第七話「セキネさんが来た?」
今回はセキネさん回です。
戦いはないです。
でも、たぶん結構大事な回です。
カノンたちの「前の世界」と「今」がちょっとだけ繋がります。
よろしくお願いします。
第七話「セキネさんが来た?」
朝、見張りの魔物が駆け込んできた。
「正門前に人間が一人います」
私は食堂でお茶を飲んでた。
「武器は」
「持ってないです。白衣を着た男の人で……なんか疲れた顔をしてます」
私はお茶を置いた。
「セキネさんだ」
レイがクッキーをかじる手を止めた。
「……セキネさん」
「そうだと思います」
「……一人で?」
「一人で来るのがセキネさんらしいですよ」
ほのかが「誰?」と言った。
「私の担当官です。レイの担当官でもあります」
「……怖い人?」
「怖くはないです。ただ、ため息が多い」
「……ベルフェゴールみたいな?」
「似てるかもしれません」
✦
正門に出たら、いた。
白衣のまま、正門の前に立って、城を見上げてた。
疲れた顔をしてた。
いつもより少し疲れた顔だった。
私を見た。
「……来たか」
「来ました」
「……元気か」
「元気です」
「……そうか」
セキネさんがため息をついた。
「連絡の通りだな。確かに生きてる」
「生きてます」
「……レイも」
「レイもいます」
「……ほのかも来たと報告が上がってた」
「来ました」
セキネさんがまた城を見上げた。
「……思ってたより普通だな」
「普通ですよ」
「……魔王城って、もっとおどろおどろしいと思ってた」
「みんなそう言います」
「……そうか」
少し間があった。
「武器は持ってきてないんですか」と私が聞いた。
「……来る気がなかったわけじゃない。でも戦いに来たわけでもない」
「じゃあ何しに来たんですか」
セキネさんが少し間を置いた。
「……様子を見に来た」
「様子?」
「……お前たちが、ちゃんとしてるかどうか」
私は少し考えた。
「中、入りますか」
「……いいのか」
「どうぞ」
セキネさんがため息をついた。
「……お前は本当に警戒心がないな」
「セキネさんなので」
「俺がスパイかもしれないぞ」
「セキネさんはそういう人じゃないです」
「……根拠は」
「ずっと担当官だったので」
セキネさんがまたため息をついた。
でも、歩き始めた。
✦
食堂に通したら、全員がいた。
レイ、ほのか、アスタロト、ベルゼバブ。
ベルフェゴールは向かいに椅子を置いて座ってた。
セキネさんが全員を見た。
全員がセキネさんを見た。
少し間があった。
ベルゼバブがお茶を出した。
セキネさんが「……ありがとう」と言った。
ベルゼバブがにこにこした。
レイが「……セキネさん」と言った。
「ああ」
「……元気でしたか」
「……まあな」
「……そうですか」
それだけだった。
でも、レイが少し安心した顔をした。
ほのかが「私のこと覚えてますか」と言った。
「ほのかだろ。三ヶ月前に無断欠席して始末書を要求したやつ」
「……覚えてた」
「忘れるか」
「……生きてます」
「見りゃわかる」
「……怒ってます?」
「……怒る元気がない」
「……疲れてるんですね」
「お前たちのせいだ」
「……ごめんなさい」
「謝るな。謝るくらいなら帰ってこい」
「……帰りません」
「……知ってる」
セキネさんがため息をついた。
アスタロトが「IMIの人間か」と言った。
「担当官のセキネだ」
「……単独で来た。理由は」
「様子見だ。組織の命令じゃない」
「……それは本当か」
「本当だ。来たことは上には報告しない」
ベルフェゴールが少し考えた。
「……信用できるか、お前を」
「できなくていい。俺もお前たちを信用してるわけじゃない」
「……正直だな」
「嘘をつく意味がない」
ベルフェゴールが少し考えた。
「……今日はここにいていい。ただし、城の奥には入るな」
「わかった」
二人がお茶を飲んだ。
妙に似た空気だった。
ほのかが私に小声で言った。
「……あの二人、なんか似てない?」
「似てると思います」
「……ため息が多いとこが」
「そうですね」
「……なんか、ベルフェゴールがIMI勤めてたらこんな感じかな」
「そうかもしれません」
ベルフェゴールがこちらを見た。
私たちは何も言わなかった。
✦
昼過ぎ、私はセキネさんと二人で中庭にいた。
アスタロトが遠くで見張ってた。見張りというより、監視だと思う。
セキネさんはベンチに座って、空を見てた。
「……魔界の空って、こんな色なんだな」
「そうですよ」
「……きれいだな」
「そうですよ」
「……なんか、怖くないな」
「怖くないですよ」
セキネさんがため息をついた。
「……なんか、怖くないな」
「怖くないですよ」
「……もっと、荒廃してるかと思ってた」
「普通ですよ。街もありますし」
「……知ってたか。資料で見た戦場の映像と全然違う」
「そうですね」
セキネさんがため息をついた。
「……俺はIMIで何を見せられてたんだろうな」
「そうですね」
「……お前は怒らないのか」
「何に怒るんですか」
