第四話「レイが来た」
第四話です。
今回は、水色の魔法少女・レイが魔王城にやってきます。
……理由はだいぶ軽いですが、来るまでの三日間はたぶん軽くないです。
この物語では、戦いや陰謀よりも先に、
「なんでそこにいるのか」という選択を大事にしています。
クッキーでも、かわいいでも、違和感でもいい。
その人なりの理由で動いた結果が、世界を少しずつ変えていく。
そんな一歩目の話です。
第四話「レイが来た」
三日後の朝。
城壁の上で見張りをしていた魔物が、駆け込んできた。
「正門前に魔法少女が一人います」
私は食堂でお茶を飲んでた。
「何人ですか」
「一人です」
「武器は」
「鎌を持ってます。水色の髪で、なんか眠そうです」
私はお茶を置いた。
「レイだ」
ベルフェゴールが向かいで腕を組んだ。
「知り合いか」
「友達です」
「また魔法少女か」
「たぶん来ると思ってました」
「……なぜ」
「甘いものが好きなので。クッキーを持って帰れなかったので来るかなと」
ベルフェゴールが少し間を置いた。
「……魔王城に来る動機がお菓子か」
「そうなると思ってました」
「……お前たちは本当に」
そこで言葉を止めた。
なんか言いかけてやめるのがこの人の癖だ。
✦
正門の前に行ったら、いた。
水色の髪。眠そうな目。鎌を背負って、城門の前に立って、こっちを見てた。
変身してない。普段着だった。
IMIを出てきた、ということかもしれない。
「……遅い」
「連絡してくれれば迎えに行ったのに」
「……来た」
「来ましたね」
「……クッキー、あるって言ってた」
「言ってないけど、あります」
「……よかった」
レイがじっと私を見た。
「……元気?」
「元気です」
「……変わってない?」
「変わってないです」
「……そう」
少し間があった。
レイが城を見上げた。
「……でかい」
「でかいですね」
「……魔王城、初めて見た」
「中、入りますか」
「……お菓子ある?」
「厨房に頼めばたぶんすぐ出てきます」
「……入る」
そういう理由で入るんだ、と思った。
まあレイらしい。
でもそれだけじゃないのはわかってた。
来るまでに三日かかった。
たぶん、いろいろ考えてたんだろう。
三日かけて、来ることにした。
それだけで十分だと思った。
✦
後ろからアスタロトが来た。
いつも通りの真剣な顔で、いつも通り槍を持ってた。
「……また魔法少女か」
「友達です」
「IMIの?」
「元、になるかもしれないです」
レイがアスタロトを見た。
アスタロトがレイを見た。
「……槍、でかい」とレイが言った。
「……鎌も大きいな」とアスタロトが言った。
二人が見合った。
なんか妙な空気があった。
「仲良くしてください」と私は言った。
二人が同時に私を見た。
「……仲良くするつもりはない」とアスタロトが言った。
「……別に、普通にする」とレイが言った。
「普通でいいです」
アスタロトがレイを改めて見た。
「戦えるか」
「……まあ」
「IMIのS級か」
「……B級」
「……B級か」
「……あんまり頑張らなくてよかったので」
アスタロトが少し眉を寄せた。
「……頑張れば上に行けたのか」
「……たぶん。でも面倒で」
「……なるほど」
なんかアスタロトが納得した顔をしてた。
何を納得したんだろう。
✦
食堂に通したら、ベルゼバブがすでにお茶を三人分用意してた。
なんでわかったんだろう。
「まあまあ、どうぞ」
レイが席に座った。
テーブルの上のお茶を見て、クッキーの皿を見て、少しだけ目が輝いた。
ほんの少しだけ。でも確かに輝いた。
「……これ」
「クッキーです。魔界のやつですけどおいしいですよ」
「……食べていい?」
「どうぞ」
レイがクッキーを一枚取って、かじった。
三秒固まった。
「……おいしい」
「でしょう」
「……もう一枚」
「どうぞ」
ベルゼバブがにこにこしながらクッキーを補充した。
レイが二枚目をかじった。
「……IMI、やめようかな」
「早くないですか」
「……お菓子がおいしいから」
「クッキー一枚で?」
「……二枚」
二枚で足りるんだ、と思った。
レイはある意味、私より単純かもしれない。
いや、私も「かわいかったから」で裏切ったので同じか。
✦
そこにリリスが来た。
ベルゼバブに連れられて、食堂に入ってきた。
私を見て、隣の見知らぬ人を見て、止まった。
「……だれ」
「レイです。私の友達」
