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第二十一話「作戦会議と、立ち上がる人」

第二十一話「作戦会議と、立ち上がる人」


 翌朝、食堂に地図が広げられた。


 ベルフェゴールが持ってきた。かなり詳細な地図だった。IMIの施設周辺も載っていた。


「どこで入手したんですか」とほのかが聞いた。


「諜報部の仕事だ」とベルフェゴールが言った。


「魔王軍って諜報部あるんですね」


「なくてどうする」


 サクラが地図を見た。少し目を細めた。


「精度が高いですね」


「お前たちの仕事より上かもしれんな」


「……否定できないですね」


 ベルフェゴールが少し満足そうだった。


 ✦


「リナは今、ここにいます」


 サクラが地図の一点を指した。


 IMI施設の中央より少し奥。第一配備区域と書いてある場所だった。


「中枢に近いですね」と私が言った。


「はい。通常の侵入経路では近づけない場所です」


「通常じゃない経路は」


「あります。三つ」


 サクラが説明した。地下の搬入口。東棟の非常扉。それから、定期的に開く補給用の通路。


「どれが一番現実的ですか」


「補給通路です。ただし、タイミングが決まっています。週に一度、早朝の四時間だけ開きます」


「次はいつですか」


「五日後です」


 ベルフェゴールが「準備の時間としては短いな」と言った。


「短いですね」とサクラが言った。「でも、次の機会は一週間後になります。その間に、リナの配備が変わる可能性がある」


「どっちがいいと思いますか」とほのかが聞いた。


「五日後です。変数が少ない方がいい」


「わかった」


 ✦


「私たちにできることを話します」


 サクラが後ろの四人を見た。四人が頷いた。


「一つ目。内側から手引きします。通路の解錠と、監視カメラの一時停止。担当区域に限りますが、動ける時間を作ります」


「どのくらいの時間ですか」


「十五分から二十分。それ以上は不自然になります」


「十分です」


「二つ目。揺動をかけます」


 ほのかが「揺動?」と言った。


「注意を引き離す、ということです。侵入する側と反対の場所で、わざと気配を出す。IMI側の目をそちらに向けます」


「サクラさんたちが囮になるってことですか」


「囮、というより陽動です。実際に戦うつもりはありません。気配を出して、引き離して、撤収する」


「バレませんか」


「バレます。たぶん」サクラが静かに言った。「ただし、その時にはリナの確保が終わっていてほしい」


 静かだった。


「リスクを全部引き受けるつもりですか」とレイが言った。


「いざとなれば、表向きも捨てます」


 静かな声だった。


「……どういう意味ですか」とほのかが言った。


「陽動がバレた時点で、IMI側への私たちの立場は終わりです。それでも動くということは、そういうことです」


「裏切るってことですか」


「裏切る、というより」サクラが少し間を置いた。「最初から、どちらの味方かは決まっていたのかもしれません」


 ほのかが黙った。


「……なぜそこまでするんですか」とレイが聞いた。


 サクラがまた少し間を置いた。


「リナと、一度同じミッションで動いたことがあります。部隊は別でした。ただ、あの任務は二人でないと終わらない内容で」


「……どんな任務ですか」


「詳しくは言えませんが、長い任務でした。その間、リナはよくレナの話をしていました」


 レナが顔を上げた。


「お姉ちゃんが」


「妹がいること、妹が笑うと自分も嬉しいこと。あまり感情を出さない子でしたが、その話をする時だけ、少し違う顔をしていました。それが、ずっと頭に残っています」


 レナが黙った。


 私も黙った。


 ✦


「こちらの動きを話します」


 ベルフェゴールが地図を指した。


「侵入はカノン、ほのか、レイの三人。アスタロトは外で待機」


「セキネさんは」と私が聞いた。


「私は外から動けない」とセキネさんが静かに言った。「拘束歴がある。施設に近づいた時点で捕捉される可能性が高い」


「……そうですね」


「ただし、内部の構造は頭に入っています」セキネさんがサクラを見た。「サクラと一緒に動きやすいルートを整理します。地図に落とせる部分は全部落とします」


「助かります」とサクラが言った。


「それから」ベルフェゴールが地図を指した。「救出が失敗した場合を想定する。その時はセキネ、アスタロト、私が後詰めとして動く。撤退ルートを確保して、最悪の場合は強引に引き上げる」