「……嘘の情報を刷り込まれてたことに」
「怒る暇があったら今を楽しみたいです」
セキネさんが少し私を見た。
「……変わらないな、お前は」
「そうですか」
「……IMIにいた頃から、そういうやつだった。問題が起きても、なんか楽しそうにしてた」
「楽しかったんですよ、たぶん」
「……それのどこが問題なんだって、毎回思ってた」
セキネさんがお茶を飲んだ。
「カノン」
「はい」
「……IMIで、何か気になることはなかったか」
「今更ですか」
「……今更でもいい」
私は少し考えた。
「なんで外に出られなかったんですか」
「……管理のためだ」
「なんで記憶が途切れてるんですか」
セキネさんの手が少し止まった。
「……それは」
「知ってますか」
「……知ってる部分と、知らない部分がある」
「知ってる部分だけでも」
セキネさんがお茶を飲んだ。
「……IMIは魔法少女を、施設に入れるとき、それ以前の記憶を一部調整する。適応しやすくするためだ、と聞いてる」
「でも私は調整した痕跡がないと言われました」
セキネさんが少し間を置いた。
「……誰に言われた」
「ここの研究担当です」
「……そうか」
「私の場合は、調整する記憶がそもそもなかった、ということですか」
セキネさんが空を見た。
「……俺には答えられない」
「知らないんですか」
「……知らないことと、言えないことがある」
私はセキネさんを見た。
セキネさんは空を見てた。
「……噂程度で、聞いたことがある」
「何を」
「……お前については、普通の子じゃないかもしれない、という話を。ただの噂だ。確かめたことはない」
「普通の子じゃない、というのは」
「……それ以上は言えない。俺が知ってることじゃないから」
セキネさんがため息をついた。
「……ただ」
「はい」
「……お前が普通の子じゃなかったとしても、俺の担当官としての仕事は変わらなかった」
「どういう意味ですか」
「……お前の担当官だった。それだけだ」
セキネさんがお茶を飲んだ。
それ以上は言わなかった。
でも、なんか——
それだけで十分な気がした。
担当官だった。ただそれだけで、ここまで来た。
「セキネさん」
「なんだ」
「来てくれてよかったです」
「……仕事じゃない。個人的に来ただけだ」
「それでもよかったです」
セキネさんがまたため息をついた。
でも今日は、ため息の音が少しだけ違った。
✦
夕方、セキネさんがレイと話してた。
廊下の端で、二人だけで。
私は少し離れたところから見てた。
レイが何か言った。
セキネさんが何か言った。
レイが少し俯いた。
セキネさんが、レイの頭に手を置いた。
一瞬だけ。
すぐ離した。
レイが顔を上げた。
何か言った。
セキネさんが頷いた。
私には聞こえなかった。
聞こえなくていい、と思った。
二人の間にある何かが、あの短い会話の中にあった。
それだけでいい。
後から、レイに聞いた。
「何話してたんですか」
「……色々」
「色々?」
「……元気か、とか。ちゃんと寝てるか、とか」
「そうですか」
「……あと」
レイが少し間を置いた。
「……帰りたくなったら、帰ってこいって」
「帰りたくないですよね」
「……うん。でも、言ってくれた」
レイがクッキーを一枚取った。
「……セキネさん、不器用だよね」
「そうですね」
「……でも、いい人」
「そうですよ」
レイがクッキーをかじった。
それ以上は言わなかった。
でも、目が少し柔らかかった。
ほのかが廊下から顔を出した。
「あのセキネって人、泣いてたよ」
「え」とレイが言った。
「え」と私が言った。
「……泣いてた?」とレイが言った。
「中庭で一人になったとき、少しだけ。すぐ止めてたけど」
私とレイが顔を見合わせた。
「……知らなかった」とレイが言った。
「私も」
「……なんで泣いてたんだろう」
「わかんない」とほのかが言った。「でもなんか、ホッとして泣いてる顔だったよ。悲しくて泣いてるのとは違う感じ」
私は少し考えた。
ホッとして、泣いた。
セキネさんが、私たちのことを心配してたんだ。
ずっと。
担当官として。それ以上のものとして。
なんか、胸のあたりが少し温かかった。
✦
夕食後、セキネさんが帰ることになった。
正門まで送る途中、食堂でリリスと鉢合わせた。
リリスがセキネさんを見た。
セキネさんがリリスを見た。
お互いに少し固まった。
「……これが」とセキネさんが小声で言った。
「リリスです。魔王です」と私が言った。
「……三歳か」
「三歳です」
セキネさんが少しかがんで、リリスと目線を合わせた。
リリスが少し後退した。
「……怖い?」とセキネさんが言った。
「……ちょっと」とリリスが言った。
「そうか。俺も少し怖い」
「……おとなが、こわい?」
「……3歳の魔王に会ったことがないからな」
リリスが少し考えた。
「……こわくないよ」
「そうか」
「……かのんの、しりあい?」
「そうだ」
「……かのんのこと、すき?」
セキネさんが少し固まった。
「……担当官だ」
