第十話「レナの選択」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
第十話「レナの選択」をお届けします。
前回、魔王城に残ることになったレナ。
今回は、その選択に対して「向き合う」回になります。
姉であるリナとの再会。
命令と、自分の意思の間での葛藤。
そして、“自分で決める”ということ。
大きな戦闘はありませんが、その分だけ大きな決断が描かれています。
それぞれの立場で、それぞれが何を選ぶのかを見ていただけたら嬉しいです。
第十話「レナの選択」
翌朝、レナが窓の外を見ていた。
城の北側の窓。魔界の街が見える場所だ。
昨日リリスが「ここが好き」と言ってた場所だ。
私が声をかけると、振り返った。
「おはようございます」
「おはようございます。腕は?」
「昨日よりだいぶ楽です」
「よかった」
レナがまた窓の外を見た。
「街が、動いてます」
「毎朝そうですよ。露店が開いて、魔物が歩いて」
「普通ですね」
「普通ですよ」
「IMIで習ってたのと、全然違います」
「そうですよね」
「あそこの露店、何を売ってるんですか」
「野菜みたいな形のものですよ。食べられます」
「食べてみたいです」
「後で買いに行きますか」
「行っていいんですか」
「城の外に出る場合はアスタロトに言えばついてきてくれます」
レナが少し目を丸くした。
「護衛してくれるんですか。敵だったのに」
「今は敵じゃないです」
「昨日まで戦ってたのに」
「今日は戦ってないです」
レナが少し笑った。
「カノンさんって、変ですね」
「そうですか」
「変って言っても、悪い意味じゃないです。なんか、ずっとそういう人なんだろうな、という感じ」
レナが少し間を置いた。
「昨日、リリスちゃんが謝ってくれました」
「うん」
「3歳なのに。魔王なのに」
「そうですね」
「なんで謝るんだろう、と思って。でも」
レナが窓の外から私を見た。
「この戦争、最初に始めたのって、どっちなんですか」
「私にはわからないです。でも、ここの人たちは守ってる側だと思います」
「そうですよね。来てみたらわかりました」
レナがまた窓の外を見た。
「私、ここにいたい気がします」
私は少し間を置いた。
「そうですか」
「だめですか」
「だめじゃないですよ」
「お姉ちゃんに、言わないといけないですよね」
「そうですね」
レナが少し考えた。
「怖いです」
「怖いですよね」
「でも、言いたいです。自分で決めたいので」
「そうですね」
「連絡、してもいいですか」
「どうぞ」
レナが通信の準備をしてるとき、レイが通りかかった。
「どうしたの」とレイが聞いた。
「お姉ちゃんに連絡します」と私が答えた。
「緊張してる?」とレイがレナに聞いた。
「してます」
「……クッキー食べる?」
「今はいいです。でも、ありがとうございます」
「……あとで食べて。甘いもの食べると落ち着く」
「わかりました」
レイが行った。
レナが少し笑った。
「みんな、お菓子を大事にしてますね」
「レイは特にそうですよ」
「なんか、普通の人たちですね」
「普通ですよ」
「魔王軍なのに」
「そうですよね」
レナが通信を入れた。
✦
レナがリナに連絡を入れた。
私は少し離れたところにいた。
レナの声が聞こえた。
「お姉ちゃん、私、ここに残りたい」
しばらく間があった。
「うん、わかってる。でも、ここにいたい。来てくれる? 話したい」
また間があった。
「うん。待ってる」
レナが通信を切った。
私のところに来た。
「来てくれます」
「そうですか」
「怒ってました」
「そうですよね」
「でも来てくれます。お姉ちゃんは、怒ってても来てくれる人なので」
レナが少し笑った。
その笑い方が、昨日とまた違った。
怖がってるけど、でも自分で決めた、という顔だった。
✦
一時間後、リナが来た。
正門の前に、一人で立ってた。
昨日と同じ変身体。銃を持ってた。
でも昨日と少し違った。
表情が、昨日より固かった。
私は正門の前に出た。
「レナは」
「城の中にいます」
「連れてこい」
「レナが話したいと言ってました。ここに来てもらえますか」
リナが少し間を置いた。
「中に入れ、ということか」
「戦いに来たわけじゃないなら」
「戦いに来たわけじゃない。でも、連れて帰る」
「それはレナが決めることですよ」
リナの目が少し変わった。
「お前が、レナに何かを吹き込んだのか」