「最悪の場合というのは」とほのかが聞いた。


「リナの確保ができなかった場合、もしくはお前たちが囲まれた場合だ。どちらになっても、必ず帰ってこい」


 ベルフェゴールが全員を見た。


「帰ることが前提だ。わかったか」


 全員が頷いた。


 セキネさんとサクラが地図を見て、少し話した。同じ施設にいたから、細かい部分の認識が合っていた。話が速かった。

 ほのかが私の隣でつぶやいた。


「なんか、チームっぽくなってきたな」


「そうですね」


「嫌いじゃない」


「私も好きです」


 ほのかが少し笑った。


 ✦


「一つ確認させてください」


 サクラが全員を見た。


「リナを確保した後、どうするつもりですか」


「ここに連れてきます」と私が言った。


「洗脳状態のままで来ます。抵抗するかもしれない」


「わかっています」


「……戦えますか。相手がリナでも」


 私は少し間を置いた。


「戦えます。ただし、傷つけません」


「傷つけずに制圧するのは難しいですよ」


「難しくてもやります。私が盾になります」


 レナが「私もいます」と言った。


 全員がレナを見た。レナがまっすぐ前を向いていた。


「傷が」とほのかが言った。


「治りました」


「本当に」


「本当に。メフィストさんに確認しました。今朝、許可をもらいました」


「……許可って」


「行ってもいいという許可です。止めようとしましたが、説得しました」


「なんて言ったんですか」とほのかが聞いた。


「お姉ちゃんを迎えに行くと言いました」


 静かだった。


「メフィストさんはなんて」


「……五秒くらい黙って、『まあ勝手にしろ』と言いました」


 ほのかが「メフィストさんらしい」と言った。


「そうですね」


 ✦


 夕方、作戦の確認が終わった。


 サクラが帰る前に、後ろの四人がそれぞれ地図を確認した。担当する区域、タイミング、撤収ルート。全員が黙って頷いていた。


 一人が私に近づいた。前に境界で会った時に、静かな顔で振り返っていた人だった。


「カノンさん」


「はい」


「あの時、追いかけてこなかったですよね」


「追いかける理由がなかったので」


「……ありがとうございました。それが、ここに来た理由の一つです」


「礼は結構です」


 その人が「サクラさんみたいなことを言いますね」と言った。


「サクラさんの口癖が移ったかもしれません」


 その人が少し笑った。最初に会った時と違う顔だった。


 ✦


 夜、リリスが私を探していた。


「かのん」


「います」


「……さくらはどこ?」


「部屋にいます。どうかしましたか」


「……わたあめ、あまってた」


 手に小さな紙袋を持っていた。


「サクラさんにあげたいんですか」


「……きのう、はなのなまえみたいっていったから」


「それとわたあめが繋がる理由がわかりません」


「……ふわふわしてるから」


 私はしばらく考えた。


「つながってないような気もしますが、まあいいですね」


「……いく」


「一緒に行きます」


 ✦


 サクラの部屋をノックした。


「はい」


「リリスがお菓子を持ってきました」


 扉が開いた。サクラが不思議そうな顔をした。


 リリスが紙袋を差し出した。


「……ふわふわしてるから、さくらにあげる」


「……ありがとうございます」


「あした、うまくいく?」


「うまくいくようにします」


「……ぜったい?」


 サクラが少し間を置いた。


「……ぜったい、ではないかもしれないですが」


「……なら」


 リリスが考えた。


「……帰ってきたら、またきてね」


「……はい」


「やくそく?」


「約束します」


 リリスが満足そうに頷いた。それからトコトコと廊下を歩いていった。


 サクラが紙袋を持ったまま、しばらく廊下を見ていた。


「……かわいいですね」


「そうですよ。だから来たので」


「カノンさんはやっぱり変わらないですね」


「変わる必要がないので」


 サクラが「おやすみなさい」と言った。


「おやすみなさい。元気でいてください」


「……それ、明日のことを言っていますか」


「そうです」


「わかりました。元気でいます」


 扉が閉まった。


 廊下が静かになった。


 五日後、動く。


 今夜はまだ、ここにいる。


 ✦


 深夜、食堂でほのかとレイが地図を見ていた。


 私も混じった。


「眠れませんか」


「眠れる気しない」とほのかが言った。


「レイは」


「……同じ」


「私もです」


 三人で地図を見た。


 ほのかがしばらく見て、ぽつりと言った。


「なんで笑えないんだろ。むしろ笑うしかない気がしてきた」


「そうですか」


「うん。こんな状況でもみんな揃ってて、サクラさんたちまで来てくれて、なんか、笑えてきた」


 レイが「……私は笑えない」と言った。


「笑わなくていいですよ」


「……でも、ほのかの言う意味はわかる」


「そうですね」


 ほのかが地図を折り畳んだ。


「寝よ。寝られなくてもとりあえず横になろ」


「そうしましょう」


「レイも」


「……わかった」


 三人で廊下を歩いた。


 四日後。


 それまで、ここにいる。


 リナも、どこかにいる。


 待ってて、と思った。


 もう少しだけ、待ってて。


       ✦ ✦ ✦


次回「作戦当日」


 ——動く夜が来た。

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