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第二十八話「この世界ごと」

第二十八話「この世界ごと」


「教えてほしい」


 少女が言った。


 声が静かだった。怒鳴らない。叫ばない。ただ、静かだった。


「今の世界は、どうなっていますか」


 誰も答えなかった。


 私が口を開いた。


「魔界と人間界が、ずっと戦っています」


「なぜ」


「IMIが魔界を攻めていると印象操作して、各国から資金を集めていました。魔界は防いでいただけです」


「……そうですか」


 少女が所長を見た。


「孤児を集めて、脳を調整して、戦わせた」


「……そうだ」と所長が言った。「あなたを救いたかった。そのためなら何でもした」


「何でも」


「何でも」


 少女が目を閉じた。


「……そうですか」


 ✦


「傷ついた子たちは」と少女が言った。


「たくさんいます」と私が言った。


「救われた子たちは」


「……います。でも、まだ傷ついている子の方が多いです」


「これからも、傷つく子が出ますか」


 私は少し間を置いた。


「……今のままでは、出ると思います」


 少女が頷いた。


「では」


 少女が手を上げた。


 部屋が揺れた。


「何をするんですか」とほのかが言った。


「消します」と少女が言った。


「何を」


「この世界を」


 ✦


 静かな声だった。


 宣言じゃなかった。決定だった。もう決めていた声だった。


「待ってください」と私が言った。


「待てません」と少女が言った。「この世界は、もう取り返しがつかない。傷ついた子が多すぎる。これ以上増やすくらいなら、全部消した方がいい」


「でも」


「あなたも傷ついたでしょう」少女が私を見た。「クローンとして生まれて、失敗作と言われて、消されそうになった。それでも、この世界が好きですか」


 私は少し考えた。


「好きです」


「なぜ」


「リリスがいるので」


 少女が少し止まった。


「それだけですか」


「それだけです。でも、それで十分です」


 少女がまた手を動かした。


「十分じゃない」


 ✦


 光が来た。


 強かった。これまでに感じたことのない魔力だった。


 アスタロトさんが前に出た。槍を構えた。ぶつかった。弾き飛ばされた。


「アスタロト!」


「……まだ動ける」アスタロトさんが立ち上がった。「だが、桁が違う」


 ほのかが炎を出した。少女が手で払った。炎が消えた。


 レイが氷を張った。少女が歩いた。氷が溶けた。歩いただけで溶けた。


「……強すぎます」とレイが言った。


 リナが銃を出した。撃った。少女が動かなかった。弾が、少女の前で止まった。


「……効かない」


 私が前に出た。杖に全力を込めた。ぶつかった。


 弾き飛ばされた。


 壁にぶつかった。


 床に落ちた。


 起き上がろうとした。体が重かった。


 ✦


 ほのかが立ち上がった。また炎を出した。少女が払った。また倒れた。


 レイが起き上がった。氷を出した。少女が踏んだ。溶けた。また倒れた。


 リナが立ち上がった。体当たりをした。少女が手で受けた。弾き飛ばされた。


 アスタロトさんが槍を出した。少女が掴んだ。折った。


「……っ」


 ベルフェゴールさんが魔力を込めた。飛ばした。少女が吸収した。


 セキネさんが動こうとした。


「来るな」と少女が言った。


 セキネさんが止まった。


「あなたは魔力がない。来ても意味がない」


「……それでも」


「来るな」


 セキネさんが止まったまま、動かなかった。


 少女が部屋の中を見た。


 全員が、床にいた。


 ✦


「終わりですか」と少女が言った。


 誰も答えなかった。


「……強かったです」と少女が言った。「この世界の人間は、傷ついても立ち上がる。何度でも立ち上がる」


 少女が歩いた。


 私の前に来た。


 しゃがんだ。


 目が合った。


「それでも、この世界を消します」


「……なんで」と私が言った。


「もう十分だからです」少女が静かに言った。「誰も傷つかない世界の方が、いい」


「誰も笑わない世界でも?」


 少女が少し止まった。


「……笑えない世界でも、傷つかない方がいい」


「そうは思いません」と私が言った。


「なぜ」


 答えようとした。


 その時、廊下で音がした。


 小さな足音だった。


       ✦ ✦ ✦


次回「リリスが来た」


 ——かのん、と呼ぶ声がした。

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