表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
23/30

第二十三話「報告と、静かな日」

第二十三話「報告と、静かな日」


 リナが目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎだった。


 医務室の天井を見て、しばらく動かなかった。


 隣にレナがいた。椅子に座って、眠っていた。リナの手を握ったまま眠っていた。


 リナはその手を見た。


 それから、レナの顔を見た。


 それから、また天井を見た。


「……ここ、どこ」


 小さな声だった。


 レナが「っ」と言って目を覚ました。


「お姉ちゃん」


「……レナ」


「目、覚めた? 痛いところある? 喉は? 水持ってくる?」


「……一個ずつ聞いて」


「ごめん」


 レナが水を持ってきた。リナが少し飲んだ。


「ここ、どこ」


「魔王城」


 リナが少し間を置いた。


「……魔王城」


「安全なところ。大丈夫」


「……魔王軍の」


「そう。でも大丈夫。みんないい人だから」


 リナがまた天井を見た。


「……何があったか、覚えてない部分が多い」


「ゆっくりでいいよ」


「レナが来た。カノンが来た。それから」


「それから、私がお姉ちゃんの魔力を止めた。だから今ここにいる」


「……レナが」


「うん」


「……馬鹿なことを」


「馬鹿じゃない」


「全魔力を使ったんでしょ」


「使った」


「それは馬鹿でしょ」


「お姉ちゃんのためだから馬鹿じゃない」


 リナが目を閉じた。


「……ありがとう」


 レナが「うん」と言った。泣きそうな声で。


 ✦


 夕方、私がリナに会いに行った。


「起きてますか」


「起きてます」


 リナは体を起こしていた。顔色はまだ悪かったが、目はちゃんとこちらを見ていた。


「カノン」


「はい」


「……迷惑をかけました」


「かけてないですよ」


「施設が崩壊したんでしょ」


「しましたね」


「それは」


「リナのせいじゃないです。私が一撃入れたので」


 リナが少し黙った。


「……記憶が、飛んでいる部分があります。IMIにいた頃の、後半の記憶がほとんどない」


「そうですか」


「怖いですか、私のこと」


 私は少し考えた。


「怖くないです」


「レナを撃ちました」


「知ってます」


「それでも」


「リナがやりたくてやったわけじゃないので」


 リナが目を伏せた。


「……レナは、怒ってないですか」


「怒ってないですよ。心配してます」


「……そうですか」


「会いに行きますか」


「……少し、待ってください。整理したいので」


「わかりました」


 ✦


 廊下でリリスが私を待っていた。


「かのん」


「います」


「……あの人、だいじょうぶ?」


「大丈夫ですよ。起きてます」


「……あいたい」


「会いたいですか」


「……うん。レナのおねえちゃんでしょ」


「そうですよ」


「……だから、あいたい」


 私はリナのことを思った。整理したいと言っていた。でもリリスが来たら、少し違うかもしれない。


「一緒に行きますか」


「……うん」


 ✦


 医務室の扉をノックした。


「リナ、リリスが来たいと言っています。いいですか」


 少し間があった。


「……どうぞ」


 扉を開けた。リリスが入った。


 リナがリリスを見た。


 リリスがリナを見た。


 少し間があった。


「……はじめまして」とリリスが言った。


「……はじめまして」とリナが言った。


「リリスです」


「……月城リナです」


「しってる」リリスが言った。「レナのおねえちゃんでしょ」


「……そうです」


「レナ、ずっとおねえちゃんのことはなしてた」


 リナが少し目を細めた。


「……そうですか」


「うん。だから、だいじょうぶか、きになってた」


「……大丈夫、です」


「ほんとに?」


「……少し、頭が痛いですが」


「それはだいじょうぶじゃない」


「……そうですね」


 リリスがリナのベッドの横に立った。


「なおったら、みんなといっしょにいる?」


 リナが少し間を置いた。


「……わかりません、まだ」


「そっか」リリスが頷いた。「ゆっくりでいいよ」


「……ありがとうございます」


「うん」


 リリスがトコトコと出ていった。


 リナが扉を見ていた。


「……かわいいですね」


「そうですよ」と私が言った。「だから来たので」


「……レナから聞いてました。本当にかわいい理由で裏切ったんですね」


「裏切ったとは思ってないですが、まあそうですね」


