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<73>不確定な未来を作るためのゲームなようです

 火曜日はミチルな日で、一応シャーロットは事前に、お昼はリュートや騎士コースのチーム・屋上の男子学生達とその婚約者達と学食で食べる話はしてあった。それでも昼休みが近くなってくると、ミカエルは不機嫌になった。

 授業が終わって急いで片付けていると、ミカエルはふくれっ面をしていた。

「そんな顔しないで。」

「そんな顔したくもなるよ。みんな謁見で、婚約の解消を願った者達なんだよ? シャーロットを開放してほしいって、随分な言いようだと思うけどなあ。」

「まあまあ、婚約は解消しないことになったんだし、いいじゃない。」

 シャーロットはミカエルの頬を突いた。

「放課後、一緒にお茶しよう? ミカエルの部屋でゆっくりしようよ?」

「約束だからね。二人きりだからね。」

 いつも二人でいるじゃんと思ったけれど、シャーロットは黙っておいた。

 そんな二人の様子を見ていたガブリエルに、冷やかされてしまう。

「仲がいいのは宜しいですが、ここは学校ですのよ?」

「別に変な話してないよー?」

「変な話をする前に忠告しているんですわ。」

 ミカエルとガブリエルはくすくす笑いあう。まだまだ二人のような空気感にはなれないなーとシャーロットは思って見ていた。

「シャーロット、いいかな?」

 リュートが近付いてきて、ガブリエルやミカエルに会釈をする。

「ええ、行きましょう。」

 シャーロットが二人にまたねと手を振って歩きはじめると、隣を歩くリュートに手を握られてしまう。シャーロットはマリライクスのトートバッグを肩に下げていた。中にはチーム・屋上専用のまふまふキツネセットが入っている。

「風紀が乱れるんじゃないの?」

 シャーロットがリュートを見上げて言うと、リュートは笑った。

「私の隣にいるから、乱れないんだよ?」

「そういうもんなの?」

「いいんだ、これで。」

 骨太の大きな手はシャーロットの手を包み込んで、しっかりと握られていた。


 学食に入ると、すでに騎士コースの学生達と婚約者達とで奥の方の席が独占されていて、他の学生達の注目を浴びていた。その中でも真ん中あたりの席が二つ空いていて、まさかあんな目立つところに座る訳じゃないよね? とシャーロットは内心ドキドキしていた。

 トミーとマリエッタの姿が見え、二人はシャーロットとリュートに手を振った。

 ランチのプレートを手に近寄ると、やっぱり目立つ席を勧められた。抵抗できずシャーロットはリュートと二人で隣り合わせに座る。シャーロットの反対隣にはトミーが座っていた。周りの席の学生達はもうすでに食べ始めていた。

「姫、今回のテストも2位なんてすばらしい御活躍おめでとうございます。我々騎士コースの学生も、みんな順位が上がりました。姫と同じチーム・フラッグスの一員として誇らしいです。」

 あれ? 規模が大きくなってない? シャーロットは首を傾げた。とうとうチーム・フラッグスに改名しちゃったのね。

「婚約した者達もあれから5組も増えました。」

「おめでとう。素敵なことね。私もお祝いを持ってきたわ。皆さんに差し上げたいわ。」

 マリライクスのトートバッグからそれぞれに手渡して、シャーロットはおめでとうと祝福して回る。手渡す際に、どこのコースの所属なのかを聞くと、1人が統治のコースで、4人が商業のコースの学生だった。

「私もいいものを頂いたから、ちゃんとつけてるのよ?」

 スカートのポケットから懐中時計を取り出して、みんなに見せる。槍を持ったまふまふキツネのマスコットと、マリエッタがくれた姫様人形がぶら下がっていた。

「謁見の時の姫のドレスだ!」

「すごい完成度だ!」

「姫と同じだなんて光栄だよな!」

 既にキツネ人形を手渡した学生達は、ニヤニヤと、俺もイニシャルを刺繍してもらってカバンに付けてるんだぜと自慢している。婚約者達も嬉しそうに自分の婚約者を見つめている。

