第9話 ルート分岐
「ルート分岐を作りたい……」
「急にどうされましたか? お嬢様」
いつも通りにやたら偉そうな玉座に腰掛け、肩肘をついていた主の呟きに、同じくその傍らでいつも通りに紅茶の準備をしていたジークリンデは小首を傾げた。
「ルート分岐だ、ジークリンデ」
「いや、いきなりそんなふうに仰られましても」
とりあえずカップとポットをワゴンから手に取りつつ先を促せば、シャルロットは深々と溜息をつきながら答える。
「いや、現時点では、我が城の攻略ルートはある程度固定されておろう?」
「まあ、それはそうですわね」
まずは戦士タイプや狼タイプの魔族が蠢く茨の森を抜け、門番として立ち塞がる暗黒騎士バスチアンを撃破。
次いで城内でも敵を倒しながら進んだ先には別棟があり、主のシャルロットすらなんかよくわからない機械仕掛けのトラップだらけな中を敵を倒しながら踏破した先で、炎を操りながら飛び回る蝙蝠男のマクシムを撃破。
直後に崩れ落ちる別棟から退避した先で、植物園や中庭に住む不気味な魔法植物や動物タイプの魔物を退けながら進んでいくと、庭師のミラベルと交戦。
やがて追い詰められたミラベルが怪獣化し、本城に追い立てられ、城を登りながらミラベルから逃げる。
やがてバルコニーや石橋の上で、怪獣姿のミラベルと対決して撃破。
本城の最奥を目指す中で、様々な敵を倒しながら進むと待ち構えているのがジークリンデ。
これもなんとか倒したなら、その先の謁見の間にて遂にシャルロットとご対面し、最終決戦へ。
勇者側が空を飛べたりしたら、展開が微妙に変わる所がない訳では無い。
だが、基本的にどのエリアを通るかは、確かに決まっているようなものだ。
「つまり、ある程度は攻略方法にバリエーションが欲しいと?」
「うむ」
何かいい案はないものかと考えている様子に、ジークリンデはひとまずお互いの認識を確認してみる。
「ルート分岐と言いますと……例えば、城に侵入したら廊下が分かれていて、右から行くか、左から行くかを選べるような選択肢がある―――と言ったところでしょうか?」
「うむ。そして、例えば右から行けば炎属性の敵がメイン、左から行けば水属性の敵がメイン、といったような形にするのだ」
「なるほど。その心は?」
"なんか、また面倒くさくなりそうなことをしようとしているなぁ"、なんて内心思いつつも、ジークリンデはひとまず主の意思を聞いてみる。
「その方がたぶん楽しい」
「攻略する側的には面倒なだけでは?」
物凄いぶっちゃけをすると、吸血令嬢自身もまた、多少懸念していた内容らしい。
渋くなっていた顔を更に険しくした。
「何故そう思う? 右に行けば得意分野的に楽に攻略できるかもしれんとか、左から行けば右とは違ういい感じの装備が手に入るかもしれんとか、いろいろ想像が膨らまんか?」
「まあ、冒険者が好むような探索を目的とするダンジョンならそうかもしれませんが……」
冒険者とは、勇者パーティとは立ち位置が違う集団である。
勇者パーティーは魔王という邪悪な脅威を何とかするために戦う者たちだが、冒険者パーティーは探索そのものを目的とする。
例えば、古代文明や滅んだ魔王が遺した遺跡。
或いは、前人未到のジャングルや山岳、砂漠、大海原。
そう言った所を探検し、学術的に重要な発見物を持ち帰って学者の研究に貢献したり、或いは地図を更新したり。
そして、それらの依頼を学者や学会、時には民間人などから受け付け、冒険者との仲介役などを担う組織が、所謂冒険者ギルドだ。
つまり、モンスター退治の多くは、責任ある仕事を任されるための実績作り。
その後、学会などの研究に貢献することが、冒険者という職業の一般的なお仕事である。
その過程で、なんか古代文明の不思議パワーで悪いことを仕出かそうとしてるやばい奴らと遭遇しちゃったり、死んだはずの強い魔族が復活しようとしてたり―――まあ、そんな大それたものじゃなくても、貴重品を運ぶがゆえに、山賊や海賊からの自衛手段が必要だったりするから、武力に優れた者たちが普通にいるのである。
「お嬢様のお城は、かなり勇者パーティー向けですもの。明確にとんでもなく危険な脅威がいくつもありますし、手に入る貴重品も魔王討伐に向けて役立つものに特化してます。討伐後に探索も何も、お嬢様が毎回負けた後に城を瓦礫の山にしてしまいますし、なんなら何回も復活してますし……」
何よりも、と前置きしてからジークリンデは最大の問題点を告げる。
「勇者パーティーたちの目的は、一刻も早くお嬢様を打倒することですから。"右のルートを制覇したぞ。次は左ルートから行ってみよう!!"とは、普通はなりませんわ」
むしろそういうのは、欲をかいて大失敗する未熟な勇者パーティーの典型ですらある。
このあたりも、冒険者という職業との違いが現れていると言えよう。
仮に遺跡の探索を請け負った冒険者ならば、片側のルートが未知のままなど、職務放棄も良いところだからだ。
「むう……それでもたまには、冒険者が我が館に来ないものか? ほら、それこそ有名な戦う冒険者はいろいろ居るではないか。中折れ帽を被って鞭振り回してる考古学者とか、小型の銃型魔法杖を二丁携えた女考古学者とか、やたら身軽にヒョイヒョイ外壁だの崖だのをよじ登る考古学者とか」
「改めて並べられますと、考古学者って戦闘職種みたいですわね……彼ら彼女らが関わった貴重な遺跡とかが、だいたい大変なことになりまくってる気もしますが」
勇者たちに負けず劣らずの大冒険で、庶民たちからも大人気な"冒険者のヒーローたちまたはヒロインたち"を思い浮かべつつ、ジークリンデは苦笑いする。
彼らは、冒険者を雇うのではなく、自ら現地調査に乗り出す超活動的な考古学者たちだが、もちろん極めて少数派だ。
というか、あんなそこらの勇者パーティーが裸足で逃げ出すような凄いのが、早々何人も居てたまるか。
「それでも彼らは、基本的に魔族討伐を生業としているわけではありませんから。強いて言えば、何かの貴重品をいい感じに強奪してきて、奪い返させるというのもありかもしれませんが―――」
玉座の傍らに紅茶やお菓子をセッティングしつつ、ちらっと横目で主の様子を伺えば、シャルロットは少し悩む様子を見せつつも、
「そんなケチ臭いコソ泥みたいなことはしたくない」
「まあ、お嬢様ならそう仰ると思いましたわ……でも、怪盗的な感じなら?」
「怪盗……怪盗か………冒険者ではなく、探偵が挑んで来そうだな。勇者パーティーの中に、バリツ使いの探偵が紛れておったことも全く無くはないが……宵闇の吸血令嬢なんぞ名乗っておる存在が、一探偵に倒されるというのはちょっと……」
一生懸命に頭を悩ませている主を余所に、ジークリンデは優雅な所作で紅茶をカップに注いだ。




