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第十四話「静かな準備と、三文字」

ちょっと静かな回です。


でもこういう時間、わりと大事だと思ってます。

戦う前の、何も起きてないようでちゃんと変わっていく時間。


少しずつ強くなって、少しずつ関係ができて、少しずつ覚悟が整っていく。

そういうのを積んでから動く方が、たぶんちゃんと「意味のある一歩」になるので。


あと今回はちょっとだけ、IMIの話にも踏み込んでます。

「何と戦ってるのか」が、少しずつ見えてくる回でもあります。

第十四話「静かな準備と、三文字」


 セキネさんの報告から、二週間が経った。


 その間、IMIからの動きはなかった。


 境界付近の拠点も、拡張されていない。偵察もない。


 静かだった。


 でも、誰もそれを「安心」とは受け取らなかった。


 静かすぎる、という方が正確だった。


 ベルフェゴールが「待っている」と言った。何を待っているのかはわからない。でも、こちらが動くのを待っているか、向こうの準備が整うのを待っているか、どちらかだと思う。


 私たちは、できることをやりながら待った。


 訓練、情報整理、セキネさんへの定期連絡。


 そういう日々が、二週間続いた。


 ✦


 毎朝、食堂がにぎやかだった。


 変身名の話の続きをほのかとレナがやってた。


「ラブリーカノンって、よく考えると最強じゃない?」とレナが言った。


「なんで」


「かわいい、という意味を込めた名前がついてる魔法少女がIMI史上最強なんだから、ラブリー最強説がある」


「そんな説いらない」とほのかが言った。


「でも強いですよ。カノンさんは」


「そりゃそうだけど、それはカノンが強いんであって、ラブリーが強いわけじゃない」


「いや、でも」


「でもじゃない。ラブリーは関係ない」


「……ラブリー、かわいい」とレイが静かに言った。


「レイまで」


「……似合ってる」


「そっちの話になってる」


 私はお茶を飲んだ。


 リリスが「……かのん、かわいい?」と聞いた。


「どうでしょうか」


「……うん、かわいい」


「ありがとうございます」


「……ラブリー、いいなまえ」


「そうですかね」


「……うん。かのんに、あってる」


 ほのかが「リリスが言うと最強だな」とつぶやいた。


 なんか複雑な気持ちになった。でもまあ、いいか。


 朝食が終わった後、レイが私を捕まえた。


「……カノン」


「はい」


「……セキネさんから、最近連絡ある?」


「数日おきに短いメッセージが来てます。生きてる確認くらいですけど」


「……心配してる」


「レイも?」


「……うん。私たちの担当官だったから」


「そうですね」


「……いい人だと思う。不器用だけど」


「不器用ですね。でもそういうとこがセキネさんらしいです」


「……うん」


 レイがクッキーを一枚差し出した。


「……食べる?」


「朝食の直後ですよ」


「……関係ない。食べて」


 受け取った。かじった。おいしかった。


「ありがとうございます」


「……うん」


 レイがクッキーをかじりながら言った。


「……セキネさんに、無事でいてほしい」


「私もそう思います」


「……言ってある?」


「メッセージで伝えています」


「……よかった。私も今度、言う」


「そうしてください」


 レイが食堂に戻っていった。


 不器用な人のことを、不器用な言い方で心配する。


 なんかいいな、と思った。


 ✦


 午前中、レナとアスタロトの訓練があった。


 最近は毎日やってる。


 私も参加した。


 レナの盾の使い方が変わってきてた。最初に来たとき、反射に特化した使い方しかしてなかった。でも今は、守りの基本も混ぜるようになってた。


「上達した」とアスタロトが言った。


「ありがとうございます」とレナが言った。


「お世辞じゃない。来た頃と比べると全然違う」


「毎日やってるので」


「毎日やれば変わる。当然だ」


 ほのかが「私も変わった?」と聞いた。


「変わった。前より踏み込みが深くなった」


「本当に?」


「嘘は言わない」


 ほのかが少し嬉しそうにした。


「アスタロトさん、褒めるのうまいですね」


「評価を言っているだけだ」


「それが褒めることです」


 アスタロトが少し考えた。


「……そうかもしれないな」


 私はその横で、なんかいいな、と思った。


 最初、アスタロトは私たちに対して必要最低限しか話さなかった。今は普通に会話してる。


 変わってきてるのは、私たちだけじゃない。


「カノンはどうだ」とアスタロトが言った。


「私はあんまり変わってない気がします」


「変わっている」