「すごく嬉しい。ありがとう、マリエッタ。」

 Мって確認してないけどきっとマリエッタよね? と思いながらトミーの隣に座って食べているマリエッタに微笑む。

 トミーの隣でマリエッタは頬を染めて照れている。

「姫様に褒めてもらえて嬉しいです。私の実家の商会は、制服を専門に扱う商売をしておりますの。騎士団の制服やこの学校の制服を扱わせていただいております。姫様のドレスは、うちでは扱えないような素晴らしいものだったので、作るのが難しかったのですけれど…嬉しいです。ありがとうございます。」

 マリエッタが一生懸命話す様子を、トミーは微笑ましそうに見守っていた。

「マリエッタもあの会場にいたのね。」

「ええ、私は立見席の方からの見物でしたので、姫様のドレスは遠目にしかわからなくて、細かいところはトミー様に教えて頂きましたの。トミー様が絵を描いてくださって、トミー様の絵が素敵すぎて…。」

 マリエッタはトミーを見て頬を赤らめる。トミーの意外な才能にシャーロットは「へー」と感心する。

「トミーって観察力があるんだね。すごいね。」

「姫は俺達の姫様だから。マリエッタに報告しなくちゃと思って覚えたんですよ。」

「二人は結構前からお付き合いがあったの?」

「付き合ってはいないですけれど、俺はマリエッタが好きでした。親が認めてくれなくて婚約の話が進まなかったけれど、今回チーム・フラッグスとして名誉を頂けたので、堂々と親にマリエッタが傍にいて欲しいと願えました。全部、きっかけをくれた姫のおかげなんです。」

「私も、トミー様が国王陛下にお会いできたと嬉しそうにお話ししてくれて、姫様のおかげでトミー様が認めて貰えて嬉しかったのです。」

 マリエッタが感極まって泣きそうな顔になって、トミーが慌てていた。

「俺も、親に評価されたのは初めてです。チーム・フラッグスに入れたことで、周りの評価がこんなにも変わっていくなんて、この学校に入学したばかりの頃では考えられなかった。ありがとうございます。」

 ピーターが言うと、他の学生達もそうだそうだと頷いた。

「婚約者が出来るなんて、思ってもみなかったです。」

 誰かがそう言うと、他の学生達もにやけ面になり、嬉しそうに言った。

「こんな可愛い女性と婚約できるなんて! 騎士コースにいる限り恋人は無理なんだと諦めていましたからね。」

 そうだ、そうだと声が上がる。

 誰からともなく笑い声が生まれ、和気あいあいとした雰囲気の中、食事は進んだ。

 リュートはシャーロットの隣で、二人分のランチを食べながら微笑んでいた。シャーロットがリュートを見上げると、目を細め、優しい顔になった。

「この冬休みは騎士団で演習が待ってるんですよ?」

 ピーターが言うと、他の学生達の顔つきがきりっとしたものに変わった。ピーターはまだ婚約者が決まっていなかった。

「新年の祝賀行事で、チーム・フラッグスは王都の広場で祝賀演武を行うことになったんです。建国記念日のあの演武が凄い反響で、もっと多くの場で民衆の前でも披露した方がいいだろうって話になって。」

「楽団と行うので、とても華やかなものになります。姫も是非見に来てください。」

 領に帰る日取りもあるからなあ、とシャーロットは思ったけれど、親と領に帰らない言い訳が出来たかもと思えて来て、にっこりと微笑んだ。

「ええ、是非。国中の人達に皆さんが認めて貰えるのはとても誇らしいですわ。」

 シャーロットの満面の笑に、その場にいた学生達は言葉を失って見惚れていた。婚約者達女子学生達も、頬を染めて見惚れている。

「美しい…、姫様、美しすぎる…。」

 リリアンヌが眩しそうに目を細めて小声で呟いた。隣に座るエミリアも頷いている。

「そりゃ俺達の姫だから。」

 ジョンが小声でその呟きを拾う。リリアンヌの婚約者はジョンと仲がいいカールという名の学生だった。リリアンヌとエミリアが仲がもともと良く、ジョンとカールも仲が良かったので、最近は4人で一緒に行動している。カールはリリアンヌ好みの背が高くて淡白な顔立ちの男子学生で、理想的な男性と仲良くなれてリリアンヌは幸せだった。

