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クビになった錬金術師のおっさん、回復薬をネット販売したらエリクサー扱いされました~初心者冒険者を救っていたら、俺をクビにした大手製薬会社が後悔し始めた~  作者: あずーる
第5章 薬草水だけじゃない

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第28話 妙な購入者

 アカウント名は【K】。

 届いたメッセージを開くと、そこには少しばかり独特な文面が並んでいた。


『三百円とはずいぶんと思い切った価格設定だな。せっかくだ。購入させてもらった。新しい薬品の性能とやらを、確かめさせてもらおうではないか』


「ずいぶん丁寧というか……硬い口調の人だな」


 俺は苦笑し、キーボードを叩いた。


 百円で販売しているいつもの薬草水とは違い、今回はあくまで深層での使用を想定した試験品だ。

 手間暇と材料費を考えれば、本来ならもう少し取りたいところだったが、まだ自分の中で確信が持てていない。


「でも、ちゃんと使ってもらえるならありがたいな。何か至らない点があったら、指摘してもらえると助かるんだが」


 丁寧な御礼と発送連絡の返信を入力すると、出来上がった小瓶を取り出した。


 手のひらに載る小瓶のガラスは、ひんやりと冷たい。青くささの残る薬草の香りが漏れないよう、コルク栓の周囲に蝋でしっかりと封をする。


 ◇


 数日後。ダンジョン第42層『岩凪の廃都』。


 立ち並ぶ風化した石造りの廃墟群に、重苦しい唸り声と地鳴りが響き渡っていた。

 ドスン、と巨体が倒れ込む音が伝わり、砂塵が舞う。


「ふぅ……ハァ……っ! 仕留めた、か……!」


 大剣の先を地面に突き立て、巨漢の戦士バッシュが荒い息を吐いた。

 その足元には岩のような甲殻を纏った巨大な熊――岩甲熊が横たわっている。


 Aランク冒険者パーティー【銀翼】。


 深層を主戦場にする彼らも、今日はさすがに消耗していた。長時間の探索に加え、ここまで何度も激戦を繰り返している。


「みんな、怪我はないか?」


 リーダーのクロードが長剣を鞘に納めながら声をかける。

 彼の額からも汗が吹き出し、息が上がっていた。


 魔導士のフィオナに至っては敷石の上に直接座り込み、杖に縋りついている。指先が小刻みに震えていた。


「怪我は……かすり傷程度だが、もう体が重くて上がらん。大剣が倍の重さに感じるぜ……」


「私も……残魔力が一割を切っています。もう魔法の発動は厳しいです……」


 クロードは周囲の安全を確認し、手元の地図を開いた。


「よし。無茶は禁物だ。今日はこの先の安全地帯でキャンプを張ろう。疲労を残したまま下へ降りるのは命取りになる」


 深層で怖いのは強いモンスターだけではない。


 一度の戦闘で減るのは体力だけじゃない。重い装備を支える筋力も、魔法を組み立てる集中力も、次の一手を考える余裕も、少しずつ削られていく。


 撤退の準備を進める中、クロードは革のポーチからひとつの小瓶を取り出した。


 手のひらにすっぽりと収まる、無骨で飾り気のないガラス瓶。中には薄茶色の液体が入っている。


「なんだ、それ? 新しい回復薬か?」


 大剣を背負い直しながら、バッシュが怪訝そうな顔で覗き込んできた。


「ああ。例のネット通販で手に入れた試作品だ。一本三百円」

「……は? さん……はぁ!? 三百円!?」


 バッシュの目が点になり、次いで呆れたような大声を上げた。


「おいおいクロード、正気か!? ここ第42層だぞ? 命預ける薬を、そんな駄菓子屋のジュースみたいな値段の安物で済ませようってのか? 偽薬ならまだマシで下手すりゃ腹壊して動けなくなるぞ!」


