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第三十話「この世界が好きですか」

第三十話「この世界が好きですか」


 走った。


 少女の光とぶつかった。


 弾き飛ばされた。


 壁にぶつかった。床に落ちた。


 リリスも落ちた。隣に。


 手は、まだ繋いでいた。


「……かのん」


「います」


「……まだいける?」


 立ち上がろうとした。体が動かなかった。魔力が空だった。


「……少し、待ってください」


「……わたしも、うごかない」


 二人で床に座っていた。


 少女が歩いてきた。ゆっくりだった。


 隣でほのかが立ち上がろうとしていた。レイも。リナも。でも動けなかった。


 アスタロトさんが「……カノン」と言った。


「大丈夫です」と私が言った。


「大丈夫じゃないだろう」


「大丈夫じゃないですね。でも、大丈夫ですよ」


 アスタロトさんが黙った。


 ✦


 少女が私たちの前に来た。


 しゃがんだ。


 目が合った。


 近くで見ると、疲れた目だった。何百年も眠っていたのに、疲れていた。ずっと前から疲れていた目だった。


「終わりですか」と少女が言った。


「……まだです」と私が言った。


「動けないでしょう」


「動けないですけど、まだです」


 少女が少し間を置いた。


「なぜそう言えるんですか」


「……わかりません。でも、そう思います」


 ✦


 少女がリリスを見た。


 リリスが少女を見た。


 大人の姿のままだった。でも、目はいつものリリスだった。


「あなたは」と少女が言った。「怖くなかったですか」


「……こわかった」とリリスが言った。


「それでも来た」


「……うん」


「なぜ」


 リリスが少し考えた。


「……かのんが、いたかったから」


「それだけですか」


「……それだけ」


 少女が黙った。


 リリスが続けた。


「……かのんが、ここにいるから、わたしもここにいる。みんながここにいるから、わたしもここにいる。それだけ」


「……単純ですね」


「……うん」


 リリスが頷いた。恥ずかしそうじゃなかった。


 ✦


「聞いていいですか」と少女が言った。


「どうぞ」と私が言った。


「この世界が、好きですか」


「好きです」


「なぜ」


「リリスがいるから」


 少女がリリスを見た。リリスを見て、私を見た。


「それだけですか」


「ほのかもいます。レイもいます。レナもリナも、アスタロトさんも、ベルフェゴールさんも、ベルゼバブさんも、メフィストさんも、セキネさんも、サクラさんも、みんないます」