「どこが」


「以前は一人で全部やろうとしていた。今は誰かに任せることができる」


「そうですかね」


「そうだ。今日の訓練も、お前が指示を出す場面があった。以前は自分がやっていた」


「言われてみれば」


「それは成長だ」


 なんか、照れた。


「ありがとうございます」


「評価を言っているだけだ」


「それが褒めることです」


「……そうかもしれないな」


 ほのかが「さっきと同じやりとりだ」と言った。


 私もアスタロトも、少し笑った。


 訓練が終わった後、ベルフェゴールが来た。


 中庭の端に立って、訓練の様子を見ていたらしい。いつから来ていたのかはわからない。


「ベルフェゴールさん、見てたんですか」


「ちょうど通りかかった」


「椅子持ってますね」


「関係ない」


「はい」


 ベルフェゴールが少し間を置いた。


「レナの盾の動き、変わったな」


「毎日訓練してますから」


「アスタロトが教えるのが上手いのか、レナが飲み込みが早いのか」


「両方だと思います」


「……そうかもしれない」


 ベルフェゴールがほのかを見た。


「ほのかも変わった」


「褒めてます?」とほのかが言った。


「評価を言っている」


「それが褒めることです」


「……そうかもしれない」


 ほのかが「なんかみんな同じ反応するな」と言った。


「同じことを言うから同じ反応になる」とベルフェゴールが言った。


「そうですね」


 ベルフェゴールがまた少し間を置いた。


「一つだけ言っておく」


「はい」


「今の静けさは、たぶん長くない。IMIが動くとすれば、こちらが動く前か、何か変化があったときだ」


「何か変化とは」


「セキネが動いているとIMIが気づけば、何かが起きる」


「セキネさんが見つかる可能性がありますか」


「ある。動いている以上、リスクはある」


「そうですか」


「だから、いつでも動けるようにしておけ。準備を怠るな」


「わかりました」


「おやすみ」


「まだ昼間ですよ」


「ああ、そうだな。……では、また夜」


 ベルフェゴールが椅子を持って城の中に戻っていった。


 ほのかが「昼間なのにおやすみって言った」と言った。


「珍しいですね」


「なんか、心配してるのかも」


「そうかもしれないですね」


 暗紫色の空の下、中庭が少し静かになった。


 心配してる人の、おやすみ。


 なんか、それがよかった。


 ✦


 午後、メフィストの研究室に来た。


「今日は少し違う話をする」


「はい」


「カノン、お前はIMIにいた頃、何かおかしいと思ったことはなかったか」


「色々と」


「具体的に」


「外に出られなかった。記憶が途切れてる。仲間が急にいなくなることがあった」


「他には」


「訓練の内容が、戦い方に特化しすぎてた。なぜ戦うのか、という話は一度もなかった」


「なぜ戦うのか、を教えると、疑問が生まれる。疑問は扱いにくい」


「そういうことですか」


「IMIは魔法少女を道具として使ってきた。道具に疑問は不要だ」


 私は少し間を置いた。


「でも、みんな疑問を持ってましたよ。口には出さなかったけど」


「そうだろう。それが今ここにいる理由だ。お前も、レイも、ほのかも、レナも」


「それが裏切りと言われるのが、おかしいですね」


「おかしい。ただ、IMIから見れば裏切りだ。彼らにとって道具が動くのは、裏切りになる」


「道具じゃないですけどね」


「そうだ。お前たちは道具じゃない」


 メフィストが少し間を置いた。


「一つ伝えておく」


「はい」


「俺の研究は、お前たちの出自を調べることも含んでいる。IMIが何をしてきたか。どこから来たのか。それが全部わかるわけではないが、少しずつ見えてきた部分がある」


「何が見えてきましたか」


「まだ言えない。証拠が足りない。でも、わかったとき、お前に一番最初に伝える」


「わかりました」


「それと」


「はい」


「……お前たちは、道具じゃなかった。それだけは、研究上の事実として言える」


 私は少し間を置いた。


「ありがとうございます」


「礼はいらない。事実を言っただけだ」


「でも、ありがとうございます」


 メフィストがため息をついた。


「一つ聞いていいか」


「はい」


「お前は、自分が何者かを知りたいか」


「知りたいです」


「怖くないか」


「怖いですよ。でも、知らないより知った方がいいと思います」


「なぜ」


「知らないままでいても、答えは変わらないので。怖いなら、知ってから怖がればいいです」


 メフィストが少し間を置いた。


「……そういう考え方か」


「深く考えないので」


「……合理的かどうかわからないが、お前らしい」


「そうですか」


