第4話 レビュー五つ星
「お……五つ星?」
翌朝。工房の作業台で冷めた緑茶を一口含み、中古ノートパソコンの画面を二度見した。
昨夜、Fランク冒険者の水野拓真が商品ページに残してくれたレビューが反映されていたのだ。
15年間勤めた大手製薬会社では、製品に星なんて付かなかった。ついて回るのは「前年比何%増」「製造コスト何%削減」という冷たい数字だけ。
星五つ。しばらく眺めた後、作業着の袖を捲り上げた。
昨日の今日だ。いきなり注文が舞い込んでくるわけもない。俺はいつも通り、初級回復草を洗う作業に入った。
◇
同じ頃。ダンジョン『黒鼠の巣穴』の地上前哨基地。
「はぁ……マジで金ねえ……」
Fランク冒険者の小川亮(18歳)は、掲示板の影で自分の財布を叩いていた。
中に入っているのは、千円札が一枚と、いくつかの小銭。合計で一千五百円足らず。
昨日、冒険者ギルドで登録を済ませ、中古の短剣と薄い皮の胸当てを買ったら、貯めていた金はほとんどなくなった。
「一階層に入るだけでも、回復薬の一本くらい持っておかないと死ぬって言われたけど……」
亮はスマホの画面で、大手製薬会社『帝国製薬』の公式ECサイトを開いた。
【スタンダード・ポーション】
【価格】:5,000円(税込)
【在庫】:あり
「五千円……買えるかよ、そんなの……」
亮は財布を閉じた。
ニュースやネットでは「冒険者は夢がある」「若者よダンジョンへ行け」と威勢のいい言葉が踊っているが、現実はスタートラインに立つための基本セットすら、貧乏な新人には高嶺の花。5,000円の薬を買えない者は、怪我をしないことを祈って素手同然で潜るしかない。
「なんか……安くてマシなやつないのか……?」
亮は検索フォームに『回復薬 格安』と打ち込み、検索ボタンをタップした。
表示されたのは、ほとんどが怪しいオークションや、期限切れの訳あり品。
検索結果を眺めていた亮の指がそこで止まった。
【商品名】:薬草水
【価格】:100円(送料込み)
【評価】:★★★★★(1件)
「……は? 百円……?」
亮は目を疑った。100円といえば、缶ジュース一本より安い。
しかも評価は星五つ。気になってタップし、唯一のレビューに目を通した。
『……一口飲ませて傷口にかけた瞬間、信じられないことに血が止まり、数秒で傷が綺麗に塞がりました……佐伯様は命の恩人です!』
「いやいやいや、胡散臭すぎだろ!」
思わず画面にツッコミを入れた。
数秒で傷が塞がる? そんなの数万円するハイポーションでも怪しいレベルだ。どう考えてもサクラか、業者の自作自演にしか思えない。
「怪しすぎる……絶対偽物だろこれ……」
亮は画面を閉じようとした指が、購入ボタンの前で止まった。
財布の中の、一千五百円。
もしこれを買わずにダンジョンに入り、深手を負ったら?
「……まあ、100円だしな」
亮は呟いた。
100円なら、もしタダの水だったとしても諦めがつく。騙されたとしてもダメージは缶ジュース一杯分だ。
「ジュース一回我慢したと思って、買ってみるか……」
購入ボタンをタップし、手続きを済ませる。
◇
「おや……?」
午後三時。
二回目の精錬を終え、作業台のパソコンをチェックしていた俺は画面を覗き込んだ。
【注文管理画面】
・注文日時:2026年8月19日 14:20
・購入者:小川亮 様(Fランク冒険者)
・商品名:【薬草水】
・数量:1本
・合計支払い金額:100円
「また……買ってくれたのか」
画面を見つめ、目元が和らぐ。
注文者はまたしてもFランクの新人さんだ。水野くんの書いてくれたあのレビューを見て、勇気を出して注文してくれたのだろう。
「口コミって、本当にありがたいなあ……」
大手時代、数千万円単位の広告費をかけてテレビCMを打っていたのを思い出す。だが、どんな絢爛豪華な広告よりも、実際に救われた誰かの一言の方が、同じ立場の人間にはずっと深く届くのだ。
俺はすぐにプチプチを手に取り、小瓶を丁寧に包み始めた。
「小川さん、か。よし、すぐ送るからな」
◇
夕方。
注文画面を更新した俺は、思わず「お」と声を漏らした。
【本日の確定注文】:3件
1件目:新規のお客様
2件目:新規のお客様
そして、3件目の名前を見た時、胸の奥が温かくなった。
3件目:水野拓真 様
『購入者コメント:佐伯さん! 先日は本当にありがとうございました! 健吾の腕も完全に治り、明日また三人でダンジョンに入ります。今回は予備も含めて2本買わせてください!』
「水野くん……リピーターになってくれたのか」
