<77>悪役令嬢とはつかの間の恋人なようです
温室の中ではローズを見つけられず、外の喫茶店の前でローズを見つけた。サニーは約束通り、腕を組むのをやめて手を繋いでくれた。
ローズは水色のアイスクリームを食べて待っていた。
「遅いですよ、二人とも。待ちくたびれてアイスクリーム買っちゃいましたよ。」
「ごめん、迷ったの。それ、何味?」
「チョコミント味です。」
ミントは苦手だなーとシャーロットは思った。
三人は動植物園を出て、元来た道を戻った。お昼ご飯を食べるには、街の中へ戻って行かなくては店がなかった。
「姫様も一口食べますか?」
「いい、やめとく。お昼ご飯が食べられなくなるもの。」
シャーロットがローズと並んで歩く隣を、手を繋いだサニーが寄り添っていた。
「あなた達はほんと、付き合いが長いんですね。シャーロットの砕けた物言いは珍しいです。」
「ふふふ、姫様は猫かぶりだから、ほんとはもっとひどい話し方するんですよ?」
「そんなこと暴露しなくたっていいじゃない。あなたと私だけの秘密にして。」
「エリック坊ちゃまと話している時の姫様が素ですね。あ、今は随分丁寧になったのかな。」
「ローズ、内緒にしてよ。あなただって変な言葉ばかり使うじゃない。」
時々ローズが使う前世の言葉を、シャーロットは聞いて知っているけれど、サニーは知らない。
「シャーロットの話し方はもともと、誰の影響なのですか?」
「おじいさまよ? 口が悪いのはおじいさまに変な言葉遣いを教え込まれたから。って、サニーは知らなくたっていいことじゃない? 」
「ミカエル王太子殿下はそういうシャーロットをご存知なんですか?」
サニーの黒い瞳が小さく光る。
「うーん。ロータスと学校で再会して、話してるところを見られて、それでロータスとお話ししてる話し方にしてって言われたからそうしてるけど…、どうなのかな?」
「姫様はもともと使い分けて生活されてましたからね。公爵令嬢としての話し方と、私との話し方と。」
「そうね、今は、人に合わせて話し方を変えているから、よくわからないわ。でも最近は随分砕けた話し方になっていると思うわ。今みたいにね。」
「お城に通われていた頃は本当に窮屈そうでしたからね。」
「週4日も通って淑女教育を受けていたらそうなるわよ。あなたがいてくれたから、自分を見失わないで済んだけど。」
シャーロットはローズを見て微笑んだ。
「エリック坊ちゃまも口が悪いですからね。」
「そうなの。煩いし面倒な子だから、今は寮で別れていられるから、一緒にいる時間が少なくて助かるわ。」
サニーは繋いだシャーロットの手を指で擦りながら聞いている。
「シャーロットは結構話す人なんですね。意外です。」
「姫様は猫被るのが得意ですからね。」
「見ていてわかるの?」
「そりゃ、付き合いが長いですから。」
「サニーは気がついてたりする?」
「猫を被っているなんて初耳です。」
「じゃあ、これから先も、気がついてなくていいわ。」
「ああ、でも、時々シャーロットが試すようなことを言う理由が分かった気がしました。」
「え?」
「あれがあなたの素なのですね? 黙って話を聞いているのではなくて、いつもああいう事を心の中で考えて聞いているんですね?」
「さあ? サニーだって何を考えているのか判らないもの。あなたも猫を被っているのかしら?」
シャ-ロットはサニーに微笑みかけた。例えそうだとしても、心の中のことなんて、口に出さなければ無いのと同じ、目に見えないことだ。
「どうでしょう? 私はいつもあなたの事を考えていますよ?」
「サニーは姫様が好きなんですね。よーくわかりました。」
ローズがニヤニヤと笑った。
「姫様が選ぶ人なら私は誰でも応援しますから、頑張ってくださいね?」
「何を?」
真顔でシャーロットがローズに問うと、ローズはへへへっと笑った。
「さて、お昼ご飯は何を食べましょうか、シャーロット。今なら何でも望みを聞きますよ?」
中央市場が見えてきた。ポシェットから懐中時計を出して見ると、もう1時を過ぎようとしていた。サニーとローズがいるなら、あれしかないでしょうとシャーロットは思った。
「私は今日は、ナポリタンが食べてみたいです。」
「ここから近いし、ななしやに行きましょう、姫様。」
「えー、火曜日も伺うのよ? 他にはないの?」
