第五話「ほのかも来た」
第五話です。
今回は、赤い魔法少女・ほのかがやってきます。
たぶんこの作品の中で、一番「普通の感覚で怒ってくれる人」です。
有給、残業、待遇、そして「なんで戦ってるのか」。
当たり前の疑問をちゃんと口にしてくれるからこそ、
この世界の歪みがよりはっきり見えてきます。
……とはいえ最終的な判断基準は、やっぱりシンプルです。
かわいいかどうか、それとお菓子がおいしいかどうか。
そのくらいの軽さで、世界は動いていきます。
第五話「ほのかも来た」
翌週の朝。
見張りの魔物が走り込んできた。
「正門前に魔法少女が一人います」
私は食堂でお茶を飲んでた。
「武器は」
「素手です。赤い髪で、なんか怒ってます」
私はお茶を置いた。
「ほのかだ」
レイがクッキーをかじりながら言った。
「……来た」
「言ってた通りでしたね」
「……うん。連絡したら、すごい勢いで返信が来た」
「なんて?」
「……『有給あんの!? 行く!』って」
私はお茶を飲み干した。
「行ってきます」
「……頑張って」
「頑張ります」
リリスが心配そうな顔をした。
「……たたかう?」
「たぶん最初だけ」
「……かのん、いたい?」
「たぶん平気です」
「……いってらっしゃい」
かわいかった。
✦
正門の前に行ったら、ほのかがいた。
赤い髪をポニーテールにして、腕を組んで、城門の前に仁王立ちしてた。
変身済みだった。
フレイムほのか——赤い炎をまとった戦闘体勢。魔力が拳に集まって、ぼんやり光ってる。
私を見た瞬間、指をさしてきた。
「カノン! 裏切り者! IMIに戻れ!」
「嫌です」
「戻れって言ってんの!」
「嫌です」
「……戻らないと戦うよ?」
「どうぞ」
ほのかが少し固まった。
「……あっさりしてない?」
「戦っても帰らないので」
「……なんで」
「魔王がかわいかったので」
ほのかが深呼吸した。
「……それが理由なの!?」
「そうです」
「……レイから聞いてたけど、本当にそれなの!?」
「本当にそれです」
「……あんたって昔からそういうとこあったよね」
「そうですかね」
「そうだよ! 深く考えないで動いて、気づいたら正解になってるやつ!」
「そんなに深く考えないですかね」
「考えてないよ! 魔王軍に単身で乗り込んで、魔王がかわいかったから裏切るって、普通考えないよ!」
「考えました」
「どのくらい?」
「三秒くらい」
「考えてないじゃん!」
ほのかが構えた。
「……わかった。戦う。で、負けたら話聞く」
「どうぞ」
「……どうぞじゃないんだけど」
ほのかが構えた。
私も杖を持った。
✦
ほのかは強かった。
近接特化、魔力を拳に込めるタイプ。動きが速くて、踏み込みが鋭い。
一発目が飛んできた。
私は横にステップして避けた。
「遅い!」
二発目。
今度は読んでて、杖で弾いた。
金属音がした。
「……なんで素手で杖に当たりにくるんですか」
「魔力込めてるから大丈夫」
「手が痛くないですか」
「全然!」
三発目、四発目と続いた。
ほのかは手数が多い。連打でリズムを崩しにくるタイプだ。
でも、全部読める。
IMIの訓練で一緒になったことがある。ほのかの癖は知ってる。左の踏み込みが大きくなったときが本命。
五発目——左の踏み込みが大きくなった。
右から来ると見せかけて左、の本命。
私は前に出た。
ほのかの懐に入って、杖の側面でほのかの腕を押さえた。
動きが止まった。
「……速い」
「知ってましたよ、その癖」
「……え、知ってた?」
「左が大きくなったら本命って、訓練のとき毎回そうだったじゃないですか」
「……そんな昔から見てたの?」
「なんとなく覚えてました」
ほのかが私を見た。
距離が近かった。
「……で、ここからどうするの」
「どうしますか」
「……帰んないの?」
「帰りません」
「……やっぱりか」
ほのかが力を抜いた。
私も杖を下ろした。
二人で少し間を置いた。
「……ねえ、カノン」
「はい」
「なんで裏切ったの、本当に」
「魔王がかわいかったので」
「……それだけ?」
「それだけです」
ほのかが少し間を置いた。
「……嘘ついてない?」
「ついてないです」
「……かわいかった、それだけで」
「はい」
ほのかがため息をついた。
「……なんか、怒れなくなってきた」
「そうですか」
「……だって理由がそれじゃん。なんか怒れないじゃん」
