニーは嬉しそうにシャーロットの口にハシで肉を入れる。

「美味しいですか?」

 もぐもぐと頬張るシャーロットを満足そうに見て、サニーは尋ねる。「もっと食べますか?」

「ええ、とっても。でも、まだいいかな。」

 美味しいけれど、人前でこの食事方法はどうなのかな、とシャーロットは思った。

「自分で食べたいわ。」

「じゃあ、私にもあーんてしてくれたら、許してあげます。」

「えー。」

 かなり恥ずかしくて嫌かも。シャーロットは羞恥で死ねると思った。

「できないなら、私がシャーロットに食べさせ続けますよ?」

 どんな脅しだ、どんな! シャーロットは心の中で文句を言う。

 サニーにハシを手渡され、ハシの持ち方を手を取り教えて貰う。見よう見まねで動かしてみると何となく使いこなせる気がしてきた。慣れないハシで肉を摘まんで、サニーに、「あーん」と言って食べさせる。サニーは嬉しそうに肉を頬張ると、にっこりと笑った。

 恥ずかしすぎる…! こんなこと、ミカエルにだってしたことないわ!

「…もういいですか?」

 ゴリゴリと音を立てて精神が削られる気がする。

「もう少し、食べさせてください。」

「これで最後ですよ?」

 シャーロットはわざと、添えられていた細く切ったピーマンを肉に乗せてサニーに「あーん」と言ってみる。少し嫌そうな顔をしたサニーに、しめしめと思いながらピーマンと肉を食べさせる。

「美味しいですか?」

 シャーロットがわざとらしく微笑んで尋ねると、サニーは無言で頷いた。

 やっぱりピーマン苦手なんだ。シャーロットは内心ニヤニヤしながら思った。エリックは子供の頃ピーマンが嫌いだった。ミカエルはいまだに嫌いで、ぶつぶつ文句を言いながら食べている。

「シャーロットはもしかして、ピーマンが好きだったりしますか?」

 サニーは炭酸水を飲みながら尋ねた。

「ええ、大好きです。」

 滅多に出てこない気がするけどね、と思いながら答える。

 二人は話をしながらプレートの山を二人で食べ始める。赤ワインのフランベと塩胡椒だけの味付けだったけれど、十分に美味しいとシャーロットは思った。

「何が嫌いですか?」

「人参かな。甘い感じが苦手です。」

「私は人参の方が好きですね。今日は新しい発見に驚いてばかりだ。」

「そうですか? 言われてみれば、サニーとあまりそういう話をしてきてないですね。食べ物の好き嫌いって、私達の育ちの中では、言わないようにして食べるのが当たり前でしょう?」

 身分が高ければ高いほど、他国との貴人との会食の機会が増える。自国とは違う食文化を否定する訳にはいかないので、好き嫌いが無いように食べられるよう子供の頃から教育されて育っている。シャーロットにとって当たり前なことは、王子であるサニーも当たり前なのだろう。エリックもミカエルも、好き嫌いは心の中だけにして完食するのが当たり前に育ってきていた。

「ええ、確かに。家族の、ごく親しい内輪でしか、好き嫌いの話はしませんね。」

「私の秘密が知られてしまった、ってことですね。」

 シャーロットが微笑むとサニーも微笑んだ。コックは焼きあがった追加の肉を頃合いを見てはプレートに乗せていく。

「秘密を話せる関係になれる程、あなたと親しくなれたのですから、今日はいい日だと思います。」

 サニーが機嫌良さそうに、シャーロットの耳にあるイヤリングを見つめた。その視線がくすぐったくて、シャーロットは視線を伏せた。

 それなりに食べたシャーロットがもう食べられないなと思ってハシを休めて炭酸水を飲んで休憩していても、サニーは食べ続けていた。この人は結構食べる人なんだよね、とシャーロットは思った。私の事を抱き上げてお姫様抱っこをして歩けるくらい体力もあるし、何か鍛えているのかな。

 こっそり身体つきを観察するシャーロットの視線に気がついたサニーが、手を止めて微笑んだ。

「シャーロットはもういいのですか?」

「ええ、美味しかったです。ごちそうさま。」

「では、デザートをお願いしましょう。」

 女性店員に手を振って合図を送ると、白いお椀を二つ持って現れた。お椀の中にはアイスクリームが入っている。

「お嬢様、今日はご来店ありがとうございます。」

 そう言って、シャーロットの目の前で、マッチを擦ってアイスクリームに火をつけた。えっ? と驚いていると、アイスクリームが青白く光って燃えている。

「アルコールだけが燃えるんです、不思議でしょう?」

 プレートを完食したサニーがシャーロットに囁いた。

「オーロラと言うサービスなんです。北の方の国の夜空に浮かび上がる、オーロラという不思議な現象と似ているからついた名前らしいです。」

 サニーのお椀のアイスクリームも燃えていた。しばらくすると青白い火は消えてしまった。スプーンでつついて食べると、普通のアイスクリームだった。少しだけ、アルコールの匂いがする。

