<74>サニールートはあの街が重要なようです
放課後、ミチルとガブリエルが先に先に帰ってしまったので、シャーロットは帰り道をのんびり歩いていた。あとでミカエルの部屋で会う約束をしているし、いいかな、と思っていた。
ローズが小走りに近寄ってきた。ふわふわと琥珀色の髪が風に広がっている。
「ひーめさまっ」
ご機嫌だなー、シャーロットは嬉しく思いながらローズを振り返る。
「帰り道、一緒でも構いませんか?」
「大歓迎よ?」
普通にこんなふうに一緒に歩いて帰れる日がこようとは…! シャーロットは嬉しくて仕方なかった。
「ななしやに伺う日なんだけど、来週の火曜日でもいいかしら?」
「ええ、構いません。姫様の為にならいつでも定休日に出来ます。」
「え、定休日にしちゃうの?」
「しませんよ? 二階に個室があるので、そこを使えばいつでも特等席に早変わりです。」
「あら、良かった…。」
定休日にされてしまったら、お礼どころか大迷惑なんじゃないのかしらと、シャーロットは焦ってしまった。
「あのね、サニーから何か聞いてる?」
「ええ、今度の日曜日にお出かけするんですよね?」
サニーはシャーロットが迷っているうちに、どんどんいろんなことを強引に決めていきそうだな〜と思う。
「ごめんね、巻き込んじゃって。」
「いえいえ、アメジストのさざれ石を貰った仲ですから。一緒にお出かけ、全然構いませんよ。むしろ、サニーと姫様の関係にお邪魔しているようで申し訳ないです。」
さざれ石のブレスレットを3人で付けてお出かけするのか…。シャーロットはここも仲間なんだろうなと思う。サニーとローズと私の、課外授業で知り合った仲間。
「お邪魔なんかじゃないわ。ローズとお出かけ、楽しみだわ。時間とか聞いてるの?」
「ええ、学校の門の前で10時に集合でしょう? 」
「わかったわ。ななしやはいつがいいかな?」
「お昼時でお時間を頂きたいです。もしよろしければ12時でお店にいらしてください。」
「12時ね。楽しみにしてるわ。」
「こちらこそ、遅くなってしまってすみません。姫様は、冬の長期休暇、どうされるんですか?」
「お城に行ったり、領地に帰ったり、お友達と出かけたり…、よ?」
お友達、と言いながらシャーロットがローズの顔を見ると、ローズは嬉しそうにはにかんだ。
「私は、ずっとななしやにいるつもりです。年末年始は儲かりますからね。」
「あなた、たまには教科書を開いて勉強するのよ? 全部忘れちゃったら大変だわ。」
「そうですね、奨学金貰うのって結構大変ですね。ここにいられるから、楽といえば楽ですけど。」
どっかのよくわかんない伯爵の後妻になるよりはましじゃない? シャーロットは心の中で思ったけれど黙っておいた。そういう事情は本人が言わない限り口にしない方がいい。
「今年は、教会のバザーには行くの?」
二人が出会ったのは、教会の孤児院のバザーだった。あの頃はミカエルと婚約もしていなくて、まだ子供だったシャーロットは執事を連れてお忍びで街に出かけられる程、自由だった。
「家の事情もあって、ここ数年行けてないですから、どうしようかなと思っています。」
「私は、たぶん、今年もいけないわ。」
シャーロットはミカエルと婚約して以来、町の教会にはあまり出かけなく、町自体にも、出かけることが無くなっていた。そういう点では、寄宿学校に入学して、かなり自由になったと言えた。
「どうしてですか?」
「私が行くと警備の者が入るから、やんわりとお断りをされてしまったの。王太子と婚約したってだけで、警備が増えちゃったの。」
騎士団や近衛兵、公爵家からも何人か護衛が付く。そういう警備を、教会は嫌がった。
「町の人は、教会や孤児院に警備の騎士がたくさん来るのをあまり歓迎しませんからね。」
「ええ、だから、執事に頼んで寄付して終わりかな。」
「姫様に出来る事をなさるんですね。」
「そういう協力しかできないって言うのもあるけどね。」
シャーロットは寂しいけれど仕方ないと思った。お忍びで出掛けるにはバザーには人が集まり過ぎる。不特定多数の民衆の中で自分の身を守れる程、護身術には長けていない。警護してくれる誰かがいなければいけないのは、ある意味邪魔な存在だろう。