パイプ椅子に深く腰掛け、熱いお茶をすする。
大手製薬会社にいた頃、俺の仕事は「どれだけ安く、大量に作るか」だけで評価されていた。顧客の顔なんて見えなかったし、俺が作った薬を誰がどう使っているのかも分からなかった。
個人で小さな工房を始めてから、初めて顧客の顔が見えた。
一度買ってくれた人が、俺の作った薬を認め、もう一度自分の意思でお金を払って選んでくれた。
「……そっか。また、買ってもらえたのか」
数字で言えば、たったの100円だ。大企業なら利益率の計算にも入らないような端数。
だが、俺にとっては15年間の会社員生活で得たどんな表彰状よりも誇らしかった。
「よし……せっかく買ってくれたんだ。もうちょっと何か役に立てないかな」
俺は顎に手を当て、商品ページの編集画面を開いた。
水野くんたちのレビューやコメントを読んでいて気になったことがある。彼らは怪我をしてから薬を使うことに必死で、そもそも「怪我をしないための立ち回り」についての知識が圧倒的に不足しているように見えた。
製薬会社で15年、数々の症例や事故データを見てきた職人として、初心者がやりがちな失敗なら、いくらでも思い浮かぶ。
「薬は怪我をしてから使うものじゃない。そもそも怪我をしないことの方が、100倍大事なんだからな」
俺はキーボードに向かい、カタカタと指を滑らせた。
商品説明欄の最下部に、新しい項目を追加する。
『※初心者冒険者の皆様へ』
初めてのダンジョンでは、絶対に無理をしないでください。
HPや体力が半分削れたら、それは撤退のサインです。
回復薬を使う判断を遅らせないでください。「まだいける」は命取りになります。
帰還用の魔力やスタミナ、予備の松明は必ず残して引き返しましょう。
薬は万能ではありません。一番大切なのは、無事に家に帰ることです。
「よし……こんなもんかな」
薬草水を買えば安全、なんて思われては困る。
あくまで商品はただの補助。一番大事なのは冒険者自身の無事だ。
「怪我をせずに帰ってきて、薬を使わずに済むのが一番なんだからな」
自嘲気味に呟きながら更新ボタンを押した。
商売人としては失格かもしれない。
◇
その頃、冒険者向け掲示板では、一本の薬草水が話題になっていた。
『冒険者情報交換スレ Part 412』
724:名無しの冒険者
最近ネットで売ってる100円の薬草水って知ってる? 使った奴おる?
725:名無しの冒険者
あー、あの☆5レビュー1件だけついてるやつかw 100円とか怪しすぎて草
726:名無しの冒険者
でもFランクの知人が買ってたわ。普通に冷たくて喉越し良いハーブ水として飲めるらしい。気休めにはなるんじゃね?
727:名無しの冒険者
100円なら気休めでも安いわ。缶コーヒー買う感覚で一本ポチってみた
728:名無しの冒険者
てか出品者のページ見たら、初心者向けの注意書き追加されててワロタ。『怪我をする前に帰れ』とか書いてあって草。なんかおかんみたいだな
729:名無しの冒険者
まあ大手の一本5000円ポーション買えない貧乏Fランクには助かるんじゃね。俺も明日持っていくわ
◇
夜の九時。
一日の作業を終えた俺は、工房の電気を消し、事務所のパイプ椅子でパソコンを閉じる準備をしていた。
管理画面の数字を見る。
【お気に入り登録】:7
【本日の注文数】:5本
「おお……今日は5本も売れたか」
俺は画面の数字を見て、ほうっと息を吐いた。
1本100円で5本。売上は500円。原価と送料を引いても、275円ほどの手元に残る。
大儲けには程遠いが、必要としてくれる人がいる。
「口コミって、ありがたいなあ……」
しみじみと呟き、マウスを動かしてシャットダウンのボタンにカーソルを合わせた。
その時。
画面の右下に、システムからの小さな自動通知がポップアップした。
『※お知らせ:SNSおよび外部掲示板からの商品ページへのアクセス数が、通常時の300%増加しています』
「ん……? 300%……?」
俺は首をかしげた。
普段のアクセスが10人くらいだから、40人くらいが見に来ているということか。
「へえ、誰かがネットで噂でもしてくれたのかな。ありがたいことだ」
俺は特に深く考えることもなく、大きくあくびをした。
明日も朝六時に起きて、素材市場へ仕入れに行かなければならない。薬草水を仕込むには早起きが一番だ。
「まあ、明日には落ち着くだろ」
カタ、とマウスをクリックし、パソコンの電源を落とした。
静まり返った暗い工房の中、俺は小さくあくびをして、階段を上がっていった。




