第九話「姉妹が来た」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
第九話「姉妹が来た」をお届けします。
前回までの静かな流れから一転、今回は新たな来訪者との戦闘が描かれます。
IMI側から送り込まれた二人——リナとレナ。
姉妹であるがゆえの連携、そして迷いの少ない任務遂行。
これまでとは少し違う“強さ”が立ちはだかります。
ただ、この回で描きたかったのは戦いそのものだけではありません。
戦いの後に残るもの、そしてそこから始まる関係の変化です。
少し緊張感のある回ですが、その先にあるものも含めて楽しんでいただけたら嬉しいです。
第九話「姉妹が来た」
暗かった。
部屋に窓はない。
光源は正面の小さなモニターだけで、その青白い光が二人の顔を照らしてた。
リナは直立して、前を向いてた。
隣でレナも同じ姿勢をしてた。
いつもそうだった。
訓練のとき。任務のとき。こういうとき。
いつも二人で、並んで立つ。
モニターの向こうから、声が来た。
「任務を伝達する」
抑揚のない声だった。
感情がない。ただ情報だけを運ぶ声。
リナは聞きながら、ここに来るたびに少し思う。
この声の向こうに、人がいるのか。
いるとしたら、どんな顔をしてるのか。
考えるだけ無駄だとわかってるけど、考えてしまう。
「対象は神無カノン、および同行者。魔王軍への協力容疑、IMI施設の放棄、機密情報の漏洩の疑いがある。排除せよ」
排除。
その言葉を、リナは聞いた。
レナも聞いた。
モニターが消えた。
部屋が真っ暗になった。
しばらく、二人は何も言わなかった。
暗闇の中で、レナの手がリナの手を探した。
リナはそれを握り返した。
ぎゅっと。
「……大丈夫」
リナが言った。
それだけだった。
レナが頷いた。
暗闇の中で、見えなかったけど、頷いたのがわかった。
ずっとそうだった。
気づいたときから、二人はいつも一緒だった。
部屋も、訓練も、任務も。
親の記憶はない。
どこから来たのか、わからない。
IMIの人に聞いたことがある。
「知る必要はない」と言われた。
答えをくれた人は一人もいなかった。
仲間の子たちも、同じような子が多かった。
だから、聞かなくなった。
二人でいれば、それでいいと思ってた。
二人いれば、大丈夫だと思ってた。
「行こう」
リナが立ち上がった。
レナがついてきた。
扉が開いた。
光が差し込んだ。
✦
一ヶ月後。
見張りの魔物が走り込んできた。
「正門前に魔法少女が二人います」
私は食堂でお茶を飲んでた。
「武器は」
「一人が銃で、もう一人が盾を持ってます。紫と黄色です」
レイがクッキーをかじる手を止めた。
「……リナとレナ」
「そうだと思います」
「……来た」
「来ましたね」
ほのかが腕を組んだ。
「……二人同時か。厄介だな」
「姉妹で来るタイプなので」
「……私も行く」
「今回は私だけで——」
「二人相手に一人は無理でしょ」
私は少し考えた。
「……一緒に来てください。でも最初は私が前に出ます」
「わかった」
レイが「……私は」と言った。
「レイは城で待機してください」
「……なんで」
「姉妹で来てる場合、さらに人数が増えると連携が乱れて判断できなくなります。人数は絞った方がいい」
「……わかった」
レイがクッキーをもう一枚取った。
「……帰ってきたら、報告して」
「します」
「……無事で」
「そのつもりです」
アスタロトが立ち上がった。
「……城壁で待機する。必要なら出る」
「お願いします」
リリスが私の袖を引いた。
「……かのん」
「はい」
「……今日は、いたくなる?」
「少しなるかもしれないです」
「……いってらっしゃい」
「行ってきます」
リリスがぎゅっと袖を握った。
一瞬だけ。
それから離した。
私は正門に向かった。
✦
正門の前に出たら、二人がいた。
並んで立ってた。
姉のリナは紫の変身体。銃を構えた姿勢で、目が冷静だった。表情がない。計算してる目だ。
妹のレナは黄色の変身体。盾を前に出して、姉の少し後ろに立ってた。姉を守る位置だ。
私を見た。
リナが口を開いた。
「神無カノン。排除命令が出ている」
「嫌です」
「……即答か」
「帰りませんし、抵抗します」
リナが少し間を置いた。
「……同行者も排除対象だ」
ほのかが「やってみなよ」と言った。
リナがほのかを見た。
「……フレイムほのか。近接特化、魔力拳。報告通りか」
「そうだよ。で、あんたが私の相手してる間にカノンが動くけど、いい?」
「……それも計算に入っている」
リナが銃を構えた。
「……始める」
その瞬間に、動いた。
✦
最初の一発が来た。
右から。
私は杖で弾いた。
