第十六話「セキネさんの話」
第十六話「セキネさんの話」
セキネさんが話せる状態になったのは、翌日の昼過ぎだった。
脚の痛みは引いていたけど、魔力の痺れが残っていた。ベルゼバブが「無理しないでください」と言ったけど、セキネさんは「話したいことがある」と言って食堂に来た。
全員が集まった。ついでにリリスも。ベルゼバブの隣に座って、静かに聞いてた。
セキネさんは椅子に座って、少し間を置いた。
「何から話せばいいか」
「リナのことから聞かせてください」と私が言った。
「そうだな。順番に話す」
セキネさんが少し背筋を伸ばした。
「まず、俺がIMIを動いていた間に、何が起きていたかを話す」
「はい」
「リナが施設に戻ってから、俺は定期的にリナの様子を確認しようとしていた。担当者が変わったことで、直接の接触は難しくなった。でも、廊下や記録の端から、間接的に確認することはできた」
「何がわかりましたか」
「最初の二週間は、訓練が続いていた。普通の訓練だ。それ以外の変化はなかった。俺はそれを見て、まだ大丈夫だと思っていた」
「でも」
「三週間目から、変わった。訓練の記録が途絶えた。特別区画への移動が記録された。そこから先は、俺には見えなくなった」
「それが、調整が始まったということですか」
「そうだと思う。それ以降、俺は近づくことができなかった。担当者に確認しようとしたら、転属させられていた。前の担当者も、別の部署に移っていた」
「徹底していますね」
「IMIは、知られたくないことを徹底的に隠す」
セキネさんが少し間を置いた。
「それで、お前に『調べてみる』と連絡した。でも、動けば動くほど、俺自身が監視されていることに気づいた」
「それでも動いたんですか」
「……動かないわけにはいかなかった」
セキネさんがレナを見た。
「レナが、ここにいる。リナの妹が、ここで待っている。それを知って、何もしないわけにはいかなかった」
レナが下を向いた。
「……ありがとうございます」
「礼はいらない。でも——遅かった、かもしれない。それだけは言っておく」
食堂が静かになった。
セキネさんは椅子に座って、少し間を置いた。
「何から話せばいいか」
「リナのことから聞かせてください」と私が言った。
「そうだな。順番に話す」
セキネさんが少し背筋を伸ばした。
「まず、俺がIMIを動いていた間に、何が起きていたかを話す」
「はい」
「リナが施設に戻ってから、俺は定期的にリナの様子を確認しようとしていた。担当者が変わったことで、直接の接触は難しくなった。でも、廊下や記録の端から、間接的に確認することはできた」
「何がわかりましたか」
「最初の二週間は、訓練が続いていた。普通の訓練だ。それ以外の変化はなかった。俺はそれを見て、まだ大丈夫だと思っていた」
「でも」
「三週間目から、変わった。訓練の記録が途絶えた。特別区画への移動が記録された。そこから先は、俺には見えなくなった」
「それが、調整が始まったということですか」
「そうだと思う。それ以降、俺は近づくことができなかった。担当者に確認しようとしたら、転属させられていた。前の担当者も、別の部署に移っていた」
「徹底していますね」
「IMIは、知られたくないことを徹底的に隠す」
セキネさんが少し間を置いた。
「それで、お前に『調べてみる』と連絡した。でも、動けば動くほど、俺自身が監視されていることに気づいた」
「それでも動いたんですか」
「……動かないわけにはいかなかった」
セキネさんがレナを見た。
「レナが、ここにいる。リナの妹が、ここで待っている。それを知って、何もしないわけにはいかなかった」
レナが下を向いた。
「……ありがとうございます」
「礼はいらない。でも——」
「でも?」
「遅かった、かもしれない。それだけは言っておく」
食堂が静かになった。
✦
セキネさんが少し間を置いてから、話し始めた。
「俺が確認できたのは、三日前の夜だ。特別区画の廊下から、少しだけ見えた」
「どんな様子でしたか」
「……変わっていた」
セキネさんが少し間を置いた。
「歩き方が変わっていた。目つきが変わっていた。IMIにいた頃のリナは、いつも考えながら動く。どこか慎重な感じがあった。でも、あの夜見たリナは違った」
「どう違ったんですか」
「感情がなかった。考えているんじゃなくて、ただ動いている、という感じだった。命令通りに動く機械みたいな」
食堂が静かになった。
「……外見は変わっていません。顔も、髪も、体格も、全部同じです。ただ、中が」
「中が、変わった」
「そう思います」
レナが少し下を向いた。
「それは、どういうことだと思いますか」とレナが聞いた。
「……俺には医療的な知識はない。ただ」
