第6話 氷舞剣姫
勇者ジェイクたちは階段を駆け上る。
魔法の力で箱型の小さな床を上下させる魔法設備、"エレベーター"を利用できる場面もあったが、迷路のような城内は、どうしても階段の使用を強要されることもあった。
ちょっと不思議だったのは、明らかに現在進行形で内装やら構造やらが変わる城内にて、勇者ジェイクたちが挟まれそうになったり、巻きこまれそうになる度に、それらの変化が慌てたように急停止することだ。
理由はよく分からないが、ともかく彼らは消耗しながらも、本城の一角を最上階まで上り詰め、空中庭園のような場所に飛び出した。
見れば、石造りの巨大かつ長い橋のようなものが、この先にある更に高い建物へと繋がっている。
「よし、行くぞ二人とも!!」
息を整え、再び3人が走り出す―――その時。
「なっ!?」
慌てて3人は自らの脚に急ブレーキをかける羽目になった。
橋の両側、その下からいきなり何かが真上へと複数舞い上がり、上空で弧を描いてそのまま振り注いできたのだ。
慌てて走り出した地点へと跳躍して退避した彼らの眼前で、次々に石畳へと鋭い何かが突き刺さる。
「これは⋯⋯」
「氷の剣?」
彼らの呟き通り、地面に突き刺さったのは八本の氷の剣だった。
形態だけなら一般的によく見られる両刃の片手剣であり、柄は優美な意匠が施されている。
八本全部が全く同じ形をしているのは、魔力で生まれた剣だからだろうか?
いずれにせよ、それらは一斉にガラスが割れるように砕け散り、虚空に消える。
直後、彼らの目の前で、塔の頂上の方から何かが橋の中央に降ってきた。
「おいたは此処まで。我が主は、貴方方がこれ以上先に進むことを望んでいません」
勢いよく落ちてきたのに、着地の瞬間にふわりと降り立ったのは、ダークエルフの美しいメイドだった。
「お前の主人に用がなくても、こっちには用があるんだよ!!」
吐き捨てるように啖呵を切り、拳闘士ウォンが拳から衝撃波を放つが、メイドは身体を半歩移動させただけでそれを躱す。
「あらあら、血気盛んですこと。ならば、我が主に代わり、貴方方には礼節と身の程と言うものを教えて差し上げましょう」
そう言いながら、メイドが黒い編上げブーツの踵を合わせ直した。
かつん、という小気味よい音とともに、彼女のブーツに変化が現れる。
元の黒を貴重に、白と青の装甲に覆われた、甲冑めいた刺々しいデザインというだけではない。
何より異様なのは、足の裏。
爪先から踵まで至る、鋭いブレード状のパーツが足の裏に付いているのだ。
それはまるで、
「⋯⋯スケートブーツ?」
雪が降る北の森出身のエルフたるルキウスには、とても覚えある代物だ―――もちろん、彼の知るスケートブーツは、あんな鎧めいた形はしていなかったが。
「それでは」
ダークエルフのメイドは、上品な所作でスカートを摘み、優雅に一礼した。
「不肖、四魔将が一人にして、その筆頭―――"氷舞剣姫"ジークリンデ。一曲お相手しましょう」
瞬き1つの間に、メイドの姿が掻き消えた。
本当にそうとしか言いようがない。
そして愕然とする。
真横に気配を感じた拳闘士ウォンが、反射的に防御態勢を取るより早く、とんでもなく鋭い足刀蹴りが彼を吹き飛ばしてしまった。
まるでボールのように飛んでいったウォンが、その先にあった建物の壁に文字通りのめり込む。
「この⋯⋯!!」
距離が近すぎる、弓は使えない。
咄嗟に自衛用の短剣を右手で引き抜こうとしたエルフのルキウスだが、
「ッ!?」
その柄頭が、すでに相手の突きだした足の裏―――正確にはそこにあるブレードにより抑えられていた。
だが、驚愕から立て直す暇すらなく、メイドは柄頭をそのまま踏みつけるようにして、その反動により横に一回転した。
その勢いのままに、反対の足で繰り出してきた後ろ回し蹴りをもろに受けて吹き飛ばされる。
「でやあああ!!」
すかさず横合いから繰り出された、勇者ジェイクの袈裟斬りから始まる三連撃。
しかし、ダークエルフのメイドは鮮やかに舞うような動きでそれを躱したのみならず、四撃目で繰り出した横薙ぎ一閃を、真っ向から突きだした自らの蹴りで迎撃した。
「足技だけで制圧される程度の実力で、我が主に挑もうなどと―――」
そのまま、相手の剣を脚で払い除け、反撃の突きを後方への大ジャンプで回避。
宙でくるりと回転したダークエルフのメイドが、大きく距離をとる鮮やかな着地と同時に走り出す―――いや、違う。
突進ではある。
だがそれは、単なる地面を蹴る走りではない。
ブーツのブレードが接する地面を凍らせながらの高速滑走。
巨大なバルコニーの外周に沿うかのような、弧を描いて迫るそのスピードが、メイドの姿勢がどんどん低姿勢になっていくにつれて加速していき、気付いた時には、もう勇者ジェイクの目の前で飛び蹴りが今まさに放たれようとしていた。
「なっ!? ぐあああっ!?」
加速が凄まじ過ぎて目で追えない中でも、なんとか剣で防御はしようとした。
しかし、無駄だとばかりに防御の上から叩きつけられた飛び蹴りにより、勇者ジェイクの身体が宙を舞い、石畳を削りながら無様に転がされる。
「全員、一撃でこれですか。やはり身の程知らずですわね」
華麗に髪を払って、勇者たちを見据える。
それでも諦めないとばかりに、勇者たちはなんとか身体を起こして立ち向かわんとするが、
「さて―――今回のわたくしの出番はここまで」
「な、なにを言って―――」
聞こえてきたのは、天地を揺るがす咆哮だった。
勇者ジェイクたちは愕然とする。
この圧倒的にして、他に類を見ない威圧感―――生物の根源に訴える、絶対的なる強者の証。
最強の魔獣―――ドラゴンのものだ。
優雅に佇むダークエルフのメイドの後ろで、その巨体がせり上がる。
ワニを思わせる形状の本体の頭部と、食虫植物を思わせる口が付いた巨大な触手の数々。
「それでは皆様。お引き取りを」
再びスカートを摘んだ一礼が合図だったかの如く―――満身創痍の勇者たちに、次々に触手が襲いかかった。