次の瞬間、三方向から同時に来た。
連射じゃない。角度を変えた同時射撃だ。
「速っ」とほのかが言った。
私は障壁を張った。
二発は弾いた。一発がかすった。
「……思ったより対応が早い」とリナが言った。
「練習してます」
「……でも、ここからは変わる」
リナが動いた。
今度は移動しながら撃ってきた。
固定砲台じゃない。動きながら角度を変え続ける。
軌道の予測が難しくなった。
私が一発弾いてる間に、三発来る。
しかも、弾の速さが一定じゃない。
速いのと遅いのを混ぜてる。
速いのを避けたと思ったら遅いのが来る。
そのためにリズムが崩れる。
なるほど、計算されてる。
「ほのか、左!」
「わかった!」
ほのかが左から来た弾をそのままパンチで弾き返した。
「……拳で魔力弾を弾き返すのか」とリナが言った。
「それくらいやれなきゃ近接の意味ないでしょ!」
ほのかが踏み込んだ。
リナが後ろに跳んだ。
距離を取った。
でも、その瞬間——
「カノンさん!」
レナの声だった。
振り向いたら、レナが盾を構えて前に出てた。
反射能力だ。
私が張った障壁が、逆に私の方に押し返されてきた。
自分の魔力が返ってきた。
「っ——」
飛んだ。
後ろに吹き飛んだ。
背中から落ちた。
「カノン!」とほのかが叫んだ。
「大丈夫!」
立った。
少し息が切れてた。
レナの反射能力、報告には「盾、反射能力あり」としか書いてなかった。
こんなに精密に使えるとは思ってなかった。
「……なるほど」と私は言った。
「……思った通りの反応だった」とリナが言った。
リナがまた動き始めた。
今度は右に、左に、大きく移動しながら。
ほのかが追いかけた。
でも距離が縮まった瞬間——
「レナ」
「——っはい!」
レナがまた盾を向けた。
ほのかのパンチが、そのまま跳ね返った。
「ぐっ——!」
ほのかが吹き飛んだ。
「ほのか!」
「……大丈夫、壁に当たっただけ。でも痛い!」
二人の連携が、完全に噛み合ってた。
リナが距離を取って撃ち続ける。
近づこうとすると、レナが反射で弾き返す。
近づけない。
でも——
近づかないと終わらない。
私は少し考えた。
レナの反射は自分の障壁を使われた。
ということは、魔力を持った攻撃なら何でも返せる。
でも——純粋な物理は返せない。
障壁を使わずに避ける。
そして、レナに近づく前にリナを止める。
どちらかを止めれば連携が崩れる。
でも、レナが姉を守ろうとする以上、リナを止めに動けばレナが割り込んでくる。
逆にレナを先に止めようとしたら、リナが距離を取って撃ち続ける。
詰まってる。
でも、一つだけ——
「ほのか、少し下がって」
「え、でも——」
「下がってください」
ほのかが下がった。
リナが私だけに集中した。
撃ってきた。
私は障壁を張らなかった。
避けた。
全部、体で避けた。
一発、二発、三発。
全部かすりながら、それでも前に進んだ。
「……なぜ障壁を使わない」
「使ったら反射されるので」
「……それに気づいたか」
「少し遅かったですけど」
距離が縮まった。
リナが後ろに跳んだ。
でも今度は私の方が速かった。
杖でリナの銃を弾いた。
リナの手から銃が飛んだ。
リナがすぐに予備を出そうとした。
その瞬間、レナが動いた。
「お姉ちゃん!」
レナが私に向かって盾を構えた。
全力の反射だった。
でも私はそれを予測してた。
真上に跳んだ。
レナの反射が空を切った。
でも、真上に跳んだまま魔力を集中させた。
リナとレナの間に、光の柱を落とした。
二人が飛んだ。
別々の方向に。
地面に落ちた。
しばらく、誰も動かなかった。
「……参った」とリナが言った。
でも、立ち上がろうとしてた。
「……まだやるんですか」
「排除命令がある」
「達成できないですよ」
「……わかってる」
リナが立った。
「……レナ、大丈夫か」
「……うん」
レナが立とうとした。
立てなかった。
「……レナ?」
リナが走った。
レナのそばに膝をついた。
レナが片手で地面を押さえてた。
もう片方の手が、おかしかった。
光の柱が落ちた衝撃で、盾を持ってた腕が——
「……腕が」とレナが言った。
声が震えてた。
「……見せて」とリナが言った。
リナがレナの腕を確認した。
少し間があった。
「……撤退する」
リナが立ち上がった。
「……私を連れて行けないのか?」とレナが言った。
「連れて行ける状態じゃない。移動させたら悪化する」
「……でも」
「ここに置いていく」
レナが固まった。
「……置いていくの?」
「……敵じゃない、と思う。少なくとも、今すぐ殺しはしない」
リナが私を見た。
「……手当てしてもらえるか」
「します」
「……後で迎えに来る」
「わかりました」