「仕方ないですねー、姫様は我儘なんだから。では、街の若者に流行の店に行きましょう。カップルだらけで目に毒な店ですが、味は美味しいと評判ですよ?」
「では、そこに。ローズはお店が判りますか?」
「商売敵ですからね。偵察に行ってみたかったんで、ばっちりです。」
ローズは得意そうに言った。
ローズの言っていた通りカップルだらけのその店は、中央市場から少し北西側に行った路面に面していて、白い花が沢山窓辺に植えられている可愛らしい外見の店だった。
開放感のある大きな窓の店で店内は明るく広かった。4人掛けの席ばかりなのに座っているのはカップルばかりで、「なかなか効率が悪いですね、」とローズが言った。
シャーロット達は4人掛けの窓際の席に通された。どちらもベンチ席で、窓際のシャーロットの隣にサニーが座り、シャーロットの前の奥の方の窓際の席にローズが座った。シャーロットはコートを脱いでサニーとの間に置いた。
「いらっしゃいませ、ご注文をお決まりでしたらどうぞ、」
え、今決めちゃうの? シャーロットはメニュー表を見ても悩むのにそれは無理だわと思った。給仕の若い男性店員はメニュー表を手渡し、おしぼりとお水の入ったカップを並べながら尋ねた。
「少し待ってもらってもいいですか?」
上目遣いに尋ねると、男性店員は頬を染めて、「また後で伺います、」と言って去っていった。
「みんな、お店に入る前から何を食べるのか決めているのかしら。」
「さあ、常連さんが多いんでしょうか?」
ローズは首を傾げていた。
「そんな風には見えないんだけどなあ。」
メニュー表を広げると、本日のランチと本日のランチセットの二つしかメニューがなかった。いくつかパスタの名前と飲み物が書いてある。
「ああ、だから、すぐ決まるのね。」
シャーロットが納得していると、ローズが、「こういう無駄がない感じが流行るツボなのか…。これはいい勉強になった、」と頷いている。
「シャーロットはどっちにするんですか?」
「カフェオレが付いてる方にします。」
「じゃあ、ランチセットですね。私もそうします。ローズもそれでいいですか?」
シャーロットとローズが頷くと、サニーは手を上げて給仕の若い男性を呼んだ。3人分のランチセットをナポリタンとコーヒーで頼むと、畏まりましたと言って厨房へと戻っていく。
ローズは店内を観察しながらぶつぶつと何かを呟いていた。
「値段もお得な感じでいいと思います。メインのパスタと飲み物は選べるのか…、流行るのには理由があるんですね。」
「ふふ、今日はななしやじゃなくて良かったわね、ローズ。学ぶ事が多く見つかって。」
シャーロットが微笑むと、ローズは頷いた。サニーは黙ってシャーロットのベンチに置いた手を覆って撫でていた。間に置いたコートはあまり意味が無かった。
「姫様の我儘も役に立ちますねえ。」
「あら、すごく役に立ってると思うわ。」
くすくすとローズとシャーロットが笑っていると、3人分のナポリタンとコーヒー、サラダと小さなケーキが運ばれてきた。
さっそく3人は食べ始める。シャーロットは初めて食べるナポリタンにドキドキしていた。前回は見ていただけだったので、味を知らない。ベーコンとピーマンと玉ねぎしか入っていないトマト味のパスタは、思ったより甘酸っぱくて美味しかった。
「姫様、念願のナポリタンはいかがですか?」
「美味しいわ。」
あちこち色がつきそうだわと警戒して慎重に食べる。シャーロットはあとで口を拭こうと割り切った。
「ローズはいつからななしやに帰るの?」
「予定では明日からです。明後日には姫様が来てくださいますからね。」
「そうね、よろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
「シャーロットはななしやに行くのですか?」
「ええ、ご招待していただいたの。だから、伺うのよ?」
「一人で?」
「ええ、一人で。」
サニーもまたついてくると言うのだろうか? シャーロットはサニーの瞳を見て、来ないでねと思った。
「また私と一緒に行ってくれますか?」
「いつか、機会があれば、行くかもしれないわね?」
シャーロットは断定を避けた。ローズは気にせず話を続ける。
「サニーはいつ帰国するんですか? 」
「私は水曜です。シャーロットも、水曜でしょう?」
