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崩壊世界で僕は鬼とキスをする――これは恋じゃない。たぶん、もっと危険なものだ  作者: ユキマル02


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第8話『地獄の鬼の太刀筋に作法など無し』


 寺さんの体には、包丁や鉈が何本も突き刺さっていた。

 全身血だらけで、息も絶え絶えの状態で寺さんが薄目を開けて僕を見る。


「はぁ……っ、は、ハチ、か?なん、で、お前……っ逃げて、ねぇんだよっ」


 怒る気力も無いのか、寺さんは荒い呼吸をすると、顔しかめて、再びゆっくり目を閉じた。


「っ寺さんっ……っ寺さんっ!」


 寺さんのところに行きたいのに、青さんが手を離してくれない。

 激しく暴れたら、逆に腕の中に閉じ込められた。


 強く抱きしめられて身動きが取れない。


「離してっ!寺さんっが!死にそうなんだっ、た、助けないと!」

「ハチくん。落ち着きな」

「いやだ!こうしてる間にも、寺さんが死んじゃうかもしれないじゃんか!僕、そんなの嫌だよぉ!」

「アイツは、死なないよ」

「っ……え?」

「普通にあの怪我なら死んでるのが当たり前だろうな。でも、アイツはハチくんと長く一緒にいたから死んでないんだよ」

「ぼ、僕といたから、死なない?」


 ――どういうこと?


