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クビになった錬金術師のおっさん、回復薬をネット販売したらエリクサー扱いされました~初心者冒険者を救っていたら、俺をクビにした大手製薬会社が後悔し始めた~  作者: あずーる
第4章 動き出す 帝国製薬

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第19話 帝国製薬はまだ知らない

 ガラス張りの高層ビルが立ち並ぶ、都心の一角。

 国内トップクラスの規模を誇る大手製薬会社『帝国製薬』本社。その上層階にある経営企画本部長室ではエアコンの冷気が肌にまとわりついていた。


 重厚なデスクに向かう黒木はモニターに表示された冒険者ギルドの公式告知を無言で見つめていた。


【佐伯錬金工房・薬草水】

【ギルド本部・最優先重要管理物資に指定】


 洗練されたフォントで刻まれた文字を黒木は冷ややかな目で追っていた。

 前夜、過去データを洗った際に感じた嫌な汗はもう消えている。

 今の黒木は数々の競合を市場から駆逐してきた経営企画部の冷徹なアナリストに戻っていた。


「……ギルド本部が、正式に重要管理物資として指定したか」


 傍らに立つ部下が硬い表情で頷いた。


「はい。ギルド公式のプレスリリースでも大々的に報じられています。個人工房のポーションが本部の最優先指定を受けるなど、過去に例がありません。社内でも少なからず話題になっておりまして……」


「……それで?」

 黒木はモニターから目を離さなかった。

「それだけなら、まだ騒ぐ必要はない」


「……はい?」


 拍子抜けしたような声を漏らす部下に黒木は淡々と尋ねた。

「ギルドがいくら持ち上げようと、所詮は市場のパイの取り合いだ。……佐伯錬金工房の現在の生産量は?」


 部下は手元のタブレット端末を操作し、数値を読み上げた。

「あ……はい。ギルド側のデータによりますと、一日、およそ三百本とのことです」


「三百本?」


 黒木は鼻で笑った。

「……三百本か。年間に換算しても、たかだか十万本程度だな」


 黒木はデスクのタッチパネルを操作し、自社の生産ラインのリアルタイムデータを画面の端に呼び出した。


 そこに並んだ数字は桁が違った。


【帝国製薬・ポーション生産実績】

 ・日産:十五万本

 ・全国出荷網:全四十七都道府県・千二百か所以上のギルド支部および認定薬局

 ・市場シェア:治癒薬カテゴリにおいて約六割


「見ろ」


 黒木は画面を指した。

「我が社が一日で供給している量は十五万本だ。佐伯が一人で作っている三百本など、我が社の日産量の五百分の一にも満たない。パーセンテージに直せば〇・二パーセント。市場全体から見れば、ただの誤差だ」


 黒木は背もたれに深く体を預け、メガネのブリッジを人差し指で押し上げた。

「それに、一本百円という価格設定だ。原価、梱包資材、送料まで差し引けば、手元に残る利益は微々たるものだろう。設備投資の資金を貯めるのも難しい。一日三百本で一本百円……そんな事業規模ではそう簡単に拡大できない」