「酔わないと思いますよ? 大丈夫ですから、」

 お酒に弱いのもバレてるのね…とシャーロットは思った。

「あなたがお酒に弱くても、私が傍にいて介抱してあげますから、この先も安心していいですよ?」

 変な約束させられそうでそれは嫌だなーとシャーロットは思った。本は父王からのご褒美なのにお礼が発生してしまったのは、サニーが原因な気がする。

「なるべく飲まないようにします。」

 そう言ってシャーロットはアイスクリームを食べた。冷たくて甘くて美味しかったけど、ほんのりとお酒の味がした。


 御馳走するというサニーにやんわりと断って折半させてもらってお会計を済ませ、二人が店を出ると辺りは真っ暗で、星が空に見えていた。

 ポシェットから懐中時計を取り出して見ると、もう6時半を回っていた。

「この時間でもう真っ暗なのね。」

 シャーロットは自然とサニーと腕を組んでいた。寒いからと心に言い訳して、サニーにくっついて歩いていた。本当は、今日半日一緒にいて随分サニーが好ましく思えていた。

「オリオン座が見えますね。」

「ほんと、街ナカなのに、はっきり見えるわ。」

 街の入り口での7時の待ち合わせには間に合いそうだった。

「星を見に行きたいわ。」

 シャーロットは自分はやっぱりちょっと酔っていると思った。腕を組んだりサニー相手にこんなことを言うなんて変だと自覚している。

「私の国では星を見るには最適な砂漠がありますよ?」

「そんな遠くまで行くの?」

 吐く息が白いなと思いながら、シャーロットは歩いた。寒いけど、暖かく感じていた。

「あなたが私の国に嫁いでくればいい。」

「もっと近くで星が見たいわ。」

 シャーロットの頭の中では、ミカエルとからくり屋敷で見た星空が思い出されていた。

「出城の星空観測会に行ってみたいわ。」

 正式には建国記念行事だから、星空観測会じゃないけどね、と自嘲する。

「シャーロットとならどこへでも。」

「ふふ、サニーって素敵なのね。」

 コーヒー専門店も、鉄板焼き屋さんでも、素敵だったわ…。腕を組んで歩くサニーの横顔はシャーロットには大人に見えた。

「また来たいな。連れてきてくれる?」

 甘え始めたシャーロットに、サニーは嬉しそうに微笑んだ。

 馬車は昼間と同じ場所に停まっていた。執事はすでに馭者と並んで待っていた。気のせいか、執事は息を切らしているように見える。

「お嬢様、お時間より早くお帰り下さって安心いたしました。サニー様も、今日はありがとうございました。」

「あなた達の方が今日はお疲れ様だったと思うわ。今日はありがとう。」

 シャーロットが微笑むと、執事も馭者も顔を赤くして滅相もないと手を振った。二人はこの後、公爵邸で報告会が待っている。

 二人が馬車に乗り込むと、馬車は学校に向かって走り出した。

 馬車の窓のカーテンを開けて座ると、隣に座ったサニーの肩に凭れてシャーロットは夜空を見上げた。星が追いかけてくるみたいだわ。シャーロットはそう思った。


 学校へ送り届けてくれた馬車が帰っていくのを手を振って見送って、シャーロットとサニーは寮へと帰った。門限までまだ時間があった。昼間待ち合わせたテイカカズラの木の前で、二人は手を取り合って、向かい合った。

「今日はありがとう。すごく楽しかった。」

 シャーロットはサニーを見上げて微笑んだ。

「また、一緒に出かけませんか、シャーロット。」

「そうね、またいつかね。」

 酔いが抜けたシャーロットは、さっきよりも冷静に受け答えをしていた。

「星を見に行くのでは?」

「そんなこと言ったかしら?」

 すっかり頭が冴えていた。「素敵なサニーと、またテストで勝負しましょうか。」

 サニーは察したのか、苦笑いを浮かべている。

「そうですね、また勝って、あなたと出かけましょう。」

 二人は無言で見つめていたけれど、シャーロットが先に手を離した。

「また、明日。」

  明日はローズと三人で出かける。

「またね、サニー、」そう言って手を振って去っていくシャ-ロットの後ろ姿をサニーは見送って、「またね、愛しい人、」と呟いた。

ありがとうございました

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