 リナが少し、笑った。


 小さくて、すぐ消えた笑顔だった。でも確かにあった。


 ✦


 翌朝、食堂でベルフェゴールが報告書を広げた。


「施設の崩壊について、各方面から問い合わせが来ている」


「IMIからも来てますか」とほのかが言った。


「来ていない」


「来ないんですか」


「来ない方がおかしい、という意味では来ておかしくない。ただ、来ていない」


 私は少し考えた。


「……動きを見ているのかもしれません」


「そうだな」ベルフェゴールが地図を指した。「周辺の偵察部隊の動きも、今のところ確認されていない。静かすぎる」


「嵐の前ですかね」とほのかが言った。


「そう思って準備している」


 サクラが「施設側から何か報告がありましたか」と聞いた。サクラはまだ城にいた。帰るタイミングを見ていた。


「崩壊の規模が大きかった。再建には時間がかかる。ただし、人的被害は最小限だったようだ」


「そうですか」


「お前たちの陽動が効いた。主要人員は別棟に移動していた」


 サクラが少し頷いた。


「……部下たちは」


「全員無事だ。昨夜、境界を越えて戻った」


「そうですか。ありがとうございます」


「礼はいらない。これからが本番だ」


 ✦


 その日は穏やかだった。


 リナが少しずつ、城に慣れていった。


 ベルゼバブがご飯を持ってきて、リナが「ありがとうございます」と言った。メフィストが診察して「経過は良好だ、まあ規格外の体をしているがね」と言った。アスタロトが部屋の前を通るたびに、何も言わずに少し歩みを緩めた。


 ほのかがリナに「何か食べたいものある?」と聞いた。


「……なんでもいいです」


「なんでもいいって言うと、魔王軍の食事が出てくるけどいい?」


「……どんな感じですか」


「固い」


「……慣れます」


「慣れなくていいと思う。何か言って」


 リナが少し間を置いた。


「……温かい、汁物が食べたいです」


「言えるじゃん」ほのかが立ち上がった。「作ってくる」


「作れるんですか」


「まあまあ。カノンよりはうまい」


「私は料理しないですよ」と私が言った。


「だから私よりうまいじゃなくて、カノンよりうまい、って言ってる」


「差がないと思います」


「あるわよ」


 リナが、また笑った。今度は少し長かった。


 ✦


 夕方、レナとリナが廊下を並んで歩いていた。


 私はその後ろを少し離れてついていった。


「歩けますか」


「ゆっくりなら」


「無理しないで」


「してない」


 二人が並ぶと、確かに姉妹だなと思った。


 雰囲気は全然違うのに、歩き方が少し似ていた。


「ねえ、お姉ちゃん」


「なに」


「帰ってきてよかった」


 リナが少し止まった。


「……そうですね」


「ですね、じゃなくて」


「……よかった」


「うん」


 二人がまた歩き始めた。


 ✦


 夜、サクラが私を呼んだ。


「そろそろ戻ります」


「そうですか」


「これ以上いると、不審に思われます。一度IMIに戻って、様子を見ます」


「気をつけてください」


「はい」サクラが少し間を置いた。「……リナが戻ってよかったです」


「サクラさんのおかげです」


「私は陽動をしただけです」


「それが一番大事だったので」


 サクラが少し、表情を動かした。


「……では」


「元気でいてください」


「……その言葉、いつも返ってきますね」


「サクラさんがいつも言うので」


「そうですね」


 サクラが門を出た。


 暗くなり始めた空の下、遠ざかる背中を見ていた。


 また来てくれるだろう、と思った。


 ✦


 穏やかな夜だった。


 リリスが眠る前に「リナ、なんて言ってた?」と聞いた。


「かわいい、と言ってましたよ」


「……ほんとに?」


「本当に。サクラさんと同じことを言ってました」


「……みんないう」


「そうですね」


「……かわいいから」


「そうですよ」


 リリスが「うん」と言って目を閉じた。


 今日は八秒だった。


 窓の外、静かな空。


 施設の崩壊から、もう二日が経っていた。


 静かすぎた。


 でも、それが気になり始めたのは——翌日のことだった。


 ✦


 夜明け前、遠くで光った。


 一つ、二つ、三つ。


 それから、音が来た。


 地響きのような、低い爆発音。


 ベルフェゴールが食堂に飛び込んできた。


「全員起きろ」


 声が違った。


「IMIが動いた。大規模だ」


 窓の外の空が、赤くなっていた。


次回「全面戦争」


 ——魔界全体が、動き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