「公爵令嬢を喜ばせて美しい微笑を見ることが出来ると、その日一日幸運になるっていう噂が騎士コースではあるくらいだから。」

 カールが説明すると、エミリアはメモメモメモ…と心の中のメモにエリックに報告案件としてメモしていた。

「今日は早速いいことがありそうだね。」

 リリアンヌとエミリアは頷きあって微笑む。彼女達は騎士コースの学生達と婚約しても、エリックの情報源である立場は忘れてはいなかった。親の為家の為、ついでに自分の為に、エリックとの関係はなくてはならないのだ。

「姫様の冬休みは、いかが過ごされるのですか?」

 何処からか女子学生が尋ねてきた。

「領地に帰ったり、お友達とご飯を食べに行ったり、お城に行ったりするわ。」

「お城ですか、何か公務でも?」

 あ、私がミカエルと婚約している事を知らないのかな。シャーロットは尋ねてきた女子学生の方を見る。今日婚約者の報告をしてきた5組のうちの一人だった。商業のコースの学生だと聞いていた。

 そっか、あまり浸透してないのかあ…。

「王太子殿下にお会いしに行くのです。私は王太子殿下と婚約しています。」

「え、姫様はご婚約されているんですか?」

 統治のコースの学生だと言った女子学生が驚いている。統治のコースの子でも知らないんだ…。シャーロットは少し寂しくなった。

「姫様は私達と同じ、王家に身を捧げた者と仰っておられましたの。王太子妃になられたら、私達の将来の旦那様達が、姫様をお守りするんですよ?」

 マリエッタが得意そうに説明した。

「え、俺達がお守りするのか? 姫を?」

 男子学生達が驚いたように言った。シャーロットは、何をいまさら? と内心驚いていた。騎士団に入るのなら王家を守る近衛兵になる可能性だってあるだろうに、気がついてなかったのかな。

「王太子妃になられたら、いつかは王妃様にだってなられるんですよ? 私達はその王妃様をお守りする騎士団の騎士の奥さんになるんですの。素敵ですわ。」

 マリエッタがうっとりとトミーを見つめた。

「姫はマリエッタと俺の恩人だから、特別だからね。」

 食事をしながら、男子学生達は騒めいている。婚約の一時的な解消を願った者達は、そこまでの未来を考えていなかったのだろうなとシャーロットは思った。

「そうか、姫が王妃様になるのか…。」

 男子学生達の愕然としたような呟きに、婚約者達は慌てている。彼女達は事情を知らないのだから、仕方ない反応だよね、とシャーロットは思う。

「私は婚約破棄などしませんし、婚約解消も望んでいませんから、いつかはそうなりたいですね。」

 シャーロットは含みを持たせて微笑んで言った。もう解決した話を蒸し返す気などない。リュートは黙って聞いている。

「姫様の婚礼衣装は美しいでしょうね。その時トミー様は騎士団に団員として入っているのでしょう? 警護の御役目に付けるといいですわね。」

 近衛兵と騎士団の団員のお仕事と区別がよくついてないんじゃないのかなとシャーロットは思って聞いていたけれど、そんなことはトミーが説明すればいいわと思い黙っていた。

 マリエッタのおかげで助かったなとシャーロットは思った。いつかは謁見の褒美の話がどうなったかを、あの場で婚約の一時解消を願い出たリュートを代表とする学生達から、いつかは聞かれるだろうと思っていた。思ったより簡単に解決できてよかった。

「私は王太子妃として、皆さんと同じ、王家を支える身となります。王家に仕える者となる身として、皆さんとは仲間だと思っています。これからも仲間としてお付き合いできたらと思っていますわ。」