「何もしてないです。レナが自分で決めました」
「三日しかいないのに」
「三日で十分だったんだと思います」
「魔界が普通だったから、感化されたのか」
「感化じゃないと思います。レナが見て、感じて、決めました」
「それは操作と変わらない」
「違います。IMIは操作してた。こっちはただいただけです」
リナが私を見た。
長い間、見た。
「中に入る」
✦
食堂に通した。
レナが待ってた。
リナを見て、立ち上がった。
「お姉ちゃん」
「レナ」
リナがレナの腕を確認した。
「腕は」
「だいぶ楽です。ちゃんと治療してもらいました」
「動かせるか」
「動かせます」
リナが少し間を置いた。
「帰るぞ」
「帰りたくない」
「レナ」
「帰りたくない、お姉ちゃん」
リナが少し固まった。
「なぜだ」
「ここが、正しいと思うから」
「三日でそれがわかるのか」
「わかりました。街を見て、魔物と話して、リリスちゃんに会って」
「リリスは魔王だ」
「でも、普通の子だった」
「普通の子が魔王をやってるのか。それが何だというんだ」
「IMIが嘘をついてたってことです。ここが怖い場所だって。魔王軍が悪いって」
「それはお前の解釈だ」
「お姉ちゃんも、感じませんでしたか。来てみて」
リナが黙った。
「感じたとしても、命令がある」
「命令が正しいとは限らないです」
「命令に従わないと、お前が危なくなる」
「危なくなってもいいです」
「……よくない!」
リナの声が上がった。
珍しかった。
食堂が少し静かになった。
リナが少し息を整えた。
「……よくない。お前が危なくなるのは、よくない」
「お姉ちゃん」
「私が守るために、ずっと一緒にいた。それを、ここで終わらせるのか」
「終わらせたくない。でも、このまま続けたら、いつか本当に大事な人を傷つける。それが嫌なんです」
「それよりお前の安全が大事だ」
「お姉ちゃんの安全も大事です」
リナが黙った。
「IMIにいる方が、安全じゃないかもしれないです。私たちのことを、道具として使ってる場所だから」
「根拠は」
「記憶がないこと。親を知らないこと。外に出られなかったこと。全部、普通じゃないです」
リナが少し目を細めた。
「気づいてたのか」
「気づいてた。でも言えなかった。お姉ちゃんが怖がると思って」
「私が怖がると思って、黙ってたのか」
「……うん」
リナが少し下を向いた。
「お前は、ずっとそうだな」
「どういう意味」
「私を守ろうとする。私が傷つかないように先に動く」
「お姉ちゃんも同じです」
「そうかもしれない」
食堂が静かだった。
しばらく、二人が黙った。
「お前の選択は、わかった」
リナが言った。
「でも私は戻る。戻らないとお前が危なくなる」
「お姉ちゃんが危なくなるかもしれない」
「それは私が考える」
「一人で考えないで」
「今は、一人で考えないといけない」
リナが立ち上がった。
レナが追いかけた。
「怒ってる?」
「怒ってる」
「……ごめん」
「謝るな」
リナが振り返った。
「お前が決めたことを、謝るな。それだけだ」
レナが固まった。
リナが歩き始めた。
私は後を追った。
✦
正門の前で、リナが振り返った。
「一つ聞く」
「はい」
「レナを、守れるか」
「守ります」
「約束できるか」
「できます」
リナが私を見た。
「信じる根拠は何だ」
「魔王がかわいかったので来ました。その気持ちは今も変わってないです。その気持ちはレナにも向いてます」
リナが少し間を置いた。
「それが根拠か」
「十分だと思います」
「馬鹿みたいな根拠だ」
「そうですね」
「……でも」
リナが少し下を向いた。
「……信じる」
そのまま転移魔法を使おうとした。
その瞬間——
「止めろ」
アスタロトの声だった。
城壁の上から降りてきた。
槍を構えてた。
「なぜだ」とリナが言った。
「IMIに戻れば、お前はここで知ったことを報告しないといけない。それはこちらに不利になる」
「それはそうだ」
「戦う気はないが、このまま帰すわけにもいかない」
リナが銃を構えた。
「邪魔するなら、戦う」
「来い」
アスタロトが槍を構えた。
リナが動いた。
今度は違う動きだった。
昨日の、計算した動きじゃない。
真っ直ぐだった。
アスタロトに向かって、一直線に撃ってきた。
アスタロトが槍で弾いた。
弾いた瞬間、リナが動いた。
弾く方向を計算してた。
弾かれた弾が、別の角度でアスタロトに向かった。
「——!」
アスタロトが後ろに跳んだ。
かすった。