「ええ、来年まで会えないですね。」
「来年は10日から寮に戻れるんですよね? 私はそれくらいに帰るつもりです。奨学金の条件が待っています。姫様に心配かけないように、学年末テストの準備しないといけませんね。」
「学年末テストって2月の終わりだったよね? 3月には卒業式があるし…、忙しくなるね。」
ラファエルが卒業しちゃうのかー。寂しくなるなあとシャーロットは思った。
「学年末テストが終わったら、またシャーロットと出かけたいですね。」
またサニーが上位だとおねだりがあるのか…。シャーロットは微妙に憂鬱な気持ちになる。
「サニーはずっと1位や2位だよね。すごいよね。私も頑張ろう。」
「一学期の最初のテストは、私は10位にも入っていませんでしたよ? ずっと5位以内にいるシャーロットの方が立派です。」
「え、そうなの?」
自分の上の人の順位が気になりだしたのは、1学期の期末分からだった。エリックがご褒美とか交換会とか言い出したので、自分以外の順位方が重要になっていた。
「はい、私はあの時、15位だったのではないでしょうか。あなたとミカエル王太子殿下に話しかけて敗北感を味わって、何か誇れるものを作ろうと考えたのです。」
もしかして一緒にお昼ご飯を食べた頃のことだろうか。あれって敗北感を味わうような出来事だったんだ…とシャーロットは意外に思った。
「サニーってなんでもできるし、なんでもかっこよくやれちゃう人に思えるんだけど、敗北感なんて味わうんだね。」
「意外ですね。意外な人から意外な言葉を聞きました。」
ローズも頷いている。
「敗北感なんていつだって味わってますよ。あなたは私が見つけたのに、既に誰かのものです。私しか知らないあなたを知りたいと思いますね。」
目を伏せたサニーの横顔を見上げた。シャーロットにはなんと言ったらいいものか悩んでしまった。
「私ではなく他の誰かを好きになればいいのでは?」
「姫様、それはあんまりですよっ」
ローズが小声で窘める。「そこは本気じゃなくても、あなたが特別よって言ってあげなくては。」
「それもどうかと思うわ、ローズ。」
サニーはパスタをフォークで巻きながら微笑んでいる。
なんとなく話が続かなくなり、3人は黙って食事を続けた。
食べ終えたシャーロットはこっそりナプキンで口を拭った。あとでお手洗いでお化粧を直そうと思った。ナポリタンは美味しいけれど、後が怖い料理だわとしみじみ思った。
それぞれ会計を済ませ店を出ると、3人は中央広場に向かった。サニーはシャーロットと手を繋いで、ローズはポケットに手を突っ込んで一人で歩いていた。サニーを見上げると、何を思ったのかサニーはシャーロットの手を自分のコートのポケットにいれた。
「離してくれないのね?」
小声で尋ねると、サニーは微笑んだ。「あなたは今日は私だけの特別でしょう?」
「そうだっけ?」
「そうですよ?」
ローズがシャーロットを黙って見ていた。何も言わないのねとシャーロットは思った。ローズがサニーを好きだと言えば、ゲームは開始するのかな…?
「あのね、ちょっと買い物していきたいの。いいかな。」
シャーロットが提案すると、二人は付き合ってくれるのか頷いた。日曜日のお昼下がりでの混雑に飲み込まれながら、市場を見て回る。
「何を買いたいんです? 姫様。」
「クリスマスプレゼント。」
「ああ、そういう時期でしたね。」
ローズが納得する。「じゃあ、そういう専門店がありますよ?」
「どこに? 遠い?」
「いいえ、すぐそこの、広場に近くに、『季節屋』って店があるんです。」
「季節屋…。」
安直な名前に聞こえるんだけど、大丈夫よね? シャーロットは首を傾げた。
ローズに連れられて入った店は、入り口から赤と緑のリボンで飾られていた。サンタクロースをモチーフにした商品で店内は赤と白であふれていた。金色の星の形をした商品も多く並んでいる。
店内の至るところに小さなクリスマスツリーが並べられていた。どれにも値札が付いている。
「いらっしゃいませ。」
赤いサンタクロースの衣装を着た若い女性店員の、可愛らしい声で迎えられる。店内には何組かのカップルがいて商品を選んでいた。
シャーロットが瞳をキラキラさせながら商品を一つ一つ眺めていると、隣を歩くサニーが囁いてきた。
「誰にあげるんです?」
「あなたには内緒よ?」
