第十一話「魔王城の日常、その二」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
第十一話は、少しだけ足を止めて、魔王城の日常を描いたお話です。
戦いの中で出会ったはずの彼女たちが、同じ場所でご飯を食べて、笑って、少しずつ変わっていく。そんな時間を書きました。
最初はただ「かわいいから」という理由で集まった関係が、気づけばそれ以上のものになっていく過程を、楽しんでいただけたら嬉しいです。
第十一話「魔王城の日常、その二」
レナが来てから、一週間が経った。
城の中に、新しいリズムができた。
朝、食堂に全員が集まる。リリスが上座に座って、両隣に私とレイ。向かいにほのかとレナ。アスタロトが端に座って、ベルゼバブがお茶を配る。メフィストはだいたい遅れてくる。ベルフェゴールは椅子を持って好きな場所に座る。
にぎやかだった。
最初の頃と比べると、信じられないくらいにぎやかだった。
魔物の兵士たちも、最近は普通に混じって食事してる。一人の兵士がレイに「またクッキーですか」と言ったら、「……毎朝食べる」と答えた。それ以来、その兵士はレイのためにクッキーを余分に取っておくようになった。
こういうことが、毎日どこかで起きてる。
城が、少しずつ変わっていた。
変わっているのは城だけじゃない。
リリスが変わった。あかねが笑う回数が増えた、じゃなくてリリスだ。自分から声をかけるようになった。「ごめんなさい」より先に「みてて」が出るようになった。
レナも変わった。来た頃の、遠慮がちで周りを伺う感じが薄くなった。ベルフェゴールにダーク参謀と言える子になった。
私は変わったかな、と思った。
よくわからない。でも、ここが好きだということは確かだ。
最初は「かわいかったから」だった。今も「かわいいから」は本当だ。
でも、それ以上のものが今はある。
この城の全部が、好きだ。
✦
あるおたがいの朝。
食堂にアスタロトがいつもより早く来た。
私が入ったら、一人でお茶を飲んでた。
「早いですね」
「いつもこの時間だ」
「そうでしたっけ」
「お前が気づいてなかっただけだ」
私も席に座った。
「アスタロトさん、最近のリリスをどう見てますか」
「よくなっている」
「ベルフェゴールと同じ答えですね」
「事実だから同じになる」
「もう少し詳しく聞いてもいいですか」
アスタロトが少し間を置いた。
「来た頃、リリス様はほとんど部屋から出なかった。それが今は、自分からレナを誘いに行く。自分から中庭に出る。自分から笑う」
「うん」
「お前たちが来てからだ」
「みんなで来たからですよ」
「お前が来たからだ。最初に。その後についてきた者がいる」
「かわいかったので来ましたけど」
「それでいい」とアスタロトが言った。「動機は関係ない。来たことが全部だ」
レイが食堂に来た。クッキーを持って。
「……おはよう」
「おはようございます」
「……今日もクッキー」
「毎朝ですね」
「……毎朝食べる」
アスタロトが「朝からお菓子か」と言った。
「……朝だから食べる」
「理由になっているのか」
「……なってる」
アスタロトが少し考えた。
「……まあ、いいか」
レイがクッキーをかじった。
一つアスタロトに差し出した。
「……どうぞ」
「……俺がか」
「……おいしい」
アスタロトが少し迷った。
受け取った。
かじった。
少し間があった。
「……まあ、おいしいな」
「……でしょ」
私はその二人を見て、なんかいいな、と思った。
そこにほのかとレナが来て、最終的にリリスも来て、またにぎやかな朝になった。
こういう朝が、今は普通にある。
ここが、今の日常だ。
研究の話らしかった。一緒についていった。
メフィストがテーブルに図を並べた。
「お前の魔力構造を調べた。結果を話す」
「はい」
「お前の盾は、防御型に特化した構造をしている。生まれつきの素質があって、IMIがそれを伸ばした形だ」
「改造されてるんですか」
「されている。ただし、お前の素質を否定する改造ではない。もともとの方向を強化した感じだ」
「……なんか複雑ですね」
「改造されたことは事実だ。しかし、今のお前の力はお前のものだ。それは変わらない」
