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第十七話「戦略的撤退」

お待たせ致しました。ようやくシナリオストックできたので、カノンたちのストーリー再開です。

第十七話「戦略的撤退」


 警報が鳴り続けていた。


 甲高い音が白い廊下に響いて、止まらなかった。


「行くぞ」とセキネさんが言った。


 レナが動かなかった。


 リナがまだ椅子に座ったまま、こちらを見ていた。表情がない。誰、と言った顔のまま。


「レナ」と私が言った。


「……お姉ちゃんを、置いていくんですか」


「今夜は帰ります」


「でも」


「帰ります」


 ほのかがレナの腕を取った。


「行こう」


「……でも」


「行こう、レナ」


 レナが引かれるように動いた。リナから目を離さないまま、少しずつ後ろに下がった。


 扉の前まで来た。


「お姉ちゃん」


 レナがもう一度呼んだ。


 リナが、少し首を動かした。レナを見た。何かを探すような目だった。でも、何も見つからなかった。


「……誰?」


 また言った。同じ声。同じ顔。でも、届かなかった。


 レナが一歩、部屋の中に踏み出した。


「お姉ちゃん、私だよ。レナだよ。ずっと一緒にいたじゃないか。暗い部屋で、手を繋いでたじゃないか。大丈夫って言ってくれたじゃないか——」


 声が震えていた。


 でも、続けた。


「お姉ちゃんがいたから、ここまで来られた。お姉ちゃんがいたから、怖くなかった。ずっと一緒にいたじゃないか。覚えてないの? 覚えてないの、お姉ちゃん——」


 廊下から足音が来た。複数の気配。速かった。


「来た」とレイが言った。


 追手の魔法少女が三人、廊下から部屋に入ってきた。変身体。武器を構えていた。


 一人がリナを見た。


「リナ、排除対象を確認。処理せよ」


 リナが立ち上がった。


 ゆっくりと。機械みたいに。


 銃を構えた。


 レナを向いた。


「レナ、伏せて——!」


 私が叫んだ瞬間、引き金が引かれた。


 レナが吹き飛んだ。


「レナ!」


 ほのかが叫んだ。レナが壁に叩きつけられた。床に落ち、動かなかった。


 私は障壁を展開しながら駆け寄った。


「レナ!」


 左の脇腹から血が出ていた。ひどい量だった。


「生きてます」とレイが言った。「……でも、深い」


「動かせますか」


「……動かさないと死ぬ。動かしても危険。どっちにしても急いで」


 私はレナを抱き上げた。


 振り返った。


 リナがこちらを向いていた。銃を構えたまま。また撃つ気だった。


 でも——リナの目が、少し変わった。


 床を見た。レナが倒れている場所を、見た。


 血が広がっていた。


 リナの銃が、わずかに下がった。


 追手の一人が「処理は完了か」と言った。もう一人が前に出ようとした。


 その瞬間——


 リナが動いた。


 こちらではなく、追手の方に。


 銃を向けた。


 連続で、躊躇なく、撃った。


 追手の三人が吹き飛んだ。


 廊下が静かになった。


 リナが、止まった。銃を下げた。


 また床を見た。レナが血を流している方向を、見た。


 何も言わなかった。でも、その目が——何かを探していた。


「今です」とセキネさんが言った。「走れ」


 私はレナを抱えて走った。ほのかが前に、レイが後ろに。


 廊下を抜けた。通路を抜けた。外に出た。夜の空気が冷たかった。


「転移します」


 魔力を込めた。五人で、魔界に飛んだ。


 ✦


 城の正門に着いたとき、アスタロトが待っていた。


 私の腕の中のレナを見た瞬間、走ってきた。


「何があった」


「撃たれました。急いでください」


 アスタロトがレナを受け取った。担架を持った兵士が来た。


「ベルゼバブを呼べ」


「もう来ています」とベルゼバブが言った。


 いつの間にか来ていた。レナの顔を見て、すぐに動いた。


「中に運んで。急いで」


 担架でレナが運ばれていった。


 私は立ったまま見ていた。


 ベルフェゴールが廊下の端に立っていた。


「報告しろ」


「リナに撃たれました。レナが。命は——たぶん大丈夫だとベルゼバブさんが」


「リナはどうだった」


「記憶が、ないと思います。誰、と言いました。レナにも、私にも」


 ベルフェゴールが少し間を置いた。


「追手の件は」


「リナが撃ちました。追手を。命令なしに、自分で」


「自分で」


「そうです。レナが倒れるのを見て、何かが動いたのかもしれません」


 ベルフェゴールがしばらく黙った。


「……わかった。レナの治療を優先しろ。報告は後でいい」


「はい」


 ベルフェゴールが椅子を持ったまま、廊下の奥に歩いていった。背中が、少し重そうだった。


 ほのかが「血、ついてる」と言った。


 腕を見た。レナを抱えていた腕に、血がついていた。


「洗ってきます」


「……うん」


 三人でついていった。


 セキネさんが後ろでため息をついた。


「……すまない」


「何がですか」


「もっと早く動いていれば」


「セキネさんのせいじゃないです」


「……そうは思えない」


「思えなくていいです。でも、今夜動いてくれたことは、全部レナの力になります」


 セキネさんが少し黙った。


「……リナが追手を撃ったのは、なんだったんだろうな」