セキネさんが言葉を選んだ。
「以前、IMIで似たような話を聞いたことがある。調整が完了した魔法少女は、自分の判断で動かなくなる、と。命令に従って動く状態になる、と。そうなると、もとの記憶も——」
セキネさんが止まった。
「もとの記憶も、どうなるんですか」とレナが言った。
「……詳しくはわからない。俺が聞いたのは噂程度の話だ。でも、変わる、とは聞いた」
「消える、ということですか」
「……断言はできない」
食堂が静かだった。
誰も何も言わなかった。
「俺が見たのは一瞬だ」とセキネさんが言った。「もしかしたら、まだ内側に何かが残っているかもしれない。でも——俺には保証できない」
レナがしばらく下を向いていた。
それから顔を上げた。
「ありがとうございます。教えてくれて」
「……礼はいらない」
「いいえ、ありがとうございます」
ベルフェゴールが「今のリナは、IMIの戦力として動いているということか」と言った。
「そうだと思います」
「それは、こちらに向かって使われる可能性がある」
「あります。あの歩き方、あの目は——戦闘に使われる前の状態に近かった。近いうちに、実戦投入されると思います」
「……その場合、リナの戦力はどのくらいだ」
「元々でも相当だった。調整が入って、判断に制限がなくなれば、さらに上がる」
「判断に制限がなくなる、というのは」
「元のリナは、傷つけたくない人間には手を抜く。レナには手を抜いていた。でも、調整後はそういう判断がなくなる」
食堂が静かだった。
「……わかった」
ベルフェゴールが全員を見た。
「今聞いた話は、全員の胸に留めておけ。今すぐ動く必要はない。ただ、覚悟しておけ」
誰も返事をしなかった。
でも、全員がわかってた。
リリスが「……セキネさん」と言った。
全員がリリスを見た。
「……はなしてくれて、ありがとう」
セキネさんが少し固まった。
「……ありがとうって言うのは俺の方だ」
「……うん。でも、わたしも、ありがとう」
セキネさんが何か言いかけた。でも言わなかった。
「……そうか」とだけ言った。お茶を飲んだ。それで十分だった。
しばらく、食堂が静かだった。
ほのかが「ねえ、レナ」と言った。
「はい」
「大丈夫?」
「……大丈夫です」
「本当に?」
「本当に」
レナが顔を上げた。
「大丈夫じゃなかったら、大丈夫じゃないって言います。でも、今は大丈夫です」
「そうか」
「……聞けてよかったです。知らないより、知っている方がいい。怖いけど、それでも知りたかったので」
「そうだな」
「カノンさん」
「はい」
「行きたいです。今夜」
私は少し間を置いた。
「セキネさんの話を聞いた上で、それでも行きたいですか」
「はい。だから行きたいんです」
レイが「……私も行く」と言った。
「レイも」
「……レナが行くなら、一緒に行く」
「ありがとう」とレナが言った。
「……礼はいらない」
「いいえ、ありがとう」
レイが少し顔を逸らした。でも口の端が少し上がってた。
ほのかが「もちろん私も行くよ」と言った。
「ほのかも」
「当たり前でしょ。みんなで行くって言ったじゃないですか」
「言いましたね」
「それが全部です」
なんか、よかった。こういうチームに、なってた。
レナが私を捕まえた。
「助けに行けますか。今夜」
「行けますか、ではなく、行く、ということですか」
「行きたいです」
「セキネさんの話を聞いて、それでも?」
「だから行きたいんです」
「どういう意味ですか」
「セキネさんが言ってたこと、全部信じるわけじゃないです。でも、もし本当だとしたら、早く行かないと取り返しがつかなくなる。もし違うなら、確認できる。どっちにしても、行くべきです」
「そうですね」
「カノンさんは、行ける状況だと思いますか」
「行けると思います。ただ、今夜はリスクがあります。前回より警備が厳しいはずなので」
「それでも行きますか」
「行きます」
「一緒に行きます」
私は少し考えた。
「ベルフェゴールさんに相談します」
「お願いします」
「レナが行くと言うなら、私は止めません。でも、行くなら全員で行きます」
「全員?」
「私とほのかとレイ、それとセキネさんに案内をお願いしたい」
「セキネさんは脚が」
「本人に聞きます」
セキネさんに聞いた。「行く」と即答した。
ベルフェゴールに話した。
「今夜、動きたいと思っています。レナが行きたいと言っています。セキネさんも行くと言っています」
「危険だ」
「わかっています」
「成功する保証もない」
「わかっています。でも、今動かないと間に合わないかもしれない」
ベルフェゴールが少し間を置いた。
「リナはすでに調整が完了しているかもしれない。そのリナと対面したとき、レナは耐えられるか」
