第三話「追い返す」
第三話です。
ついに来ます。
昨日言っていた通り、IMI側が。
カノンは「追い返す」と言っていますが、
相手も仕事で来ています。
つまり、話し合いが成立するかは微妙です。
第三話「追い返す」
IMI第三部隊が来たのは、朝の九時だった。
城門の前に、五人。
全員変身済み。全員武装。整然と並んで、城を見上げてた。
私は城壁の上からそれを見ていた。
隣にアスタロトがいた。槍を持って、腕を組んで、じっと見てた。
「五人か」
「そうですね」
「お前一人で足りるか」
「たぶん」
「たぶん、ではなく」
「足ります」
「……なぜ最初からそう言わない」
「謙遜しました」
アスタロトがため息をついた。
ベルフェゴールの影響が移ってきてる気がした。
「城から出るのか」
「正門前まで出ます」
「危険だ」
「大丈夫です」
「保証できるか」
「できます。同じIMIの魔法少女なので、殺しには来ません。連れ戻しに来てるだけです」
アスタロトが少し考えた。
「……私もついていく」
「いいんですか」
「リリス様の護衛の補佐が正門前で倒れては困る」
「倒れません」
「予防だ」
私とアスタロトは城壁を降りた。
正門の前で向かい合った。
五人と、二人。
城壁の上で、魔王軍の兵士が何人か様子を見てた。
近くで見ると、全員若い。私と同い年くらいの子もいる。それより少し上の子も。
訓練された顔つきだった。感情を出さないようにしてる顔。
私もたぶん同じ顔をしてた、IMIにいた頃は。
✦
先頭に立ってたのが、昨日電話で話した人——隊長のサクラだった。
背が高い。黒髪を後ろで束ねてて、目つきが鋭い。変身名はわからないけど、武器は双剣だった。
私を見て、表情を変えなかった。
「神無カノン。任意同行を求めます」
「断ります」
「選択の余地はないと昨日も言いました」
「あると昨日も言いました」
サクラが少し間を置いた。
「……本当に戦うつもりですか。同じIMIの魔法少女と」
「戦うとは言ってません。追い返すと言いました」
「結果は同じです」
「違います。私は傷つけません。ただ帰ってもらいます」
サクラが私を見た。
長い間、見た。
「……変わりましたね、カノン」
「変わってないです」
「IMIにいた頃のお前は、そんな話し方をしなかった」
そうだっけ。
あんまり覚えてない。
「……ともかく、帰ります。来た道を戻ってください」
「従う理由がありません」
「ではこちらも実力行使です」
サクラが双剣を構えた。
後ろの四人も動いた。
✦
戦闘は、思ったより早く終わった。
最初に動いたのは後ろの四人のうちの一人だった。炎の魔法を使うタイプで、大きな火球を飛ばしてきた。
私は右に半歩動いてかわした。
特に何もしてない。ただ動いただけ。
「……速い」と誰かが言った。
次は二人同時に来た。一人が前から、一人が右から。連携の訓練をしてる動きだった。
私は魔力障壁を展開した。
二人がそこにぶつかった。
弾かれた。
壁に魔力の光が広がって、二人がびっくりした顔で後ろに飛んだ。
障壁の密度が、たぶん想定と違った。
IMIの訓練で教わる障壁の上限値というのがある。S級魔法少女でも、大体ここまで、という基準値。
私のはその三倍くらいある。
残りの二人が止まった。
四人が顔を見合わせた。
「……報告と違う」と一人が言った。
「資料の数値、古いんじゃないか」と別の一人が言った。
「というか突破できる気がしない」とまた別の一人が言った。
「静かに」とサクラが言った。
四人が黙った。
サクラが双剣を構えたまま、私を見た。
間があった。
サクラは動かなかった。
私も動かなかった。
「……カノン。一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「あなたは本当に自分の意思でここにいますか。何かに操られていたりは」
「してないです」
「断言できますか」
「できます。かわいかったので来ました。自分の意思です」
後ろの四人が「かわいかったので?」という顔をした。
サクラはまた間を置いた。
「……その理由で、IMIを捨てたんですか」
「捨てたというより、こっちを選んだ感じです」
「同じことです」
「違います。捨てたなら後悔があります。私は後悔してないので」
サクラが双剣を下ろした。
少しだけ、表情が変わった。
「……そうですか」
「はい」
