第10話 轟雷騎将
シャルロットがジークリンデとルート分岐について語り合った数日後、ある日のこと。
夕闇に照らされる古城の謁見の間にて、シャルロットは右手で肩肘をつきながら、例によって巨大水晶を見つめていた。
椅子の肘掛けを左手の人差し指がこつこつと叩く音が謁見の間に響く。
「さて、此度の余興は果たしてうまくいくか……」
にやりと笑う彼女が見つめる水晶に投影されているのは、今まさに茨の森を必死に逃げ回る今回の勇者たちだった。
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虚ろの館の外周であるいばらの森の中、息を切らしながら逃げる2人の麗しい女性。
1人目は、美しく波打つ長い金髪をツーサイドアップにした、高貴そうな女性だ。
青を基調としたコート状の上着。
その下には、白い軍服めいたミニスカート姿と黒いニーソックス。
衣装は金色の縁取りがされており、肩周りや腰回りなどの要所は、金や銀の装甲が取り付けられており、見るからに聖なる力を持ってそうなロングソードと合わせて、可憐で清楚な姫騎士としての彼女の魅力を完璧に引き立てる。
姫騎士エリザベス。
とある国の公爵令嬢にして、魔法剣士であり、重大な使命を帯びて旅に出ることになった女性の勇者である。
「シズカ、大丈夫!?」
「うむ!! なんとか!!」
応えたのは、東方の島国における女神官、巫女が纏うものに似た装束の娘だ。
純粋無垢な正統派美少女なエリザベスに対し、真面目さや凛々しさが際立つ東洋人の美少女である。
袖が大きく、襟はボタンなどではなく重ねて帯などで締める極東島国の伝統的装い―――白い着物と赤い袴。
要所を守る黒い装甲も、極東の島国の甲冑を極限まで簡略化したような珍しいタイプだ。
腰にぶら下げているのは、極東の島国特有の片刃剣のうち、太刀と呼ばれるもの。
シズカは戦巫女であり、極東の島国から修行の旅をしていた所でエリザベスに出会い、義によって助太刀を申し出た人物である。
何かから逃げるように走る2人だが、突如巫女の横合いから狼の魔物が襲いかかる。
「ちっ―――!!」
神速の抜刀術。
真っ二つになった狼の魔物は、黒い霧になり消滅するが、足を止めたのが運の尽き。
「見つけたぞ、小娘ども!!」
「しまった!?」
頭上から降ってきて、大地を砕きながら地面に降り立ったのは、凄まじく立派な体躯の黒い馬だ。
そしてそれに跨るは、身長2メートル超えの巨躯を誇る暗黒騎士。
「民を守る戦姫ともあろう者が、敵に背を向けるか!! 四魔将が1人、この"轟雷騎将"バスチアンからは逃げられぬと知れ!!」
バスチアンが手綱を引くや、普通の馬よりも明らかに巨大かつ、目を赤く光らせて魔獣化している黒い愛馬がいななきながら、棹立ちの姿勢となる。
その瞬間、バスチアン本人と黒い馬が黄金の雷光を纏う。
一度見た技だからこそ、姫騎士エリザベスたちはその危険を理解している。
戦姫たちは迎撃の為に身構えるというより、回避のために腰を低くした。
「行くぞ!!」
バスチアンがランスを構え、馬が大地を蹴ったその瞬間、その姿は文字通りの雷光となって一瞬で駆け抜ける。
「きゃあ!?」
「ぐうっ!?」
なんとか跳躍して直撃こそ回避したが、稲妻の突進はその余波だけで戦姫たちをはじき飛ばす。
だが、それだけでは終わらない。
"轟雷騎将"の愛馬が、地面を抉りながら急停止する姿が一瞬だけ見え、再び力強く大地を蹴って雷光となる。
その異様な素早さは、余波を受けながらも跳躍した姫騎士エリザベスたちが着地するより早く反転して、再突入を可能とする。
半端な回避動作は突撃の余波により吹き飛ばされ、かといって大きく回避してしまうと空中に居る間に狩られる―――そう、まさに今の姫騎士エリザベスと戦巫女シズカのように。
―――しまった!?
―――二段構え!?
突撃そのものは既に見たが、ほとんど溜めなしの連発ができるというのは完全に初見だった。
2人の戦姫が息を呑んだその時、迫りくる雷光の前に何かが割って入った。
「ほう?」
展開されているのは、何重にも設けられた紫色の魔法陣。
それが、暗黒騎士のランスの切っ先をひび割れしながら受け止めている。
「姉さん!?」
姫騎士エリザベスが動揺しながら叫ぶ間にも、バスチアンの前に立ち塞がって魔法陣を展開した女性は、険しい表情で叫ぶ。
「早く退避しなさい!! 長くは持たない!!」
姫騎士エリザベスと戦巫女シズカが跳躍し、一拍遅れで魔法陣の人物も退避。
直後に5重の魔力防壁を粉砕したバスチアンは、手綱を引いて突進を止めつつ乱入者を見やる。
「ほう、貴様は……」
「ありがとう、姉さん。おかげで―――」
「勘違いしないで」
姫騎士エリザベスの感謝の言葉を切って捨てた人物の装いは、どこかエリザベスの纏う服と装備にかたり似た雰囲気がある。
違いとしては、スカートがスリットの入ったロングスカートだったり、装甲部分の意匠が若干刺々しく、何よりもカラーリングが黒や暗い紫で統一されている上、その顔には口元だけが見える仮面をつけていた。
「私は貴方のお姉さんじゃない。助けたのも、貴方達に今死なれたら困るからよ」
槍としても使える魔法杖を振り抜く動作とともに、仮面の魔法使いの周囲に大量の魔法陣が発生。
「穿て!!」
叫びながら槍を突きつける動作をすれば、各魔法陣から大量の魔弾が弾幕となり迫る。
弾着、そして立て続けの大爆発。
だが、その爆煙を突っ切る形でバスチアンが突っ込んでくる。
「無傷か、だったら!!」
魔法陣が形態を変え、今度は鎖を放ち、バスチアンや黒馬の魔獣を拘束にかかるが、
「こんなもの!!」
バスチアンは左腕に絡みついた魔法の鎖を軽々と引き千切り、黒馬も軽く雷光を纏うや全ての鎖が容易く粉砕された。
「強すぎる……!!」
見た目に違わぬパワーと防御力、その癖に素早さまで異常だ。
エリザベスが息を呑む間にも、仮面の魔法使いは魔法杖の石突を地面に突き立てる。
とても目を開けていられないような、眩い紫の光が槍の穂先で輝く。
目眩ましだ。
「ちっ、小癪な!!」
一瞬出遅れるが、バスチアンは再び雷霆となり、3人まとめて轢き潰しにかかる。
駆け抜けたバスチアンは、雷の残滓をバチバチと残しながら停止しつつ、自分が通り過ぎてめちゃくちゃに抉れた地面を見やった。
そこに3人の姿はない。
「逃がしたか。だが、我が配下が探し回れば時間の問題よ」
如何にも強者の余裕たっぷりに、バスチアンは踵を返した―――。
「……」
一度周りを見回し、自分の現在地を確認して―――
「……いや、まさかな」
何故か不安そうに呟いた。