「帰れ。続きはまた話す。調査が進んだら、すぐに呼ぶ」


「わかりました。ありがとうございます」


「礼は」


「でも、ありがとうございます」


 メフィストがため息をついた。でも今日は短かった。


 研究室を出た。


 道具じゃなかった。


 当たり前のことだけど、証拠がある言い方をされると少し違った。


 研究者に言われると、重さが変わる。


 ✦


 夕方、リリスが魔法の練習をしてた。


 中庭で、一人で手のひらに光を出してた。


 私が来ると気づいて、振り返った。


「……みてて」


「見てますよ」


 リリスが手のひらに集中した。


 オレンジ色の光が出た。


 昨日より少し大きかった。


「大きくなりましたね」


「……うん。まいにちやってる」


「何のためにやってるんですか」


「……みんなをまもる。って、まえにいった」


「そうでしたね」


「……でも、まだちいさい」


「続けてればなります」


「……いつ?」


「わかりません。でも、なります」


 リリスが少し考えた。


「……かのんは、そういうこと、なんでいえるの」


「なんで?」


「……なるかどうか、わからないのに、なるっていう」


「そうですね」


「……ふしぎ」


「深く考えないので」


「……もっとかんがえた方がいいんじゃないの」


「そうかもしれないですけど、今まであんまり困ったことないので」


 リリスが少し笑った。


「……かのん、すき」


「ありがとうございます」


「……いつも、そういう」


「好きと言われたら、ありがとうございますと言います」


「……てれないの?」


「照れますよ。でも、ありがとうございますとも言います」


 リリスがまた笑った。


「……もう一回、みてて」


「見てます」


 リリスが手のひらに光を出した。今度は今日一番大きかった。


「……おおきくなった」


「なりましたね。うれしいですか」


「……うん。みんながみてくれるから、うれしい」


「見てますよ。ずっと」


「……うん」


 リリスが光を消した。


「……またあした、やる」


「はい」


「……かのんも、みてて」


「見てます」


「……ずっと?」


「ずっと見てます」


「……うん」


 リリスが城の中に戻っていった。


 暗紫色の空の下、中庭が静かになった。


 ずっと見てる。


 約束した。


 その約束を守るためにも、セキネさんを助けないといけない。みんなが安全でいてこそ、ずっとみてることができる。


 そう思った。


 ✦


 夜、ベルゼバブに呼ばれた。


「カノンさん、少しよろしいですか」


「はい」


 いつもの小部屋。いつもの二杯のお茶。


「今日のリリス様の練習、見ていましたか」


「見ていました」


「光が大きくなりましたね」


「そうですね」


「何のために練習するか、ご存じですか」


「みんなを守る、と言ってました」


 ベルゼバブがにこにこしたまま、少し目を潤ませた。


「先代も、同じことを言っていました」


「リリスのお父さんが?」


「はい。私が仕えた頃から、そう言っていました。守るために強くある、と」


「リリスも同じですね」


「似ています。ただ」


「ただ?」


「先代はずっと一人でした。リリス様には、皆さんがいます。それが違います」


「そうですね」


「一人でいると、守ることが重くなります。分け合える人がいると、守ることが喜びになる」


 私は少し間を置いた。


「リリスにとって、みんながいることが大事ということですか」


「そうです。カノンさんが来てから、リリス様の魔法の光が大きくなり始めました。偶然じゃないと思っています」


「かわいかったので来ただけですけど」


「それでいいんです」とベルゼバブが言った。「難しい理由なんていらない。かわいかった、それだけで来てくださった。それがリリス様の光を大きくしている」


 私はお茶を飲んだ。


 おいしかった。


「ベルゼバブさん」


「はい」


「ベルゼバブさんは、ずっとここにいるんですか」


「はい。先代の頃から」


「リリスのお父さんが魔王だった頃から」


「そうです」


「一人で守ってきたんですね。リリスを」


「みんなで守ってきました。アスタロトも、メフィストも、ベルフェゴールも。ただ、足りなかった部分があった」


「何が足りなかったんですか」


「リリス様が笑える環境です。守ることはできても、笑わせることは難しかった」


「今は笑ってますよ」


「そうです。カノンさんたちが来てから」


「私はかわいかったので来ただけですよ」


「それでいいんです」とベルゼバブが言った。また同じ言い方をした。でも今回は少し違う声だった。「本当に、それでいいんです。理由なんて関係ない。来てくれた、それが全部だから」