 深層で使用される上級回復薬は安くとも一本数万円は下らない。

 三百円という価格は常識から完全に逸脱していた。


「だからこそ、試すんだよ」


 クロードは苦笑しながら、コルク栓を抜いた。

 フワリと澄んだ薬草の香りが立ち上る。ツンとする薬品特有の刺激臭はなく、どこか青々とした野の草を思わせる匂いだ。


「あの100円の薬草水を出している製薬者だ。この試作品にも何か意図があるはずだ」


 クロードは迷うことなく、小瓶の液体を一口で煽った。

 ゴクリ、と喉を滑り落ちていく。


 仄かな甘みと、かすかな苦味。喉奥を通り過ぎると、スーッとする清涼感が軽く胸元に広がる程度だった。


「……どうだ?」


 バッシュが唾を飲み込んで見守る。

 クロードは身体の感覚に意識を向けた。

 喉を通った。それだけだった。

 傷の痛みが少し引いた以外、身体に変わったところはない。


「……ん。まあ、かすり傷が少し塞がった程度だな。効果自体は回復薬と大差ない」

「ほーら見ろ! 言わんこっちゃねえ!」


 バッシュが胸を張り、大袈裟に肩をすくめた。


「三百円で深層攻略が楽になるような夢の薬があるわけねえだろ。まあ、毒じゃなかっただけ儲けものだな」


 クロードは小瓶を眺めた。


「……傷の治療薬として見るなら、至って普通だな」


 ◇


 カチャ、カチャ、と重厚な金属音が静かな廃墟に響く。

 薄暗い石造りの街並みを、三人は黙々と歩き続けていた。


 予定していた第42層の安全地帯へ到着すると、クロードは足を止めた。

 案の定、バッシュとフィオナは荒い息を吐き、今にも倒れ込みそうな様子で石段へ座り込んだ。


「ハァ……ハァ……ダメだ、もう一歩も動けん。肩が割れそうだ……」

「私も……頭痛が酷くて、立っているのがやっとです……」


 クロードは二人を見た。

 そして、自分の足元へ視線を落とす。


 脚が軽い。

 一歩踏み出してみる。

 重くない。

 もう一歩。

 腰の奥に残っているはずの痺れも、倦怠感もない。


 何より呼吸が整っている。


(……おかしい)


 クロードはその場で足踏みをした。

 一度、二度。

 身体は素直についてくる。


「クロード……お前、なにバカなダンス踊ってんだ?」


 息を絶え絶えに吐きながら、バッシュが信じられないといった様子でクロードを見上げた。


「俺は……まだ動ける」

「はあ!? なに言ってんだお前。そんなわけ……」

「さっきの薬だ。一本三百円のあの試作品……あれを飲んだ後から、妙に身体が軽い」


 クロードの言葉に、バッシュは鼻で笑った。


「寝ぼけてんのかクロード! あんな三百円の気休めジュースで深層の疲れが吹き飛ぶわけねえだろ! お前がタフなだけだ!」

「そうですよ、クロード。やっぱり危ない成分でも入ってたんじゃ……」


「まだ断定はできない。だが、普段ならここまで歩けば俺もお前たちと同じくらい消耗している」


 クロードは自分の胸元へ手を当てた。

 心臓は落ち着いている。

 頭痛もない。

 身体の重さもない。


(……気のせいじゃない)


 いつもなら魔力が減るにつれて襲ってくる頭痛や悪寒がない。

 身体がまだ戦える。


 二人が休んでいる横で、クロードは何度も手を握っては開いた。

 まだ動ける。

 それどころか、剣を振るう余力まで残っている。


(回復薬とは役割そのものが違う)


 クロードは地図を開いた。


「バッシュ」

「あ?」

「まだ歩けるか?」

「俺は……無理だ。少なくとも、ここで休まねえと――」

「なら、今日はここで休む」


 クロードは地図を閉じた。


「ただ、明日は違う。この薬が本当に効いているなら、探索の組み立て方そのものを変えられる」


 ◇


 翌日。

 地上に戻った宿屋の一室。

 クロードは通信端末を開き、佐伯修一のショップページへアクセスしていた。


 キーボードを打つ指に力が入る。


『深層探索(42層)で私自身が服用しました。傷を塞ぐ劇的な回復力はありません。ですが、服用後に蓄積疲労に伴う身体への負担が明らかに軽くなりました。同行者は不審がって服用しませんでしたが、服用した私だけ明らかに疲労が軽い状態でした。回復薬とは役割の異なる、非常に価値の高い薬品です。正式販売を心から期待しています』


 送信ボタンを押す。


 ◇


 佐伯工房。

 キーボードを叩いてレビュー画面を更新した俺は画面に表示された文章を読み、ほっと胸を撫で下ろした。


「よかったぁ……!」


 お茶を飲み、笑みがこぼれる。


「ちゃんと深層でも役に立ったんだな。よかった……危険な場所で使うものだから、もし全然効かなかったらどうしようかと心配だったんだ」


 俺は椅子の背もたれに身体を預けた。

 深層で使ってもらった。

 そして、ちゃんと役に立った。

 それなら、ひとまず安心だ。


「……でも、まだ試作品だからな。効果自体は十分みたいだし、もっと使いやすく改良できるはずだ」


 俺は作業机に向かい、古びたノートを開いた。

 ペンの先を走らせ、前回の工程を書き出していく。


「魔力芋の抽出温度……あの時は六十度で三十分維持したけど、もう少し低温でじっくり抽出した方がいいかな。あと、保存期間ももう少し延ばしたい」


 俺はノートの端に、いくつか数字を書き込んだ。


「五十八度……いや、五十七度まで下げてみるか。抽出時間を少し伸ばせば、成分の出方も変わりそうだ」


 グツグツと泡立つ錬金釜の音や、ガラス瓶が擦れ合うカチャという硬い音を思い浮かべる。

 飲む人が少しでも飲みやすく、扱いやすいように。


「よし。次は抽出温度と配合を少し変えて、飲みやすさを試してみよう」


 ペンを置いた。


「……三百円で出すなら、せめて味くらいはもう少し良くしたいしな」

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