第7話『鬼が一つ目小僧にキスすれば鴉が空から降ってくる』
数時間前まで村には妖怪たちの悲鳴が響き渡っていたのに――
〖ぎゃああっ!〗
〖ひっ!あ、青井だっ!あのおっかねぇ鬼がっ、ガァッ!〗
「死にぞこなった妖怪はハチくんのとこに集まってねー」
今、村に響いているのは幽霊たちの阿鼻叫喚だった。
「っすごい、青さん」
青さんは、宣言通り村に来た幽霊たちの半分以上を消滅させている。
そして、僕と怪我をして動けない狸の妖怪の周りには、逃げてきた妖怪たちが団子状態で青さんの戦いを見守っていた。
「あのイケメン鬼さんめっちゃ強いね~」
「うん。でも、極卒の鬼がどうして現実世界に来てるんだろ?」
僕の周りにいる妖怪たちは顔や腕に傷は作ってても、喋れるくらい元気だった。
それも全部、青さんのおかげだ。
「ぐすっ、ぼ、ぼく、殺されるかと思って、っこわ、怖かったよぉ」
母親を失った子狐の妖怪がボロボロと涙を流している。
僕は、その子の隣に寄り添い背中を優しく撫でててあげた。
「っ俺も、でも……あの、鬼が、青い炎が俺たちの災いを断ち切ってきれたんだっ」
「あの方には、感謝してもしきれねぇ恩ができちまったなぁ」
鴉天狗隊の人が、片方の羽から血を流しながら青さんの方を見ている。
一人の鴉天狗が「そういえば」と言いながら青さんから僕の方へと顔を向ける。
「ハチ。俺の記憶が正しければ、お前、あの鬼と一緒に来たよな?知り合いなのか?」
「えっ?う、うーん……知り合い、なのかなぁ?」
僕と青さん。どういう関係なのかと聞かれると返答に困る。
……知り合いってキスするの?
「知り合いじゃないのか?」
「う、うん、知り合いだけど……あの、内山さん」
僕は迷いながらも、鴉天狗隊の一人、寺さんと仲の良い内山さんに思い切って聞いてみることにした。
「知り合いって、キスする?」
「は、は?キスって……接吻のことだよな」
案の定というか、内山さんは片眉を上げて僕を凝視している。
「ぼ、僕もよくわからないんだけど、あの……出会い頭に、そのぉ……キスされたんだ。青さんに」
「はぁ!?で、出会い頭に接吻だと!?」
内山さんが信じられないとばかりに大きな声を上げる。
その声で、青さんを見ていた周りの妖怪たちの目が僕へと向けられた。
「内山さん、知り合いってキスするの?」
「しねぇよ!!」
「え、じゃあ友達は?」
「友達でもしねぇよっ!」
「えっ、ハチくん。あのイケメンとチューしたの?いいなぁ!」
野狐の姫ちゃんが頬をぽっと赤らめる。
いつも僕を仲間外れにする姫ちゃんも半裸に近い状態で足からは血が出ていた。
「ちゅー?」
「口と口をくっつけることを、チューって言うんだよ?」
驚いた。接吻、キスの他にもチューという言い方もあるのか。
キスって奥深いな。
「ハチくんイケメンさんと恋人なのー?」
「恋人?え、違うよ。昨日会ったばっかだし」
「え?それなのにチューしたの?」
「う、うん。さっきも、錫杖地面に突き刺して、押し倒された状態で口の中舐められた」
「それ脅迫じゃない?」
「そうなの?」
まず、僕は恋人というものが何かわからない。
この村にいる妖怪は子供でも100年以上生きている妖怪ばかりだ。
さっき泣いていた子狐も見た目じゃわからないけど
100年以上は生きている。
僕は、10年くらいしか生きていない。
「ハチくん」
沈みそうになった思考の中、青さんの声がハッキリ聞こえた。
というかすごく近い。あれ?なんか、誰か僕の顎つかんで……
「んぅっ!?」
青さんの顔が視界いっぱい映ったかと思えば、唇を塞がれて、口の中をたっぷり舐められた。
視界の端では、周りの妖怪が様々な反応をしているのが見えた。
でも、口の中のぬるぬる、青さんの匂いに気を取られて頭が上手く働かない。
内山さんは顎が外れるんじゃないかってくらい、口が開いてて心配になった。
「ん、水分補給完了。行ってくるね」
「ふ、ふあぃ……っ」
唇が離れて、目を開いた時には青さんの後ろ姿が見えた。
顔が熱い。やっぱり、あの口を舐められるやつは苦手だ。
「う~……」
服の袖で口元をゴシゴシしていると、さっきまで騒がしかった周りが静かなことに……
ちょっと待て――僕、今、みんなの目の前で、なにされた?