「姫様のお気持ちは届いてると思いますよ?」
ローズが優しく言ってくれて、シャーロットは少しほっとしていた。
寮の階段で二人は別れた。「またね、」とシャーロットが手を振ると、「またね」とローズが返してくれた。たったそれだけの事でも、シャーロットは嬉しかった。
シャーロットが約束通りミカエルの部屋に行くと、ミカエルはすでに部屋着に着替えて寛いでいた。
「あら、今日はミカエルな格好なのね?」
ミカエルの部屋に行っても、大抵ミチルな格好をしてだれているミカエルに見慣れていた。男の子のミカエルが男の子の格好をしていると、新鮮な気がするわねとシャーロットは思った。ミカエルの女装姿に慣れ過ぎていて、ミチルが基準になっていた。
「今日は夕食をミカエルで食べに行くつもりだから。しばらくは、『シャーロットには婚約者がいますよアピール』をするつもりなんだ。」
やわらかい群青色のセーターに黄土色のズボンを履いて、髪を後ろで括ったミカエルは普通に綺麗な顔の男子学生だった。いつもこういう格好をしていると王子様なんだろうけど、ミカエルはあまりやりたがらないんだよね。何日そのアピールは持つのかなと、心の中で首を傾げる。
「シャーロットも部屋着じゃないんだね。」
「今日は婚約者のシャーロットだから。」
シャーロットは小さく笑った。白いゆったりとしたニットに灰色の膝下丈のニットスカートを履いて、深い赤色のベルベットのリボンで髪もゆるく括っていた。
「なんだかデートっぽくていいね、そういう格好。」
「ふふ、いつだって二人でいたらデートじゃないの?」
シャーロットにとってはミチルもミカエルも、ミカエルだった。シャーロットはソファアで寛いでいるミカエルの隣に座り、ミカエルの膝の上に手を置いた。
「今日ね、ローズと一緒に帰ったの。またあの子、可愛くなってたわ。」
「へえ、きちんと食べるもの食べてきちんとした生活してたら、女の子は綺麗になるんじゃないの?」
「それどういう意味?」
「奨学生でも、苦学生だった頃よりましな生活をしてるに違いないって思っただけ。」
ミカエルが低い声で笑った。
「ローズは一応このゲームのヒロインなんだよ? 綺麗にすれば可愛くなれるに決まってるじゃないか。普通に可愛いのに今まで男装して生活してたんだから、それを止めただけじゃない?」
ローズの物語は今から始まるのかしら? シャーロットは少しだけ不安に思った。ミカエルルートの前半戦の山場がまだ残っていた。シャーロットではなくローズと過ごしたりするのかしら。
「ところで、日程は決まった? リュートとも話をした? 今日ローズと会ったんなら、ななしやに行く日は決まったんでしょ?」
「そうなの。サニーと一緒に3人で出掛ける日も教えて貰ったの。日曜に3人で出掛けて、月曜日はブルーノ、火曜日はななしや、水曜の昼間に家に帰るつもりでいて、木曜か金曜にリュートの家に行く事になったわ。」
「ローズとサニーとは、どうしても一緒に行くんだね?」
「ええ。一番楽しみだわ。」
「そっか。」
ミカエルは何か言いたそうな顔になった。シャーロットが見つめていると、視線を逸しながら言った。
「僕は土曜日に帰っちゃうから、日曜の夜まで会えないね。」
「仕方ないよ、王子様のお仕事なんでしょ?」
「朝と夜は会えるから、その時に、いろんな話を聞かせて?」
「そうね、補講、頑張ってね。」
シャーロットが微笑むと、ミカエルは何度か瞬きをして、シャーロットの手を握った。
「新年の挨拶には来るんだよね?」
「ええ、そのつもりよ? 領地と王都を行ったり来たりするみたい。」
シャーロットは理由をつけて領地に帰るのを先延ばしにしようと思っていた。帰るのは新年の挨拶が終わってからでもいいし、チーム・フラッグスの応援にもいかなくてはいけない。
「少しでも長く、君と一緒にいたいな。」
ミカエルがそう言って微笑んだので、シャーロットはきゅんとときめいていた。寄宿学校に入学するまでは週に4日は一緒にいるのが当たり前の生活をしていた。長期休暇がないので、長く会わないことがなかった。