「……ともだち」
「はい」
リリスがレイを見た。
レイがリリスを見た。
レイが私を見た。
「……これが魔王?」
「そうです」
「……ちいさい」
「3歳なので」
「……かわいい」
リリスが少し固まった。
「……かわいい?」
「かわいいです」とレイが言った。
感情の起伏が少ない声だったけど、本心っぽかった。
「……ありがとう」
リリスがぺこっとお辞儀した。
やばい。やばかった。
「レイ」
「……なに」
「わかりましたか」
「……何が」
「なんで私がここに残ったか」
レイがリリスをもう一度見た。
それからクッキーを一枚取った。
「……わかった」
「でしょう」
「……あと、お菓子もある」
「そっちも理由に入れるんですか」
「……大事」
リリスが私の隣に来て、そっと座った。
レイをじっと見てた。
「……レイ」
「……はい」
「……なまえ、おなじ」
「え?」とレイが言った。
「リリスの下の名前ってなんでしたっけ」と私が聞いた。
「……アストレア・リリス・ノクス十五世だけど」
「リリスとレイ、似てますね」
「……似てない」とレイが言った。
「……にてる」とリリスが言った。
「……そうかな」とレイが言った。
「……うん」
リリスがレイの手をちょんと触った。
レイが少し固まった。
「……かわいいな、やっぱり」
小さい声だったけど聞こえた。
リリスの耳が少し赤くなった。
✦
昼になった。
レイはまだいた。
帰る素振りが全くなかった。
「……ここ、ご飯出る?」
「出ますよ」
「……泊まれる?」
「部屋を用意すれば」
「……泊まる」
「IMIはいいんですか」
「……もういい」
「もういい、って」
「……クッキーがおいしかった」
「それだけで?」
「……あと、リリスが」
レイがリリスを見た。
リリスが首をかしげた。
「……かわいかった」
リリスの耳がまた赤くなった。
ベルフェゴールが食堂に来て、私たちを見て、椅子を置いて座って、お茶を飲んだ。
「……また増えた」
「増えました」
「理由は」
「お菓子がおいしかったのと、魔王がかわいかったからです」
「…………」
「何かまずいですか」
「……戦力としては増える一方だな」
「そうですね」
「……悪くない」
ベルフェゴールがお茶を飲んだ。
ため息はつかなかった。
ベルゼバブが全員分の昼食を出してきた。
レイが「これもおいしい」と言った。
「……魔界の料理、思ったより普通」
「普通ですよ」
「……人間と同じ材料は使ってないはずなのに」
「そうですね。不思議ですね」
「……魔界と人間界って、実はそんなに違わないのかも」
レイがスープを飲みながら言った。
特に大げさな感じもなく、自然に言った。
ベルフェゴールが少し顔を上げた。
「……賢いな、お前」
「……そうでもない」
「魔界と人間界が根本的には違わない、という発想を持てる魔法少女はほとんどいない。IMIがそう思わせないように教育するから」
「……やっぱり、IMIっておかしいんだ」
「……ああ」
テーブルが少し静かになった。
リリスがスープを飲んでた。
普通の顔で、普通に飲んでた。
これが普通なんだよな、と思った。
食卓があって、ご飯があって、誰かがそばにいる。
それだけで十分なんだ、本当は。
✦
午後、レイが私を廊下に呼び出した。
二人になると、少し表情が変わった。
眠そうなのは同じだけど、何か言いたそうな顔。
「……カノン」
「はい」
「……IMIから連絡が来てた」
「そうですか」
「……お前のことを、カノンを連れ戻せって」
「追い返しました」
「……知ってる。サクラから聞いた」
レイが壁にもたれた。
「……あのさ」
「はい」
「……私、ずっと変だと思ってた」
「何が」
「……IMIのこと」
廊下が静かだった。
「……なんで外に出られないのか。なんで訓練ばかりなのか。なんで記憶が途切れてるのか」
「……レイも途切れてますか」
「……三歳くらいから。それより前がない」
私と同じだった。
「……気になってたけど、考えないようにしてた」
「私もそうでした」
「……でも、ここに来たら」
レイが城の方を見た。
「……ここは普通だった」
「普通ですよね」
「……魔物が普通に暮らしてて、街があって、子供が走り回ってて」
「うん」
「……IMIで見せられた映像と全然違った」
レイが私を見た。
「……IMIって、嘘ついてたんじゃないかな」
「たぶん、そうだと思います」
