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クビになった錬金術師のおっさん、回復薬をネット販売したらエリクサー扱いされました~初心者冒険者を救っていたら、俺をクビにした大手製薬会社が後悔し始めた~  作者: あずーる
第3章 冒険者たちの薬屋

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第15話 転売屋からは買わない

「よし。今日は三百本作るか」


 冷んやりとした早朝の作業場で俺は腕まくりをした。

 昨日、二回目の出品も三分で売り切れてしまった。お気に入り登録数は一千四百を超え、買えなかった冒険者さんたちからのメッセージが画面を埋め尽くしていた。

 だから、昨日より百本増やしてみることにしたのだ。


 棚から薬草の束を取り出す。

 指先で葉の表面を滑らせると、かすかに湿り気が残っている感覚があった。今日の朝露はいつもより少し多かったらしい。


(抽出の時間を、あと十秒だけ長くしよう)


 天候や湿度によって、薬草の状態は微妙に変わる。

 窯に火を入れ、温度計の数値を確かめる。グツグツと心地よい泡立ちの音が小さく響き、澄んだ翡翠色の蒸気が立ち上り始める。

 漂う青くさくもどこか清々しい甘い香り。

 これを特製の布で三度、丁寧に濾過する。雑味と不純物を取り除いた薬液を、カチャカチャと音を立てながらガラス瓶へと注ぎ込んでいった。


 手のひらに伝わるボトルの熱とずっしりとした手応え。

 カチ、カチとカウンターを叩きながら数を確認する。

 作業が終わる頃には三百本の瓶が作業台に整然と並んでいた。


「うん。今日もいい出来だ」


 タオルで汗を拭い、俺は満足げに息を吐いた。

 二百本から三百本への増産。もちろん作業時間は増えるが、工程を一つも省くことなく丁寧に作り上げることができた。

 このくらいなら、まだ余裕をもって作れる。


「これなら昨日よりは、少しは行き渡るかな」


 昼過ぎ。

 俺はショップの管理画面を開き、完成した三百本の薬草水をネットに出品した。


【佐伯錬金工房】

【商品名:薬草水】

【在庫数:300本】


「よし、出品」


 マウスをクリックする。

 一呼吸置いた直後、激しい電子音が室内を揺らした。


 ピコン! ピコンピコンピコン!

 ピコンピコンピコンピコンピコン——!


