第八話「メフィストの答え」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
第八話「メフィストの答え」をお届けします。
今回は、大きな事件が起きる回ではありません。
その代わりに、「カノンが何者なのか」という問いに対して、ひとつの“途中の答え”が提示されます。
答えは出ない。けれど、確かに何かは明らかになる。
そしてそれ以上に、「周りにいる人たちがどう向き合うのか」に焦点を当てた回になっています。
少し静かで、でも確実に物語が進んでいる一話です。
カノンの感じている“なんかわからない感じ”を、一緒に味わってもらえたら嬉しいです。
第八話「メフィストの答え」
翌朝、メフィストに呼ばれた。
「話す、と言ったことを話す」
それだけ言って、研究室の扉を開けた。
私はついていった。
廊下を歩きながら、少し緊張してた。
怖いとはっきりわかってるわけじゃない。
でも、なんかわからない感じが、朝から頭の中にあった。
答えが出た、と言ってもらえるなら楽になる。
答えが出なかった、と言われても、それはそれで一区切りになる。
どっちでもいい。
ただ、聞きたかった。
朝食のとき、レイが私の顔を見て「……大丈夫?」と言った。
「大丈夫です」
「……緊張してる?」
「少し」
「……クッキー食べる?」
「朝食中なのでいいです」
「……食べると落ち着く」
「後で食べます」
ほのかが「何があるの」と言った。
「メフィストさんに呼ばれてます。調べた結果を話してもらえるので」
「……怖くない?」
「怖くはないですけど、緊張はしてます」
「……なんかあったら言いなよ」
「はい」
リリスが私の袖を引いた。
「……かのん」
「はい」
「……いってらっしゃい」
「行ってきます」
「……かえってきてね」
「帰ってきます」
リリスが頷いた。
その顔が少し心配そうだったけど、それが嬉しかった。
心配してくれる人がいる。
それだけで、どんな答えでも受け取れる気がした。
✦
研究室の中は、いつもより本が多かった。
テーブルの上に何冊も積み重なってて、その横に紙が何枚も広げられてた。
図みたいなものが書いてある。
魔力の流れを示す図、だと思う。
「座れ」
「はい」
メフィストが向かいに座った。
いつものように目が鋭かった。
でも今日は少し違う雰囲気があった。
言いにくいことを言う前の顔、というか。
「……調べた結果を話す」
「はい」
「最初に言っておく。答えは出なかった」
「答えが出なかった?」
「お前の構造について、理由がわからなかった。ただ、事実はわかった」
メフィストが紙を一枚私の前に置いた。
魔力の流れを示す図だった。
「これが一般的な魔法少女の魔力構造だ。IMIで改造された子も、自然発生の子も、大きな差はない」
「はい」
「次にこれを見ろ」
もう一枚、置かれた。
似てるけど、明らかに違う図だった。
「……これが私ですか」
「そうだ」
私は二枚を見比べた。
一枚目は、複数の線が絡まり合って、補い合うような構造をしてた。
二枚目は、線が少ない。でも一本一本がずっと太い。
「……全然違いますね」
「違う。根本的に違う」
「どういう意味ですか」
「……俺がこれまで調べてきた魔法少女は、全員一枚目に近い構造をしていた。複数の魔力の流れが絡み合って、補い合う形だ」
「でも私は」
「お前は違う。最初からこの構造だ。どう調べても、他の誰とも一致しない。それだけじゃない」
メフィストが図を指した。
「この構造は、非常に古い。魔力の流れのパターンが、現代の魔法少女のものじゃない」
「古い、というのは」
「……百年以上前の記録に、近い構造がある」
部屋が静かになった。
「百年前」
「そうだ」
「……百年前の魔法少女と同じ構造ということですか」
「近い、と言った。完全に同じではない。ただ、非常に似ている」
「それは、どういうことを意味しますか」
メフィストが少し間を置いた。
「……俺には、わからない。なぜお前がそういう構造をしているのか、俺の知識では説明ができない」
「知識では、ということは」
「俺が知らないだけで、答えを知っている者がいる可能性がある」
私は少し考えた。
「……それは、IMIにいる誰かですか」
「可能性は高い」
「……所長とか」
「……俺には何も言えない」
メフィストが目を逸らした。
初めて見た。メフィストが目を逸らした。
この人が目を逸らすことがあるんだ、と思った。
「メフィストさん」
「なんだ」
「……知ってることがあっても、言えないことがある、ということですか」
「……そうだ」
「それは、言うなという話じゃなくて」
「……俺が確信を持てないだけだ。噂と推測の話は、お前にするべきじゃないと思っている」
「でも気になります」