「わかりません。でも、レナが行きたいと言っています。レナが決めたことを、止める権利は私にはないです」
「……そうだな」
「行かせてもらえますか」
「行け。ただし——」
「はい」
「何があっても、全員帰ってこい。それだけだ」
「わかりました」
✦
深夜、五人で動いた。
私、ほのか、レイ、レナ、そしてセキネさん。
セキネさんは脚が完全に戻っていなかったけど、「行く」と言った。「俺の失敗だ。俺が案内する」と。
ベルフェゴールが止めたけど、セキネさんは「止めても無駄だ」と言った。
ベルフェゴールが二秒ほど黙ってから「わかった」と言った。
珍しいことだった。
城を出る前、アスタロトに呼び止められた。
「カノン」
「はい」
「……無理をするな」
「無理しません」
「……レナを守れ」
「守ります」
「……行ってこい」
「行ってきます」
リリスが食堂の入口から見ていた。
「……いってらっしゃい」
「行ってきます」
「……かえってきてね」
「帰ってきます。必ず」
リリスがぎゅっと手を握った。一瞬だけ。離した。
私は城を出た。
施設の北側の通路から入った。前回と同じ道だった。今夜は警備が増えていた。
「難しいですか」とほのかが小声で言った。
「できます」
「根拠は」
「前回できたので」
「それが根拠か」
「十分です」
レイが「……右側に一人増えてる」と言った。
「タイミングで抜けましょう」
三分待った。角から気配が出て、別の方向に向いた。
「今です」
五人で素早く動いた。
特別区画の前に着いた。重い扉があった。
「ここだ」とセキネさんが言った。
「開けられますか」
「鍵の構造は知っている。ただ、開けた瞬間に警報が鳴る可能性がある」
「どのくらい時間があります」
「警備が来るまで、二分くらいだと思う」
「二分でいいです」
「行くか」
「行きます」
セキネさんが鍵を解除した。扉が開いた。私たちは中に入った。
✦
特別区画の中は、外と違った。
廊下が白かった。灯りが明るかった。静かだった。
ただ、空気が違った。重い。普通の廊下とは違う重さがあった。
「ここで人が、調整されてるんですね」とほのかが小声で言った。
「そうだと思います」
「……いい場所じゃないな」
「そうですね」
でも誰もいなかった。奥に、一つだけ灯りのついた部屋があった。
「あそこだ」とセキネさんが言った。
五人で近づいた。
部屋のガラス越しに、人影が見えた。リナだった。
椅子に座って、正面を向いていた。目が開いていた。何かを見ていた。でも、何を見ているのかは、わからなかった。
「……お姉ちゃん」
レナが言った。小さい声だった。
リナが動かなかった。
「扉を開けます」と私が言った。
鍵を解除した。扉を開けた。五人が部屋に入った。
リナが、ゆっくりこちらを見た。
表情がなかった。セキネさんが言っていた通りだった。感情のない目だった。ただ、対象を認識している、という目だった。
「リナ」と私が言った。
リナが私を見た。
「……誰?」
それだけだった。私は少し止まった。
「……誰? 貴方達?」
リナがまた言った。同じ声だった。同じ顔だった。でも、知っている声じゃなかった。
レナが一歩前に出た。
「……お姉ちゃん」
リナがレナを見た。じっと見た。何かを探すような目だった。
「……誰?」
レナが止まった。
リナが、また言った。
「……貴方達は、誰?」
部屋が静かだった。誰も何も言えなかった。
リナがレナを見続けていた。じっと。何かを探しているみたいに。でも、見つからなかった。
レナが「お姉ちゃん」とまた言った。今度は少し大きい声で。
リナが少し首を傾けた。
「……リナ、という名前は、自分のことだと思う。でも——」
リナが少し間を置いた。
「……あなたは、誰?」
レナが何も言えなかった。
警報が鳴った。
✦ ✦ ✦
次回「戦略的撤退」
——レナがリナに呼びかけた。届かなかった。
第十六話、ここまで読んでいただいてありがとうございます。
ついにリナとの再会……なんですが、まあ、ああいう形になりました。
書いてて一番しんどかった回かもしれません。
セキネさんの話である程度覚悟はしてたと思うんですけど、それでも実際に対面すると違う、みたいな温度感は大事にしたくて、今回は全体的に静かめに書いています。
ここから一気に動いていく……予定なんですが、ちょっとだけお休みをいただこうと思っています。
続きはしっかり考えてから書きたいので、少し間が空きます。
完全に止まるわけではないので、気長に待ってもらえると嬉しいです。
次回は「戦略的撤退」。
タイトル通り、ただでは終わりません。
それでは、また次回で。