「今のは初めて見た動きだ」とアスタロトが言った。
「覚えてる射撃の中で、一番使いたくなかったやつです」
「なぜだ」
「……誰かを本当に傷つけるためにしか使わないと、自分で決めてたので」
アスタロトが少し止まった。
「それを今、使ったのか」
「帰らないといけないので」
私は少し前に出た。
「アスタロト、止めてください」
「カノン?」
「リナには帰る理由があります。レナを守るために戻るんです。それを止めたら、レナが傷つきます」
リナが少し止まった。
「お前は、私を逃がすのか」
「敵じゃないですから」
「敵だろう」
「今は違います」
リナが私を見た。
長い間、見た。
「馬鹿みたいだ、本当に」
「そうですね」
「お前みたいな人間は、IMIにいなかった」
「そうですかね」
「いなかった。だから、わからない」
リナがため息をついた。
「行く」
「はい」
「レナのことを、頼む」
「します」
リナが転移魔法を使った。
消えた。
アスタロトが私を見た。
「逃がしてよかったのか」
「よかったと思います」
「IMIに戻れば、報告される」
「されます。でも、リナが帰らなかったら、IMIはもっと強い手を打ちます。今は見えてる脅威の方がいい」
アスタロトが少し考えた。
「合理的だな」
「ベルフェゴールさんの影響です」
「そうかもしれないな」
少し間があった。
「カノン」
「はい」
「リナは、いい戦士だった」
「そうですね」
「あの動き、俺も知らなかった。すべてを相手に教えないで持ってた」
「レナのために取ってたんだと思います」
アスタロトが少し間を置いた。
「そういう人間が、敵でなくなる日が来るといいな」
「来ると思います」
「お前が言うと、なんか信じられる気がする」
「かわいかったので来ました、が根拠なんですけど」
「それでいい」
アスタロトが城に戻っていった。
私も戻った。
ほのかが城門の脇にいた。
「見てた」と言った。
「心配してたんですか」
「してたよ。二回目なのに、やっぱり心配した」
「ありがとうございます」
「リナって、強いな」
「そうですね」
「あの反射弾、かっこよかった」
「命中したらまずかったですよ」
「でも、かっこよかった」
ほのかが城に向かって歩き始めた。
「ねえ、カノン」
「はい」
「リナって、いつかこっちに来ると思う?」
「来ると思います」
「根拠は」
「レナがいるので」
ほのかが少し笑った。
「それ、リリスに言ったのと同じ理由だ」
「そうですね」
「カノンって、かわいいものと大事な人がいれば何でもできるタイプだな」
「そうかもしれないです」
「羨ましい」
ほのかが先に城に入っていった。
私はその後を追った。
✦
レナが正門のところで待ってた。
私が戻ってくるのを見て、近づいてきた。
「お姉ちゃん、帰りましたか」
「帰りました」
「怒ってましたか」
「怒ってたと思います。でも、レナのことを守ろうとしてます」
レナが少し下を向いた。
「お姉ちゃん、いつもそうなんです」
「うん」
「怒るのに、守ってくれる。怒るのに、来てくれる」
「そうですね」
「今日も来てくれました」
「来てくれましたね」
「今日、戦いになりましたか」
「少しだけ。でも、リナが帰りたがってたので、帰してあげました」
「帰していいんですか」
「リナには帰る理由があるので」
レナが少し考えた。
「お姉ちゃんが危なくなるかもしれないですよね」
「そうかもしれないです」
「でも、止めなかったんですね」
「止めたらレナが悲しむので」
レナが少し固まった。
「私のために」
「そうです」
「私のために、お姉ちゃんを帰したんですか」
「レナが選んだから、レナの選択を守りたかったです」
レナがまた少し下を向いた。
「ありがとうございます」
「そんなに重く受け取らなくていいですよ」
「でも、ありがとうございます」
「どういたしまして」
レナが顔を上げた。
「お姉ちゃんも、いつかここに来てくれますか」
「来ると思います」
「なんで思うんですか」
「今日、レナを守れるかって聞いてきました。守れるなら信じると言いました」
「言ってたんですか」
「言ってました」
レナが少し上を向いた。
「そうか」
小さい声だったけど、嬉しそうだった。
そこにリリスが来た。
ベルゼバブに連れられて、正門の近くまで来てた。
「レナ」
「リリスちゃん」
「……おねえちゃん、かえった?」
「帰りました」
「……かなしい?」
レナが少し考えた。
「少し。でも、大丈夫です」