 画面右上の在庫数が恐ろしい速度で減っていく。


 わずか二分。


 画面には【在庫数:0本】の文字が表示されていた。


「…………え?」


 俺はマウスを握ったまま、ポカンと口を開けた。


「……増やしたんだけどな」


 昨日より百本も増やした。三百本だ。

 一個人が手作業で作る量としてはかなりの数のはずだ。それが昨日よりさらに短い時間で消えてしまった。


「三百本って、相当な量だと思うんだけど……みんなどれだけ薬草水が足りてないんだ?」


 俺は首を傾げ、ぬるくなったお茶を一口飲んだ。


 ◇


 同じ頃、ダンジョン街のギルドロビー。


 若手パーティ『青空の翼』のリーダー・トールは、スマホの画面を凝視したまま絶叫していた。


「嘘だろ!? もう在庫なしになってるぞ!?」


「ええっ、トール、出品されてからまだ二分しか経ってないよ!?」


 後衛の少女が悲鳴を上げる。


 彼らは今日から新しい階層へ挑む予定だった。しかし命綱となる薬草水はカートにすら入れられなかった。


「昨日もダメだったんだぞ……! 一級冒険者のレオンさんがSNSで絶賛してから、いくらなんでも早すぎる!」

「市販のポーションは一本五千円だぞ? 俺たちみたいな駆け出しが毎回買えるわけないだろ……!」


 ギルドのあちこちから同じような悲鳴が上がっていた。


 異変が起きたのは完売からわずか数分後のことだった。


 大手フリマアプリやオークションサイトに見覚えのある翡翠色の小瓶がズラリと出品され始めたのだ。


【佐伯錬金工房 薬草水 2,999円】

【入手困難! 一級冒険者絶賛の奇跡のポーション 4,999円】

【限定入荷! 即日発送 4,499円】


 元の値段は一本百円。

 そこに数十倍の値段がつけられていた。


 説明欄には煽り文句が躍る。

『超人気商品のため、今後さらに値上がりする可能性があります!』

『早い者勝ち! 命には代えられませんよね?』


「……百円の薬なのに、三千円……!?」


 画面を見たトールは拳を強く握りしめた。指先が白くなる。

 自分たちが怪我に怯え、買えずに困っている裏で転売目的の人間が薬を買い集め、利益を得ようとしている。


「ふざけるな……! 佐伯さんは、俺たちお金のない初心者のために、一本百円で売ってくれてるんだぞ!?」


 怒りはトールだけにとどまらなかった。

 SNS上には瞬く間に転売屋に対する批判と、ある呼びかけが広がっていった。


『佐伯さんの薬を転売屋から買うな!!』

『100円で売ってるものを30倍で買ったら、転売屋が得するだけだぞ!』

『買えなかった奴、絶対転売から買うな。次の出品を待て』

『佐伯さんが増産してくれるまで、俺たちで耐えて回そう。公式販売から買うのがルールだ』


 初心者だけではない。

 佐伯の薬の効果を知る二級、三級、そして一級冒険者たちまでもが一斉に声を上げた。


『佐伯錬金工房の薬を転売屋から買う奴は、冒険者失格だ』

『あそこは安さと品質で俺たちを支えてくれてるんだぞ。公式を待つのが筋だ』


 転売屋から買うことを拒み、どれだけ待ってでも佐伯錬金工房の公式販売から直接購入する。


 そんな空気が冒険者たちの間に自然と広がっていった。


 ◇


「……ちくしょう、なんで一本も売れないんだよ!?」


 都内の一室。

 部屋いっぱいに買い集めた薬草水の箱を抱え、男は焦りながら画面を連打していた。


「一級冒険者お墨付きのプレミアム商品だぞ!? 三千円でも安いくらいだろ! 品薄なんだから高くても買うに決まってるだろ!?」


 出品を取り下げ、二千円、千五百円と値下げしてみても閲覧数のカウンターすら動かない。


 コメント欄に届くのは冒険者たちからの冷ややかな拒絶だけだった。


『転売屋からは買わない』

『公式販売を待ちます』

『佐伯さんの薬は佐伯さんから直接買いたいので』


「な、なんだよこれ……! なんで誰も買ってくれないんだよ……!?」


 手元に残った薬草水は一瓶も売れない。


 男の前に積み上がった薬草水の山は金に変わるどころか、仕入れに使った資金をそのまま食い潰すだけのただの在庫になっていた。


 ◇


 その夜。


 作業を終えた俺はパソコンの前で温かいお茶をすすりながら、ショップの管理画面を開いていた。

 レビュー欄や問い合わせの通知数が見たこともない数字になっている。


『転売屋からは買いません!』

『佐伯さんは悪くないです、いつもありがとうございます!』

『公式の販売をずっと待ってます』

『もう大手製薬会社の五千円のポーション買うのやめました。佐伯さんの薬草水で十分すぎるくらい効くので、次の出品待ってます!』


「……うーん」


 俺は画面を見つめたまま、首を傾げた。


「……なんか最近、レビュー欄が荒れてるなぁ」


 転売屋がどうとか、公式がどうとか、書かれている意味がイマイチよく分からない。

 大手製薬会社のポーションをやめた、という書き込みにも目が留まった。


(うちの薬草水はただの薬草水だから百円だけど、やっぱり大手の製品は箱も豪華だしブランド代なのかな)


 急に注文が増えたから色々な書き込みをする人が増えたのだろう。


「人気が出ると色んな人が来るんだなぁ……」


 少し困った顔をしながら俺は明日の出品予告が自動生成されている画面へとカーソルを移動させた。


【次回出品予定:明日 12:00〜】

【購入希望登録数:3,520件】


「……三千五百? 検索数もすごいことになってるな」


 画面の数字は今この瞬間も刻一刻と増え続けている。


「……三百本でも、全然足りないのか……。やっぱり怪我をする人が増えてるのかな」


 腕を組んで考える。


 丁寧な下処理や温度管理という基本工程を一切省かずに作るとして、頑張れば一日四百本くらいまでは作れる。


 ただ、毎日四百本となると朝から晩まで釜に張り付くことになり、さすがに少し疲れるかもしれない。疲れが出れば、微細な抽出温度の見極めに狂いが出るおそれもある。


「……品質を落としてまで無理をするのは、職人として違うよな」


 誰が飲むとしても怪我をした時の痛さは同じだ。


 だから俺は妥協した薬を作るつもりはない。


「まあ……しばらくは、無理のない三百本で様子を見るか」


 俺は小さく息を吐き、静かにパソコンの電源を落とした。

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― 新着の感想 ―
案の定かぁ 次に考えられるのは、空瓶だけ入手して中身は・・・パターンだけど、ギルドがちゃんとしてるしそれは大丈夫か
転売屋ちね!
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