〖なんだ。まだ、こんなに妖怪が残っていたのか〛


 隊長に刀を突き立てていた老人の幽霊が、ゆっくりと顔を上げた。

 さっきからピクリとも動かないところを見ると、隊長はもう死んでいるのだろう。


「ひっ!」


 老人とは思えない鋭い眼光を向けられた妖怪たちが身を寄せ合って短い悲鳴を上げる。

 しかし、老人が妖怪たちに目を向けたのは一瞬で、すぐに青さんへと向けられる。


〖上から見ておったが、貴様素人か?〗

「素人?」

〖刀だ。太刀筋がなっていない〗

「殺しに素人とかあるのか?」


 老人の質問に青さんは軽く笑って刀を肩に乗せる。

 青さんの返答に老人の片方の眉毛が上がる。


「お前のことも覚えてるよ。人類崩壊の時に死んだ、剣道の師範代だっけ?(わん)小林」

〖俺も覚えているぞ。お前は、極卒だな?冥界の入り口で見た覚えがある〗

「へぇ、記憶力いいんだね」

〖それは貴様もだろう。極卒は、地獄行きの人間しか覚えてないものだと〗

「冥界に来た人間のリスト渡されてんだよ。俺が暇つぶしで見てただけ。普通の極卒は全員なんて覚えてねぇよ」


 老人と青さん、二人の間には張り詰めた空気が漂っていた。

 妖怪たちは二人の会話を見守る事しかできない。


〖他の幽霊たちをやったのは、貴様か?〗

「そうだよ」

〖ふん。あんな、素人のような刀裁きでやられるとは、情けない〗


 老人は、静かに刀を引き抜くと、それを両手で持ち直して振り下ろした。

 ザシュッと音と同時に、隊長の頭が地面に転がる。


 風に乗って鉄の匂いが鼻の奥を刺激した。

 見えた光景に視界がじわりと歪んだ。


「隊長ッ!」


 内山さんの押しつぶしたような震える叫び声が村に響き渡った。

 他の妖怪たちも、胸に渦巻く感情を押し殺し、みんな歯を食いしばって涙を流していた。


「っ酷い……もう、死んでるのにっ」


 隊長はもう死んでいる。妖怪の魂が還る場所などない。

 あとは、体が消滅するのを待つだけだった。


 それなのに、追い打ちをかけるように、老人は笑って

 隊長の首を切り落とした。


「っ青さん」


 僕は、震える手で近くにあった青さんの着物を皺がつくほど強く握りしめた。

 隊長が、何をしたっていうんだ。


「くくっ、太刀筋ねぇ……俺が素人なら、お前は、ずいぶんと生ぬるい刀の知識しかお持ちでないようだ」


〖なんだと?〗


 明らかに意図を持った馬鹿にしたような言葉。

 老人のこめかみには青筋が立っていた。


「織田信長って知ってる?」


〖はっ、いきなり何を言い出すかと思えば。名のある武将だ。知らぬわけがないだろう〗


 織田信長。この人のことは、僕でも知ってる。

 妖怪たちの話題にもよく上がる人だった。


「じゃあさ、そいつはもう転生してると思うか?」

〖転生だと?やつはいつ死んだと思っている。とっくの昔に罪を償い、再び生を受けているはず――〗

「ははははっ!!生!生かぁ、お前面白いこと言うなぁ!アイツに聞かせてやりてぇよ!」

〖なっ!?なぜ、笑うっ!?〗


 老人の言葉に青さんは、腹を抱えて笑った。

 いきなり笑い出した青さんを僕も妖怪たちも、若干引き気味で見ている。


「命舐めてんじゃねぇよ」


 さっきまで笑い転げていたとは思えない低い声に、この場にいる全員が息をのんだ。


「あー、なるほどな。そんな甘い知識だから、命を奪うなんて選択肢を簡単にしちまうのかぁ」

〖っなんなんだっ貴様っ!!さっきから、何が言いたいっ!!〗


 老人が顔に大量の汗をかきながら青さんに刀を向ける。

 しかし、その刃は可哀想なくらい、カタカタ震えていた。


「織田信長は、今も地獄で極卒と殺し合いをしてるよ」

〖は?〗

「いいか、いくら後悔して許しを得ようと神社や神を信じようと。地獄の鏡が映すのは、殺した人間の数だ」

〖っ……〗

「織田信長だけじゃねぇよ。名のある武将たちは、今も地獄にいる」

〖う、嘘だっ〗

「俺、極卒なんだけど?アイツ等のこと何回殺して、蘇らせて、殺したと思ってんの?」


 青さんが一歩前に出ると、逆に老人は一歩後ずさる。


「は、ハチ危ないからこっち来い」

「う、うん」


 内山さんに手招きされて、少し離れたところに避難していた妖怪たちの輪に入る。

 ここからだと、青さんの戦闘が良く見える。


 青さんは刀を担いだ状態で話をしているだけだ。

 それなのに、怯えているのは刀を持っている老人の方だった。


「面白い話をしてやろうか?」


 カチャっと刀を鳴らして青さんは笑った。


「アイツ等は、繰り返される地獄の苦行に飽きて、今や極卒と毎日殺し合いしてんだよ」


〖っだ、黙れっ!〗


 青さんがもう一歩近づいた時、老人が刀を青さんの肩に突き刺した。


「青さんっ!!」


 刀が刺されたところがじんわりと赤く染まっていくのが見えて、僕の心臓が嫌な音を立てた。

 青さんは、初対面でいきなりキスしてくる変な人だけど、村の人たちを救ってくれたのは青さんだ。


「大丈夫だよ。ハチくん」


「へ?」


 刺されていることが嘘のように、青さんは僕に優しく笑いかける。

 その表情には苦痛どころか、余裕さえ見える。


「俺は殺された極卒に変わってよく戦ってたから知ってんだよ。アイツ等の太刀筋っていうのはさ、殺すことに特化したものなんだよ」


 青さんは、老人の刺している方の手首を掴むと下から強く蹴り上げた。


 ――ボキッ!グチャッッ!!


