第27話 新しい回復薬
カチャリ、と小さな音を立てて透明なガラス瓶を作業台に並べる。
薬品の青くくすんだ匂いと精錬窯に残った熱気が漂っている。
俺は木製作業台の上に広げた古びたノートを指先でなぞった。
昨日の夜、作業を終えてから殴り書きしたメモだ。
【深層攻略者向け】
・回復
・魔力循環
・疲労軽減
冷めたお茶を一口飲む。
「さて。昨日考えた通り、今日はこいつを試してみるか」
昨日のうちにネット通販で「深層向けの新薬を作る。価格は三百円」と予告は出してある。
初心者さん向けの回復薬は帝国製薬さんが八十円という値段で全国に届けてくれている。
浅層の冒険者さんたちはもう薬が買えなくて困ることはないだろう。
だったら俺は深いところで頑張っている人たちの力になりたい。
作りたい薬の方向は決まっている。
あとはどう形にするかだ。
◇
「回復はいつもの初級回復草でいいな」
俺は壁際の棚から乾燥させた初級回復草の束を取り出した。
傷を塞ぐ力はいつもの薬草水と同じように、この初級回復草に任せればいい。
変に高価で珍しい薬草を探し回る必要はない。
では、もう一つの要素。
魔力循環と疲労軽減を担う素材は何がいいか。
棚の下段へ目を向ける。
そこに転がっていたのはゴツゴツとした褐色の塊だった。
「……魔力芋か」
手を伸ばし、ひとつ拾い上げる。
ズッシリとした重みが手に伝わった。
ダンジョン周辺の農地で大量に栽培されている、安く手に入る農産物だ。
「そういえば、市販のエナジードリンクにも使われてたな」
冒険者ギルドの自動販売機で売っている黄色い缶の飲み物だ。
「飲むと体が軽くなる」「もう一踏ん張りきく」と若い冒険者さんたちがよく飲んでいる。
「市販品にも使われている素材なら、そこまで特殊なものじゃない。これを丁寧に下処理して、回復草の成分と組み合わせられたら……」
もちろん、ただ魔力芋をすり潰して回復草と一緒に煮込んだところで、ドロドロの不味いスープができるだけだ。
安易に混ぜればお互いの成分がぶつかって、回復の効き目まで消えるかもしれない。
でも、試してみる価値はある。
手元にあるのはいつもの初級回復草と魔力芋。
素材はこの二種類だけだ。
「よし、やってみるか」
作業台に道具を並べる。
初級回復草はいつもの工程で丁寧に下処理しておく。
透き通った抽出液が小さな容器に溜まっていく。
問題は魔力芋の処理だ。
大抵の錬金術師や製薬会社は素材を一括で高温加熱して処理する。
けれど魔力芋の持つ魔力循環の性質は強すぎる熱を加えると変質して、ただの澱粉の塊になってしまう。
「面倒でも、別々に抽出して後から合わせないと」
褐色の皮を丁寧に剥く。
綺麗な白い果肉が現れた。
これを細かくすり潰す。
鉄製の道具では魔力が濁るため、使うのは木製の臼と杵だ。
ゴリ、ゴリ。
重たい音が作業場に響く。
芋の甘い匂いに、土の香りが混じった。
小釜に水を張り、火にかける。
湯気が立ち始めたところで釜の縁に手をかざした。
「……このくらいだな」
熱しすぎれば、せっかくの魔力が逃げる。
手をかざしながら温度を確かめる。
すり潰した魔力芋をゆっくり投入する。
白濁した液体が釜の中でゆっくり揺れ始めた。
じっくり時間をかけて成分を引き出していく。
「よし。両方揃ったな」
作業台の上には二つの液体が並んでいる。
初級回復草から引き出した透明な液体。
そして、ぬるめの温度で抽出した白色の魔力芋抽出液。
俺は精錬用の大きなガラスフラスコを中央に置いた。
右手に回復草の液。
左手に魔力芋の液。
二つの液体の温度差で、どんな対流が起きるか。
頭の中で流れを組み立てる。
そして、同時に注ぎ込んだ。
トトトト……。
涼やかな音が響く。
二つの液体が混ざった瞬間、フラスコの中が一度だけ白く濁った。
「……お?」
俺はフラスコを覗き込んだ。
数秒後。
白濁がすっと消えた。
ぐるぐると渦を巻いていた液体は透き通った薄茶色へ変わっている。
「あ、ちゃんと混ざったな」
濁りはない。
光にかざしてみると薄茶色の液体の奥で細かな粒子が規則正しく循環していた。
「……面白いな」
◇
「実際に飲んでみないと、使い心地は分からないな」
完成した試作品を小さなガラス瓶に詰める。
コルク栓を抜き、一口含んだ。
喉を滑り落ちる感覚はいつもの薬草水より少し柔らかい。
甘みと苦味がほどよく混ざっている。
飲んですぐに感じたのはかすり傷の痛みが少し和らぐ程度だった。
