<76>サニールートに攻略されてしまいそう
シャーロットが学食で朝ご飯を食べていると、ブルートとエリックが同じテーブルにやって来た。人が少ないからと油断して4人掛けテーブルに一人で座っていたシャーロットは、しまったなと思った。ざっくりとしたベージュのニットワンピース姿のシャーロットは、慌てて口の中のパンを飲み込んだ。
ブルーノとエリックはシャーロットの前に腰かけて座った。二人ともヘンリーネックの黒いセーターにカーキ色のズボンを履いている。
「おはよう、シャーロット、珍しく今日は一人なんだね。」
エリックは何となく事情を察したのか、黙って食べ始めている。エリックとブルーノは基本のパンとベーコンとハムとスクランブルエッグとサラダの朝食のプレートに追加して果物の盛り合わせを乗せていた。朝からたくさん食べるのねーとシャーロットは思った。
「ええ、あなた達だってそういう日があるでしょう?」
シャーロットは面倒なことになったなとこっそり思った。ミチルと食べない朝ご飯の時は、さっさと食べて部屋に帰ってしまうか、食べる時間を早めに済ませていた。今日はたまたま寝坊してしまい、いつもよりも随分遅かった。昨日は自覚していたよりも疲れたのだと思った。
「あなた達はいつも日曜日はこの時間なの?」
「今日は遅いくらいだね、昨日夜更かしして本を読んでいたんだ。エリックは明日帰るから、今日は片付けに付き合う予定なんだ。」
「あら、エリックは明日帰るのね、私は水曜だわ。お母さまによろしくね。」
「いろいろ報告しておいてやるから安心しろ。」
いや、それ、かえって安心なんてできないから。
「明日はシャーロットと出かけるんだ。エリックは帰るの、午前中?」
「何なら一緒に行ってやってもいいけどねー?」
「そうする?」
シャーロットがブルーノに提案すると、ブルーノは一言「嫌だ」と言った。エリックはニヤニヤしながらパンを齧っていた。
「明日の朝は10時に寮の前で待ち合わせだけど、来るのはシャーロットだけでいいから。」
「わかったわ、エリックは連れて行かないわ。」
「俺は犬じゃないぞ。」
「うちの別荘のプードルの方が愛想があって可愛いわ。」
シャーロットはエリックを見て笑った。プードルを思い浮かべて比較する。どっちも白銀の毛並みだけど、エリックより可愛い気がする。
夏休みに領地の別荘に帰った時に、エリックと散歩に出かけてブルーノと出会った。あの時もプードルを連れていた。
「ミチルって子は、冬休み、隣国の隣国に帰ったのかい?」
「もう帰っちゃったわよ?」
たぶんね。シャーロットは勝手にそういう事にしておいた。だいたい、隣国の隣国ってこの国じゃん。
「王子様は?」
「お城に帰ってるわよ? 公務だって。」
「そっか、じゃあ、今日にしておけば良かったな、約束の日。」
「どうして?」
「確実に邪魔が入らないだろう?」
「ははは、邪魔なんだ、」
ブルーノの言葉に、エリックが面白そうに言った。
「今日は誰と出かけるの?」
「サニーと、ローズ。」
ブルーノは黙り、エリックの目つきが鋭くなった。
「お姉さまはあの女に拘るよね。サニーもよく一緒に行動することを許すよな。」
「ローズはいい子なのよ? そんな風に言わないでよ。」
「いい子に思えないからそんな風に言うんだけどなー。」
「どうしてそんなにローズを嫌うの?」
ゲームだと、ローズが原因で私とあなたは仲違いをして、挙句に私は断罪されて婚約破棄されて絞首刑になっちゃうのよ? よっぽどそう言ってしまおうかとシャーロットは思ったけれど、心の中に留めておく。
「可愛いと思うし、いい子なのよ? 今日だって嫌がらずに一緒に出かけてくれるわ?」
エリックは黙って食事を続けていたけれど、考えがまとまったのか、フォークでハムをつつきながら言った。
「育ちが違い過ぎる。価値観が違い過ぎる。お姉さまを意図しなくても利用しているようにしか見えない。」
「僕は、あまりローズ・フリッツという生徒と話をしたこともないけど、シャーロットが関わっていつもひどい目に合ってるのだけは知ってる。それだけでも、彼女に対していい感情など持てない。」