 私はお茶を飲んだ。


「ありがとうございます」


「いいえ。ありがとうございます、カノンさん」


「私こそ」


「もう言いっこなしにしましょう」とベルゼバブが笑った。


 私も笑った。


 そういう夜だった。


 食堂に戻ったら、レナが一人で窓の外を見てた。


「眠れないですか」


「少し。お姉ちゃんのことを考えてて」


「そうですか」


「セキネさん、最近どうですか」


「数日おきに短い連絡が来てます」


「それだけですか」


「それだけです。でも、来てます」


「来てる、だけで安心するんですよね」


「そうですよね」


「カノンさんもそうですか」


「そうです。来てるだけで、大丈夫だと思えます」


 レナが窓の外を見た。


「お姉ちゃんは今、何してるんでしょうね」


「わかりません。でも、まだそこにいます」


「それだけで、大丈夫だと思えますか」


「思えます」


「……私も、そう思うようにします」


「それでいいです」


 レナが少し笑った。


「カノンさんっていつも、それでいい、って言いますよね」


「そうですかね」


「難しいことを言わないで、それでいいって言う」


「深く考えないので」


「でも、それがいいんだと思います。難しく考えすぎると、動けなくなるから」


「そうですね」


「お姉ちゃんのことは、カノンさんに任せてもいいですか。私は待つ」


「任せてください」


「ありがとうございます」


「こちらこそ」


 レナが部屋に戻っていった。


 ✦


 その夜、部屋でリリスを寝かしつけていたとき、メッセージが来た。


 セキネさんからだった。


 今夜も短いと思って開いた。


 三文字だった。


「助けてくれ」


 私は少し止まった。


 もう一度読んだ。


「助けてくれ」


 三文字だけだった。


 手が少し震えた。


 落ち着け、と思った。深く考えてないのが私の強みだから。


 返信を打った。


「今すぐ動きます。場所を教えてください」


 返信は来なかった。


 一分待った。来ない。


 五分待った。来ない。


 もう一度送った。


「セキネさん、聞こえますか」


 来ない。


「……かのん?」


 リリスが言った。


「います」


「……てが、とまった」


「ごめんなさい。大丈夫ですよ」


「……ほんとに?」


「本当に。おやすみなさい」


「……おやすみ、かのん」


 リリスが眠った。今日は三秒だった。


 私はすぐ部屋を出た。


 廊下を歩いた。ベルフェゴールの部屋に向かった。


 途中でほのかに会った。


「こんな時間にどうしたの」


「セキネさんから連絡がありました」


 ほのかが顔を引き締めた。


「どんな?」


「三文字だけです。『助けてくれ』」


 ほのかが少し黙った。


「……やばいね」


「はい」


「みんな起こす?」


「ベルフェゴールさんに判断してもらいます」


「一緒に行く」


「はい」


 二人でベルフェゴールの部屋に向かった。


 廊下が静かだった。


 三文字が頭の中に残ってた。


「助けてくれ」


 セキネさんが、助けを求めた。


 行かないといけない。


       ✦ ✦ ✦


次回「セキネさんを救え」


 ——深夜、魔王城が動き出した。

三文字って強いですよね。


「助けてくれ」って、情報としてはほぼゼロなのに、

それまで積み上げてきた関係があるから、全部伝わる。


セキネさんがどれだけギリギリなのかも、

これまでの距離感があるからこそ一発でわかるようにしてみました。


あと今回、全体的に“育ってる感じ”を意識して書いてます。


レナの戦い方とか、ほのかの動きとか、リリスの魔法とか、

アスタロトやベルフェゴールの距離感とか。


最初の頃と比べると、全員ちゃんと変わってきてる。

でもカノンだけはあんまり変わってないようで、

実は「任せること」を覚えてたりする。


そういう小さい変化が、たぶんこの後効いてきます。


そして次回、動きます。

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