リナがレナを見た。
何か言いたそうだった。
でも何も言わなかった。
レナの頭に手を乗せた。
一瞬だけ。
「……大丈夫だ」
リナが転移魔法で消えた。
レナが残された。
レナが小さい声で言った。
「……お姉ちゃん」
私はレナのそばに膝をついた。
「手当てします。大丈夫ですよ」
レナが私を見た。
涙が出てた。
泣いてるのか、痛いのか、怖いのか。
たぶん全部だ。
「……怖くないですよ」
私は言った。
リリスに言ったのと同じ言葉だった。
「……大丈夫ですか?」とレナが言った。
「私が?」
「……叩き飛ばしたから」
こっちを心配してた。
私はなんか笑えた。
「大丈夫ですよ。それより腕を」
「……はい」
✦
城の中に連れて行った。
ベルゼバブがすでに待ってた。
城壁で見てたんだと思う。
何も言わずにレナの腕を確認した。
「……折れてはいませんが、ひどい捻挫です。しばらく動かさないでください」
「……すみません」とレナが言った。
「謝らなくていいですよ」とベルゼバブが言った。にこにこしてた。
「……敵なのに、手当てしてもらって」
「敵じゃないですよ」
「……さっき戦ってたのに」
「今は戦ってないです。今は手当てです」
ベルゼバブが手当てを始めた。
レナが少し顔をしかめた。
「……痛いですか?」
「……少し」
「もう少し我慢してください」
「……はい」
レナが部屋を見回した。
白い壁。窓から見える暗紫色の空。
「……普通の部屋ですね」
「普通ですよ」
「……もっと怖い感じかと思ってた」
「普通ですよ、全部」
手当てが終わった。
レナが腕を少し動かしてみた。
「……痛いけど、動きます」
「無理に動かさないでください。三日は安静に」
「……三日も、いていいんですか」
「いていいですよ」
「……なんで」
「手当てしたので」
「……それだけで?」
「それだけです」
レナが私を見た。
意味がわからない、という顔だった。
でも、なんかホッとした顔でもあった。
そこにリリスが来た。
ベルゼバブに連れられて、部屋に入ってきた。
レナを見た。
レナがリリスを見た。
しばらく、誰も何も言わなかった。
リリスが部屋に入ってきた。
レナのそばまで来た。
レナより頭二つ分くらい小さかった。
「……いたい?」
「……少しだけ」
「……ごめんなさい」
レナが少し固まった。
「……なんで謝るんですか」
「……たたかったから」
「……私たちが来たんです。謝るのは私の方です」
「……うん」
リリスが少し考えた。
「……でも、ごめんなさい。いたくなって」
レナがリリスを見た。
じっと見た。
3歳の魔王が、足が床に届かないくらい小さい子が、自分に謝ってた。
「……ありがとうございます」
レナが言った。
声が震えてた。
「……いたくなくなる?」とリリスが聞いた。
「……なります。すぐには無理ですけど」
「……じゃあ、ここにいて。なおるまで」
レナが少し間を置いた。
「……いていいんですか」
「……うん」
リリスが頷いた。
それだけだった。
でもレナには十分だったみたいで、また目に涙がたまった。
「……泣いてますよ」と私が言った。
「……泣いてないです」
「目から水が出てます」
「……泣いてないです」
リリスが首をかしげた。
「……かなしい?」
「……うれしいです」
「……うれしいのに、なく?」
「……なんか、そういう感じです」
リリスがまた考えた。
「……わかる。わたしも、そういうことある」
「……そうですか」
「……うん。うれしいのに、なんかへんな感じ」
「……まさにそれです」
リリスが頷いた。
「……じゃあ、おなじだね」
レナが笑った。
泣きながら笑った。
ほのかが廊下から顔を出した。
「……なんかいい話聞いた」
「覗かないでください」
「でもなんかよかった」
ほのかが部屋に入ってきた。
レナを見た。
「……怪我、痛い?」
「……大丈夫です」
「大丈夫じゃないでしょ」
「……大丈夫です」
「強がりだ」
レナが少し笑った。
「……お菓子食べる? 甘いもの食べると少し楽になるよ」
「……いいんですか」
「いいよ」
ほのかがポケットからクッキーを出した。
どこにでも持ってた。
レナが受け取った。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。しばらくここにいるんでしょ」
「……そうみたいです」
「じゃあよろしく」
ほのかが手を差し出した。
レナが少し戸惑いながら、握り返した。
私はその横で、なんかよかった、と思った。
✦
夜、ベルフェゴールに呼ばれた。
「今日の二人について」
「はい」
「……強かったな」
「そうです。連携が完璧でした」
「……姉が撤退した理由は」