「そうですよ」
「……ずるい」
ほのかが頭をかいた。
戦闘モードが、じわじわと抜けていく感じがした。
「……魔王、本当にかわいいの?」
「かわいいですよ。3歳で」
「……3歳?」
「3歳です」
「……えっ」
「えっ、じゃないですけど」
「……いや、えっ、でしょ」
ほのかが少し笑った。
くすっ、という感じで。
「……なんかさ」
「はい」
「……3歳の魔王って、なに」
「なんか、なりゆきで即位したらしいです」
「……なりゆきで」
「はい」
「……かわいそうじゃん」
「かわいそうでかわいいんですよ」
ほのかがまた笑った。
今度はもう少し大きく。肩が揺れた。
「……なんかもう」
「はい」
「……笑えてきた」
「そうですか」
「……だってさ、私、わざわざ魔王城まで来て、最強魔法少女と戦って、裏切った理由が『かわいかったから』で」
「はい」
「……そんな理由で降参してもいいかな、ってなってきた」
「いいですよ」
「……ていうか、3歳の魔王見たら絶対降参するじゃん、そんなの」
「そうですよ」
「……最初からそう言ってよ」
「言いましたよ」
「……私が聞いてなかった」
ほのかがまた笑った。
「……なんかもう、いいや」
「いいですか」
「……降参」
「そうですか」
「……見たい、3歳の魔王」
「連れて行きます」
「……あと、有給は?」
「あります」
「……休憩は?」
「取れます」
「……残業は?」
「基本ないです」
「……給与は?」
「交渉次第です」
「……交渉する」
ほのかが変身を解いた。
普段着に戻って、腕を組んで、城を見上げた。
「……入っていい?」
「どうぞ」
「……お菓子、ある?」
「あります」
「……入る」
そういう順番なんだ、と思った。
でもそれがほのからしかった。
✦
食堂に通したら、ベルゼバブがお茶を出してきた。
ほのかがクッキーを一枚取った。
かじった。
三秒後。
「……おいしい」
「でしょう」
「……魔界のお菓子ってこんな味なんだ」
「普通においしいですよ」
「……IMIのお菓子よりおいしい」
「IMIのお菓子ってどんなでしたっけ」
「栄養補給用のしかなかった。お菓子ですらなかった」
「そうでした」
「……ここ、天国じゃん」
ほのかがもう一枚取った。
そこにリリスが来た。
ベルゼバブに連れられて、食堂に入ってきた。
ほのかを見た。
ほのかがリリスを見た。
ほのかの手が止まった。
「……ちいさい」
「3歳です」
「……これが魔王?」
「そうです」
「……想像と違いすぎる」
「みんなそう言います」
ほのかがゆっくりしゃがんだ。
リリスと目線を合わせた。
「……こんにちは」
「……こんにちは」とリリスが言った。
「……さっきカノンと戦ってた」
「……しってる」
「……怒ってる?」
「……こわかった」
「……ごめん」
ほのかが少し困った顔をした。
「……でも、もう戦わない」
「……ほんとに?」
「本当に。降参したから」
「……なんで」
「……かわいかったから」
リリスが少し固まった。
「……かのんと、おなじ」
「そうかも」
「……かわいいから、きた?」
「きた」
リリスがほのかを見た。
信じていいかどうか確かめる目で。
それから——
ほんの少し、笑った。
ほのかがリリスの頭をぽんとたたいた。
リリスが固まった。でも逃げなかった。
「……かわいいな」
リリスの耳が赤くなった。
「……かのんも、そういう」
「かわいいって言いますよ、毎回」とほのかが言った。
「……うれしい」
小さい声だったけど、ちゃんと聞こえた。
ほのかが立ち上がって私を見た。
「わかった」
「何がですか」
「なんであんたが裏切ったか」
「わかりましたか」
「……かわいいからじゃん」
「そうです」
「……ちゃんとした理由だわ、それ」
「でしょう」
ほのかがクッキーをまた一枚取った。
「私も残る」
「歓迎します」
「有給月何日?」
「ベルフェゴールに交渉してください」
「交渉する」
「……あと、変身名、ここでは言わなくていい?」
「言わなくていいです」
ほのかが深々と息を吐いた。
「よかった。あの名前、毎回死ぬかと思ってた」
「そんなに嫌でしたか」
「嫌だよ! なんで『フレイムほのか』なの! 普通に『ほのか』でよくない!?」
「IMIがつけたんでしょう」
「なんかダサくない!?」
「ダサいですかね」
「ダサいよ!」
レイが静かに言った。
