第14話 薬草水が足りない
【在庫数:0本】
「…………売り切れた?」
「0」の数字をもう一度確認する。ブラウザを更新してみても、数字は変わらない。
販売履歴を開くと、そこには確かに十件の注文が並んでいた。
「……昨日までは、こんなことなかったよな」
俺は首を傾げながら、ぬるくなったお茶を口に含んだ。
作業用に余分に作っておいた十本をついで感覚で早朝に出品しただけなのに、一瞬でなくなってしまった。
「うーん……たまたま早起きした冒険者さんが重なったのかな?」
購入者の名前を一覧で確認してみる。
いつも買ってくれる顔なじみの初心者パーティの名前もあれば、見たこともないパーティ名もある。
そして、一級冒険者という肩書きのついたアカウントまで混ざっていた。
メッセージ欄を開く。
昨日まで見かけなかった名前が、次々と流れていく。
『レオンさんが使ってた薬ってこれか!?』
『次の出品は何時ですか!? カート待機してます!』
『三級ですが絶対に欲しいです!』
『一級が持っていくなら備蓄しておきたい。お願いだから売ってくれ!』
『誰か買えたやついる!? 一瞬で消えたぞ!?』
「……なんだこれ」
画面をスクロールする。
昨日までとは明らかに様子が違っていた。
◇
朝の作業を開始するため、俺は作業場へ向かった。
冷やりとした金属の香りと薬箱から漂う青くさくも清々しい薬草の匂いが鼻をくすぐる。
今日作る分として用意した乾燥薬草の手ざわりを、指先でひとつひとつ確かめる。
(ん……今日の薬草は、いつもより少し葉の乾燥具合が浅いな)
天候や季節によって、薬草の状態は微妙に変化する。
俺は煮込み用の錬金釜に火をつけ、温度計の数値を確認しながら、抽出温度をいつもより一度だけ低く設定した。
グツグツと微かな泡立ちの音を立てる薬液。
澄んだ蒸気が立ち上り、綺麗な翡翠色の液体が仕上がっていく。
これを特製の布で三度濾過し、雑味と不純物を取り除く。
カチャ、カチャ、と小さなガラス瓶に薬液を注ぎ込み、しっかりと栓をする。
手のひらに残る熱と、ズシリとしたボトルの重み。
ちょうど二百本。
作業が終わる頃には、すっかり陽が高くなっていた。
「うん。今日もいい出来だ」
出来上がった小瓶を綺麗に並べ、俺は満足げにうなずいた。
有名一級冒険者さんに紹介されたからといって、やることは変わらない。
誰が飲むとしても、怪我をした時の痛さは同じだ。
だから俺は今日もいつも通り、丁寧に作った二百本を届けるだけだ。
◇
昼前、俺は完成した二百本の薬草水をショップに出品した。
【佐伯錬金工房】
【商品名:薬草水】
【在庫数:200本】
「よし、出品」
マウスをクリックした、その直後だった。
ピコン。
画面の右下に通知が出た。
一件の注文だ。
「お、さっそく一件来てくれたな」
そう思ったのも束の間。
ピコン、ピコンピコン!
ピコンピコンピコンピコンピコンピコン——!
激しい電子音が室内を満たした。
画面右上の在庫数が、目まぐるしい勢いで減っていく。
【残り 200本】
↓
【残り 143本】
↓
【残り 87本】
↓
【残り 23本】
↓
【残り 0本】
「……え?」
出品ボタンを押してから、まだ三分も経っていない。
カップ麺にお湯を注いで待つくらいの時間で、画面には【在庫数:0本】の文字が表示されていた。
「………………」
俺はマウスを握ったまま、硬直した。
「……き、今日……早くないか?」
普段なら夕方までかけてじっくり売れていく二百本が、あっという間に消えてしまった。
「なんでだ……? 月末だからダンジョンに入る人が増えたのかな? それとも、季節の変わり目で風邪でも流行ってるのか……?」
腕を組んで考えていると、ふとショップのレビュー欄が目に留まった。
そこには、レオンさんのSNS投稿のスクショとともに、たくさんの書き込みが流れていた。
『買ったあああああ! 奇跡的にカート入った!』
『嘘だろ!? 三分で二百本完売とか正気かよ!?』
『買えなかった……一級のレオン様が絶賛する薬だぞ? 足りるわけないだろ!』
『明日も出品ありますか!? 予約させてください!』
「……ああ」
俺はぽんと手を打った。
「やっぱりレオンさんの影響か。すごいなぁ。有名人が一言呟くだけで、こんなに買ってくれる人が増えるんだ」
レオンさんの影響力に感心しながら、俺は小さく息を吐いた。
「でもまあ、今日はたまたま運が良かっただけだな」
そのままショップ管理画面の『問い合わせ』タブを開く。
未読件数:320件。
「……320件?」
こんな数の問い合わせを受けたことはない。
俺は一番上のメッセージを開いた。
『次回出品は何時ですか?』
『一人何本まで購入できますか?』
『パーティ用に50本まとめて買い取りたいのですが、予約できますか?』
『二百本じゃ少なすぎます! もっと作ってください!』
「五、五十本……!?」
個人でそんな大量に買おうとする人がいるのかと驚いた。
けれど、次の問い合わせを開いたところで、指が止まった。
『初心者パーティです。今日初めてダンジョンに入る予定だったのですが、薬草水が買えませんでした。市販の高級薬は高すぎて僕たちには買えません。一本だけでも譲っていただけないでしょうか』
『いつも佐伯さんの薬に助けられていた駆け出しです。手に入らなくて困っています。助けてください』
「……あ」
俺は画面の文字を、もう一度読み返した。
一本の薬を買う余裕すらない。
それでも、今日からダンジョンに入ろうとしている。
「……そっか。このままだと、本当に必要な初心者さんが買えなくなっちゃうんだ……」
一級冒険者さんだって、高難度ダンジョンで命を張っている。薬が必要なのは同じだ。
だけど、市販の薬を買うお金すらない駆け出しの初心者さんたちが、一本も買えないまま危険なダンジョンに向かうことになるのは……困る。
「……どうすればいいんだろ」
俺は腕を組み、画面を見つめた。
一人が一気に何十本も買える仕組みだと、あふれた人が買えなくなる。
じゃあ、購入数を一人一、二本までに制限する……?
いや、でもそれじゃパーティで必要な人が困るかもしれない。
それなら、初心者さん専用の枠を別で作って取り置く……?
「うーん……」
すぐには良い案が思い浮かばない。
今の俺が一人で、基本工程を一切省かず、無理なく作れるのは一日二百本ほど。
これまでは、それで十分だった。
毎日夕方には売り切れていたとはいえ、次の日まで残ることもなかったし、無理に増やす必要を感じていなかった。
もちろん、もっと時間をかければ、四百本くらいまでは増やせる。
ただ、それ以上となると話は別だ。
早朝から深夜まで作業を続け、睡眠時間を削らなければならなくなる。
それでは長く続かないし、疲れが残れば、細かな作業に影響が出る可能性もある。
「……品質を落とすくらいなら、作る本数を無理に増やさない方がいいよな」
画面の向こうには、一級冒険者も初心者冒険者もいる。
誰が飲む薬であっても、手を抜くつもりはなかった。
「……せっかく作った薬なんだから、本当に必要な人にちゃんと届いてほしいんだけどな……」
俺は小さく呟きながら、明日の出品予告が自動表示されている画面を見た。
【次回出品予定:明日 12:00〜】
【購入希望登録数:1,420件】
「……1,420?」
俺は数字を見たまま、しばらく動かなかった。
「……明日は三百本に増やそうかな」