「わかりません」


「……命令じゃなかった。あの場にいた全員が、それを見た」


「そうですね」


「……まだ、何かが残ってるのかもしれない」


「そうかもしれないです」


「……だといいが」


 城の中に入った。


 ✦


 ベルゼバブが手当てをしていた。私たちは廊下で待った。


 ほのかが壁にもたれて、腕を組んでいた。


 レイがクッキーを出した。


「……食べる?」


 誰も答えなかった。


「……食べた方がいい」


 ほのかが受け取った。かじった。でも、おいしそうじゃなかった。


「……怖かった」とほのかが言った。


「そうですね」


「レナが撃たれたとき、頭が真っ白になった。あんなの、初めてだった」


「私もです」


「……カノンも?」


「私も怖かったです」


「……でも動いてたじゃん」


「体が動いただけです。頭は止まってた」


 ほのかが少し間を置いた。


「リナが追手を撃ったのは、なんでだと思う」


「わからないです」


「でも、あの目が少し変わってたよ。レナが倒れた後」


「見ました」


「……レナが撃たれたのを見て、何かが動いたのかな」


「そうかもしれないです。全部が消えていても、何かが残ってるのかもしれない」


「……だといいな」


 レイが「……残ってると思う」と言った。


「なんで」


「……あの動き、命令じゃなかった。追手を撃てという命令はなかったはずだ。自分で判断してた」


「そうですね」


「……レナを見て、動いた」


「そうかもしれない」


「……なら、覚えてなくても、感じる部分は残ってる」


 私はそれを聞いて、少し思った。


 命令じゃなかった。リナが、自分で動いた。


 それが何を意味するのかは、まだわからない。でも、何かが残ってる。その可能性は、消えてない。


 アスタロトが廊下に来た。


「……レナの状態は」


「ベルゼバブさんが手当て中です」


「……リナが撃ったのか」


「そうです。追手の命令を受けて、撃ちました。でも、その後、自分で追手を撃ち返した」


「……命令外の行動か」


「そうだと思います」


 アスタロトが壁を見た。


「……リナは、まだそこにいる、ということかもしれないな」


「そうだと思います」


「……なら、いつか取り戻せる」


「取り戻します」


 アスタロトが私を見た。


「……根拠は」


「レナがここにいるので」


 アスタロトが小さくうなずいた。それだけだった。でも、それで十分だった。


 ✦


 ベルゼバブが廊下に出てきた。


「どうですか」と私が聞いた。


「……命は、取り留めました」


 ほのかが息を吐いた。レイが目を閉じた。


「でも、しばらくは動けません。安静にしてください」


「意識は戻りますか」


「……戻ると思います。ただ、いつかはわかりません」


「わかりました」


 ベルゼバブが少し間を置いた。


「……本当に、よく連れて帰ってくれました」


「当然です」


「当然じゃないですよ」とベルゼバブが言った。にこにこした顔が、少し違った。声が少し震えていた。「あの状況で、レナさんを抱えて全員で帰ってきた。当然じゃないです」


「ありがとうございます」


「いいえ。ありがとうございます、カノンさん。みなさん」


 三人で部屋に入った。


 レナが寝台に寝ていた。目を閉じていた。包帯が巻かれていた。顔が少し青かった。


 でも、息をしていた。


 ほのかがレナの手を握った。


「……生きてるな」


「生きてます」


「……よかった」


 ほのかの声が少し震えた。


「……怖かったよ、本当に。レナのこと、好きだから」


「そうですね」


「……最初は敵だったのに、今はこんなに心配してる。なんか、変だな」


「変じゃないですよ」


「……そうかな」


「そうですよ」


 レイがレナの枕元にクッキーを一枚置いた。


「……起きたら食べて」


 誰も何も言わなかった。でも、全員がうなずいた。


 私はレナを見ていた。


 お姉ちゃんに撃たれた。


 それでも、ここにいる。


 リナはまだ、何かが残っている気がした。あの動きが、証拠だと思いたかった。


 思いたかった。


 ✦


 部屋を出た後、リリスが一人で廊下に立っていた。


「……カノン」


「います」


「……レナ、どうなった?」


「生きてます。怪我をしましたが、命は大丈夫です」


「……そっか」


 リリスが少し間を置いた。


「……ごめんなさい」


「なんでリリスが謝るんですか」


「……まもれなかった」


「リリスは城にいてくれた。それが一番大事なことです。リリスが城を守ってくれていたから、帰ってくる場所があった」


「……うん」


「うん、ですよ」


「……カノン、つかれた?」


「少し」


「……ねて」


「レナのことが気になって」


「……ベルゼバブがいる。だいじょうぶ」


「そうですね。おやすみなさい、リリス」


「……おやすみ、カノン」


 リリスがベルゼバブに連れられて戻っていった。


 廊下が静かだった。


 レナが生きている。リナが、何かを感じた。まだ終わっていない。


 そう思うことにした。今夜は、それだけでいい。


       ✦ ✦ ✦


次回「それぞれの夜に」

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