 黒木の判断には根拠があった。


 大規模な流通網と大量生産を前提とする大企業にとって、優れた技術を持つ職人が一人で経営する工房はそれだけで脅威になるわけではない。

 どれほど製品が優れていても、供給能力が限られている。


「佐伯の手作業の精度がどれほど高かろうと生産能力に限界がある以上、我が社の市場を脅かす存在にはなり得ない。……脅威どころか競合としてカウントする必要すらないよ」


「は、はあ……なるほど」


 部下は胸を撫で下ろした。

 だが黒木の表情は変わらなかった。

「……問題は、そこじゃない」


 黒木はキーボードを叩き、ギルドが公開しているアクセス解析データと需要予測のグラフを呼び出した。


 画面に表示された数字を見て、黒木の眉が動く。


【購入希望登録数:5,870件】

【次回出品時の想定アクセス数:約三万件】

【平均完売時間:3分以内】


「……待て」


 黒木の指が止まった。


「……一日三百本しか作れない商品に、五千八百件以上の購入希望? アクセス試行数が三万件……?」


 一日三百本しか市場に出回らない。

 手に入らないのが当たり前の商品なら、普通は別のポーションに流れる。供給が追いつかなければ代替品に乗り換える。それが市場の動きだ。


 ところが佐伯の薬草水は違った。

 供給が追いついていないにもかかわらず、需要は落ちるどころか増え続けている。


「リサーチ部に回せ。この三万件のアクセスは、どういう連中が出している?」


「あ、すでにリサーチ部から詳細データが届いております」


 部下が慌ててタブレットのデータを転送した。

 黒木のモニターに購買層の属性分析が表示される。


「……なっ……!?」


 黒木の視線が止まった。


 初心者層だけではない。

 中級者、上級者、さらには高難度ダンジョンを主戦場とする冒険者まで、幅広い層が購入を試みている。

 その中でも上級者以上の割合が、黒木の想定を大きく上回っていた。


「中級……上級冒険者……? なぜだ?」


 黒木は画面を睨んだ。

「これは初心者用の薬草水だろう? 上級者が使う高級ポーションの数分の一の価格だぞ。それを、なぜ上級層まで欲しがる?」


 部下が唾を飲み込み、一つのSNS投稿を表示した。


【レオン・ヴァルハイト】

『ギルドの流通管理が入ったのは朗報だ。これで少しは入手しやすくなるだろう。俺たちのパーティでは今後も常備する』


「レオン・ヴァルハイト……?」


 黒木の眉がわずかに動いた。

 その名前を知らない人間は冒険者業界ではほとんどいない。

 国内でも数少ない最上位の一級冒険者。


 その男が帝国製薬の高級ポーションではなく、百円の薬草水を常用している。

(単なる初心者向けの格安商品じゃない)


 黒木は画面に表示された投稿を読み返した。

(安さで売れているんじゃない。性能そのものが、上級者まで引きつけている……?)


 黒木は椅子の背に体を預け、考え込んだ。

「……生産量だけを見れば、現時点で我が社への影響は限定的だ。どれほど一級冒険者が絶賛しようと、一日三百本では市場全体の需要を埋めることはできない。我が社の十五万本という供給量がある限り、大半の冒険者は我が社の製品を買い続ける」


「そ、そうですね。三百本では、市場全体から見れば誤差です」


「そうだ」


 黒木は画面の数字を指先で叩いた。

「……問題は、この三百本が増えた場合だ」


 部下の表情が変わった。

 黒木は立ち上がり、ホワイトボードに数字を書き込んだ。


【現在:三百本/日】

【需要:約五千八百件】


「今は供給が需要に追いついていない。だからこそ、三百本でも全部売れる」


 黒木はペン先を三百の数字に当てた。

「では、この数字が三千になったら?」


 次に三万と書く。

「三万なら?」


 黒木の頭の中で、いくつもの数字が組み上がっていく。

 もし佐伯が資金力のある企業や投資家と手を組めば。

 もし設備投資を行い、製造ラインを増やせば。

 三百本が三千本になり、三万本になったとき。


「……市場の流れが変わる」


 部下が息を呑んだ。

「ですが、佐伯は一人で作っているんですよね?」


「そうだ」

 黒木は頷いた。


「あいつは頑固な職人だ。機械化による品質低下を嫌い、自分の手で工程を管理している。一人で仕込んでいる以上、物理的に大幅な増産は難しい」


「では……静観でしょうか?」


「いや」


 黒木は即座に否定した。

「理由の分からない商品を放置する方が危険だ」


 部下が黙る。


「なぜ三百本しか作れない商品に、これほど需要が集まる? なぜ一級冒険者が百円の薬を使う? なぜ他社の高級ポーションに戻らない?」


 黒木は三つの疑問を指で示した。


「この三つに答えが出ていない以上、調べる必要がある」


 黒木はデスクのファイルを閉じた。


「これより、佐伯錬金工房が出品している薬草水の調査に入る」

「調査……ですか?」


「そうだ。佐伯本人を追う必要はない。まずは商品だ」


 黒木は部下を見据えた。


「何としてでも一瓶手に入れろ。社内の分析ラボで成分解析を行う。我が社のポーションとの性能差、抽出工程、使用原料まで、可能な限り調べろ」


「承知しました!」

「……まずは一瓶だ」


 黒木は冷たく言った。


「あの薬の正体を突き止めろ。三百本しか作れない商品なら、現時点で恐れる必要はない」


 黒木は一度言葉を切った。


「ただし、三百本しかないのに五千人以上が欲しがる理由は、知っておく必要がある」


 そう言って黒木はモニターを閉じた。

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― 新着の感想 ―
争うとか復讐とか欠片も考えてないんだよなぁ
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