「……わかってる」
メフィストがしばらく黙った。
珍しく、長い間、黙った。
「……お前は、どんな答えが返ってきても、ここにいるか」
「います」
「……なぜ」
「リリスがいるので」
メフィストが少し間を置いた。
「……そうか」
「それだけで十分です」
「……わかった」
メフィストが図を手に取った。
「一つだけ言う」
「はい」
「……お前の構造は、俺が見てきた誰よりも強い。改造で作られたものじゃなく、最初からそうなっている。つまりこれは、お前の本来の姿だ」
「本来の姿」
「……IMIが作ったものじゃない。誰かに変えられたものじゃない。お前はお前のまま、最初からこうだった。それだけは確かだ」
私は少し間を置いた。
「……それは、いいことですか」
「俺にはわからない。でも——お前が何者であっても、この構造はお前のものだ。誰にも取れない」
部屋が静かだった。
窓の外で、魔界の風が吹いた。
「……ありがとうございます」
「感謝は早い。答えが出なかった」
「でも、わかったことを話してくれました」
「……それが研究者の仕事だ」
「それでもありがとうございます」
メフィストが少し間を置いた。
「……お前は本当に、感謝をやめないな」
「やめません」
「……ベルフェゴールが苦労するのがわかる」
「ベルフェゴールさんにも言ってますよ」
「……知ってる。廊下で聞こえた」
メフィストが図を片付け始めた。
「もう一つ聞いていいですか」
「なんだ」
「解剖の話は」
「……今日は保留だ」
「今日は、ということは」
「明日以降は交渉する」
「交渉しません」
「……いつかする」
「しません」
メフィストが少しだけ笑った気がした。
確信はなかったけど、たぶん笑った。
研究室を出ると、廊下にベルゼバブが立ってた。
お茶を持って、にこにこしてた。
「お疲れ様でした、カノンさん」
「ありがとうございます」
「難しい話でしたか」
「難しかったです」
「……お茶、どうぞ」
受け取った。
飲んだ。
おいしかった。
この人のお茶は、いつもおいしい。
「ベルゼバブさん」
「はい」
「メフィストさんにもお茶、持って行ってあげてください」
「もちろんです。もう一杯持ってきましたよ」
もう一杯持ってた。
ちゃんと二杯持ってた。
「……さすがです」
「気になっていましたので。カノンさんも、メフィスト様も」
ベルゼバブがにこにこしたまま研究室の扉をノックした。
「メフィスト様、お茶をお持ちしました」
「……入れ」
ベルゼバブが入っていった。
奥から「……ありがとう」というメフィストの声が聞こえた。
珍しく、素直な声だった。
こういうところがある。ベルゼバブは。
なんでもわかってる人だ。
✦
研究室を出たところで、ほのかがいた。
廊下で腕を組んで待ってた。
「どうだった?」
「いろいろわかりました」
「……どんな感じ?」
「私の構造が他の魔法少女と全然違うって。百年前の記録に近いって」
「……百年前」
「そうです」
「……怖くない?」
「怖いか怖くないか、まだわかってないです」
ほのかが少し考えた。
「……カノンって、昔から変だよね」
「変ですか」
「変、というか。普通の子と何か違うなって、IMIにいた頃から思ってた」
「そうでしたっけ」
「なんか、魔法の使い方が違うっていうか。力の込め方が、私たちとは根本的に別の感じがしてた」
「気づいてたんですか」
「なんとなく。説明はできなかったけど」
ほのかが私を見た。
「……でも、それはカノンがカノンだってことじゃないの。百年前だろうと何だろうと」
「そうですね」
「……私には、カノンは変だけどカノンだよ。それだけでいい」
私は少し間を置いた。
「ありがとうございます」
「……照れくさいからやめて」
「でもありがとうございます」
「やめてって言ってんのに!」
ほのかが顔を赤くして歩き出した。
私はついていきながら、少し笑った。
ほのからしかった。
「……ねえ、カノン」
ほのかが歩きながら言った。
「はい」
「……わかる日が来たとき、怖かったら言って」
「言います」
「……一人で抱えるな」
「はい」
「……みんないるから」
「わかってます」
「……わかってる、じゃなくてちゃんと使えよ、みんなを」
ほのかが振り返らずに言った。
「……使います」
「……それでいい」
ほのかが食堂の方に歩いていった。
背中が少し赤かった。
照れてた。
でも振り返らなかった。
それがほのからしかった。
✦
昼食の後、レイに呼ばれた。
中庭のベンチに座って、私を待ってた。
「……聞いた」
「何を」
「……メフィストから。話の内容を少し」
「そうですか」
「……大丈夫?」
「大丈夫です」
「……ほんとに?」
「本当に。何がどうなのか、まだちゃんとわかってないので、怖いかどうかもよくわかってないです」
