第十九話「それでも、ここにいる」
第十九話「それでも、ここにいる」
レナが目覚めて、三日が経った。
傷は順調に回復しているとメフィストさんが言っていた。でもレナは医務室から出てこなかった。
「レナ、今日の調子は」
「普通」
「ご飯、持ってきたよ。柔らかいやつ——」
「置いといて」
「……一緒に食べない?」
「いい」
扉の前で止まった。
レナはベッドに座って、窓の外を見ていた。こちらを向かなかった。最低限の言葉しか返ってこなかった。
三日間、ずっとこうだった。
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「様子、おかしいよね」
廊下でほのかに言った。
「そうね」
「私のこと、怒ってるのかな」
「あんただけじゃない。私にも同じ態度。レイにも。誰にも心を開いてない」
「レイはなんて言ってた?」
「エネルギーを内側に向けてる、って。あいつらしい言い方だけど、たぶん合ってると思う」
壁に背をつけた。
「……ショック、受けてるよね」
「当たり前でしょ」ほのかの声が少し低くなった。「リナに撃たれたのよ。しかも、レナはリナのことを一番心配してた。その子に——」
ほのかが言葉を切った。
私も何も言えなかった。
✦
夕方、セキネさんに廊下で会った。
「少し話してきた」とセキネさんが言った。
「レナと、ですか」
「ああ。盾が傷つくことを誰も責めない、と伝えた」
「……聞いてましたか」
「聞いてはいた」
それだけだった。セキネさんはそのまま歩いていった。
短い言葉だったけど、十分だと思った。
✦
夜、一人で医務室の扉の前に立った。
三日間、ご飯を持ってきて、追い返されて、またきて。今日も同じことをしようとして——
ノックする前に、扉が開いた。
「……カノン」
レナだった。壁に手をついて、扉のところに立っていた。顔色はまだ悪かった。でも、自分で開けた。
「レナ? 歩いて大丈夫なの?」
「ちょっとだけ」
「メフィストさんに怒られるよ?」
「怒られる前に話したいことがある」
口を閉じた。
レナが廊下の壁に背をつけた。ゆっくり座り込む。隣に座った。
しばらく、どちらも話さなかった。
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「……私、盾なんです」
レナが言った。
「知ってる」
「守る役割だから、盾。みんなの前に出て、受けて、それが私にできることで」
「うん」
「でも」
レナが膝の上に視線を落とした。
「リナを守れなかった。リナがああなっていく間、ずっと気づけなくて。気づいた時には、撃たれてた」
「それは——」
「カノンのせいじゃないです」レナが静かに言った。「わかってる。誰かのせいじゃないって、頭ではわかってる」
「……でも?」
「でも、わかんないんです」
レナの声が少し揺れた。
「私がもっと早く動いてたら。リナに直接会いに行ってたら。なんか、できたんじゃないかって。ずっと、ぐるぐる、して」
黙って聞いていた。
「目が覚めてから、誰の顔も見たくなかった。見たら、また考えちゃうから」
「……そっか」
「怖かったんです」レナがぽつりと言った。「リナの目が、何も映してなかったのが。あの子の目なのに、リナじゃなかったのが」
息を吸った。
「わかる」
レナが顔を上げた。
「レナが倒れた瞬間も、リナの目も、ずっと頭に残ってる。わかるから、黙って聞いてた」
「カノン……」
「でも、レナが起きてくれた時、私、すっごく叫んじゃったじゃないですか」
「……叫びすぎ」
「あれはもう止められなかった。だって本当に良かったから」
レナが少し黙った。
「……ごめん、三日間」
「謝らなくていい」
「でも」
「レナが謝らなくていいって、私が言ったじゃないですか」
レナの方を向いた。
「今度は私たちが、レナの分も、リナの分も、ちゃんとやる」
「……私も、やる」
「体が治ってから」
「治ったら」
「絶対に」
レナがまばたきをした。
廊下の奥から足音が来た。ほのかとレイだった。夕食の残りを持ってきたらしい。二人がレナを見て、一瞬止まった。
「……起きてる」とほのかが言った。
「はい」
「歩いてる」
「少しだけ」
「メフィストに怒られるわよ」
「カノンにも言われました」
ほのかがため息をついて、レナの隣に座った。レイが反対側に座った。
「……良かった」とレイが言った。
「三日ぶりに普通に話してくれた」と私が言った。
「普通じゃなかったですか」とレナが言った。
「全然」と三人同時に言った。
レナが少し目を伏せた。
「……ごめん」
「謝んな」とほのかがぶっきらぼうに言った。「そういう時は、ありがとうでしょ」
レナがまばたきをした。
ありがとう。リリスが昨夜練習していた、あの言葉。
「……ありがとう」
小さく、でもちゃんと言った。
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翌朝、医務室の扉が少し開いて、小さな頭が覗き込んだ。
「……レナ、おきてる?」
リリスだった。
「どうぞ」とレナが言った。
リリスがちょこちょこと入ってきた。レナのベッドの横で立ち止まった。
「あの」
「はい」
「……いたかった?」
「痛かったです。でも、もう少しで治るって」
「そっか」
リリスがぎゅっと手を握って、顔を上げた。
「……ありがとう」
「え?」
「ここにいてくれて、ありがとう」
レナがまばたきをした。
「……こちらこそ。置いてもらって、ありがとうございます」
リリスがぱあっと顔をほころばせた。
「またいっしょにいられる?」
「はい。もちろん」
「やくそく?」
「約束します」
リリスが満足そうに頷いた。それから振り返った。
「カノン、うるさかったでしょ」
「廊下中に聞こえてました」
「でもよかった」
「はい」
レナが小さく笑った。久しぶりの顔だった。
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その日の午後、廊下でくしゃみをした。
「うわ、さむ」
「季節の変わり目よ」とほのかが言った。
「誰かが噂してるのかな」
「あんたのことなんか誰も噂しない」
「ひどい!」
「うるさい」
「ひどい!!」
レイがため息をついた。
「……いつも通りだ」
「いつも通りがいいんです。うるさいくらいが、ちょうどいい」
医務室の窓から、賑やかな声が聞こえているはずだった。
レナに聞こえているといいと思った。
ここにいる、ってわかるように。
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次回「扉を開ける人」
——見覚えのある顔が、魔王城の門の前に立っていた。