「……フロストレイもだいぶ」
「そうですね」
「……なんで名前の前に属性つけるんだろう」
「IMIの方針でしょう」
「……ラブリーカノンも」
「私はあんまり気にしてなかったです」
「……気にしてよ」
ほのかが盛大に頷いた。
「そうだよ! みんなもっと怒っていいから!」
リリスが静かに言った。
「……かのん、ラブリー?」
「変身名です」
「……かわいい」
「ありがとうございます」
「……あってる」
ほのかが「それはそう」と言った。
レイが「……そうかもしれない」と言った。
私は少し恥ずかしかった。
✦
昼過ぎ、ほのかがアスタロトに絡んでいた。
槍を見て「どのくらい強いの?」と聞きに行ったらしい。
「素手で戦うのか」とアスタロトが言ってた。
「うん」とほのかが言ってた。
「……近接特化か」
「遠距離が苦手で」
「……それは訓練で補えるが」
「補いたくない」
「なぜ」
「面倒だから」
アスタロトが少し眉を寄せた。
「……戦いに面倒という感覚を持ち込むな」
「持ち込んでいいじゃん。戦いたくて戦ってるわけじゃないし。IMIに言われてたからやってただけ」
アスタロトが少し間を置いた。
「……それでも強いのか」
「生まれつき魔力が多くて。拳に込めると普通に建物が壊れる」
「……それほどの力があって、好きではないのか」
「好きだったら怖い。どこかで歯止めが効かなくなりそうで」
廊下が少し静かになった。
「……賢いな、お前」
「褒めてる?」
「褒めている」
「じゃあありがとう」
ほのかが照れた感じで顔を逸らした。
「……一つ聞いていいか」
「なに」
「ここに来て、後悔しないか」
「してない。リリスが普通の子だったから」
「普通?」
「普通の子だよ。頭なでたら喜んで、かわいいって言ったら照れて。魔王とか関係なく、ただの三歳児じゃん」
アスタロトが少し目を細めた。
「……そうだ。普通の三歳児だ」
「……なんでそんな子と戦争しなきゃいけないんだろうね、人間って」
アスタロトが長い間、黙った。
「……私たちも、同じことを思っている。だから守る。普通の子が、普通でいられるように」
ほのかが頷いた。
「……それ、私も手伝う」
「……心強い」
アスタロトが少しだけ笑った気がした。
✦
夕方、ベルフェゴールに呼ばれたほのかが、五分後に戻ってきた。
「どうでしたか」
「……有給、月三日もらった」
「交渉成立したんですね」
「最初二日って言ったから、三日に上げさせた」
「強いですね」
「……危険手当も出るって。IMIはゼロだったから天国だよ」
ほのかが廊下の壁にもたれた。
「あと、あの人」
「ベルフェゴールが?」
「……最後に言ったんだよね、『お前は頭がいい。長く働いてもらいたい』って」
「褒めてますね」
「……褒めてるのか圧かけてるのかわからなかった」
「たぶん両方です」
「……そういう人か」
「そういう人です」
「……嫌いじゃない」
ほのかが少し笑った。
「ねえ、カノン」
「はい」
「……IMIって、やっぱりおかしかったよね」
「そう思います」
「前に、文句言ってた子が急にいなくなったことがあった。任務に出て戻ってこなくて、でも誰も何も言わなくて。その子のこと、誰も覚えてないみたいで」
「……記憶操作かもしれないです」
「え?」
「IMIは記憶を操作できると、ここの幹部に教えてもらいました。私もレイも、幼少期の記憶が途切れてます」
ほのかが少し固まった。
「……私も、三歳より前がない」
「同じです」
「……怖い話だ」
「怖いですね」
「……でも」
ほのかが私を見た。
「……ここにいれば、調べられる?」
「一緒に調べましょう」
ほのかが頷いた。
「……うん。ここにいる」
それだけ言って、食堂の方に歩き始めた。
「お菓子まだある?」と言いながら。
でも歩きながら、ほのかの肩が少し落ちてた。
怖かったんだろうな、と思った。
消えた友達のこと。記憶操作のこと。全部抱えてここに来た。
お菓子食べたい、って言いながら。
「ほのか」
振り返らずに「なに」と言った。
「来てよかったです」
少し間があった。
「……うん」
それだけ言って、また歩き始めた。
今度は肩が、少しだけ上がってた。
✦
夜、四人で窓の外を見ていた。
リリス、私、レイ、ほのか。
「……せまい」とリリスが言った。
「せまいですね」
「……でも、いい」
「いいですね」