「……なんで」
「リリスちゃんがいるから」
リリスが少し間を置いた。
「……うん」
それだけ言って、レナの手を取った。
ぎゅっと握った。
レナがまた泣きそうになった。
「泣いてますよ」と私が言った。
「泣いてないです」
「目が」
「泣いてないです」
リリスが首をかしげた。
「……うれしいのに、なく?」
「またそのパターンです」
「……おなじだね」
「おなじです」
二人が笑った。
私はその横で、なんかよかった、と思った。
✦
夜、ベルフェゴールに呼ばれた。
「リナを帰した」
「はい」
「理由は」
「レナのために戻ると思ったので。止めたらレナが傷つきます」
「合理的だが」
「でも、リナがIMIに戻ることで、何かが起きるかもしれないです」
「わかってる」
ベルフェゴールが少し間を置いた。
「IMIは、リナが戻ったとき、何をすると思う」
「罰するかもしれないです。レナを連れ帰れなかった。情報が漏れた」
「そうだ。そしてもう一つ」
「何ですか」
「再利用するために、調整するかもしれない」
私は少し黙った。
「記憶を、また操作する」
「その可能性がある。今度はもっと深く。戻れないくらい」
部屋が静かだった。
「止められますか」
「今は難しい。俺たちがIMIに手を伸ばせる状況じゃない」
「セキネさんが、何か動いてくれるかもしれません」
ベルフェゴールが少し考えた。
「あの男を頼るのか」
「完全に味方じゃないですけど、リナのことを知ったら動くと思います」
「根拠は」
「セキネさんは、担当官だった魔法少女のことを心配する人なので」
ベルフェゴールがお茶を飲んだ。
「連絡を取れるか」
「取れます」
「今夜、入れてみろ」
「わかりました」
「ただし」
ベルフェゴールが私を見た。
「期待するな。あの男も、IMIの中にいる。できることには限界がある」
「わかってます」
「レナには、今夜は何も言うな。余計な不安を与えるな」
「はい」
「今日の戦い、お前は怪我したか」
「してないです」
「アスタロトは?」
「少しかすりましたけど大丈夫だと言ってました」
「そうか」
ベルフェゴールがため息をついた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
廊下に出た。
夜の城は静かだった。
セキネさんに連絡を入れた。
短いメッセージにした。
「リナのことが心配です。帰らせてしまいました。IMIが何かするかもしれない」
しばらくして、返信が来た。
「知ってる。俺も動いてみる」
それだけだった。
短かった。
でも来た。
まあいいか、と思った。
今夜はそれで、十分だ。
✦
リリスを寝かしつけた。
「……かのん」
「います」
「……レナ、いる?」
「います」
「……よかった」
「よかったですね」
「……お姉ちゃんは?」
「帰りました」
「……いつか、くる?」
私は少し考えた。
「来ると思います」
「……そっか」
リリスが少し間を置いた。
「……きたら、いてもらう」
「そうですね」
「……みんな、いてもらう」
「うん」
リリスが眠った。
今日は七秒だった。
窓の外の暗紫色の空を見た。
リナは今、どこにいるんだろう。
IMIに戻って、報告して、何かが変わろうとしてる。
でも今夜は、ここにいる。
レナがいる。
それだけでいい。
✦ ✦ ✦
次回「静かな日々と、嵐の前」
——レナが加わってから、しばらく穏やかな時間が続いた。でも、IMIは動き始めていた。
第十話「レナの選択」、読んでいただきありがとうございました。
この回は、「選択」と「関係の継続」をテーマにしています。
レナはここに残ることを選び、
リナはそれを受け入れきれないまま、それでも否定はしませんでした。
完全な対立でもなく、完全な和解でもない。
それでも関係は切れない——そんな形を描きたかった回です。
また、カノンの立ち位置もこの回で少しはっきりしています。
どちらかを一方的に否定するのではなく、「選んだことを守る側」に立つ存在です。
その結果として、リナを帰すという判断に繋がっています。
これは優しさでもあり、同時にリスクでもあります。
そして最後に示された通り、IMI側も動き始めています。
穏やかな時間は続きますが、その裏で状況は確実に変わっていきます。
次回は「静かな日々と、嵐の前」。
少し落ち着いた時間の中で、それぞれの変化が描かれる予定です。
引き続き読んでいただけたら嬉しいです。