「……多いですね」


「そうですね」


「最初は一人だったんですか」


「最初はリリスだけでした」


 少女がまた黙った。


「一人のために来て、こんなに増えたんですか」


「増えました。気づいたら」


「……そうですか」


 ✦


「リリス」と少女が言った。


「……なに」


「この世界が好きですか」


「……すき」


「なぜ」


「……みんないるから」リリスが言った。「まおうじょに、みんないる。うるさくて、たのしくて、あたたかい。それがすき」


「傷つくこともあるでしょう」


「……ある」


「それでも好きですか」


「……ある、から、すき」


 少女が「え」と言った。


「……いたいから、すきってわかる。かなしいから、たのしいってわかる。だから、ある方がいい」


 少女が黙った。


 長い沈黙だった。


 ✦


 少女が立ち上がった。


 光が集まり始めた。また攻撃が来ると思った。


 でも、違った。


 少女の体が、光に変わり始めた。


「……えっ」とほのかが言った。


 少女が窓の外を見た。


 空が見えた。魔界の空だった。暗紫色の空に、星みたいな光が浮かんでいた。


「……久しぶりに、見ました」


 少女が言った。


「何をですか」と私が言った。


「空を」


 少女が目を細めた。


「眠る前も、こういう空でした。あの子と二人で、よく見ていました」


 少女が所長を見た。


 所長がまだ床に膝をついていた。顔を上げた。目が合った。


「……ごめんなさい」と所長が言った。


 少女が少し間を置いた。


「……あなたが悪い人だとは、思っていません」


「でも」


「でも、間違えた」少女が静かに言った。「私を救いたかった気持ちは、本物だったと思います。でも、やり方が違った」


「……そうだ」所長が言った。泣いていた。「わかっていた。でも、止められなかった」


「……知っています」


 少女の体が、もっと光になった。


 ✦


「消えるんですか」と私が言った。


「散ります」と少女が言った。「消えるのとは、少し違います」


「どこに行くんですか」


「この星に。この世界に」少女が言った。「空に、海に、大地に。そこにいます」


「また会えますか」


 少女が少し考えた。


「……どこかで、会っているかもしれません」


「それは、会えるとは言いませんよ」


「そうですね」少女が少し笑った。初めて笑った。「でも、いなくなるわけじゃないです」


 光が大きくなった。


「一つだけ聞いていいですか」と私が言った。


「何ですか」


「名前、教えてもらえますか」


 少女が少し間を置いた。


「……ヒカリ、と呼ばれていました」


「ヒカリさん」


「はい」


「……ここに来てくれて、ありがとうございました」


 ヒカリが目を細めた。


「ありがとうは、こちらが言います」


「何がですか」


「……この世界が、まだいいところだと、思い出させてもらいました」


 ✦


 光が溢れた。


 目を閉じた。


 温かかった。


 光が窓から外に出ていった。空に散っていった。星みたいな光が、魔界の空に増えていった。


 それから、静かになった。


 ✦


 リリスが「……あ」と言った。


 体が小さくなっていた。


 少しずつ、少しずつ、戻っていった。


 大人のリリスが、三歳のリリスに戻った。


 魔力が全部なくなっていた。


 リリスが床に座っていた。服が大きくなっていた。ぶかぶかだった。


「……もどった」


「そうですね」


「……かのん」


「います」


「……かった?」


 私は少し考えた。


「……勝ったとは、少し違うかもしれないですけど」


「じゃあ、なに」


「……終わった、かな」


 リリスが「そっか」と言った。


 それから、あくびをした。


「……ねむい」


「そうですね。寝ましょう」


「……うん」


 リリスが私の腕に寄りかかった。


 重かった。でも、温かかった。


 ✦


【エピローグ 魔王城にて】


 それから、色々あった。


 所長は全ての罪を認めた。IMIの不正が明るみに出た。各国への印象操作、孤児の誘拐、強制的な調整。全部出た。


 時間はかかったけど、所長は逮捕された。


 IMIは解体された。


 ✦


 魔法少女たちの多くは、力を手放すことを選んだ。


 水晶の欠片が体から取り出された。魔力が消えた。普通の子に戻った。


 戻りたい場所がある子は戻った。戻る場所がない子には、場所が作られた。


 サクラが連絡をくれた。


「部下たちは、元の生活に戻ります」


「サクラさんは」


「私も、戻ります」


「そうですか」


「……また、来てもいいですか」


「来てください。サクラさんは追い返しません」


 少し間があった。


「……元気でいてください」


「サクラさんも元気でいてください」


 電話が切れた。


 ✦


 ある日、ほのかが「私たちはどうするの」と聞いた。


 食堂だった。全員集まっていた。


「どうするって」


「魔法少女の力、どうするかって話。返す子が多いじゃん」


 私は少し考えた。


「どうしたいですか、ほのか」


「私は」ほのかが少し間を置いた。「ここにいたい」


「そうですか」


「だって、帰る場所がない。IMI以外に知ってる場所がない。でも、IMIはもうない」


「ここがありますよ」


「……そうだな」


 レイが「……私もここにいる」と言った。


「どうしてですか」


「……帰る場所がない、のもある。でも」レイが少し間を置いた。「……ここが、好きだから」


「そうですか」


「……ベルゼバブさんのお茶が、おいしい」


「それが理由ですか」


「……それも、理由」


 ✦


 レナが「私もいます」と言った。


「理由は」


「お姉ちゃんがいるから」


 リナが「私は」と言った。少し間を置いた。


「……まだ、ここしか知らない部分が多いです。記憶が戻っていないから」


「それで、いいんですか」


「……ここで、また覚えていきます」


 レナが「一緒に覚えよ」と言った。


 リナが「……うん」と言った。


 ✦


 ベルフェゴールさんが「で、結論は何だ」と言った。


「全員ここにいます」と私が言った。


「魔王軍に居候する気か」


「居候というより」


「というより、何だ」


「……一緒に住んでいる感じです」


 ベルフェゴールさんがため息をついた。


「呆れたな」


「そうですか」


「呆れた。でも」ベルフェゴールさんが言った。「まあ、いい」


 アスタロトさんが「……異論はない」と言った。


 ベルゼバブさんが「嬉しいです」と言った。にこにこしていた。


 メフィストさんが「面白い実験になりそうだ」と言った。


「実験じゃないですよ」とほのかが言った。


「そうかな」


「そうよ」


 ✦


 リリスが「かのん」と言った。


「います」


「……ここにいる?」


「います。ずっといます」


「……ずっと?」


「ずっとですよ」


 リリスが「うん」と言った。


 それだけだった。


 でも、それで十分だった。


 ✦


 夜、城の窓から空を見た。


 暗紫色の空だった。星みたいな光が浮かんでいた。


 ヒカリが散っていった空だった。


 あの光が、まだそこにあった。


 いなくなったわけじゃない、と言っていた。


 そうかもしれない、と思った。


 廊下でリリスの声がした。ほのかが何か言っていた。レイが「……うるさい」と言っていた。レナとリナが笑っていた。


 振り返った。


 みんないた。


 いつも通りだった。


「かのん、はやく」とリリスが言った。


「います」と私が言った。


「……おそい」


「今行きます」


 廊下に出た。


 うるさかった。


 それが、よかった。


       おわり

作者です。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

第三十話「この世界が好きですか」をもちまして、本作は無事に完結となります。また次作でお会いしましょう。

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