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クビになった錬金術師のおっさん、回復薬をネット販売したらエリクサー扱いされました~初心者冒険者を救っていたら、俺をクビにした大手製薬会社が後悔し始めた~  作者: あずーる
第6章 帝国製薬の誤算

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第35話 責任を取るのは誰だ

 帝国製薬・役員会議室。

 役員たちの前には分厚い決算資料が並べられていた。


「——はじめに、関係省庁による合同調査についての進捗を報告いたします」


 法務担当役員が淡々と資料を読み上げる。


「提出した成分データおよび出荷ログについて、重大な違法性は確認されませんでした。ただし、急激な増産に伴う製造体制と安全管理については、引き続き監視対象とするとのことです」


「ふむ……なら、行政処分等の懸念は当面ないと考えていいのだな?」


 専務が短い息を吐き出し、手元の資料をめくった。


「現時点では、そのように認識して差し支えありません」


「ならば結構。今回の本題へ移ろう。……営業部、ビギナーズポーションの状況はどうなっている」


 営業担当役員が自信に満ちた表情で立ち上がり、スライドを切り替えた。


「はい。ビギナーズポーション事業単体で見れば、まさに劇的な成果を上げております。1本80円という圧倒的価格により、全国のギルドおよび提携店舗での取扱は急速に拡大中。初心者冒険者層においては、すでに圧倒的なシェアを確保しております」


「それは結構なことだ。だが、我が社全体の業績についてはどうなっている?」


 営業役員が言葉を濁す。


「全体としては厳しい数字が出ています」


「……厳しい、では済まないぞ」


 財務役員が手元の端末を操作すると、メインモニターのグラフが一変した。


「これが我が社全体の製品別売上推移だ」


 赤と青のラインが残酷なまでのコントラストを描き出していた。


「スタンダードポーションは大幅な減収。既存の下級ポーション、中級回復薬も軒並み売上を落としている。特にビギナーズポーションの全国展開が始まってから、その下落幅が急激に拡大している一方だ」


「な……なんだこれは……!?」


「理由は明快だ。既存顧客や、中級レベルの冒険者までもが、高価な既存薬から80円のビギナーズポーションへ流れている。つまり、我が社が誇る高利益率商品群の市場を自分たちが投げ売りした安価な商品で食いつぶしているのだ」


 利益率の低いビギナーズポーションの出荷数が増えれば増えるほど、これまで会社を支えてきた高利益商品の枠が消えていく。売上総利益のグラフは、目に見えて右肩下がりの曲線を辿っていた。


 黒木はグラフを見つめていた。

 眉ひとつ動かさない。


(……やはり、そうなったか)


「……黒木本部長」


 役員の一人が粘りつくような視線を黒木へ向けた。


「君が以前指摘していた懸念がそのまま現実になったということか」


 黒木は視線を上げ、短く答えた。


「……そうだ」


「あの時点で君が抑え込んでいれば、ここまで既存商品の売上が悲惨な結果になることはなかったのではないのかね?」


「否定はしない。……だが、私は増産を続けることの危険性をすでに指摘している。それでも増産計画を進めると判断したのは、私一人ではない」


 別の役員が口を挟む。


「だが、そもそもの企画を立案したのは君だろう」


「……その通りだ」


 黒木は否定しなかった。


「だからこそ、責任から逃げるつもりはない」


「ならば、今からでもビギナーズポーションの生産を抑えればいいのではないか! 供給量を減らし、本来のポーションへと需要を戻すんだ!」


「それでは市場を競合に明け渡すことになる」


 黒木が即座に答えた。


「すでに全国へ販売網を広げている。今ここで供給を絞れば、空いた市場を他社が奪う。帝国製薬が積み上げてきた販売網まで失いかねない」


「ならば、このまま増産を続けろというのか!」


「そうは言っていない」


 黒木は資料へ目を落とした。


「今のままでは、どちらへ進んでも傷が広がる。だからこそ、一度立ち止まり、価格と生産量を見直す必要がある」


「つまり、君は事業を止めたいのかね?」


「違う。立て直す時間が必要だと言っている」


 黒木は役員たちを見渡した。


「だが、最終的な判断は役員会に委ねる」


「……」


 しばらく沈黙が続いた。

 そこへ、研究開発担当役員が重い口を開いた。


「……現場の状況も報告しておきます。開発および製造ラインからはすでに悲鳴が上がっている」


 スクリーンに工場稼働率と開発部の残業時間が提示される。


「ビギナーズポーションの度重なる増産要求に加え、並行して進めている海外展開用の仕様変更。製造ラインの負荷は限界に達しており、すでに第一開発部からは、これ以上の増産には応じられないという正式な報告も上がっている」