「私も、一緒にいたい。」
来月は早く寮に帰ってこよう、シャーロットはそう思った。
水曜日はミカエルの日だったので、朝からシャーロットはガブリエルと二人で行動していた。
「シャーロット、ちょっといいですか?」
お昼休みに学食に行こうとしたら、サニーが近寄ってきた。ガブリエルはラファエルと待ち合わせがあるとかで先に行ってしまっている。
「今度出かける日のことなんだけど、」
「土曜日がいいわ。土曜日の夕ご飯を一緒に食べましょう。」
もう空いている日が土曜しかなかった。シャーロットは勝手にさらっと決めてしまった。
「日曜はローズと3人で出かけるから、それでいいですよ? ローズとは話したんですね?」
「ええ、昨日。ローズを誘ってくださってありがとうございます。」
ちゃんと約束を覚えていてくれたサニーの気持ちが嬉しかった。
「では、土曜、午後に出かけましょう。学生寮の前のテイカカズラの木の前で2時は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。サニーはどこか行くところは決まってますか?」
「何か不都合でも?」
「母に、警護の者を寄越すから連絡するようにと言われています。決まっているなら教えて欲しいとも。」
「ああ、そういう理由ですか。うちの国が契約している警護の者達はいつも何人かあの街にいるはずですから、大丈夫だと思いますけどね。」
え、そうなんだ。シャーロットは驚いた。だから、目覚まし時計を回収に行く時も、気軽についてきてくれたんだ…。
「では、二人での時間を楽しみにしています。」
そんな言い方されたら警戒しちゃうよね、とシャーロットは思った。
「一緒に学食まで行きますか?」
「そうですね、私は別の人と待ち合わせをしていますから、一緒に行くだけですよ?」
「大丈夫です。私も、友人達が先に行って待っていてくれてますから。」
サニーの素敵な貴公子なお友達のことだろう。
シャーロットの手を取ると自然に指を絡んで手を繋いで、サニーは歩き出した。サニーはいつもちょっと強引だよね。シャーロットは繋いだ手を見ながら思った。
「サニーはいつ、国に帰るんですか?」
「早くても来週の月曜日ですね。今のところ、水曜日までいる予定でいます。」
「公務ですか?」
「まあ、似たような感じですね。シャーロットは?」
「私も、水曜日まではいると思います。」
「もしかして、本のお礼が残っているからですか。」
「ええ、毎日日替わりで誰かと食事します。」
「私は2日もあなたと時間を過ごせるのですね。ローズに感謝しなくては。」
「ローズとも2日過ごすので、私もあなたには感謝しています。」
シャーロットが微笑むと、サニーが嬉しそうな顔をした。
「いつも、傍でそうやって微笑んでいてくれたらいいのに、と思います。」
「私にも感情があるので、それはできない相談かもしれないですよ?」
猫を被ったままシャーロットが素で話すと、サニーは笑った。
「シャーロットは私を試していますね。」
「そう思いますか?」
「それだけ打ち解けてくれたんだと思って嬉しく思います。」
嫌ってくれていいのになあとシャーロットは思った。私を嫌ってくれる方が、この人を傷付けなくて済むのになあ。そう思っている時点で、シャーロットはサニーのことが好きになりつつあると自覚していない。
学食の前の廊下に先に着て待っていた王子様なミカエルが、不機嫌そうな顔をして二人が来るのを見ていた。
「では、またね、シャーロット。」
手を振って先に学食へ入って行くサニーに、シャーロットも、笑顔で「またね、」と手を振った。
「やっぱり、お出かけ、行っちゃ嫌だ。」
サニーの後ろ姿を見送って、ミカエルが王子様なミカエルなのに、口を尖らせて文句を言った。
「なんかすごい腹が立つ。」
「そんなこと言わないの。」
「みんな僕より背が高いんだよ。それだけで腹が立つ。」
お肉よりお菓子が好きなんだから仕方ないよー。シャーロットはそう思ったけれど黙っておく。