レナが少し考えた。
「記憶のことも調べてもらってますよね。何かわかりましたか」
メフィストが少し間を置いた。
「お前たち姉妹の記憶操作は、他の者より丁寧にやられている」
「丁寧に?」
「痕跡が薄い。消した内容が重要だった可能性がある。ただし、今はまだ断言できない」
「重要な記憶を消した」
「可能性の話だ」
レナが図から目を上げた。
「私たち、何か知ってたんですかね」
「わからない。だが、調べる価値はある」
「調べてください」
「している」
「ありがとうございます」
「感謝は結果が出てからにしろ」
レナが笑った。
「カノンさんから聞いてました。メフィストさんはそういうこと言うって」
「そういうことを言う必要がある場面が多いだけだ」
「でも、ありがとうございます」
メフィストが少し固まった。
「お前たちは本当に感謝をやめないな」
「ベルフェゴールさんも言ってました」と私が言った。
「知っている。廊下で聞こえた」
研究室を出たら、レナが少し考え込んでいた。
「大丈夫ですか」
「自分のことを、知らなかったんだな、と思って」
「私もそうでしたよ」
「でも、ここにいれば調べられる。それがよかったです」
「そうですよ」
「IMIにいたままだったら、ずっと知らないままだったんですね」
「そうだと思います」
「……来てよかったです」
「よかったですよ」とレナが言った。
自分に言い聞かせるみたいな声だったけど、笑ってた。
✦
ある朝、変身名の話になった。
「フレイムほのかって名前、私はかっこいいと思うけど」とレナが言った。
「かっこよくない!」とほのかが言った。
「え、でも炎のほのか、って強そうじゃないですか」
「ダサいんだよ。属性を名前の前につけるのがダサいの」
「じゃあ、フレイムがついてなかったら」
「ただの『ほのか』でいいの!」
「でもそれだと変身してる感じがしないですよね」
「変身してる感じなんていらない!」
レナが少し考えた。
「ソルレナはどうですか。私の変身名」
「それも属性つきじゃん」
「太陽のレナ、と思えば」
「太陽のレナって、なんか眩しすぎる」
レナが笑った。
「たしかに」
「でしょ!」
ほのかがお茶を飲んだ。
「フロストレイも、氷のレイ、って感じだよね」
「……いい」とレイが言った。
「え、気に入ってるの?」
「……冷たいから、合ってる」
「本人が納得してるのが一番腹立つ」
リリスが首をかしげた。
「……ラブリーカノンは?」
「私はあんまり気にしてないです」
「……かわいい名前」
「ありがとうございます」
「本当にかわいいと思う?」とほのかが聞いた。
「思います」とリリスが言った。
「リリスが言うと本当のことみたいに聞こえる……」とほのかがつぶやいた。
なんか複雑そうだった。
ベルフェゴールがお茶を飲みながら「朝から騒がしいな」と言った。
「ベルフェゴールさんも幹部名とかあるんですか」とレナが聞いた。
「ない」
「あってもよさそうですけど」
「いらない」
「ダーク参謀とか」
「いらない」
「天才参謀とか」
「余計にいらない」
ベルフェゴールがため息をついた。
レナはもう完全に城に馴染んでいた。
✦
午後、アスタロトが訓練をつけてくれることになった。
対象はほのかとレナの二人だ。
「お前の盾は反射に特化している。しかし守りの基本も必要だ」とアスタロトがレナに言った。
「守りの基本、ですか」
「反射は相手の力を使う。だが、相手が力を出してこない場合は使えない。そういう状況でどう守るか、が今日のテーマだ」
「なるほど」
「ほのかは近接の速さをさらに磨く。二人同時に動かす」
「はーい」とほのかが言った。
アスタロトが訓練を始めた。
私は横で見てた。
レナが盾を構えて、アスタロトの動きを見てる。ほのかが隣でステップを繰り返してる。二人とも真剣だった。
ほのかが「最初は戦いたくないって言ってたけど、訓練は好きなんですよね」とアスタロトに言った。
「なぜだ」
「強くなるのは好きなんです。ただ使いたくないだけで」
「それでいい。強さは手段だ。使わないに越したことはない」
「アスタロトさんもそう思ってるんですね」
「思っている。だから毎日訓練する。使わなくて済む状況を作るために、強くある必要がある」
