第2話 優雅なる悪の会議
温かみを感じる暖色の明かりに照らされた赤絨毯の廊下を、一人の美しいメイドがティーセットを載せたワゴンを押しながら歩いていた。
ポニーテールに結わえ、黒いリボンを結んだ長い髪は、色素の薄い金髪というよりも、黄ばんだ白とも言うべき色彩。
しゃんと伸びた背筋が纏うのは、黒いロングスカートと白い清潔なエプロンからなるメイド服。
脚にはブーツを履いており、長袖に覆われた両手で上品な手押し車を押している。
彼女の外見で最も特筆すべきは、長く尖ったエルフ系民族特有の耳。
そして、通常のエルフ系とは異なるエキゾチックな魅力を醸し出す褐色の肌だ。
所謂、ダークエルフである。
そんな彼女は、やがて巨大な謁見の間へと通ずる、見上げるような扉の前に差し掛かった。
すると、まるで扉自体が意思を持つかのように勢いよく開いた。
その奥に3つほど並ぶ、同じような扉も次々に開く。
あんまりにも勢いがよすぎて、うっかりぶつかった場合が心配になるくらいであるが、ダークエルフのメイドは慣れた様子でワゴンを押していく。
そして、天井にびっくりするほどに巨大なシャンデリアがぶら下がる謁見の間へといよいよ入場し、彼女は恭しくスカートを摘んで一礼した。
「お嬢様、少々遅れまして申し訳ありません。貴方のジークリンデ、只今参上致しました」
ダークエルフのメイド、ジークリンデが礼をした先には、巨大な円卓と仰々しい椅子が4つ置かれていた。
勇者カインたちが戦った時にはなかったものである。
椅子には、4人の人物が座っていた。
一人は、全身を甲冑で包んだ騎士だった。
真っ黒という色彩を除けば、正統派な騎士が着ていそうな板金鎧。
金の縁取りと肩や胸に埋め込まれた青白い宝石が格式高さをアピールしており、黒いマントの裏地は暗い青。
腕を組んだ堂々たる態度もあり、まさに闇に堕ちた聖騎士の印象を受ける。
強いて奇妙と言えば、屋内なのに兜を取っていない点か。
2人目は、見るからに無力そうな幼い少女だ。
愛らしい顔立ちだが、綺麗な眉がハの字を描いていて、それだけでも気弱な性格が伺える。
髪は、お団子からツインテールを流していて、程よくウェーブした癖っ毛。
服装は町娘を思わせるブラウスとスカート姿の上から、庭師などが着る革のエプロンを締めていた。
ともすれば普通な恰好であるがゆえに、この部屋の中で一番浮いていると言えなくもない。
三人目は、燕尾服の上に白衣を着た眼鏡の男性だ。
猫背気味で、長い黒髪もお洒落というよりは、単に面倒がって伸ばし放題にしている印象を受ける。
人間基準で言えば、だいたい中年に差し掛かった顔立ち。
意外と美形な顔の造形ではあるのだが、総じてなんとも胡散臭さが漂っていた。
そして―――
「構わぬ、ジークリンデ」
黒を基調とするゴシックドレスと、赤い裏地の大きな黒いマントに美貌の身を包んだ姿。
ぞっとするほどに白い肌と、赤い宝玉のような瞳。
口を開いた際に覗くのは、発達した犬歯。
脚を組み、頬杖を付いて尊大に微笑むのは、勇者カインたちが確かに討ち滅ぼした筈の魔族の少女だった。
"宵闇の吸血令嬢"、シャルロット・ルージュ・ロンサール。
「では、今宵も紅茶を楽しみながら優雅に議論を交わすとしよう」
余裕たっぷりな態度で脚を組み直し、最強の吸血鬼たる少女は笑みを深めた。
●
メイドのダークエルフ、ジークリンデが淹れた紅茶が行き渡り、そのジークリンデは如何にも副官の如くシャルロットの傍らに控えるかのように立つ。
それを一瞥してから、シャルロットは静かに語り掛ける。
「さて、我が眷属らよ。まずは此度の一戦もご苦労であった」
主からの労いの言葉に、配下たちは"もったいなきお言葉"とばかりに、しかし自らの仕事を誇るかのように笑みを浮かべる―――約1名、兜頭のせいで表情もクソもないので、それっぽく大仰に頷いている奴がいるが。
「しかしだ!!」
ばあん、という大きな音を立てて、いきなりシャルロットが机を叩く。
庭師のような格好の幼女が、突然の主の逆鱗にびくりと震えた。
「我は今回、貴様らに言わねばならぬ事がある!!」
「お嬢様。それを言うならば"今回も"、の間違いでは?」
「ジークリンデ!! いちいち細かいぞ!!」
傍らであらあらと笑顔を浮かべているメイドを一喝しながら、まずは騎士をシャルロットは睨んだ。
「まずはバスチアン!! 貴様だ!!」
「む!? 某でありますか!?」
心外だと言わんばかりに、暗黒騎士バスチアンは困惑した―――兜頭なので顔は見えないけど。
暗黒騎士バスチアンは、異界に建つシャルロットの居城、"虚ろの館"の門番とも言うべき存在だ。
まずは、門に辿り着くまでの茨の森を、部下の骸骨兵、幽霊騎士、バスチアンと同じ暗黒騎士など、騎士や兵士の魔族を思わせるものたちが待ち構える。
変わり種として、高速で走る狼の魔物もいる。
そしてそれらを倒した先で、城の門前にて"ここは通さぬ"とばかりに待ち構える、謂わば第一の試練が、巨大なランスを振りかざし、黒い馬に跨る暗黒騎士バスチアンである。
「心外だと!? ならば今回の貴様のダンジョン構成を言うてみよ!!」
「はっ!! 前々回にやってきた勇者剣士レオの一行が、虚ろの館に挑むにせよ、後の魔王討伐にせよ、あまりに能力に不安があったのを克服しようとして、グダグダになったのはご存じの通り!! それを踏まえて、此度は茨の森にて十分な成長を期すべく―――」
「それが駄目だと言うのだ馬鹿者!!」
「なんですと!? しかしお嬢様、適度な能力向上試練は確かに許可をいただいた記憶が御座います!! なんぞ問題がありましょうや!?」
相変わらず困惑しているバスチアンに、シャルロットは叫んだ。
「いざ決戦の場へと勇んで異界に突入した連中を、2週間も森から進ませぬ奴があるか!! 話のテンポが悪くて、勇者たちが余計にぐだぐだしておったろうが!!」