「……怖くない?」
「怖いですよ」と私は言った。
「……でも、いる」
「いますよ。リリスがかわいいので」
レイが少し笑った。
ほんの少しだけ、唇が動いた。
「……やっぱりそこか」
「そこです」
「……私も、かわいかったし」
「でしょう」
「……お菓子もおいしかったし」
「それも大事」
「……残る」
「一緒にいましょう」
レイが壁から体を起こした。
「……セキネさんに連絡する。いなくなる、って」
「怒られますよ」
「……知ってる。でもいい」
少し間があった。
「……カノン、一個だけ聞いていい」
「はい」
「……IMIのこと、調べようとしてる?」
「してます。メフィストという幹部が、一緒に調べてくれると言ってくれました」
「……私も、調べたい」
「一緒にやりましょう」
「……怖いけど」
「怖いですね」
「……でも知りたい」
「うん」
レイがまた少し笑った。
「……カノン」
「はい」
「……来てよかった」
「よかったです」
「……クッキーのお土産、ありがとう」
「まだ渡してないですよ」
「……渡す気だったでしょ」
「渡す気でした」
レイが少し笑った。
さっきより少しだけ大きく笑った。
廊下の光の中で、水色の髪が揺れた。
✦
夕方、レイがリリスの隣に座って、じっと見てた。
リリスも、じっとレイを見てた。
二人で見合ってた。
ベルゼバブが「リリス様、魔法を見せてあげては」と言った。
リリスが少し迷って、小さな手のひらをレイに向けた。
オレンジ色の光がちょんと出た。
「……すごい」とレイが言った。
「……できるの?」
「できます」とリリスが言った。
少し得意そうな顔をした。
「……もっと見せて」
「……うん」
リリスがもう一回、光を出した。
今度は少し大きかった。
「……すごい」
「……えへ」
リリスがちょっとだけ笑った。
「……なんで笑うの?」とレイが聞いた。
「……えへ、って言わないの?」
「……言わない」
「……なんで」
「……なんとなく」
リリスが考えた。
「……かのんは笑う?」
「えへ、は言わないですけど笑います」
「……レイは?」
「……笑う」
「……じゃあいい」
なんの話をしてるのかよくわからなかったけど、リリスが満足した顔をしてたのでよかった。
レイが私を見た。
「……かわいいな、やっぱり」
「でしょう」
「……リリス」
「……なに?」
「……友達になっていい?」
リリスが少し固まった。
それから、ゆっくり頷いた。
「……うん」
「……よかった」
レイがクッキーを一枚取って、リリスに差し出した。
「……食べる?」
「……食べる」
リリスがクッキーをかじった。
「……おいしい」
「……でしょ」
二人で同じ顔してた。
私はそれを見ながら、なんかよかったな、と思った。
リリスに友達ができた。
魔法少女と魔王が友達になった。
世界的にはすごいことのはずなのに、すごく普通に見えた。
普通に見えるのが、一番いいんだろうと思った。
✦
夜、三人で窓の外を見ていた。
リリス、私、レイ。
三人並んで、暗紫色の空を見てた。
リリスが真ん中で、私とレイが両側にいた。
窓の外に、星みたいな光がいくつか浮かんでる。
「……きれい」とレイが言った。
「……きれい」とリリスが言った。
「きれいですね」と私が言った。
しばらく誰も何も言わなかった。
静かだった。
いい静かさだった。
「……カノン」とリリスが言った。
「はい」
「……レイ」
「……なに」
「……ふたりいる」
「います」
「……ふたりとも、いる」
そんなに繰り返さなくても、とは思ったけど言わなかった。
リリスが私の袖を掴んだ。
それからレイの袖も掴んだ。
両手で、両方掴んだ。
「……いて」
「います」と私が言った。
「……います」とレイが言った。
リリスがほんの少し、力を緩めた。
掴んだまま、少し緩めた。
信じてくれてるんだ、と思った。
少しずつ、信じてくれてる。
「レイ」
「……なに」
「来てよかったですね」
「……うん」
「……リリスも、よかったですか」
「……うん」とリリスが言った。
少し間があった。
「……来てもらって、よかった」
静かな声だった。
でも、はっきり言った。
今まで「いて、いいの?」と確かめてた子が、「来てもらって、よかった」と言えた。
それだけで今日はもう十分だった。
「……ね、カノン」とレイが言った。
「はい」
「……ほのかも、いずれ来るよ」
「来ますかね」
