第二十話「扉を開ける人」
第二十話「扉を開ける人」
朝、アスタロトが食堂に来た。
「門に人間が来ている」
「誰ですか」
「一人だ。武器は持っているが、構えていない」
私はお茶を置いた。
「見に行きます」
「一緒に来い」
ほのかが立ち上がった。
「私も」
「レイは城の中で待機してもらえますか。レナも」
レナが頷いた。
「わかりました。気をつけて」
レイが「……クッキー」と言った。
「ありがとうございます。でも今日は大丈夫だと思います」
「……なんで」
「たぶん、サクラさんだと思うので」
ほのかが「え」と言った。
「勘です」
「また勘か」
「大体当たるので」
ほのかがため息をついた。
✦
正門に出たら、サクラがいた。
双剣を腰に下げて、変身していなかった。戦いの格好じゃない。後ろに四人いた。見覚えのある顔が何人かいた。前に境界で会った、あの人たちだった。
「久しぶりですね」
「久しぶりです」
サクラが城を見上げた。
「入れてもらえますか」
「初めてですね、そのお願い」
「前は遠慮していました」
「今日は違うんですか」
サクラが少し間を置いた。
「今日は、中で話したいことがあります」
私はアスタロトを見た。アスタロトが少し考えて、頷いた。
「入れ」
✦
部屋に通した。サクラと四人。こちらはカノン、ほのか、アスタロト、ベルフェゴール、セキネさん。
リリスはベルゼバブと別室で待っていてもらった。
サクラが全員を見た。
「単刀直入に話します」
「どうぞ」
「協力したいと思っています。こちらに」
静かだった。
「理由を聞かせてもらえますか」とセキネさんが言った。
「リナのことです」
また静かになった。
「調整が、本格的に始まっています。私は知らされていませんでした。部下が処置を受けるのに、知らされていなかった」
「……知った時はどうでしたか」とほのかが聞いた。
「報告書を読んで、破りそうになりました」
「破ったんですか」
「破りませんでした。証拠が消えるので」
ほのかが少し黙った。
「……そっか」
「後ろの四人も同じ気持ちです。戦う気がないのは前から知っていると思いますが、今回は一歩進めて、こちら側で動きたい」
後ろの四人が頷いた。声は出さなかった。でも全員の顔は同じ方向を向いていた。
「セキネさん」とサクラが言った。
「なんですか」
「来ることを、知っていましたか」
「……可能性として、考えていました」
「報告は」
「していません」
サクラが少し目を細めた。
「ありがとうございます」
「礼を言われることじゃないです。同じ気持ちなので」
✦
「具体的に何ができますか」とほのかが聞いた。
「内部の情報を渡せます。リナの配備状況、監視のローテーション、侵入できる経路。それから、動ける子が数人います。表向きはIMIにいたまま、情報を流す形になります」
「バレたら」
「リナと同じ処置を受けるかもしれません」
「それでもやるって、全員が決めたんですか」
「全員に選ばせました。無理にとは言いませんでした」
ほのかが後ろの四人を見た。四人が黙って頷いた。
「……なんで来てくれたんですか」とほのかが聞いた。後ろの四人に。
一人が静かに言った。
「あなたたちが戦っているのを、見ていたので」
それだけだった。
ほのかが前を向いた。しばらく腕を組んで考えていた。
「……わかった。信用するかどうかは、これから見せてもらう。抜け駆けはなし。情報は全部共有。それでいい?」
「それでいいです」
「あと」ほのかの声が少し低くなった。「リナを傷つける動きをしたら、容赦しない」
サクラが間を置いた。
「それは、私も同じです」
ほのかがサクラを見た。しばらく見た。
それからそっぽを向いた。
「まあ、いい」
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話がひと段落したころ、扉が開いた。
リリスだった。
ベルゼバブが後ろで「リリス様」と言いかけたのを無視して入ってきた。
サクラと目が合った。
リリスがじっと見た。
「……こわい人?」
「怖くしようとは、していません」
「ふーん」
リリスがトコトコと私の隣に来て、服の裾を掴んだ。
「かのん、この人だいじょうぶ?」
「大丈夫だと思います」
「そっか」
もう一度サクラを見た。
「おなまえは?」
「サクラです」
「さくら」リリスが繰り返した。「……はなのなまえみたい」
「そうですね」
「きれい?」
「花は、きれいだと思います」
「そっか」
リリスが満足そうに頷いた。
サクラの顔が、少し和らいだ。
✦
夕方、サクラに部屋を案内した。今夜は泊まって、明日からの動きを詰めることになった。
廊下でサクラが少し立ち止まった。
「カノン」
「はい」
「来るの、怖くなかったですか、と聞きますか」
「聞こうとしてました」
「怖かったですよ」
「そうですよね」
「でも、来ないでいる方がもっと怖かった」
私は少し間を置いた。
「来てくれてよかったです」
「役に立てたらいいですが」
「役に立つとか関係ないです。サクラさんが来てくれた、それだけでいいです」
サクラが私を見た。
「あなたは本当に変わらないですね」
「そうですか」
「前に会った時から、ずっと同じです」
「変わる必要がないので」
サクラが少し笑った。前にも見た、小さな笑顔だった。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい。元気でいてください」
サクラが「……その言葉、返されたのは初めてです」と言った。
「サクラさんがいつも言うので」
「そうですね」
サクラが部屋に入った。
✦
夜、医務室でレナに話した。
「サクラさんが来ました」
「……来てくれたんですね」
「はい」
「どうでした」
「いつものサクラさんでした。あと、リナのことを取り戻したいと言っていました」
レナが少し間を置いた。
「信用できますか」
「できます」
「根拠は」
「サクラさんなので」
レナが少し笑った。
「カノンさんって、それを根拠にするんですね」
「それで十分なので」
「……わかりました。信じます。カノンさんが言うなら」
「それで十分ですよ」
廊下でほのかが「うるさい!」と怒鳴った。私とレナが何かしたわけじゃなかったけど、たぶんレイと何か言い合っていた。
レナが苦笑した。
「にぎやかですね」
「いつも通りです」
「いつも通りがいいですね」
「そうですよ」
窓の外が暗くなっていた。
明日から、少し動き始める。
でも今夜は、ここにいる。
それだけで十分だった。
✦ ✦ ✦
次回「作戦会議と、立ち上がる人」
——地図を広げた夜。レナが立ち上がった。