 シャーロットがそう言って微笑むと、騒めいていた学生達も静かになり、ほっとしたような顔になった。

「姫が同じ仲間…。」

「同じ王家に仕える身となる仲間なんて、素敵すぎる…。」

 お昼休みが終わる頃には、シャーロットと騎士コースの学生達とその婚約者達は王家を支えるという一体感が生まれていて、誰もが顔つきがそれまでとは違っていた。単なる騎士コースの武芸を治める学生ではなく、使命を持って武芸を学ぶという意志が現れていた。また、その婚約者達の表情も、夫となる男子学生を支えるという意志と、夫と一緒に王家を支えるという使命感を帯びていた。

 シャーロットとリュートが統治のコースの方へ別れて行ってしまった後姿を見送って、マリエッタがトミーに言った。

「姫様はほんと、素敵な方ですのね。」

 実家はかなり裕福な商家といえど、マリエッタは平民だった。貴族の中でも上流貴族の公爵家の令嬢であるシャーロットと、接点など今までなかった。同じ学校とはいえ話すらしたこともなく、姿を見て憧れるだけの存在だった。

「今までは姫様のお姿は遠くからしか拝見したことがなくて。ずっと雲の上の方でしたから、声も想像するしかなくて。こうやって、姫様と知り合えて、本当によかったと思いましたわ、」

「ん? 俺達の婚約のきっかけを作ってくれたから?」

「それもありますけれど…、将来ってぼやけててよくわからなかったのですけれど、今はトミー様を支えることが王家を支えるのだと、道筋が見えてきた気がしますの。姫様も同じように王家を支える方なのだと思うと、姫様がいるから、一人じゃないから怖くないんだって思えましたの。」

 マリエッタが言葉を詰まらせたので、トミーは慌ててマリエッタの肩を抱いた。

「マリエッタは俺が支えるよ。国王も、マリエッタも姫も、俺が支える。」

「ま、頼もしい。」

 ふふふと笑ったマリエッタが可愛くて、トミーは午後からの授業も頑張ろうと思った。頑張って、マリエッタが喜んでくれるように、立派な騎士になろう。それがトミーに出来るシャーロットへの恩返しにも思えていた。


 リュートは帰り道、教室に入る前に廊下でシャーロットの手を握って引き留めた。

「どうしてあんなことを?」

「何を?」

 首を傾げたシャーロットに、リュートはまっすぐ見つめた。

「婚約解消は今はしないだけで、また同じような事態が起こったら国王命令で破棄するって聞いてるけど?」

 リュートは結果を祖父から聞いていたんだっけ? さすが宰相の息子…。シャーロットはリュートを見つめ返した。

「同じことが起こらないようにすればいいだけだわ。どっちにしても、あの子達は知らなくていい事情でしょう。不確定な未来なんだから。」

「…そうだな、不確定な未来だよな。」

 リュートはふっと鼻で笑った。

「私の家で一緒に食事という話は覚えているかい? シャーロット。」

「ええ、覚えているわ。出来れば来週の木曜日か金曜日でお願いしたいわ。」

 ミカエルに昨日そう言われたっけ。シャーロットは心の中で確認する。

「母がとても楽しみにしていてね。妹達も喜んでいた。正装はしなくていいから、普段通りの君のままで来て欲しい。」

 そんな事を言ったって、親が許さないだろうけどね。シャーロットは思った。母や美容担当の侍女達がいろいろ興奮してシャーロットを着せ替え人形にするんだろうな、と心の中で溜め息をついた。

「日にちはどっちでもいいわ。決まったら教えてね。」

「わかった。」

 リュートはシャーロットの頬を撫でた。そのまま、髪に手を伸ばし、肩に流れる髪を一房掬った。

「もう、括らないの?」

「学校では括らないかな。」

 編み込みには凝りていた。

 授業開始のチャイムが鳴り始め、リュートが髪から手を放し、シャーロットも教室に入った。

「遅いですわ、シャーロット、」

 ガブリエルが待ちくたびれた顔をしていた。ミチルなミカエルも頬杖をついてシャーロットを見つめていた。シャーロットは慌てて教科書を机の上に広げた。

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