表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/30

第十九話「それでも、ここにいる」

第十九話「それでも、ここにいる」


 レナが目覚めて、三日が経った。


 傷は順調に回復しているとメフィストさんが言っていた。でもレナは医務室から出てこなかった。


「レナ、今日の調子は」


「普通」


「ご飯、持ってきたよ。柔らかいやつ——」


「置いといて」


「……一緒に食べない?」


「いい」


 扉の前で止まった。


 レナはベッドに座って、窓の外を見ていた。こちらを向かなかった。最低限の言葉しか返ってこなかった。


 三日間、ずっとこうだった。


 ✦


「様子、おかしいよね」


 廊下でほのかに言った。


「そうね」


「私のこと、怒ってるのかな」


「あんただけじゃない。私にも同じ態度。レイにも。誰にも心を開いてない」


「レイはなんて言ってた?」


「エネルギーを内側に向けてる、って。あいつらしい言い方だけど、たぶん合ってると思う」


 壁に背をつけた。


「……ショック、受けてるよね」


「当たり前でしょ」ほのかの声が少し低くなった。「リナに撃たれたのよ。しかも、レナはリナのことを一番心配してた。その子に——」


 ほのかが言葉を切った。


 私も何も言えなかった。


 ✦


 夕方、セキネさんに廊下で会った。


「少し話してきた」とセキネさんが言った。


「レナと、ですか」


「ああ。盾が傷つくことを誰も責めない、と伝えた」


「……聞いてましたか」


「聞いてはいた」


 それだけだった。セキネさんはそのまま歩いていった。


 短い言葉だったけど、十分だと思った。


 ✦


 夜、一人で医務室の扉の前に立った。


 三日間、ご飯を持ってきて、追い返されて、またきて。今日も同じことをしようとして——


 ノックする前に、扉が開いた。


「……カノン」


 レナだった。壁に手をついて、扉のところに立っていた。顔色はまだ悪かった。でも、自分で開けた。


「レナ? 歩いて大丈夫なの?」


「ちょっとだけ」


「メフィストさんに怒られるよ?」


「怒られる前に話したいことがある」


 口を閉じた。


 レナが廊下の壁に背をつけた。ゆっくり座り込む。隣に座った。


 しばらく、どちらも話さなかった。


 ✦


「……私、盾なんです」


 レナが言った。


「知ってる」


「守る役割だから、盾。みんなの前に出て、受けて、それが私にできることで」


「うん」


「でも」


 レナが膝の上に視線を落とした。


「リナを守れなかった。リナがああなっていく間、ずっと気づけなくて。気づいた時には、撃たれてた」


「それは——」


「カノンのせいじゃないです」レナが静かに言った。「わかってる。誰かのせいじゃないって、頭ではわかってる」


「……でも?」


「でも、わかんないんです」


 レナの声が少し揺れた。


「私がもっと早く動いてたら。リナに直接会いに行ってたら。なんか、できたんじゃないかって。ずっと、ぐるぐる、して」


 黙って聞いていた。


「目が覚めてから、誰の顔も見たくなかった。見たら、また考えちゃうから」


「……そっか」


「怖かったんです」レナがぽつりと言った。「リナの目が、何も映してなかったのが。あの子の目なのに、リナじゃなかったのが」


 息を吸った。


「わかる」


 レナが顔を上げた。


「レナが倒れた瞬間も、リナの目も、ずっと頭に残ってる。わかるから、黙って聞いてた」


「カノン……」


「でも、レナが起きてくれた時、私、すっごく叫んじゃったじゃないですか」


「……叫びすぎ」


「あれはもう止められなかった。だって本当に良かったから」


 レナが少し黙った。


「……ごめん、三日間」


「謝らなくていい」


「でも」


「レナが謝らなくていいって、私が言ったじゃないですか」


 レナの方を向いた。


「今度は私たちが、レナの分も、リナの分も、ちゃんとやる」


「……私も、やる」


「体が治ってから」


「治ったら」


「絶対に」


 レナがまばたきをした。


 廊下の奥から足音が来た。ほのかとレイだった。夕食の残りを持ってきたらしい。二人がレナを見て、一瞬止まった。


「……起きてる」とほのかが言った。


「はい」


「歩いてる」


「少しだけ」


「メフィストに怒られるわよ」


「カノンにも言われました」


 ほのかがため息をついて、レナの隣に座った。レイが反対側に座った。


「……良かった」とレイが言った。


「三日ぶりに普通に話してくれた」と私が言った。


「普通じゃなかったですか」とレナが言った。


「全然」と三人同時に言った。


 レナが少し目を伏せた。


「……ごめん」


「謝んな」とほのかがぶっきらぼうに言った。「そういう時は、ありがとうでしょ」


 レナがまばたきをした。


 ありがとう。リリスが昨夜練習していた、あの言葉。


「……ありがとう」


 小さく、でもちゃんと言った。


 ✦


 翌朝、医務室の扉が少し開いて、小さな頭が覗き込んだ。


「……レナ、おきてる?」


 リリスだった。


「どうぞ」とレナが言った。


 リリスがちょこちょこと入ってきた。レナのベッドの横で立ち止まった。


「あの」


「はい」


「……いたかった?」


「痛かったです。でも、もう少しで治るって」


「そっか」


 リリスがぎゅっと手を握って、顔を上げた。


「……ありがとう」


「え?」


「ここにいてくれて、ありがとう」


 レナがまばたきをした。


「……こちらこそ。置いてもらって、ありがとうございます」


 リリスがぱあっと顔をほころばせた。


「またいっしょにいられる?」


「はい。もちろん」


「やくそく?」


「約束します」


 リリスが満足そうに頷いた。それから振り返った。


「カノン、うるさかったでしょ」


「廊下中に聞こえてました」


「でもよかった」


「はい」


 レナが小さく笑った。久しぶりの顔だった。


 ✦


 その日の午後、廊下でくしゃみをした。


「うわ、さむ」


「季節の変わり目よ」とほのかが言った。


「誰かが噂してるのかな」


「あんたのことなんか誰も噂しない」


「ひどい!」


「うるさい」


「ひどい!!」


 レイがため息をついた。


「……いつも通りだ」


「いつも通りがいいんです。うるさいくらいが、ちょうどいい」


 医務室の窓から、賑やかな声が聞こえているはずだった。


 レナに聞こえているといいと思った。


 ここにいる、ってわかるように。


       ✦ ✦ ✦


次回「扉を開ける人」


 ——見覚えのある顔が、魔王城の門の前に立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