「……来る。あの子、IMIのブラックさに一番怒ってたから」
「そうでしたっけ」
「……毎回文句言ってた。『なんで休日も訓練なの』とか『手当ないのおかしくない』とか」
「言ってましたね」
「……ここが待遇いいって知ったら、絶対来る」
「待遇は普通だと思いますけど」
「……IMIが異常なだけ」
それはそうかもしれない。
「……で、もう一人、リナって子がいるじゃない」
「いますね」
「……あの子は……難しいかも」
「なんで?」
「……IMIへの忠誠が強いから。頭がいい子で、ちゃんと信じてる感じがする」
「……そうですね」
「……でも、妹のレナは違う気がする。優しい子だから、魔界に来てみたら変わるかもしれない」
レイが外を見た。
「……どうなるかはわからないけど」
「そうですね」
リリスが二人の会話を聞いてた。
わかってるかどうかはわからないけど、じっと聞いてた。
「……もっと、くる?」
「来るかもしれないです」
「……いい?」
「リリスが嫌なら来ません」
「……いい」
リリスが頷いた。
「……みんな、いてもいい」
「ありがとうございます」
「……でも」
「でも?」
「……かのんは、いちばんそばにいて」
私の心臓がまたやばかった。
「います。ずっといます」
「……レイも」
「……います」とレイが言った。
「……よかった」
リリスが窓の外を見た。
暗紫色の空に、星みたいな光。
三人で、並んで見てた。
✦
就寝前、ベルフェゴールが廊下で私を捕まえた。
今日も椅子を持ってた。
「今後も仲間が増えるか」
「たぶん」
「何人くらい」
「あと二、三人は」
ベルフェゴールが少し考えた。
「……後で部屋の手配をしておく」
「ありがとうございます」
「感謝しなくていい。合理的判断だ」
「でもありがとうございます」
「……お前は本当に感謝をやめないな」
「やめません」
ベルフェゴールがため息をついた。
でも少しだけ、口の端が動いた。
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
椅子を持って、廊下の奥に消えていった。
毎晩椅子を持って歩いてる。
なんでだろう、と思いながら、もう聞かないことにした。
たぶんそういう人なんだ。
廊下に出たら、アスタロトがいた。
壁に背を向けて、腕を組んで、立ってた。
「……お疲れ様でした」
「アスタロトさんもそこにいたんですか」
「見張りだ」
「リリスの?」
「城全体の。いつもこの時間は廊下を回る」
アスタロトが少し歩き始めた。
「……今日もリリス様が笑っていた」
「はい」
「……レイ殿と、クッキーを食べていた」
「そうですね」
「……よかった」
アスタロトの声が、少し柔らかかった。
「アスタロトさん、リリスのことが好きなんですね」
「当たり前だ」
「親みたいですね」
アスタロトが少し間を置いた。
「……親の代わりにはなれない。それはベルゼバブもメフィストもベルフェゴールも、全員わかっている」
「そうですね」
「だが、そばにはいられる」
アスタロトが廊下の先を見た。
「……それだけでいい。リリス様が笑っていれば、それだけでいい」
私は何も言わなかった。
言える言葉がなかった。
でも、うん、と思った。
それだけでいい。本当に、それだけでいい。
✦ ✦ ✦
次回「ほのかも来た」
——翌週、城門の前に、赤い魔法少女が仁王立ちで立っていた。
第四話を読んでいただき、ありがとうございます。
レイは「考えてないようで一番本質を見ているタイプ」です。
B級に留まっていた理由も含めて、彼女は“頑張らないことでバランスを取っていた”側の人間です。
だからこそ、魔王城の「普通さ」に一番早く気づいた。
そして、その普通を選んだ。
今回の話でやっているのは大きく二つです。
一つは、魔法少女と魔王が「自然に同じ食卓にいる」状態の提示。
もう一つは、IMIという組織への明確な違和感の言語化です。
ただし、重くなりすぎないように、全部クッキーとリリスで包んでいます。
このバランスはこの作品の核なので、今後も崩さず進めていきます。
そして次回は「ほのかも来た」。
レイが言っていた通り、たぶん一番“文句を言いながら来るタイプ”です。
ここからさらに、魔王城側とIMI側の価値観の差がはっきりしてきます。
引き続き、ゆるくてちょっとおかしいこの世界を楽しんでもらえたら嬉しいです。