ほのかが「なんかかっこいいな」とつぶやいた。
レナが「ですね」と言った。
アスタロトが「訓練に集中しろ」と言った。
二人が「はい」と言った。
私はその横で、なんかいい光景だな、と思った。
✦
夕方、リリスがレナの部屋の前に立っていた。
ベルゼバブに連れられて来たらしく、扉の前でもじもじしてた。
「レナを呼びに来たんですか」
「……うん。いっしょに、にわにいきたくて」
「自分で呼べばいいですよ」
「……めいわくかも」
「迷惑じゃないですよ。レナ、喜びます」
リリスが少し考えた。
「……ノックしていい?」
「どうぞ」
リリスが小さい手でこんこんとノックした。扉が開いた。レナが出てきた。
「リリスちゃん?」
「……いっしょに、にわいっていい?」
レナが少し目を丸くした。
「いいですよ。行きましょう」
「……かのんが、めいわくじゃないっていってた」
「全然迷惑じゃないですよ!」
「……よかった」とリリスが言った。
三人で中庭に出た。
暗紫色の空の下、石畳の上に小さな花が咲いてた。
リリスがしゃがんで花を見た。
「……ちいさい」
「魔界の花ですよ。人間界と違いますよね」とレナが言った。
「……かわいい?」
「かわいいですよ」
「……うん。かわいい」
リリスが指でそっと花に触れた。
「……まいにちみてる。ここに」
「毎日来てるんですか」
「……うん。すきな場所」
レナが花を見た。
「私も好きになりそうです」
「……なっていい」
「なってもいいんですか」
「……うん。リリスの好きな場所に、みんないていい」
レナが少し笑った。
「リリスちゃんって、いいこと言いますね」
「……そう?」
「そうですよ」
ほのかが中庭に入ってきた。
「訓練から戻ってきたら、なんか全員いて。混ざっていい?」
「どうぞ」
四人で中庭に立った。リリスが花の前にしゃがんで、レナがその隣にしゃがんで、ほのかと私が後ろに立って。
「リリスちゃんって、いつもこういう感じなんですか」とレナが言った。
「こういう感じ、というのは」
「なんか、大事なことをシンプルに言う感じ。リリスの好きな場所にみんないていい、って」
「そうですね。リリスはシンプルですよ」
「……シンプル?」とリリスが聞いた。
「難しいことを考えないで、大事なことだけ言える、という意味です」
「……そうかな」
「そうですよ」
リリスが少し考えた。
「……みんないるのが、いい。それだけ」
「それだけで十分だと思います」
「……うん」
ほのかが「でもさ」と言った。
「なんですか」
「こういう時間って、最初はなかったじゃん。カノンが来て、レイが来て、私が来て、レナが来て。だんだん増えてきた」
「そうですね」
「これからもっと増えるのかな」
「増えると思います」
「リナも来るといいな」とレナが言った。
少し間があった。
「来ますよ」と私が言った。
「根拠は」
「リリスがかわいいので」
レナが笑った。
「それが全部なんですよね、カノンさんは」
「そうですね」
「でも、なんか信じられます」
「ありがとうございます」
ベルゼバブがお茶を持って中庭に来た。全員分。ついでにクッキーも持ってきた。
「……クッキーがある」とレイが静かに喜んだ。
「毎日食べてるじゃないですか」
「……毎日食べていい」
「そうですけど」
「……おいしいから」
リリスもクッキーを取った。
「……おいしい」
「おいしいですよ」
「……まいにち、おいしい」
「毎日同じのでも?」
「……うん。おいしいから」
レイと同じ理由だった。
こういうことが、この城の普通だ。こういう時間が、今は毎日ある。
最初の頃、城の中は静かだった。リリスが一人で大きな玉座に座って「ごめんなさい」と言ってた。
今はこうなってる。
よかった、と思った。単純にそれだけだった。
✦
翌朝、リリスが私に「まほう、みせる」と言った。
「どんな魔法ですか」
「……ちょっとおおきくなった」
リリスが手のひらを上に向けた。
オレンジ色の光がちょんと出た。
昨日より少し大きかった。
「大きくなりましたね」
「……うん。まいにちれんしゅうしてる」
「誰かに教えてもらってるんですか」
「……カノンにおしえてもらいたい」
「私もそんなに詳しくないですよ」