エリックとブルーノの意見は、親に言われているローズの評価と同じで、聞いていて胸が痛くなる。
「僕はシャーロットと二人だけで出かけられてよかった。サニーには同情するよ。シャーロットはもう少し、サニーの心の広さに感謝した方がいいんじゃないか?」
ブルーノがサニーを誉めていた。やっぱりこの三人は仲がいいわね、とシャーロットは本の日の昼食会を思い出してそう思った。
「ブルーノとエリックは、サニーと仲良かったりするの?」
「悪くはないよ? 成績も近いし、選択する教科も似ているから、たまに話したりはするよ?」
「好みも似てるし、だろ?」
エリックがにやりと笑う。
「またお姉さまと4人で食事でも行く?」
「行かないから。」
シャーロットが即答してプレートを手に立ち上がった。頭の中には、土曜の終業式の前に見た職員室の掲示板の文字が過っていた。ちょっと寄り道して確認しに行こう。
「先に行くね? ごちそうさま、」
エリックとブルーノは小さく笑って「またね、シャーロット」と手を振った。
約束の時間に間に合うように、シャーロットはシャワーを浴びて着替えて薄化粧をして支度をした。もちろんお気に入りのスズランの香水も忘れない。ローズとお出かけは久しぶりなので、気持ちが弾む。ふわふわした白いニットの膝丈のワンピースに焦げ茶色の網タイツを履いて合わせる。
手首にさざれ石のアメジストのブレスレットを嵌めて、チャコールグレイ色のダッフルコートを羽織って肩から赤紫色のポシェットを掛ける。髪は括らず背中に流した。
鏡の前の自分を確認して、まあ、女の子とデートって感じだよねと満足する。頭の中にはサニーのことなどなかった。
膝下丈のブーツを履いて学校の門の前に時間に間に合うようにいくと、サニーがすでに待っていた。茶色のトレンチコートを着て、首元は深緑色のタートルネックのセーターが見えていて焦げ茶色のズボンを合わせていた。
「待ちましたか?」
シャーロットが尋ねると、サニーは嬉しそうに微笑んだ。
「さっき来たところですよ?」
手を握ると、やっぱり少し冷たい。サニーっていつもこうなのかな。両手でサニーの手を暖めながらシャーロットはサニーを見上げた。サニーはシャーロットをじっと見つめていた。
「昨日は眠れましたか? シャーロット。」
「ええ、楽しかったですね。寝坊しちゃいました。」
「私もです。今日も楽しいといいですね。」
「どこへ行くんですか?」
「ローズが来てからのお楽しみです。」
手を振りながら、ローズが走ってきた。黒い大きめのダッフルコートをだぶつかせながら、走ってくる。息を切らして立ち止まると、ふわふわと風に揺れる琥珀色の髪の毛を何度か顔を振って払って、ローズはにっこりと笑った。紺色のセーターに黒いズボンの男装をしていても、ローズは可愛かった。
「遅くなってすみません。昨日嬉しすぎて寝付けなくて、寝坊しました。」
「私も寝坊したのよ? 同じなのね。」
シャーロットが微笑むと、サニーも微笑んだ。
「そうですね、そういう一日の始まりもたまにはいいでしょうね。」
「今日は来てくれてありがとう、ローズ。どこに行くのかはサニーが決めてるのよね?」
「とりあえず街まで行きましょう。」
三人は歩き始めた。サニーはシャーロットと自然に手を繋いでいる。反対隣りにローズがいて、ローズもシャーロットと手を繋いでいた。
「そうですね、女性二人をエスコートできて、私も楽しいですよ?」
「ふふ、私はおまけでいいです。女性扱いは姫様だけど、私は、おまけ扱いしてくれる方がいいですね。」
「え、どうして?」
シャーロットは驚いてローズを見た。
「女性として扱ってもらうのは、好きな人にだけで十分だからです。」
うーん、その考え方は貴族的じゃないなあ…。ローズは時々常識でも考えつかないようなことを言うんだよね、とシャーロットは思う。ミカエルの言う、前世の日本人の考え方なのかなあ。
「女性を女性と丁重に扱うのは紳士の基本でしょう、ローズにはどうすればいいのですか?」