ほのかが暗紫色の空を見た。
「……きれいだな、魔界の空」
「きれいですよ」
「……人間界と違うけど、好きかも」
レイが「……私も」と言った。
リリスが「……うん」と言った。
私も、と思った。
気づいたらここが好きになってた。
「ね、リリス」とほのかが言った。
「……なに」
「ここ、私もいていい?」
「……うん」
「……ありがとう」
「……来てくれて、ありがとう」
リリスが言った。
ほのかが少し目を丸くした。
「……いい子じゃん、魔王」
「そうでしょう」と私が言った。
「……なんで戦争してたんだろうね、人間と」
ほのかがぽつりと言った。
答えはなかった。
でも、この窓の外に見える街と、隣で窓を見てるリリスを見たら、おかしいとわかる。
この子と戦争する理由なんて、どこにもない。
「……わかんないけど」とほのかが続けた。「……もうしたくない」
「うん」と私が言った。
「……うん」とレイが言った。
「……うん」とリリスが言った。
四人で、静かに頷いた。
しばらく誰も何も言わなかった。
「……ねえ」とほのかが言った。
「なんですか」
「……朝、戦ったじゃん」
「そうですね」
「……カノンって、あんなに強かったっけ」
「そうでしたっけ」
「そうだよ! 懐入られた瞬間に詰んだじゃん! あれ絶対前と違う」
「そうですかね」
「……魔王軍に来て、強くなった?」
「なってないと思いますけど」
「……じゃあなんで」
「戦いたくない相手には、傷つけない方法を考えるので」
ほのかが少し間を置いた。
「……なんかさ」
「はい」
「……それって、すごくカノンらしいね」
「そうですかね」
「……深く考えないのに、大事なとこだけちゃんとある」
レイが「……そう」とぼそっと言った。
「私の話ですか」
「……そう」とレイがまた言った。
リリスが「……かのん、すき」と言った。
私の心臓がまたやばかった。
「……ありがとうございます」
「……うん」
リリスが窓の外を見た。
暗紫色の空に、星みたいな光が浮かんでた。
四人で、並んで見てた。
✦
就寝前、リリスが待ってた。
「……おそかった」
「ほのかと話してました」
「……ほのか、なかよく?」
「なってると思います」
「……よかった」
リリスがベッドに潜り込んだ。
「……ねえ、かのん」
「はい」
「……きょう、ほのかがあたまなでてくれた」
「なでてましたね」
「……はじめてだった。ふつうに、なでてもらったの」
「そうですか」
「……魔王だから、みんなおじぎする。なでてこない」
「そうですね」
「……でも、ほのかはなでた」
リリスが少し笑った。
「……うれしかった」
「よかったです」
「……もっと、来てほしい」
「来ますよ。あと少し」
「……たのしみ」
リリスがまた少し笑った。
さっきより少し大きく。
この笑顔を守りたい、と思った。
かわいいから、という最初の理由は今でも本当だけど、それだけじゃなくなってきてる。
この子が笑っているところを、ずっと見ていたい。
それが今の、一番正直な気持ちだった。
「おやすみ、リリス」
「……おやすみ、かのん」
リリスがすぐ眠った。
今日も五秒だった。
✦ ✦ ✦
次回「魔界の日常」
——その後しばらく、IMIからの来訪はなかった。穏やかな日々が続いた。
第五話を読んでいただき、ありがとうございます。
ほのかは「感情で動いているようで、実はかなり理屈が通っているタイプ」です。
怒るべきところで怒って、納得したらちゃんと引く。
そして“おかしいことをおかしいと言える”貴重なポジションです。
今回のポイントは三つあります。
一つ目は、戦闘から対話への自然な移行。
勝敗ではなく「納得」で終わる形にすることで、この作品らしさを強めています。
二つ目は、IMIの構造的な異常の提示。
記憶の欠落や消えた仲間など、ここから先に繋がる要素を少しずつ出し始めています。
三つ目は、リリスの変化です。
「なでられる」という、ごく普通の体験を喜べるようになったこと。
これは小さく見えて、この物語の中ではかなり大きな前進です。
そしてカノン自身も、「かわいいから」だけではなく、
「守りたいから」という気持ちが少しずつ混ざり始めています。
次回は「魔界の日常」。
大きな事件は起きませんが、その分この場所の“普通”を丁寧に描く回になります。
この普通があるからこそ、この先の話が効いてきます。