「妹を置いていくことで、こちらが手当てすると計算したんだと思います」
「……計算か」
「そうです。置いていく形にすれば、妹が安全な環境に置かれる。迎えに来ると言ってたので、また来ます」
「……その間に、妹の心が変わるかもしれない、とは考えなかったのか」
「考えたと思います。でも、妹の腕の状態を見て、それより手当てを優先した」
ベルフェゴールが少し間を置いた。
「……そういう人間か、あの姉は」
「そうだと思います」
「……妹の方は」
「今日リリスに会いました。泣いてました。うれしくて」
「……リリス様に会って、うれしくて泣いたか」
「そうです」
「……ならこちらに来るかもしれないな」
「来ると思います。でも——姉の記憶操作の伏線を考えると、簡単に喜べないです」
ベルフェゴールが少し目を細めた。
「……お前は、IMIが何をするか、わかってるか」
「わかってます。レナが裏切ったとき、IMIは姉を罰するかもしれない」
「……そうだ」
「それでも、レナが選んだなら」
「……レナが選んだなら?」
「一緒に引き受けます」
ベルフェゴールがしばらく黙った。
「……手当てした結果、妹の気持ちが変わったとして、それはどちらに動く」
「……こちらに動くと思います。みんなそうだったので」
「……そうだな」
ベルフェゴールがお茶を飲んだ。
「……明日以降、妹の様子を見ろ。無理に何かするな。ただいてやれ」
「わかりました」
「……姉が来たら報告しろ。戦闘にするか、話し合いにするか判断する」
「わかりました」
「……お前は今日、怪我したか」
「少しかすりましたけど大丈夫です」
「……無理するな」
「はい」
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
ベルフェゴールが椅子を持って廊下を歩いていった。
今日はため息が少なかった。
心配してくれてたのかもしれない。
まあいいか。
✦
リリスを寝かしつけながら、今日のことを考えた。
激しかった。
リナとレナの連携は本物だった。
二人でいるから強い。二人でいるから補い合える。
気づいたときからずっと一緒で、親の記憶もなくて、二人でやってきた。
それが今日の戦い方に全部出てた。
リナが撤退するとき、レナの頭に手を置いた。
一瞬だけだったけど、あれが全部だった。
大丈夫だ、という一言。
ずっとそうやってきた二人なんだろう。
暗い部屋で、二人で並んで命令を受けてきた二人が。
レナが城にいる。
腕は痛いけど、安全な場所にいる。
リナはどこかで、それを知ってるはずだ。
知ってて、計算して、置いていった。
でも——
置いていくのが辛くなかったはずがない。
「……かのん」
リリスが眠りながら言った。
「います」
「……きょう、いたかった?」
「少し」
「……ごめんなさい」
「なんでリリスが謝るんですか」
「……まもれなかった」
「大丈夫ですよ。リリスは城にいてくれたから」
「……うん」
リリスが少し静かになった。
「……あのこ、あした、いる?」
「いますよ。腕を治すまではここにいます」
「……よかった」
「よかったですね」
「……なかよくなれる?」
「なれると思います」
「……なれるといい」
リリスが眠った。
今日は少し長かった。
十五秒くらいかかった。
心配してたんだろうな、と思った。
私も少し心配してた。
レナのこと。リナのこと。
リナはまた来る。
そのとき、何が変わってるだろう。
でも今夜は、これでいい。
レナが城にいる。
リリスが眠ってる。
それだけで、今日はもう十分だった。
✦ ✦ ✦
次回「レナの選択」
——翌朝、レナが窓の外を見ていた。その目が、昨日と少し違った。
第九話「姉妹が来た」、読んでいただきありがとうございました。
この回は、「敵として来た相手が、どう変わっていくのか」という始まりの回です。
リナとレナは、これまでのキャラクターたちと同じように“何かを抱えた側”ですが、
二人で一つの完成された戦い方をしている点が特徴です。
だからこそ、戦闘ではしっかり脅威として描きつつ、その関係性も崩さないように意識しました。
そしてもう一つ大事なのが、戦闘の“後”です。
レナを手当てすること。
リリスが謝ること。
ベルゼバブがいつも通りに接すること。
特別なことはしていないのに、少しずつ相手の前提を崩していく。
この作品らしい変化の始まりを描いたつもりです。
一方で、リナの選択も重要です。
妹を置いていくという決断は、合理だけでは説明しきれないものを含んでいます。
次回は「レナの選択」。
ここで芽生えたものが、どちらに向かうのかが描かれます。
引き続き読んでいただけたら嬉しいです。