「……でも、つよいから」
「強さと上手さは違います」
「……そっか」
リリスが少し考えた。
「……メフィストにきいてもいい?」
「聞いてみたらいいですよ。たぶん喜びます」
「……よろこぶ?」
「リリスの魔力構造を調べたいって言ってたので」
「……こわい」
「解剖はしないと思います」
「……かいぼう?」
「体を調べることです。でもたぶん大丈夫です」
リリスが少し迷った顔をした。
「……いっしょにきて」
「行きます」
二人でメフィストの研究室に行った。
ドアをノックしたら、メフィストが出てきた。
リリスを見て、少し目を細めた。
「リリス様」
「……まほう、きいてもいい?」
「魔法について聞きたいのか」
「……うん。もっとおおきくしたい」
「……」
メフィストが少し間を置いた。
「入れ」
二人が研究室に入った。
メフィストがリリスの前にしゃがんだ。
「手を出せ」
「……こわくない?」
「怖くない。ただ魔力の流れを見るだけだ」
リリスが恐る恐る手を出した。
メフィストがその手に、そっと触れた。
しばらく黙ってた。
「……なるほど」
「……どう?」
「お前の魔力は、感情で動く。嬉しいとき、大きくなる。怖いとき、小さくなる」
「……うん」
「だから、怖がらなければもっと出る」
「……こわくなければ、おおきくなる?」
「そういうことだ」
リリスがしばらく考えた。
「……かのんがいれば、こわくない」
「ならカノンのそばで練習しろ」
「……そうする」
メフィストが立ち上がった。
「また来い。次は少し詳しく教える」
「……ありがとう」
「礼はいらない」
「……ありがとう」
メフィストがため息をついた。
「感謝をやめない点は、カノンに似ている」
「……にてる?」
「にていると思う」
「……うれしい」
メフィストがまたため息をついた。
でも少しだけ、口の端が動いた気がした。
✦
ある夜、食堂でベルフェゴールが珍しく全員に向かって話した。
「最近の城の様子について、少し話す」
全員が注目した。
「よくなっている」
それだけだった。
「よくなっている、って、それだけですか」とほのかが言った。
「それだけだ」
「もう少し詳しく」
「リリス様がよく笑うようになった。戦力が増えた。城の雰囲気が変わった。それを言いたかった。以上だ」
「……短い」
「必要なことだけ言った」
リリスが「……うん、よくなってる」と言った。
「リリス様まで」
「……よくなってる」
「はい。よくなっています」
ベルフェゴールがお茶を飲んだ。
「感謝はしなくていい」
「でもありがとうございます」と私が言った。
「……ありがとう」とリリスが言った。
「感謝するなと言っている」
「でもありがとうございます」とレナが言った。
ベルフェゴールがため息をついた。
でも今日のため息は、いつもと少し違った。
疲れたため息じゃなくて、なんか、照れてるような音がした。
アスタロトが「ベルフェゴール」と言った。
「なんだ」
「……お前が全員に話しかけるのは、珍しい」
「たまには必要だと思った」
「……そうだな」
「なんだ、何が言いたい」
「いや」
アスタロトが少し目を細めた。
「……よかったと、思っている。俺も」
ベルフェゴールが少し間を置いた。
「わかった」
それだけだった。
でも、二人が少し同じ顔をしてた。
ずっとここを守ってきた二人が、少し、肩の力が抜けた顔。
リリスが「……うん」と言った。
「何がうんなんですか」
「……みんなが、よかったっていってる」
「そうですね」
「……うん。みんながよかったなら、いい」
こういう夜が、今はある。
ある日のことを忘れるつもりはない。でも、今夜はこうだ。
それだけで、十分だった。
厨房の横の小部屋に通された。
「少しよろしいですか」
「はい」
ベルゼバブがお茶を二つ出した。
「レナさんのことを、少し話せればと思いまして」
「何かありましたか」
「いいえ、むしろ逆です」
ベルゼバブがにこにこしたまま言った。
「最近、よく笑うようになりました。リリス様と花を見たり、ほのかさんと口論したり」
「そうですね」
「来た頃は、遠慮がちで。笑っても確認するような笑い方で」
「今は違いますよね」