「魔王に会いましたか」
「会いました」
「どんな存在でしたか」
「三歳でかわいかったです」
サクラが少し目を細めた。
「……三歳」
「三歳です」
「……なるほど」
何かを納得した顔だった。何を納得したのかはわからない。
「……わかりました」
サクラが後ろの四人を見た。
「撤収します」
「え、隊長」と一人が言った。
「任意同行に応じる意思がなく、かつ実力での回収が困難と判断しました。上に報告します」
「でも上からは絶対連れ戻せって——」
「報告します」
四人が顔を見合わせて、それから頷いた。
サクラが私を見た。
「カノン」
「はい」
「また来ます」
「追い返します」
「……知ってます」
少し間があった。
「……元気でいてください」
サクラが背を向けた。
五人が歩き始めた。
私はそれを城壁の上から見ていた。
元気でいてください、か。
怒ってるわけじゃないんだろうな、と思った。
✦
アスタロトが隣で腕を組んだまま言った。
「……呆気なかったな」
「戦わなくて済みました」
「なぜ傷つけなかった」
「同じIMIの魔法少女なので」
「敵ではないのか」
「敵というより……わかりません。でも傷つけたくなかった」
アスタロトが少し考えた。
「……リリス様もそういう考え方をされる」
「リリスが?」
「戦いたくない、誰も傷つけたくない、とよく言われる。魔王なのに」
魔王なのに、じゃなくて。
魔王だから、かもしれない。
ずっと戦争を見てきた人が、戦いたくないと思うのは当たり前な気がした。
「アスタロトさんは、戦いたいですか」
アスタロトが少し間を置いた。
「……守りたい、はある。だが戦いたい、はない」
「じゃあ一緒ですね」
「……そうかもしれない」
城壁の下から、魔界の街が見えた。
朝の光の中で、普通に動いてた。
露店が開いて、魔物が歩いて、子供が走ってる。
これを守るために、魔王軍は戦ってるんだ。
私が来る前、この戦争を侵攻してる側だと思ってた。
全然違った。
「アスタロトさん」
「なんだ」
「魔王軍って、ずっとここを守ってたんですか」
「ずっと、だ。私が生まれる前から」
「先代も?」
「先代も。その前も。ずっとだ」
アスタロトが城の方を見た。
「リリス様がまだ幼い。だから私たちが守る。それだけだ」
「リリスが大きくなったら?」
「……大きくなっても守る。それが仕事だ」
少し間があった。
「でも本当は」とアスタロトが続けた。「守らなくていい世の中になってほしい」
その言葉は、静かだった。
普段の真剣な顔と、少し違う顔で言った。
「……リリス様に、戦争のない世界を見せたい。それが本音だ」
私は何も言わなかった。
言える言葉がなかった。
でも、一緒にいたい、と思った。
この人たちと一緒に、それを目指したいと思った。
✦
城に戻ったら、リリスが廊下で待ってた。
ベルゼバブと一緒に、廊下の端でこっちを見てた。
「……かえってきた」
「帰ってきました」
「……たたかった?」
「ちょっとだけ」
「……かのん、いたい?」
「全然」
リリスがほっとした顔をした。
「……よかった」
「心配してたんですか」
「……うん」
「来てくれてよかったです」
「……いた方が、いい?」
「いた方がいいです。かわいいので」
リリスが少し赤くなった。
それからうつむいて、また上目遣いで見てきた。
「……かのんも、いた方がいい?」
「私が?」
「……わたしが、いると、かのんは、いい?」
なんか、聞き方が不思議だった。
自分がいてもいいかどうかを、確かめてる聞き方だった。
「います。絶対に」
「……なんで」
「かわいいので」
「……それだけ?」
私は少し考えた。
「かわいいのと、あと、リリスが笑ったら嬉しいので」
リリスがまたうつむいた。
耳が少し赤くなってた。
「……もっと、わらう」
「期待してます」
ベルゼバブが「まあまあ、お疲れ様でした。お茶にしましょう」と言って全員を食堂に連れて行った。
アスタロトもなんとなくついてきた。
アスタロトは照れてるのを隠すのが下手だった。目線が少し上を向いてた。
✦
食堂でお茶を飲んでいたら、ベルフェゴールが来た。
椅子を抱えてた。どこから持ってきたんだろう。
椅子を置いて、座って、お茶を一口飲んで、私を見た。
「終わったか」
「終わりました」
「死傷者は」
「ゼロです」
「……傷つけなかったのか」
「傷つけませんでした」