サニーも言葉を選びながら尋ねている。そうだよねえ…、女性を守るのが貴族の男性の常識で、おまけ扱いってナニソレだよね…。シャーロットも悩んでしまう。
「そっとしておいてほしいですね。私は性別は女性ですが、男性として扱ってください。」
「以前の、フリッツとして男子学生のふりをしていた頃のようにですか?」
「ええ、それでお願いします。」
無茶なことと言い出したなーとシャーロットは思った。ローズはそれでよくても、サニーがそれをすると、周りからのサニーの評価は下がるだろう。
「今のローズは、どう見ても女の子にしか見えないわ。今日は女の子のローズとして私の友達でいて? ロータスとして扱って欲しいなら、髪を切って一目でロータスと判るようにして欲しいわ。」
ローズは黙り込んでしまう。
「わかりました。姫様がそう言うなら、今日は女の子として扱ってください。仕方ないですけどね。」
不服そうな物言いだったけれど、シャーロットは一安心した。サニーを見上げると、サニーは困ったような顔をして微笑んでいた。ああ、これが、ブルーノの言う、サニーの心の広さに感謝しなくてはいけないこと、なんだろうなあ…。
街につくと、入り口の案内板の前に立って、サニーの指差すところを見上げた。
「今日はここに行きます。」
西側の端の方にある、動植物園と書かれた広い場所だった。
「動植物園ですか? 私は初めて行きます。」
シャーロットは領地にある植物園になら行った事があった。植物園というよりは観光施設で、花の展示即売会のような雰囲気だった。
「私は子供の頃、何度かここには行った事があります。かくれんぼするのが楽しかったですね。」
「そういう楽しみ方をするところなの?」
「大きなドーム型の温室なのでごちゃごちゃしていて、あちこちからいろんな草木が生えてるんです。子供は当時、入館料が『ただ』だったんですよ。」
ローズは、ただ、好きだもんね。シャーロットは目を細めた。
「では、道案内はローズに任せましょう。」
サニーがそう言うと、三人は街の西側に向かって歩き出した。
しばらく歩くと、開けた場所になり、大きな温室のドームが見えてきた。建物の高さが低くなり空が開けていた。いろんな匂いが漂ってくる。動物の匂い、花の香り、草の匂い、生き物の、匂い…。
辺りは子供連れの親子で賑わっていた。
「つきましたよ?」
ローズが指を差した。入り口の看板には動植物園とはっきりと分かりやすく書いてあった。
「今日は時間がありますからね、」
3人は入り口で一般客の列に並んで入館料を払って中に入った。当然、公爵家の護衛の騎士や執事が私服で何名か後ろからついて入って来ていた。親子連れの多い中、男性ばかりの集団はそれなりに目立っていた。
動物園は一通り道順に添ってさらっと見て、シャーロット達は植物園の大きなドーム型の温室に入った。カバが見てみたかったシャーロットは、見つからずに残念に思った。
温室入り口の傍の小さな喫茶店には、アイスクリームありますとの看板があった。温室の中に入るとアイスクリームが食べたくなるのかしら? とシャーロットは思った。
温室の中は暖かく、草木の匂いが濃く立ち込め、鬱蒼と生い茂る草木にすぐに視界が遮られてしまう。ローズの説明通り、あちこちからごちゃごちゃと草木の枝葉が伸びていて、道順として並べられている白い小石の小路をすぐに見失いそうになる。人気はあまりなく、動物園の方が人気があるのかなとシャーロットは天井を見上げて思った。
「これは…、道に迷ったりはぐれた時の対応を、決めておいた方がよさそうですね。」
サニーが入ってすぐに提案した。
「そうね、いざとなったら、温室の外に出て、入り口の傍のアイスクリームの喫茶店で待ち合わせにしましょう。」
「ああ、あの店、一年中アイスクリームを作ってるんです。温室の南国のイメージを大事にしてるんですね、きっと。」
ローズがくすくすと笑った。
「まあ、はぐれないようにしたらいいだけなんですけどね?」
「そうね、私も気を付けるわ。」
そう言ったシャーロットの手をサニーがきつく固く握った。
