第二十九話「リリスが来た」
第二十九話「リリスが来た」
足音が近づいてきた。
小さな足音だった。廊下の奥から、こちらに向かってきた。
扉が開いた。
リリスだった。
変身していなかった。魔王の格好でもなかった。いつもの小さなリリスだった。
部屋に入ってきた。倒れているみんなを見た。壊れた機械を見た。水晶の欠片を見た。
それから、私を見た。
「かのん」
「……リリス」
「きた」
「……来ちゃだめです」
「きた」
リリスが繰り返した。
少女がリリスを見た。
「子供ですか」
「……魔王です」とリリスが言った。
「魔王」
「……リリス・ノクス十五世。まおうです」
少女が少し間を置いた。
「帰りなさい。ここは危ない」
「……やだ」
「帰りなさい」
「……やだ」
リリスがまっすぐ少女を見た。三歳の目が、揺れなかった。
✦
リリスが私の方に歩いてきた。
少女が手を上げた。
「止まりなさい」
リリスが止まらなかった。
「止まれと言っています」
止まらなかった。
私の前まで来た。私の隣にしゃがんだ。小さな手が、私の手を握った。
「……かのん、いたい?」
「……少し」
「……そっか」
リリスが立ち上がった。私の前に立った。両手を広げた。
少女に向かって。
「……かのんに、てをだすな」
小さな声だった。でも、揺れなかった。
✦
「どきなさい」と少女が言った。
「……やだ」
「あなたを傷つけたくない」
「……かのんも、みんなも、きずつけるな」
「この世界を消す方が、みんなのためになります」
「……ちがう」
「違わない。誰も傷つかない世界の方が」
「……ちがう」リリスがもう一度言った。「かのんがいなくなったら、わたし、かなしい。みんながいなくなったら、かなしい。かなしいのは、いたいのと、おなじ」
少女が少し止まった。
「……それでも」
「……ここがすきだから、いる」
リリスが言った。
「ここがすき。かのんがすき。みんながすき。まかいがすき。このせかいがすき。だから、いる」
少女が手を動かした。
光が集まった。強い光だった。
「どきなさい」
「……やだ」
光が大きくなった。
✦
その時だった。
リリスの体が、光った。
外から来る光じゃなかった。内側から出てくる光だった。
小さな体に、光が満ちていった。
「……なに」とほのかが言った。
「……魔力です」とレイが言った。かすれた声だった。「外から、魔力が集まっています」
「どこから」
「……城から。魔王軍の兵士たちから。それから——」
レイが少し間を置いた。
「……魔法少女たちから、も」
✦
光が大きくなった。
リリスの体が、変わっていった。
小さな体が、伸びた。三歳じゃなくなった。少しずつ、少しずつ、大きくなっていった。
髪が伸びた。服が変わった。
光が落ち着いた。
大人のリリスが、そこにいた。
でも、目は同じだった。
あの真っ直ぐな目が、そのまま大きくなっていた。
「……リリス」
私が言った。
リリスが振り返った。
「……かのん」
「……大丈夫ですか」
「……うん」リリスが言った。「なんか、いろんなひとの気持ちが入ってきた」
「どんな気持ちですか」
「……みんな、ここがすきって。かのんたちのこと、まもりたいって」
リリスが少女の方を向いた。
「……だから、わたしが、いく」
✦
少女がリリスを見た。
「……魔王」
「……そう」
「みんなの魔力を集めた」
「……あつまってきた。わたしが集めたんじゃない」
「なぜ集まった」
「……みんな、ここがすきだから」リリスが言った。「すきなものを、まもりたいから」
少女が少し間を置いた。
「それでも、私には勝てません。私は最初の魔法少女です。その力の根源です」
「……わかってる」
「わかっていて来るんですか」
「……うん」
リリスが手を伸ばした。私の方に。
私は立ち上がった。体が重かった。でも、動いた。
リリスの手を掴んだ。
リリスが私を見た。
「……いっしょに、いく?」
「行きます」
「……たおれても、いい?」
「たおれません」
「……うん」
リリスが少女の方を向いた。
「……かえってきて、って言ってくれたひとが、いる」
「誰ですか」
「……まおうじょの、みんな。サクラも。セキネも。みんな」
リリスが一歩、前に出た。
「……だから、かえる」
✦
戦いが始まった。
リリスの魔力は、これまでと違った。みんなの魔力が混ざっていた。温かくて、強くて、でも荒々しかった。
少女の光とぶつかった。
弾かれた。
もう一度ぶつかった。
また弾かれた。
「……強い」とリリスが言った。
「そうですね」
「……でも、もう一回」
「行きます」
私が前に出た。杖に残った魔力を全部込めた。
リリスが隣に来た。手を繋いだままだった。
少女が光を出した。
ぶつかった。
押し合った。
光と光が混ざった。
部屋が揺れた。
✦
長かった。
どのくらいの時間だったかわからなかった。
少しずつ、私の魔力が減っていった。
リリスの光も、少しずつ小さくなっていった。
「……かのん」
「います」
「……まだいける?」
「……あと少し」
「……わたしも、あと少し」
少女が光を集めた。最後の一撃みたいな光だった。
「……いくよ」とリリスが言った。
「行きます」
手を強く握った。
走った。
✦ ✦ ✦
次回「ならば、もう少しだけ」
——少女が、止まった。
作者です。ついに明日最終回!!