「回復のほうは……いつもの薬草水と同じくらいかな」
瓶を作業台へ置き、片付けを始める。
それから数分。
「……あれ?」
いつもなら立ち仕事や精錬作業のあとに残る肩の重さがない。
手のだるさも、いつもより軽い。
みぞおちのあたりから手足の先へ、温かい魔力が流れていく。
試しに肩をぐるりと回した。
「……あ、確かに疲れにくいな」
体の奥に残っていた重さが少しずつ抜けている。
魔力芋の性質が回復草の成分とうまく噛み合ったのかもしれない。
「うん。思ったよりいい仕上がりかもしれない」
俺は顎に手を当てた。
疲れにくくなるのはいい。
けれど、飲んですぐに効果が全身へ回るわけではない。
「これだと、戦闘の真っ最中に深い切り傷を負った冒険者さんが飲んでも、すぐには助けにならないな」
俺はノートを開いた。
「なるほど。こいつは戦う直前や最中に飲む薬じゃなくて、ダンジョンを進んでいる途中や休憩中に飲む薬か」
急な怪我にはいつもの薬草水。
長時間の探索で魔力が減ったり、疲れが溜まったりするのを防ぐなら、この薬。
「使い分けてもらえれば、深層の冒険者さんたちの助けになりそうだな」
価格は昨日の予告通り、一瓶三百円。
下処理や二段階の抽出で手間はかかる。
それでも素材自体は安い。
俺の手間賃としても、これで十分だ。
「よし。ただ、自分一人で飲んだだけじゃ、深層で本当に役立つかは分からないからな」
俺はフラスコに残った分から、三十本だけガラス瓶に詰め直した。
「まずは少量だけ出品して、使ってくれた人の感想を聞いてみよう」
◇
同時刻。
帝国製薬本社・経営企画本部。
暗い部屋の中、巨大なモニターの前に黒木が立っていた。
画面には佐伯錬金工房の通販ページが表示されている。
「本部長」
分析担当の社員がタブレットを手に近づいてきた。
「佐伯の通販ページに新商品の詳細情報が追加されました」
「……見せろ」
【商品名:深層探索用・試作薬(仮)】
【予価:300円】
【予定数量:30本】
【説明:深い階層を探索される冒険者様向けに、魔力循環の補助と疲労軽減を目的とした試作品です。30本限定となりますので、よろしければご意見をいただけますと幸いです】
「三百円……」
黒木の口から低い声が漏れた。
大手製薬会社が深層攻略者向けに販売しているアンプルや活性薬は、一瓶につき数万円の値がつく。
深層の過酷な環境に耐える薬品を作るには高額な希少素材と大掛かりな設備が必要になる。
「本部長、周辺店舗への聞き込みと流通データの照合結果が出ました」
分析担当の声が揺れた。
「佐伯が調達した素材……どこの希少素材だ?」
「それが……佐伯が使ったのは、初級回復草と魔力芋。この二種類だけです」
黒木の手が止まった。
画面を見直す。
「魔力芋……だと?」
どこにでも流通している素材だ。
「……そんなものだけで作ったのか」
(素材の価値ではない……?)
黒木は画面を睨んだ。
(高価な素材を使うから、高性能な薬になるわけではないというのか)
その考えを認めることに、強い抵抗があった。
帝国製薬では高価な素材を仕入れ、高性能な設備で処理する。
それが製品開発の基本だ。
安い素材でも使い方次第で価値を引き出せる。
そんなことが本当にできるなら――。
「本部長……?」
「まだ分からん」
黒木は画面から目を離さなかった。
「実際に深層で使える薬なのか。それを確認するまでは判断できん」
◇
翌日の夕方。
作業場で俺はスマートフォンの画面を開いていた。
薄茶色の液体が入った小さなガラス瓶が三十本。
【深層探索用・試作薬】
【一瓶 300円】
【数量限定:30本】
「さて、まずは使ってもらわないとな」
出品ボタンをタップする。
画面に【在庫:30本】と表示された。
「どんな感想が届くかな。少しでも、前線で頑張る冒険者さんの役に立つといいんだけど」
お茶を一口すすった。
ピコン。
【注文が入りました】
【残り29本】
「お、さっそく買ってくれた」
画面を見る。
その直後。
ピコン、ピコン、ピコン、ピコン――!
【残り20本】
【残り12本】
【残り5本】
「……え? あ、あれ?」
通知音が途切れない。
【完売御礼】
出品から、わずか十秒足らず。
「……あっという間だったな」
画面を見つめる。
「誰が買ってくれたんだろう」
俺が首を傾げていると、また通知が鳴った。
ピコン。
【購入者からメッセージが届きました】
画面上部に、件名のない通知が表示される。
「お……もう感想が来たのかな?」




