第18話 ギルド本部との正式契約
画面に新しい提案書が表示された。
【佐伯錬金工房・薬草水 流通管理連携案】
・一人あたりの購入本数制限
・初心者冒険者専用の優先購入枠の設置
・ツールを使った悪質な買い占め・転売屋の完全ブロック
・ギルド公式流通ルートの提供
「……そんなことまでギルドさんがやってくれるんですか?」
『お願いしたいのはこちらです』
東堂が画面越しに深く頭を下げた。
『佐伯さんの薬草水は、今や現場の若い冒険者たちの命綱になっています。それを不当な買い占めから守り、本当に困っている人の手へ届ける。それこそが冒険者ギルド本来の役割ですから』
「……ありがとうございます。必要な人にちゃんと届くなら、俺としてはそれが一番ありがたいです」
俺が胸を撫で下ろすと、東堂と神坂の表情がふっと和らいだ。
『……それと、もう一点だけ確認させてください』
東堂が少し言いにくそうに切り出した。
『現在の販売価格……一本百円というのは、間違いありませんでしょうか?』
「はい。百円です。初心者さんでも、日銭の依頼報酬で無理なく買える値段にしていますから」
神坂が眉間を押さえ、天を仰ぐように低く唸った。
『……あのレベルの治癒薬を百円か。他の製薬会社や錬金術師たちが知ったら、泡を吹いて倒れるぞ……』
「え? 何か言いましたか?」
『いえ、こちらのことです』
東堂が慌てて咳払いをし、真剣な面持ちで本題の続きを口にした。
『佐伯さん。もう一つ、ギルド本部からの正式な打診がございます。……佐伯様が製造される薬草水の一部を、ギルド本部として緊急時用備蓄物資として継続的に買い取らせていただけないでしょうか?』
「ギルドが……買い取る?」
『はい。ダンジョン内での大規模事故や、高難度階層での救援活動、ならびに初心者救済のための医療備蓄としてです。もちろん、佐伯様の負担にならないよう、現在の三百本の枠内で、一定数を優先的にギルドが定期買い取りさせていただくという形です』
「……なるほど」
俺は少し考えた。
(ギルドが定期的に買い取ってくれるなら、収入としてもすごく安定するな。売れ残る心配もないし、ありがたい話だ)
それなら、俺としても願ったり叶ったりだ。
だが、ふと一つ気になることがあった。
「あの……買い取っていただけるのはすごく嬉しいんですが……その場合、個人で買おうとしてる初心者さんの分はちゃんと残りますか?」
『……え?』
東堂が呆然とした声を漏らした。
「ギルドさんがまとめて買っちゃったら、今まで通り通販で一個ずつ買おうとしてる若い子たちの分が無くなっちゃうんじゃないかと思って。……それだと、本末転倒というか。薬草水が必要なのって、やっぱりお金のない初心者さんたちですから」
画面の向こうで、東堂と神坂の表情が固まった。
大きな契約を結べる。
安定した収入も得られる。
それなのに、俺の頭に浮かんだのは、通販画面の向こうにいる冒険者たちのことだった。
神坂が眼鏡を掛け直した。
『……ご安心ください、佐伯さん。我々が買い取らせていただくのは全体の二割程度。一般販売枠を圧迫しない範囲に留めます。初心者の方々の分を奪うような真似は、絶対にいたしません』
「そうですか! それなら安心しました。ぜひ、よろしくお願いします」
俺が笑顔で頷くと東堂は深く頭を下げた。
『ありがとうございます。では、本件に関する仮契約書を後ほどお送りいたします。……佐伯さん、重ねて感謝申し上げます』
「はは、大げさですよ。ただの薬草水ですから」
こうしてオンライン面談は穏やかな雰囲気のまま終わった。
◇
同じ頃。
大手製薬会社『帝国製薬』・経営企画本部。
しんと静まり返った執務室で、黒木はデスクのモニターに表示された古い製造データを食い入るように見つめていた。
「……おかしい」
黒木は呟き、メガネのブリッジを押し上げた。