「ミカエルは私よりも背が高いじゃない。十分じゃないの?」
「十分じゃない気がしてきた。」
あーあ、今日は帰ってからも不機嫌そうだなーとシャーロットは心の中で溜め息をついた。
土曜日の終業式が終わると、お昼ご飯も食べずにミカエルはお城へと帰ってしまった。朝、学校の始業時間ぎりぎりまでミカエルが気にしていたのは、「サニーには気を付けてね、流されないでね、」だったので、シャーロットは他の違うことを心配してよねと思った。
あの日から毎日続いた婚約者がいますよアピールが無くなってしまって、つまんないのーと思いながら、シャーロットはお昼ご飯を学食で一人で食べ、シャワーをして着替えると出掛ける準備を始めた。
サニー相手にめかしこむ必要なんてないじゃないという素な自分と、公爵令嬢として自分を美しく保ちたいという猫被りな自分とに揺れたのだけれど、結局、猫被りな自分が勝って丁寧に支度を整える。
薄化粧をしてお気に入りのスズランの香水をつけて、髪を綺麗にまとめて後ろでポニーテールに括った。赤色のセーターに、夜のお出かけなのでタイツもしっかり履いて黒っぽいタータンチェックの踝丈の巻きスカートで合わせた。
家から予備に持って来ていたチャコールグレイ色のダッフルコートを羽織って、茶色の小さなポシェットを持ち、腕にはさざれ石のアメジストのブレスレットを嵌めた。薔薇のイヤリングは迷った挙句、結局耳に付けた。深い意味なんかないわ、と鏡の中の自分に言い訳をする。
待ち合わせの時間の5分前にテイカカズラの木の前まで行くと、サニーはもうすでに来ていた。
「早いですね、待ちましたか?」
「いいえ、さっき来たところですよ?」
きっとこの人は待っていてもそう言うんだろうなとシャーロットは思った。サニーは茶色のトレンチコートを羽織って黒いパンツを履いていた。首元には黒いタートルネックのセーターが見えていた。
サニーの手を握ってみると、少し冷たかった。
「どうしましたか、シャーロット?」
「何でもないですよ?」
シャーロットは微笑んだ。待ったのに待ってないって言うサニー。優しいけど強引な、サニー。
「今日は街までうちの家の馬車が送ってくれるそうです。母が馬車を寄越してくれています。」
学生寮の門前の馬車寄せまで二人で歩くと、公爵家の馬車が待っていた。執事と馭者が二人、馬車の前で待っている。
「今日はよろしくお願いします。」
シャーロットが声を掛けると、いえいえ、と二人はお辞儀した。母に何を言われて来ているのか知らないけど、デートしているように思われてるんだろうなーとシャーロットは思った。シャーロットとサニーが乗り込むと、馬車は静かに動き出した。
向かい合わせには乗らず隣に当たり前のように座るサニーに、シャーロットは言葉もなく黙って座っていた。しかもサニーは、シャーロットの手を、自分の方へ引き寄せて、ぎゅっと握りしめている。
街の入り口についた馬車から降りたシャーロットとサニーに、執事が言った。
「門は7時には閉まってしまいます。7時までにお戻りください。それまではここで待っておりますから、いつ帰ってきていただいても大丈夫ですよ?」
「ありがとう。たぶん7時前まで戻らないわ。お母さまによろしく伝えてくださいね。」
シャーロットが微笑んで礼を言うと、執事達はお辞儀して馬車の元へと戻った。街の中へと消えていく二人を見送って、執事は表情を改めた。
「さて、我々も仕事をするか。今日は奥様からサニー様を観察してくるようにとの、お仕事を頂いているからね。」
公爵家からは、執事や護衛の騎士達が何名か私服で派遣されて来ることになっていた。半分は警護、半分はサニーの観察の任務である。
執事は急いで私服に着替えると、シャーロット達の後を追った。馭者は一人留守番だった。後から時間差で来る仲間への伝達と、馬車を守るという役目があった。
「お嬢様はこの街で倒れられたことがあるから、心配だよなあ。」
12月の寒空を見上げて、シャーロットの無事を願わずにはいられなかった。
ありがとうございました