〖ぎゃあっ!!〗


 しゃがれたような悲鳴が響いた。


 強く蹴り上げられた老人の腕が不自然な方向へ折れ曲がり、そのまま宙へ舞った。

 無理やり引きちぎったようなギザギザな赤い断面には、折れた骨が見えた。


 今まで生きてきて聞いたことのない音が聞こえて、体が震えた。

 幽霊だから血は出ない……わかっていても、悲惨な光景に痛みの錯覚を覚えてしまう。


「っ……」


 僕は、息を殺して無意識に自分の右腕を掴んでいた。


〖あぐうぅ……ッうでが、うでがぁッ……〗


「お行儀のいい作法なんてもんは、そこにはねぇ」


 青さんは、肩に刺さった刀を引き抜くとポイっとその場に捨てる。

 そして、痛みにうずくまる老人の前に立つと刀を高く振り上げて


〖ぎゃああああっ!!〗


 ――老人の体を一刀両断した。


「す、すごい……」


 僕たちの目の前、悲鳴を上げて老人が光の粒となり消えていく。


「本当に、幽霊全部倒しちゃった」


 周りの妖怪たちが青さんを見る中、青さんは刀の形を錫杖へと戻すと、離れた位置にある隊長の首へと静かに歩み寄り、ゆっくりとしゃがんで手を伸ばした。


 目が開いた状態のまま横たわる隊長の瞼にそっと触れる。

 その横顔は、とても美しく、とても優しかった。


「地球への奉仕。冥界より見届けていた、しばし長い旅に出ていなさい」


 静寂に包まれた村に、青さんの声が空気に溶け込むように静かに響いた。


 触れていた手が離れると隊長は瞼を閉じていた。

 眠っているような、声をかけたら起きてくれるんじゃないかと、思うような穏やかな表情だった。


 その姿を見て、僕の隣で鴉天狗隊の二人が顔に手を当てて、嗚咽を漏らしている。


「あ、妖怪たちの魂が……」


 村のいたるところから、美しい光の粒が上空へと舞い上がる。

 それは全て、殺された妖怪の魂だった。


 舞い上がる光の粒を青さんが静かに見上げて、ゆっくりと口を開いた。


「お前たちの行いは私が冥界の主へと手紙をしたため、必ず届けてみせよう。そして、冥界より千年、我々はお前たちを想い火を絶やさず灯し続けることを誓おう」


「……」


 気づいたら僕は、空へ昇っていく光の粒を見ながら、祈るように手を合わせていた。

 僕に続くように、他の妖怪たちも祈るように手を合わせて、上空に上る光の粒を頬を濡らし見上げている。


「決して、憎しみの心に捕らわれるな。闇に飲まれそうになったときは、お前たちの暗闇をその火が打ち払ってくれるだろう」


 青さんの声は、村に吹く風のように、遠くから聞こえてくる水車の水音、鳥のさえずりに溶け込むように――


「人の記憶に残らぬとも、我々冥界の住人が覚えている。違う形で新たに生まれることを、我々は火と共に願い続けよう」


 妖怪たちの心の中に、永遠に響き続けていた――。


「さてと。じゃあ、幽霊退治も終わったし」


 青さんは、隊長が消滅する姿を見届けると立ち上がり、真っすぐある場所へ向かった。

 よく見ると青さんの髪色は半分以上が黒に戻っている。


「よう、おじさん。まだ生きてるかい?」


 青さんは、息も絶え絶えの寺さんの側にしゃがむと

 何かを観察するかのようにジッと見下ろしている。


「お前。鴉天狗隊では、なにをやっていた?」

「はぁっ……お、おれはっ」

「っ寺さんは、いろんなところに行って木を植えてたよ!」


 寺さんにこれ以上無理をして欲しくなくて、僕が大声で教えてあげると、青さんは一度僕の方を振り返って、すぐに寺さんへと目を向ける。


「なるほどなぁ、納得した。うん……時間もないし、ちゃっちゃっとやりますか」


 そして、持っていた錫杖を再び刀に変えると――


「おい寺内とか言ったか?お前、地球に感謝しろよ?」


 寺さんの心臓に刀を深く突き刺した――。





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