彼が調べていたのは経営合理化の名のもとにリストラされた元社員――佐伯修一が担当していた、旧世代の初心者向け薬草抽出ラインの過去データだった。
「佐伯が担当していた時期の初心者用ポーション……出荷後の返品率とクレーム率が、ほぼゼロ……?」
現在の帝国製薬が最新鋭の自動化プラントで大量生産している低価格帯ポーションは、コストカットの影響で品質にムラがあり、効果の薄さに対する現場からのクレームも一定数存在する。
一方、佐伯が手作業で下処理と管理を行っていた頃のデータは、異様なほど安定していた。
さらに、黒木の手が止まる。
「……製造コストも、今の自動ラインより低い……? なんだこれは……原料のロス率がほぼゼロだと……?」
最新機械を導入した現在のラインよりも、一人の冴えないおっさんが手作業で作っていたラインの方が原料の無駄が少ない。
しかも、品質まで高い。
「バカな……どうやって一人でこんな歩留まりを出していたんだ……? 機械よりも無駄がないなんて、あり得ないだろ……」
黒木の額に嫌な汗が伝う。
『あのおっさんは効率が悪い』
『時代遅れの古いやり方に固執する老害だ』
荻野部長と共にそう決めつけ、追い出したはずの男。
その佐伯が残した数字は、自分たちが正しいと思っていた判断をことごとく否定していた。
そのとき黒木の社内チャットに通知が入った。
冒険者ギルドのデータベースを監視しているリサーチ部門からの情報共有だった。
【速報:佐伯錬金工房の薬草水、ギルド本部との特別流通連携および緊急備蓄指定の仮契約を締結】
「……っ!?」
黒木の目が見開かれた。
【製造元:佐伯修一】
【指定区分:ギルド本部・最優先重要管理物資】
画面に躍る文字を見つめながら、黒木の指先がカタカタと震え始めた。
「……佐伯が……ギルド本部の……重要管理物資……?」
自分たちが「使えない」と捨てた人間が作った百円の薬。
それがいまや冒険者社会を支える重要物資として扱われている。
「俺たちは……一体、何を切り捨てたんだ……?」
◇
その夜。
作業場を片付け終えた俺は、ギルド本部から届いたメールを開いていた。
【佐伯錬金工房との正式取引に関する仮契約書】
【契約種別:ダンジョン冒険者ギルド本部・緊急備蓄指定候補】
【対象商品:薬草水(製造元:佐伯修一)】
【指定内容:優先供給枠の確保、および流通管理システムの連携】
画面に並ぶ難しい公文書のフォーマットを見て、俺は首を傾げた。
「緊急備蓄指定……? なんか大げさな名前がついたな」
まあ、ギルドの事故対応や救援活動で使ってくれるというのだから、悪いことではないのだろう。
(これで少しでも、怪我をして困る冒険者さんが減るなら万々歳だな)
俺は満足げに頷き、明日の仕込みに備えて早めに布団へ入った。
◇
深夜。
ダンジョン冒険者ギルド本部。
静まり返った執務室で、東堂はオンライン面談の報告書を上司に手渡していた。
「……以上が、佐伯修一氏との協議内容です」
報告書を読み進めていた上司が、途中で手を止め、東堂を見上げた。
「……彼は、自分の薬の価値を理解しているのか?」
東堂は苦笑し、首を横に振った。
「いいえ。まったく理解していらっしゃいませんでした。『ただの百円の薬草水だ』と、本気で思っておられます」
「そうか……」
「ですが――」
東堂の目が、静かな熱を帯びた。
「彼が『品質を落とすくらいなら、これ以上作らない。一瓶でも雑に作れば、それを頼りにした冒険者が困る』と言い切ったとき、同席した神坂統括が黙り込みました」
東堂は一度言葉を切った。
「彼は、どこまでも本物の職人です」
上司は深く息を吐き、報告書に承認のサインを走らせた。
「……全支部に通達を出せ。佐伯錬金工房の薬草水は、本日をもってギルド本部の【最優先・重要管理物資】として扱う」




