第17話 ギルド本部からの依頼
【差出人:ダンジョン冒険者ギルド本部・物資管理課】
【件名:【重要】佐伯錬金工房様へ 緊急のご相談】
「……物資管理課? なんでギルドの本部から、俺みたいな個人の店に連絡が来るんだ……?」
首をひねりながら、俺はメールの本文を開いた。
『佐伯錬金工房 佐伯修一様
突然のご連絡を失礼いたします。ダンジョン冒険者ギルド本部・物資管理課の東堂と申します。
現在、佐伯様が出品されている薬草水につきまして、冒険者間での需要が極めて急激に高まっております。
ギルド本部におきましても、出品時のアクセス集中、および購入希望登録数が数千件規模に達している状況を重く受け止めております。
また、一部の購入者による買い占め行為の懸念や、それに伴う現場冒険者たちの自発的な行動規範の発生など、すでに単なる一出品者の商品の枠を超えた影響が確認されております。
現状の供給量に対し、需要が大幅に超過しております。
つきましては、今後の安定的な供給および流通方法につきまして、一度オンラインにてご相談のお時間を頂戴できないでしょうか』
メールを読み終え、俺は冷めかけたお茶を啜った。
「……なんか、すごく大変そうなことになってるな」
転売屋がどうとか冒険者たちが自主的にルールを作ったとか、タイムラインでチラッと見かけた騒ぎの裏でギルド本部まで巻き込むようなことになっていたらしい。
(でも……安定供給って言われてもなあ)
俺が作っているのはただの薬草水だ。
手間暇をかけて丁寧に仕込んではいるが大規模な製造プラントがあるわけでもない。
「んー……少し増やした方がいいのかな」
作業場で静かに熱を冷ましている精錬窯を見つめながら、俺は頭の中で今日の作業工程を組み立て直してみた。
本来、俺が一人で無理なく、均一な品質を保って仕込めるのは一日二百本が限界だ。
これが俺にとって無理なく続けられる上限だ。
そこから、先日の注文殺到を受けて作業時間を少し延ばし、集中力を維持して作っているのが現在の三百本。正直、いまの三百本でもかなりの集中力を要している。
「少し無理をして作業時間を限界まで引き延ばせば……短期的に四百本を作ることはできるかもしれない。……だが」
俺は自分の手のひらを見つめた。長年の下処理で、指先には硬いタコができている。
四百本を毎日続けるとなると、確実に睡眠時間を削ることになる。
睡眠不足になれば集中力が途切れ、薬草の葉脈の微細な傷みを見落とすかもしれない。抽出温度のコンマ一秒の調整がズレるかもしれない。
(一瓶でも雑に作ったら、それを信じて買った冒険者さんがダンジョンで困ることになる。品質を落とすくらいなら、数を増やす意味なんてどこにもないんだ)
「薬は数を作ればいいってものじゃないからな……」
俺は返信画面を開き、明日のできるだけ早い時間でのオンライン面談を承諾する旨を打ち込んだ。
とにかく、ギルド側が何を困っているのか、話だけでも聞いてみることにしよう。
◇
翌日、午前十時。
作業場のパソコンの前で画面を繋ぐと、スーツを着た二人の人物が画面に映し出された。
中央に座る三十代半ばの真面目そうな男性が、姿勢を正して頭を下げた。
『お時間いただき感謝いたします。物資管理課の東堂です。……そしてこちらは、医務・現場統括部の神坂です』
隣に座る、眼鏡をかけた初老の男性――神坂が、鋭い目つきのまま短く礼をした。
「佐伯です。こちらこそ、わざわざすみません。俺の出品のせいで、何かギルドさんにご迷惑をおかけしてますか?」
俺が尋ねると、東堂は恐縮したように手を横に振った。
『いいえ、迷惑などではありません! むしろ逆です。佐伯様の薬草水によって、ここ最近、初心者層の生存率および軽傷からの復帰率が明確に改善しております。現場からは絶賛の声しか上がっておりません』
「はあ……それは良かったです」
『ですが、問題はその需要に対して、供給が全く追いついていない点にあります』
東堂が画面上に資料を共有した。
【佐伯錬金工房・薬草水に関する現況データ】
・一日あたり供給量:300本
・購入希望登録数:5,870件
・平均完売時間:3分以内