「……すき、じゃないの?」
「……そういう話じゃない」
「……でも、きた」
「……様子を見に来ただけだ」
「……ずっと、こわかった? かのんのこと」
セキネさんが少し間を置いた。
「……そうかもしれない」
リリスが頷いた。
「……ならいい。こわかったなら、きてよかった」
セキネさんがまた少し固まった。
リリスはそのままベルゼバブのところに戻っていった。
セキネさんがしばらく、リリスの後ろ姿を見てた。
「……あれが魔王か」
「そうです」
「……なるほど」
「なるほど、ですか」
「……なんで戦争してたんだろうな、人間と」
「そうですよ」
セキネさんが立ち上がった。
少し、表情が変わってた。
読めない表情だった。
でも悪い顔じゃなかった。
正門まで送った。
セキネさんが振り返った。
「カノン」
「はい」
「……ここにいるのか、本当に」
「います」
「……後悔しないか」
「してないです」
「……そうか」
セキネさんが少し間を置いた。
「……お前が、どういう存在であっても」
「はい」
「……元気でいろ」
「います」
「……レイも、ほのかも」
「みんな元気です」
「……そうか」
セキネさんが歩き始めた。
少し行ったところで止まった。
「……また来るかもしれない」
「来てください」
「……来ても追い返すか」
「セキネさんは追い返しません」
「……なぜ」
「セキネさんなので」
セキネさんがため息をついた。
「……お前は本当に」
続きは言わなかった。
そのまま歩いていった。
人間界への転移魔法の光が消えた。
私はしばらく、正門の前に立ってた。
どういう存在であっても、元気でいろ。
噂程度で知ってる、と言った。
それでも、担当官だった、と言った。
セキネさんは、セキネさんだった。
それがなんか——よかった。
✦
その夜、ベルフェゴールが私を呼んだ。
「先ほどの男について」
「はい」
「……信用できるか」
「完全にではないですけど、敵じゃないです」
「根拠は」
「武器を持ってこなかった。上に報告しないと言った。それと——」
「それと?」
「レイの頭をなでてた」
ベルフェゴールが少し間を置いた。
「……なでた」
「一瞬だけ。でもなでてた」
「……なるほど」
ベルフェゴールがお茶を飲んだ。
「……要注目のままにしておく。ただし、対話の余地ありから、もう少し上の評価に変える」
「何段階あるんですか」
「三段階だ。危険、要注目、信頼候補」
「信頼候補になりましたか」
「……なった」
「よかったです」
「感謝しなくていい。合理的判断だ」
「でもありがとうございます」
ベルフェゴールがため息をついた。
「……今日の男、また来るか」
「来ると思います」
「……来たら通せ。中庭までは」
「わかりました」
ベルフェゴールが椅子を持って立ち上がった。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
椅子を持って廊下の奥に消えていった。
今日もそうか。
椅子の謎は解けないままだ。
✦
リリスを寝かしつけながら、今日のことを考えた。
セキネさんが来た。
武器を持たずに、一人で、様子を見に来た。
噂程度で何かを知っていて、でも言えなくて。
それでも「元気でいろ」と言った。
セキネさんは、私のことをどう思ってるんだろう。
担当官、という言葉以上のものが、あの人の中にあるような気がした。
でも今はまだ、わからない。
わからなくていい。
セキネさんは今日、ここに来た。
それだけで十分だった。
「……かのん」
リリスが眠りながら言った。
「います」
「……きょう、おとこのひと、きた」
「来ました」
「……こわくなかった」
「よかったです」
「……かのんの、しりあい?」
「そうです」
「……かのんのことが、すきなひと?」
私は少し考えた。
「……そうかもしれません」
「……ならいい」
リリスが静かになった。
五秒で眠った。
私はしばらく、その言葉を考えた。
かのんのことが、すきなひと。
そうかもしれない。
セキネさんなりの形で。
まあいいか、と思った。
今日はもう寝よう。
✦ ✦ ✦
次回「メフィストの答え」
——翌日、メフィストに呼ばれた。「話す、と言ったことを話す」と言われた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回はセキネさん回でした。
戦いはありませんでしたが、個人的にはとても大事な回です。
カノンたちの「今」と、IMIにいた頃の「過去」が、少しだけ繋がった回でもあります。
セキネさんは、敵でも味方でもなく、でも確実に味方寄りの人です。
ただし、立場的には簡単に動けない。
その距離感が、今後どう影響してくるのかも見ていただければと思います。
あと、レイのシーンと、リリスとの会話は書いていてかなり好きな部分です。
次回は「メフィストの答え」。
少しだけ、この世界の核心に触れていきます。
引き続き、よろしくお願いします。