「私が選びましょうか?」
ミカエルも以前、8月の交換会の頃、そんなことを言ってやきもちを焼いていたなとシャーロットは思い出した。
「やきもちですか?」
「あなたは今日は私だけの特別ですからね。他の誰かのことなんて考えてほしくないです。」
「ふふ。サニーってかわいいのね。初めてそう思ったわ。」
シャーロットは小さなスノードームを手に取った。くすんだような紺色のガラスの球の中に小さなと男の子と女の子がいて、空を指差している。紺色の台座を振れば、幾千もの細かい星が球の中にキラキラと煌めく。
「綺麗ね…。」
シャーロットがうっとりと眺めていると、サニーは憮然とした表情になり、呟いた。
「買い物が済んだら、もう帰りますか?」
「そうね、そうしようかな。」
「シャーロットがそう望むなら、そうします。」
「お会計に行ってくるから、ちょっと待っててね。」
そう言うと、サニーは拗ねたような顔つきになり手をやっと離してくれた。先に店の外へ出て行ってしまう。
同じものを二つ手に取って、シャーロットは会計に並んだ。並ぶ途中で見つけた水色の地に黒い星模様の手編みっぽい手袋も一組買う。綺麗に包装して貰うと、紙手提げに入れて貰った。
店を出ると、サニーとローズが待っていた。背の高いサニーと、中性的な顔立ちの可愛いローズ。二人はお似合いなんだけどなあとシャーロットは思った。
「姫様、買えましたか?」
「ええ。ありがとう。そろそろ帰る?」
「そうですね、帰ったら部屋の片付けが待っています。明日帰るにはまだまだ準備があります。」
ローズは苦笑いをしていた。
寮の近くのテイカカズラの低木の前に来た時、シャーロットは立ち止まって、さっき季節屋で買ったばかりの包みをサニーとローズに渡した。
「早いけど、クリスマスプレゼントなの。クリスマスには、会えないでしょ?」
手袋はローズに、スノードームは一個はサニーに。もう一個は、自分用に、シャーロットは買っていた。
「今日付き合ってくれたお礼。」
嬉しそうにはにかんだ顔になって、ローズは素直に「ありがとう」と言った。
「見てもいいですか?」
「手袋なの。良かったら、使って?」
「わー、すごい柄ですねー。」
ローズが棒読みに呟いたので、シャーロットはくすりと笑った。
「チョコミントのアイスクリームなんて食べてるから。そういうの、好きかなと思って。」
「今日の思い出にはなりますね。」
ローズは早速手に嵌めている。手袋で頬を撫でて、にっこりと笑った。
「姫様に貰った美容クリームもまだあるし、手袋も大切に使わせていただきますね。」
ローズはぺこりとお辞儀をした。
「サニー、今日は誘ってくださってありがとう。姫様、火曜日はお待ちしてます。今日はありがとうございます。」
そう言って笑顔で手を振って、先に帰ってしまった。
「シャーロット、ありがとう。」
サニーが、袋の中からスノードームを取り出して、掌の上に置いていた。シャーロットも、袋から自分の分のスノードームを取り出して、眺める。
「私とお揃いにしたの。星は見に行けないけど、これなら、いつでも一緒に星を見てるわ。」
シャーロットは静かに微笑んだ。
「今日はローズを誘ってくれて嬉しかった。ありがとう。またね、サニー。」
来年、学校が始まったら、またお友達に戻りましょう。シャーロットは心の中で呟いた。
紙袋の中にスノードームを戻して、手を振って背を向けようとしたシャーロットを、サニーが後ろから抱き締めた。
「傍にいてください、シャーロット…。」
サニーの腕をゆっくりと撫でて、シャーロットは、首を振った。
「もう少し、このまま傍にいてほしいのです。」
耳元で囁いた甘い声に、シャーロットは泣きたくなってくる。
「ごめんね、サニー。」
シャーロットはサニーの腕に爪を立てた。サニーはゆっくりと腕を解いた。
「もう、帰るわ。」
後ろを振り向くことなくその場を立ち去ったシャーロットを、サニーは見つめた。
手に掴んでいたスノードームの中の二人は、キラキラと舞い上がる星の中に立っている。
「これは、昨日の私とシャーロットだったのですね。」
季節屋ではミカエルへの贈り物かと思い嫉妬でイラついていた。
思いは同じだったのに。サニーは悔しそうに呟いて、コートのポケットの中にしまった。
ありがとうございました