・購買層:1〜3層の初心者から、中級・上級冒険者まで急拡大
画面に並ぶ数字を見て、俺は目を丸くした。
「五千、八百……? そんなに欲しい人がいるんですか?」
『はい。しかもこれはお気に入り登録を行っている個人のアカウント数であり、実際にはパーティ単位で購入を試みているケースも多いため、実質的な需要はこの数倍と推測されます。……佐伯さん、率直に申し上げます。現在の三百本という供給量では需要に対してまったく足りておりません』
東堂は真剣な表情で画面越しに俺を見た。
『そこでギルド本部からのご相談です。……佐伯さん、生産量を増やしていただくことは不可能でしょうか?』
「生産量、ですか……」
俺は腕を組み、うーんと唸った。
「そうですね……作業時間を極限まで延ばして、工程をギリギリまで詰め込めば、四百本くらいなら……作れないことはないです」
『四百本……!』
東堂の顔に明るい表情が浮かんだ。
だが俺はすぐに手を横に振った。
「あ、でも、それを毎日続けるのは無理です。断言できます」
『……え? 毎日は、無理……ですか?』
「はい。短期間ならともかく、四百本を常態化させたら、絶対に品質が落ちますから」
東堂がぽかんとし、隣の神坂が眉をピクリと動かした。
俺は自分の作業工程を説明するように、指を折りながら語った。
「うちの薬草水は、薬草の葉脈の状態を一枚ずつ確認して下処理をして、抽出温度をコンマ単位で調整しています。四百本を毎日となると、どうしても睡眠時間を削ることになります。そうなれば集中力が途切れて、どこかで工程の見極めが甘くなる」
俺は画面の向こうの二人を見据えて、はっきりと告げた。
「薬って、ただ数を作ればいいものじゃないと思うんです。一瓶でも品質を落としたら、その一瓶を頼りにダンジョンに入った人が、いざという時に困りますから。品質を落とした薬を届けるくらいなら、増産はできません」
画面の向こうが、しんと静まった。
(……あ、生意気なこと言っちゃったかな)
大手製薬会社にいた頃も、似たようなことを言って「甘い」「効率を考えろ」「代わりはいくらでもいる」と怒られたのを思い出す。
ギルドの人たちも、たくさん作ってほしいから連絡してきたのだ。ガッカリさせてしまったかもしれない。
そう思っていると、沈黙を破ったのは医務部門の神坂だった。
『……東堂。聞こえたか』
神坂は眼鏡の奥の目を光らせ、低い声で東堂に語りかけた。
『需要がこれほど爆発している状況で、品質維持を理由に増産を断る職人が今の時代にどれだけいる? ……ましてや、自分の手作業で仕込んでいる人間がだ』
『……はい。まったくです』
東堂は深く息を吐き、改めて画面の俺に向き直った。
『佐伯さん、失礼いたしました。こちらの配慮が足りませんでした。……ですが、一つだけ確認させてください。現在の三百本という数も、すべて佐伯さんお一人で仕込んでいらっしゃるのですか?』
「え? ええ、まあ。一人でやってますけど。本来は二百本が無理のない基準なんですけど、最近はお困りの方が多いみたいなので、少し時間を延ばして三百本に増やしてるんです」
『……毎日、手作業で薬草の葉脈を確認し、温度管理を行って三百本……』
東堂の口が止まった。
となりでは、神坂も眼鏡の奥から俺を見ている。
(ん……? 何か変なこと言ったか?)
下処理と温度管理なんて、下積みを重ねた職人なら身につけている基本作業だ。
元いた会社でも、下働き時代はそれくらいの作業量をこなすのが当たり前だった。
もっとも、会社は「非効率だ」と言ってその工程を機械化し、品質をガクッと落としていたが。
東堂は深く呼吸を整え、真剣な表情で頷いた。
『分かりました。佐伯様の職人としての信念、そして『品質を落とさない』というお考え、心より敬服いたします。……であれば、佐伯さんに無理な増産をお願いするのは完全な間違いでした』
「えっ、いいんですか?」
『はい。我々がご提案したいのは、増産ではなく流通と販売の管理連携です』
画面に新しい提案書が表示された。
『佐伯様が作られた現在の三百本をギルドのシステムを使ってより公平に、真に必要な冒険者へ届ける仕組みを構築したいのです』