ベルフェゴールがお茶を飲んだ。
「……合理的判断だ。余計な争いは避けた方がいい」
「それだけじゃないですけど」
「わかってる」
ベルフェゴールがまた私を見た。
「カノン。IMI第三部隊の隊長、サクラと言ったか」
「そうです」
「知り合いか」
「訓練が一緒だったことがあります。それくらいです」
「……彼女は優秀か」
「たぶん。S級だと思います」
「戦えるか」
「私とですか?」
「魔王軍と、だ」
私は少し考えた。
「……戦ってほしくないです」
「なぜ」
「なんとなく、そういう人じゃない気がして」
ベルフェゴールが眉を動かした。
「根拠は」
「さっき、本当に自分の意思かと聞いてきました。操られてないかどうかを確認してから戦おうとしてた」
「……それが根拠か」
「それだけで十分じゃないですか」
ベルフェゴールがお茶を飲んだ。
「……監視対象に入れる。危険人物ではなく、要注目として」
「何が違うんですか」
「処遇が変わる」
「どう変わるんですか」
「危険人物は排除。要注目は対話の余地あり」
私は少し安心した。
「ありがとうございます」
「感謝しなくていい。合理的判断だ」
「そういうわけにも」
ベルフェゴールがため息をついた。
「カノン」
「はい」
「一つ聞く」
「どうぞ」
「お前はこれからここに長くいるつもりか」
「はい」
「……IMIが諦めなければ、また来る」
「追い返します」
「毎回か」
「毎回です」
「……飽きないか」
「飽きません。リリスがいるので」
ベルフェゴールがまたお茶を飲んだ。
「……ままならない」
「何がですか」
「全部だ」
それ以上は言わなかった。
でも、表情が少しだけ、昨日より柔らかかった。
✦
昼過ぎ、リリスが私の袖を引いた。
「……おひるね」
「一緒にしますか」
「……うん」
「じゃあしましょう」
リリスの部屋に行った。
リリスの部屋は思ったよりこじんまりしてた。でかい城の割に、部屋は小さかった。
ベッドも、大人用より一回り小さい。
壁に絵が貼ってあった。廊下で見たやつと同じ、ぐるぐるした丸が描いてある絵。
「これ、リリスが描いたんですか」
「……うん」
「何を描いたんですか」
「……かぞく」
私は少し間を置いた。
「……そっか」
「……おとうさんと、おかあさんと、わたし」
三つの丸。
大きいのが二つと、小さいのが一つ。
「……おかあさんは、むかしに」
「お父さんは最近?」
「……うん」
リリスがベッドに上がった。
毛布を引き寄せて、丸くなった。
「……ねむい」
「そうですね」
「……かのんも、ねる?」
「端に座ってます」
「……そばにいて」
「います」
リリスがすぐ眠った。
さっきより少し、穏やかな顔で。
壁の絵を見た。
三つの丸。
今は一つになってしまった家族の絵。
でもここに貼ってある。剥がさないで、ずっと貼ってある。
なんでだろう、と思った。
悲しくなるから剥がす人もいると思う。でもリリスは剥がさない。
見ていたいんだろうか。
忘れたくないんだろうか。
どっちかはわからない。
私はしばらくその絵を見ていた。
三つの丸の、一番小さいやつ。
頭に角が描いてあった。
ちゃんとリリスだ、と思った。
✦
夕方、メフィストに呼ばれた。
研究室に来い、と言われた。
解剖されるかと思ったけど、行ったら本棚がたくさんある部屋だった。
解剖台はなかった。よかった。
ただ、隅の方に何かの装置がいくつかあった。
聞かないことにした。
「座れ」
「はい」
メフィストが分厚い本を持ってきた。
「魔法少女の発生に関する研究記録だ。魔界側の記録だから、IMIが持ってるものとは違う視点になる」
「読めますか、これ」
「魔界語だ。読めるか」
「だいたい」
「だいたい、か」
「難しい単語は無理です」
「では私が説明する」
メフィストが本を開いた。
「魔法少女というのは、本来、自然発生的に生まれる存在だ。特定の条件が揃ったとき、その土地の魔力が人に宿る。偶然の産物だ」
「IMIではそんな話、聞いたことないです」
「当然だ。知られると困る」
「何が困るんですか」
メフィストが私を見た。
「人工的に作れない存在なら、IMIに存在価値がない」
私は少し考えた。
「……つまり、自然発生の魔法少女を、IMIが管理して兵器化した?」
「正確には管理ではなく、回収だ。発生した魔法少女を見つけ次第、施設に収容する。記憶を一部操作して、IMIに忠誠を向けさせる」