レイが少し考えた。
「……私も、三歳より前の記憶がない。調べてもらったら、記憶操作の痕跡があった」
「そうでしたね」
「……カノンには痕跡がなかった」
「そうです」
「……それって、つまり」
「それ以前がそもそもなかった、ということかもしれないです」
レイが少し間を置いた。
「……怖くない?」
「怖いかもしれない。でも」
「でも?」
「……ここにいますよね、今」
「……います」
「それだけでいいかな、と思ってます」
レイがクッキーを一枚出した。
私に差し出した。
「……食べて」
「なんでですか」
「……なんとなく」
私はクッキーを受け取った。
かじった。
おいしかった。
「……おいしい」
「……そう」
レイがもう一枚取って、自分でかじった。
二人でしばらく、中庭でクッキーを食べた。
何も言わなかった。
でもなんか、それでよかった。
レイって、こういうとき、言葉よりも先に何かを差し出す。
それがレイのやり方なんだと思う。
受け取れてよかった。
「……レイ」
「……なに」
「ありがとうございます」
「……別に」
「でもありがとうございます」
「……そんなに言わなくていい」
「言います」
レイが少し顔を逸らした。
でも口の端が少し上がってた。
たぶん笑ってた。
「……カノン」
「はい」
「……私たち、全部わかったとき、どうなると思う」
「わからないです」
「……怖い?」
「少し。でも」
「でも?」
「……その頃にも、ここにいると思うので」
レイが少し間を置いた。
「……そうだね」
「そうですよ」
「……じゃあ、その頃もここにいる」
「一緒にいましょう」
レイがクッキーをかじった。
それ以上は言わなかった。
でもそれだけで十分だった。
✦
中庭から戻ろうとしたら、アスタロトに声をかけられた。
「……カノン」
「はい」
「今日のメフィストの件、聞いた」
「そうですか」
「……大丈夫か」
「大丈夫です」
アスタロトが少し間を置いた。
「……俺には難しいことはわからない。百年前の構造がどうとか、そういう話は」
「はい」
「ただ」
アスタロトが私を見た。
「……お前が強いのは本物だ。誰かに作られた強さじゃない、ということはわかった」
「そうみたいです」
「……それはいいことだ。自分の力が、本当に自分のものだということだから」
私は少し考えた。
「……そうですね」
「何者かということは、また別の話だ。でも力が本物ということは、今の話だ」
「今の話」
「……リリス様を守れる。それは今、確かなことだ」
アスタロトが槍を持ち直した。
「……それだけを今日は言いたかった」
「ありがとうございます」
「……礼はいい」
「でもありがとうございます」
アスタロトが少し呆れた顔をした。
「……お前たちは全員、感謝をやめないな」
「そうですか?」
「……ベルフェゴールが日々苦労している理由がわかった」
「ベルフェゴールさんも言ってました、同じようなことを」
「……当然だ。俺も同じことを思っている」
アスタロトが歩き始めた。
「……訓練、明日も来い」
「はい」
「……強くなれ。今より」
「はい」
「……お前が強くなるほど、リリス様が安全になる。それだけだ」
アスタロトが廊下に消えた。
それだけだ、と言いながら、一番大事なことを言ってくれる人だ。
✦
夕方、リリスが来た。
中庭で私を見つけて、てくてく歩いてきた。
「……かのん」
「はい」
「……どこかいたい?」
「いたくないですよ」
「……かおが、すこしちがう」
「そうですか」
「……いつもとちがう」
リリスが私の隣に座った。
小さい体が、ベンチに収まってる。
「……かなしい?」
「悲しいとは違います」
「……こわい?」
「怖いとも違うかな」
「……なんかわからない、かんじ?」
「そうです。なんかわからない感じです」
リリスが頷いた。
「……わかる」
「わかりますか」
「……わたしも、まおうになって、そういう感じだった。なんかわからない、たくさん」
「そうでしたね」
「……ちちおやが、いなくなって。まおうになって。せんそうがきて。いみがわからなかった」
「うん」
「……でも、かのんがきた」
「来ました」
「……きたら、わかることが、ふえた」
リリスが私を見た。
「……かのんも、ふえる。きっと」
「そうですね」
「……いっしょに、わかってこ」
私は少し間を置いた。
「……一緒に、わかっていきましょう」
「……うん」
リリスが手を伸ばした。
私の手を、小さな手でぎゅっと握った。
温かかった。
さっきまで頭の中でぐるぐるしてたものが、少し静かになった。
なんかわからない感じは、まだあった。
でも一人じゃなかった。
リリスがいる。
レイもほのかも、アスタロトもベルゼバブもメフィストもベルフェゴールも。
全員がここにいる。