「~~~ッッ!!??」
気づいた瞬間に、全身に血が上った。恥ずかしすぎて周りが見れない。
僕は被っていた帽子を脱ぐと、それに顔を埋めた。
「あー、なんだ。あれだ、ハチ。……避妊はちゃんとしてもらえよ?」
羞恥心で動けなくなった僕に、内山さんからよくわからない言葉をかけてもらった。
……ひにん?ってなんだろ。
「そ、それにしてもあの青って鬼。強さが尋常じゃないね」
「えっ?」
内山さんじゃない方のもう一人の鴉天狗、高木さんは、青さんの姿を見ながら顎に手をやりそう言った。
「見てれば分かる。アイツは、手当たり次第攻撃してるわけじゃない」
「そうなの?」
言われて僕は、帽子から顔を上げて青さんの方を見た。
僕が顔を上げると同時に高木さんが、すっと指を差した。
「見ろ。人命優先で効率的に動いている。手遅れと判断した妖怪は放置して、生きてる妖怪を避難させたら幽霊だけ斬るといった徹底ぶりだ」
高木さんの言うように、青さんは事切れた妖怪が横たわる場所は飛ばしていた。
今も、目の前で妖怪の首を絞める幽霊の首を切り落としている。
「仕事って言ってたけど、本当だったんだ」
青さんに対して幽霊たちは恨み辛みの言葉を吐くけど、それに青さんの感情が動かされることはない。
淡々と幽霊たちを斬っていく姿は、ヒーローというよりも、何かの作業のように見える。
「お前らはせっかちすぎるんだよ。何年滅んだら学習すんだ?」
呆れたような表情を浮かべながら髪をかき上げて、青さんは村に残っていた最後の幽霊を切り捨てた。
その瞬間、僕の周りから歓声が上がり、全員が青さんの元へと駆け寄る。
「すごい!すごい!」
「やったぁ!!」
「っありがとうよ!アンタは、俺たちの命の恩人だ!」
「助かったよ。本当に、ありがとう!」
僕は、青さんに駆け寄る妖怪たちを尻目に反対方向へと走り出した。
「寺さんっ!寺さ~んっ!どこにいるの!怪我してるなら、僕が治すからっ!返事してよ!!」
青さんが幽霊と戦っている間、僕は目線だけでも、ずっと寺さんの姿を探していた。
内山さんや生き残りの鴉天狗に聞いても、みんな自分のことで精一杯で仲間を気にしている余裕なんてなかったと頭を下げられてしまった。
「寺さっ……痛っ!?えっ、あ、青さん?」
裏山の方に向かおうとした僕の手を青さんが掴んでいた。
さっきまで妖怪たちの中心にいたのに、いつの間に移動してきたんだ?
「青さん?」
青さんは僕の手を掴みながら、ゆっくりと空を見上げた。
「……決着、ついたようだね」
「え?」
そう、青さんが言った時だった。
――ボタボタッッ!!
「っ!?ひっ」
少し離れた位置にある地面が、上空から大量に降って来た何かで真っ赤に染まった。
驚いてる暇もなく、その音が聞こえた数秒後に上空から何かが落下してきた。
地面に落ちてきたのは、二体の妖怪だった。
「っ隊長!?」
一人は、鴉天狗隊の隊長だった。
仰向けの形で落下してきた隊長の背中には一人の幽霊が乗っていた。
そして、もう一人の妖怪は――
「っ寺さん!!」
寺さんだった。