「記憶の、操作」
「施設に入る前の記憶が曖昧だったりしないか」
私は少し黙った。
「……五歳より前の記憶がないです」
「そうだろうと思った」
メフィストが本のあるページを開いた。
「これが記憶操作の術式図だ。使われた痕跡は、魔力の流れを見ると残る。お前にも残っている可能性がある」
「……確認できますか」
「時間がかかる。あと、確認した結果が、お前にとって辛いものかもしれない」
「それでも知りたいです」
「なぜ」
「知らないままの方が辛いので」
メフィストが少し間を置いた。
「……それと同じことを、以前調べようとした魔法少女に言ったことがある」
「魔界に来た魔法少女に?」
「ずっと前だ。結果を知って、壊れた」
部屋が静かになった。
「……その人は今」
「IMIに連れ戻された。今どうしているかは知らない」
私は少し考えた。
「私は壊れません」
「根拠は」
「かわいいリリスがいるので」
メフィストが少し目を細めた。
笑ったのかどうかわからなかった。
「……変わった根拠だな」
「でも本当のことです」
「……わかった。調べる。ただし急がない。お前のペースで進める」
「ありがとうございます」
「感謝は早い。結果が出てからにしろ」
「はい」
「解剖の話は一旦保留にしておく」
「一旦?」
「交渉の余地は残す」
「残さなくていいです」
メフィストが立ち上がった。
「また来い。続きを話す」
「はい」
部屋を出た。
廊下が静かだった。
記憶が五歳から始まる。
それより前に、何かがあった。
今日初めて、その何かが気になった。
✦
夜、リリスが眠った後、私は窓の外を見ていた。
暗紫色の空。星みたいな光。
今日一日で、いろんなことがあった。
IMIが来て、追い返した。
アスタロトと話した。戦いたくない、でも守りたい、という話。
ベルフェゴールと話した。また来たら追い返す、という話。
昼はリリスの部屋でお昼寝した。リリスの絵を見た。三つの丸。
メフィストから、私の記憶のことを聞いた。
五歳より前。
何があったんだろう。
施設の白い天井。誰かに手を引かれた感覚。
あれは何の記憶なんだろう。
IMIに連れてこられた記憶?
それとも、その前の、どこかにいた記憶?
考えても、出てこなかった。
でも今日まで、考えたことすらなかった。
考えないようにしてたんだと思う。考えたら、何かが崩れる気がしてたから。
でも今は、少し違う。
崩れてもいいかな、と思った。
崩れたって、ここにリリスがいる。アスタロトもベルフェゴールもメフィストもベルゼバブもいる。
崩れた後に、ここがある。
それだけで、調べていい気がした。
リリスが寝返りを打った。
「……かのん」
眠りながら言った。
「います」
リリスは眠ったまま、少し表情が緩んだ。
さっきより穏やかだった。
私はそれを見て、思った。
ここに来てよかった。
理由はシンプルで、かわいかったから。
でもそれ以上のものが、今はもうある。
うまく言葉にはできない。でも確かにある。
レイへのクッキーは、明日届ける方法を考えないといけない。
魔界から人間界に荷物を送る方法は、たぶんない。
困った。
……でも、レイが来る可能性もある。
そしたらクッキーを渡せる。
来るかな。
来そうだな、あの子。
甘いもの好きだから。
✦ ✦ ✦
次回「レイが来た」
——三日後、魔王城の正門に、水色の髪の魔法少女が立っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ついに正面衝突です。
これまで「なんとなくおかしい」で済んでいたものが、
IMIという“元の世界”と直接ぶつかることで、
はっきりと形になり始めます。
今回のポイントはシンプルで、
・カノンは戻らないと決めている
・IMIは回収するつもりで来ている
・どちらも引く気がない
この構図です。
そしてもう一つ大事なのが、
「カノンは戦う理由をちゃんと言語化していない」という点です。
かわいいから守る。
それだけで動いているように見えて、
実はそれが一番ブレない軸になっています。
ここから先は、戦いだけじゃなく、
価値観そのもののぶつかり合いになっていきます。
次回はその余波や、周囲の反応も含めて、
もう少し世界の輪郭が見えてくるはずです。
次回「そのあと」
(たぶん、思っているより静かな回になります)