「では、増産を止めるというのか!?」


「現場の負荷は事実だ! 現状の計画だけでも限界を超えている!」


 議論は紛糾した。現場の悲鳴、利益の圧迫、そして行政調査の影。

 引き返す理由は山ほどあった。


 しかし、重役に座る者たちの恐怖は、ただ一つに集約されていた。


「……結論を出そう」


 それまで沈黙を守っていた専務が重々しく机を叩いた。


「ここで撤退すれば、今まで積み上げてきたシェアも投資も、すべてドブに捨てることになる。今ここで供給を絞れば、我々が失うのは販売数だけではない。ギルドとの契約、店舗の販売網、そして顧客の習慣まで競合に奪われるのだ。他社に塩を送るような真似は断じて許されない。ビギナーズポーションの生産計画は維持……いや、さらなる供給体制の強化を目指す」


「専務、それは危険だ」


 黒木が制止の声を上げた。


「……では黒木本部長。君は、我が社が血を流して手に入れた市場を他社へ譲り渡せと言うのかね?」


「……譲り渡せとは言っていない」


「ならば、どうする?」


「……」


 黒木は答えなかった。

 論理だけでは止められない。すでに帝国製薬は、自ら作った呪縛によって、この市場から手を引けないところまで踏み込んでいた。


「決まりだな」


 専務が吐き捨てた。


「ビギナーズポーションの生産計画は維持する。現場に負荷をかけてでも、さらなる供給体制の強化を推し進めろ」


 決定は下った。

 帝国製薬は、自らが抱え込んだ矛盾を解消するのではなく、さらに深く地獄へ踏み込む道を選んだ。


 方針が決まり、最悪の選択肢を選んだ安堵感からか、役員たちが一瞬だけ肩の力を抜いたその時。


「……ところで」


 営業担当役員が、薄笑いを浮かべながら黒木へ視線を向けた。


「このビギナーズポーションの企画を、最初に発案・推進したのは誰だったかね?」


 室内が一変して静まり返った。

 向けられる刺さるような視線。黒木は逃げることなく、まっすぐに相手を見つめ返した。


「……私だ」


「ならば、現在の全社的な業績悪化について、君はどう考えているのかね?」


「……想定していた新規市場の獲得にとどまらず、既存商品の需要を大幅に食い潰す形となった。……私の市場見通しが甘かったと言わざるを得ない」


 だが、役員たちの追及は止まらない。


「君は当初、この事業を『将来の優良顧客を獲得するための投資』だと豪語していたな? その成果はどこにある? 蓋を開けてみれば、我が社の高い薬を買ってくれていた上客を、安物に買い替えさせただけではないか!」


「……」


「黒木本部長。これは君が持ち込んだ企画だ。ここまで会社の業績を悪化させておいて、どう責任を取るつもりだね?」


 責め立てる声が響く中、黒木は手元の資料を見つめた。


 ビギナーズポーションは、間違いなく成功した。

 だが、その成功によって、帝国製薬全体の業績は悪化している。

 引き返せば競合に食われ、進めば自滅する。


 しばらくの沈黙の後、黒木は深く息を吐き出した。


「……全ての責任は、私にある。だが、私は一度、増産を止めるべきだと進言した。その判断まで無かったことにするつもりはない」


 責任から逃げない。しかし、事実まで捻じ曲げさせはしない。


 その意思を汲む者はここにはいなかった。


「君の進言を採用しなかったのは役員会全体の判断だ。だが、最初にこの企画を持ち込んだ責任は君にある。……君の責任については、改めて判断する」


 黒木は視線を落とし、短く答えた。


「……了解した」


 ◇


 会議が終わり、役員たちが次々と退出していく。

 だだっ広い会議室の中、机の上にポツンと残された「ビギナーズポーション増産計画書」の束。

 自分が会社の未来のためにと立案した計画が今や自分自身の首を締め上げ、会社を崩壊へと追い込んでいる。


 黒木は眼鏡を外し、疲弊しきった目元を強く揉んだ。


 同時刻。

 第一開発部、部長執務室。


「荻野部長! 本当に、これ以上の増産は不可能です!」


「連日の残業で、研究員の何人かはまともに睡眠も取れていません! このままでは新薬の開発ラインが完全にストップします!」


 押し寄せた部下たちが荻野のデスクを囲んでいた。

 疲労で目の下に色濃いクマを作った研究員たちの目は、限界を訴えている。


 荻野は書類から顔を上げ、部下たちの顔を一人ひとり見つめた。

 訴えを遮ることなく、一つ一つ、最後まで聞いていた。


「……そうか」


 その表情からは何を考えているのか読み取れない。

 荻野はゆっくりと立ち上がると、執務室のドアをロックした。


 戸惑う部下たちに向き直り、穏やかな声で問いかけた。


「……君たちは、このまま帝国製薬に残りたいか?」


 息を呑む部下たち。


「私はね……もう、ここが潮時だと思っている」

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荻野は産業スパイかなんかだったんかな
萩野、やっぱり蟲か
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