「足元、ゆかるんでますから気をつけてくださいね。」
ローズが先頭を切って歩く。一列になって歩くシャーロット達が白い小路を歩きはじめると、やがて水の音が聞こえはじめた。蒸し暑く感じはじめて、温室にコートはいらないなと思う。
「あれは人口で作った滝があるんです。温水の滝で、生温い水が流れています。おかげで南国に咲く花や植物がそのままの環境で育っています。」
生温いなんて、触って確かめたのかな。
「そうなの…。」
ローズの解説を聞きながら、シャーロットは天井を見上げた。青い空を覆う温室のドームは天井が高くて生えている草木の背も高い。ドームの向こう側の空に鳥が飛んでいるのが見えた。
近くに花が咲いているのか、甘い花の香りに交じって、濃い草の香りや、嗅いだことの無い木の香りもする。美しい蝶が葉の陰から現れる。思わず立ち止まってシャーロットはその姿を目で追った。青白く光る蝶が、見え隠れする。
目はすでに蝶を追っている。足は小路を進むけれど、体の向きは次第に蝶の消えて行った方へと向いてしまう。いけない。立ち止まって我に返ると、蝶の姿は消えていた。
急いで二人を追いかける。少し先に、後姿が見えた。ローズの琥珀色の髪と、黒いだぶついたダッフルコートが見える。
生い茂る葉の影を曲がると、誰かがシャーロットを横から抱きしめた。
「え?」
微かに香るムスクの香り。茶色のトレンチコートに、浅黒い肌の横顔。
「サニー?」
抱き締められたまま、道を外れて引き摺られて行く気がしていた。「ねえ、こっちに道、あるの?」
「ありますよ? ここにはきちんと下見をしに来てますからね。」
サニーはシャーロットを抱きしめたまま、少し開けた場所まで進んだ。
「ここはいくつか道が分かれています。さっきの滝に添う道と、植物の生い茂る道と、こういう観察する場所とが、何箇所かあります。」
そんなところまで調べていたのか…。さすがサニーだわ。シャーロットは思った。
「どうやってローズとはぐれようかと思っていましたが、あなたからはぐれてくれるなんて、好都合でした。」
サニーは微笑んで、シャーロットの顔を両手で包むとキスをした。
「これでしばらく、あなたは私のものですね。」
見上げたシャーロットは、葉陰に飛ぶ蝶を見つけた。つい目で追ってしまう。
「だから、ローズと一緒でもいいって言ったのね?」
「ローズは変わってますからね。」
自分からおまけというような女の子なのだ。サニーは上手くローズを利用しているのだとシャーロットは悟った。
シャーロットを抱き締め直して、サニーはシャーロットの耳の後ろを舐めた。視界の隅に蝶が消えていく。
「くすぐったいからやめて。」
「昨日もこうしたかったけれど、我慢しました。」
サニーは耳朶を甘く噛んだ。
「されてたら、今日は来なかったと思うわ。」
「あなたといると毎日が楽しい。私がピーマンが苦手なのが知られてしまいましたけどね。」
「そうね。私がニンジンが苦手なのもバレてしまったわ。」
ふふっと笑って、シャーロットは言った。サニーはシャーロットを抱き締めたまま、動かない。水の音や葉が揺れる音が聞こえる。
「ねえ、ローズが心配するわ。逃げないから、歩きましょう?」
「なら、腕を組んで?」
「どうして?」
「昨日はそうしてくれたでしょう?」
サニーはシャーロットがうんと言うまで、抱き締めた腕を離さないんだろうなと思った。「腕を組むわ、」そう答えると、サニーは離れてくれた。
シャーロットは口を尖らせて、サニーの腕に自分の腕を絡めて身を寄せた。
「ローズの前ではしませんよ?」
「では、ローズが見つからないことを祈りましょう。」
それも困るなあ…。シャーロットは歩き始めたサニーを見上げて思った。
葉を掻き分けて歩くサニーは、時々咲いている花を指差しては、シャーロットに名前を囁いた。聞いたことのない長い名前の花は、学名なのだろうか。
「花の名前に詳しいのね。」
シャーロットが呟くと、サニーは微笑んだ。
「美しいものが好きですからね。」
優しくシャーロットの頬を撫でて、嬉しそうに瞳を見つめた。
ありがとうございました