「ありがとう、リリス」
「……うん」
リリスが手を握ったまま、空を見た。
暗紫色の空。
私も空を見た。
しばらく、二人で空を見てた。
リリスが少しだけ、私の肩に頭を乗せた。
重くなかった。
全然重くなかった。
むしろ、温かかった。
「……かのん」
「はい」
「……ここにいて」
「います」
「……ずっと」
「……ずっといます」
リリスが少し笑った。
それで十分だった。
✦
夜、ベルフェゴールが廊下で捕まえてきた。
「カノン」
「はい」
「……今日、メフィストから聞いた」
「何を」
「……お前の構造について、百年前の記録に近いということを」
「はい」
「……動揺していないのか」
「動揺してないわけじゃないですけど、今はよくわかってないです。全部わかったとき、初めて動揺するかもしれません」
「……そうか」
ベルフェゴールが少し間を置いた。
「……一つ言っておく」
「はい」
「お前が何者であっても、戦力の評価は変わらない。ここに来た経緯も変わらない。魔王がかわいかったから来た、という馬鹿な理由も変わらない」
「馬鹿な理由ですか」
「馬鹿な理由だ。でも」
ベルフェゴールが私を見た。
「……その馬鹿な理由のおかげで、リリス様が笑うようになった。夜に泣かなくなった。ベルゼバブから聞いた」
「そうですか」
「……俺にとってはそれが全部だ。お前が何者であっても、それは変わらない」
私は少し間を置いた。
「……ありがとうございます」
「感謝しなくていい」
「でも」
「感謝するな」
「……ありがとうございます」
ベルフェゴールがため息をついた。
でも今日は、ため息の後に何も言わなかった。
椅子を持って、廊下を歩いていった。
その背中を見ながら、思った。
ここにいていい。
何者であっても。
何がわかっても、何がわからなくても。
ここにいていい。
それだけで、今日はもう十分だった。
✦
リリスを寝かしつけながら、今日のことを整理した。
メフィストが言った。構造が違う。百年前の記録に近い。理由はわからない。
セキネさんが言った。普通の子じゃないかもしれないという噂がある。
二つの話が、頭の中でつながりそうで、つながらない。
でも今日はそれでいいと思った。
ほのかが言った。カノンはカノンだ、と。
レイがクッキーを差し出してきた。
アスタロトが言った。力が本物ということは今確かなことだ、と。
ベルフェゴールが言った。その馬鹿な理由のおかげでリリスが笑うようになった、それが全部だ、と。
リリスが言った。いっしょに、わかってこ、と。
全部わかる日が来たとき、きっと怖い答えが待ってる気がする。
でも今はリリスが隣にいる。
今日も肩に頭を乗せてきた。
重くなかった。
温かかった。
「……かのん」
リリスが眠りながら言った。
「います」
「……かえってきた」
「帰ってきました」
「……よかった」
それだけ言って、また眠った。
帰ってきた、か。
私は部屋を出てメフィストのところに行っただけで、遠くに行ってたわけじゃない。
でも、リリスにとっては帰ってきた、だったんだ。
そういうことが、今はわかる。
リリスはずっと、人が離れていくのが怖かった。
お父さんが、戦争に行って、帰ってこなかったから。
だから「いて」と言う。「かえってきた」と言う。
私はこれからも、帰ってくる。
それだけは、ずっと変わらない。
「……おやすみ、リリス」
リリスは眠ってた。
でも、少し笑ってるみたいだった。
眠りながら笑う子だ、と思った。
かわいかった。
やっぱりかわいかった。
最初の日から、ずっとそうだ。
✦ ✦ ✦
次回「姉妹が来た」
——一ヶ月後。魔王城の正門前に、紫と黄色の魔法少女が二人、並んで立っていた。
第八話「メフィストの答え」、読んでいただきありがとうございました。
この回でやりたかったのは、「答え」そのものではなく、
“答えが出なかったときに、その人がどうするか”でした。
メフィストは答えを出せなかった。
でも、カノンはそれを受け止めて、前に進くことを選んでいます。
そしてもう一つ大事なのは、カノン一人の話ではないという点です。
レイ、ほのか、アスタロト、ベルゼバブ、ベルフェゴール、そしてリリス。
それぞれが違う形でカノンに関わって、「ここにいていい」という答えを積み重ねていく回でもあります。
正体や過去はまだ曖昧なままです。
むしろ、この先で少しずつ明らかになっていきます。
ただ、それより先に——
「ここにいる理由」と「ここにいていいという肯定」を描いておきたかった、そんな一話でした。
そして次回からは、少し空気が変わります。
予告にもある通り、新しい動きが入ってきます。
引き続き読んでいただけたら嬉しいです。
p.s.執筆が遅れ始めてるので、投稿ペースを週3程度に落とします。すみません。