「違います。今日、リリス様の部屋の前でもじもじしてたのを見て、ああ、ちゃんとここにいるんだな、と思いました」
私はお茶を飲んだ。
「リリスもそうですよ。最初は怖がってばかりでしたが、今は自分から呼びに行く」
「そうなんです」とベルゼバブが言った。目が少し潤んでた。にこにこしたまま、少し潤んでた。
「ベルゼバブさん、泣いてますよ」
「泣いてないですよ。ただ、嬉しくて」
「嬉しいのに泣くんですか」
「そういうことありますよ」
「リリスもそう言ってました」
「……そっか」とリリスがドア口から言った。
聞いてた。
「リリス!」
「……ベルゼバブ、なく?」
「泣いてないですよ」とベルゼバブが言った。
「……うれしいから」
「そうですよ」
「……わかる」
リリスがベルゼバブの隣に座った。小さい手でベルゼバブの手をぎゅっと握った。
ベルゼバブが「もう」と言いながら、完全に目に涙をためた。
私はお茶を飲んだ。おいしかった。相変わらず上手い。
✦
就寝前、私はセキネさんに連絡を入れた。
「少し頼みがあります。リナのことを調べてもらえますか。今どこにいて、どういう状況か」
しばらくして、返信が来た。
「わかった。調べてみる」
それだけだった。短かった。でも来た。
セキネさんなりに動いてくれてる。それだけで、今夜は十分だった。
部屋に戻る途中、廊下でレナに会った。
「眠れないんですか」
「少し。お姉ちゃんのこと、考えてて」
「そうですか」
「大丈夫かな、って。毎日考えてます」
「うん」
「でも、ここにいて、毎日こうやって過ごしてると、不思議と大丈夫な気がしてくるんです」
「そうですか」
「なんでだろう、と思って。カノンさんが大丈夫って言うからかな」
「私が言うと信じますか」
「なんか信じます。根拠がないのに」
「それでいいと思います」
レナが少し笑った。
「今日、リリスちゃんとメフィストさんのところ行ったんですよね。どうでしたか」
「メフィストさんがリリスにしゃがんで魔力を見てました。なんか、いい光景でしたよ」
「そうですか。あの人、最初は怖かったですけど」
「怖そうで怖くないですよ」
「ですね。全員そうですよね、この城の人たち。怖そうだけど普通の人」
「そうですね」
レナが空を見た。
「ここの空、来た頃より好きになりました」
「そうですか」
「最初は怖かったんです。暗くて。でも今はなんか、落ち着く」
「ここが安全だからじゃないですか」
「そうかもしれないですね。おやすみなさい、カノンさん」
「おやすみなさい」
レナが部屋に戻っていった。
私もリリスのところに戻った。
リリスを寝かしつけた。
「……かのん」
「います」
「……かのんがきてから、なかない」
「え?」
「……まえは、よるにないてた。でも、かのんがきてから、なかない」
私は少し間を置いた。
「なんでですか」
「……かのんがいるから」
私の心臓がまたやばかった。
「います。ずっといます」
「……うん」
リリスが眠った。今日は四秒だった。
窓の外の暗紫色の空に、星みたいな光が浮かんでた。
こういう夜が、ずっと続くといいな、と思った。
続かないかもしれない。でも今夜は、続いてる。
それだけで、十分だった。
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次回「境界線」
——二週間後、魔界と人間界の境界付近で、IMIの偵察部隊と接触した。
第十一話「魔王城の日常、その二」をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は大きな事件は起きませんが、その分キャラクターたちの変化や、関係の積み重ねを意識して書きました。
リリスが泣かなくなったこと、レナが自然に笑えるようになったこと、そしてそれを当たり前のように受け入れている城の空気。どれも小さな変化ですが、この物語にとってはとても大事なものです。
カノンにとっても、この場所が「ただ来ただけの場所」から「守りたい場所」に変わりつつあります。
そして、穏やかな時間が続く一方で、外では少しずつ動きが出始めています。
次回「境界線」では、そんな日常の外側にあるものが、少しだけ近づいてきます。




