第1話 聖剣の勇者カインの冒険譚
剣や魔法、戦と冒険に彩られしその世界には、魔族と呼ばれる者がいた。
人々の悪意や絶望。
そういった負の感情が世界の仕組みと共鳴して自然発生するとされている、生まれながらに邪悪なるものたち。
或いは、その力を何らかの形で自らのものとして利用する者たち。
特に、強力な力と自我を持つ者は、時として軍勢や国をも興し、世界の敵として魔族の長―――魔王となり、絶大な脅威をもたらすことすらあった。
そんな人々を苦しめる悪しき存在。
それを討ち滅ぼさんとする者たちを、人々は勇者と呼ぶ。
ある者は、国に召し抱えられた討伐隊として。
ある者は、その出自に関係なく、自らの意思に基づいて。
いわゆるパーティーを組んだ少数精鋭。
或いは、軍勢を率いるような大規模な大合戦。
様々な勇者たちによる十人十色の物語が、今日も世界中で語られ、或いは今まさに伝説が作られていく。
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そして、新たな伝説を刻むに相応しい男―――善なる心により、聖なる剣に選ばれし者。
勇者カインもまた、強大なる魔族との決戦に臨んでいた。
「見事だ、勇者よ。我が眷属たる四魔将とその配下たちを打ち倒し、この謁見の間にまで辿りついたこと―――褒めて遣わす」
見上げるような天井。
吊り下がる巨大なシャンデリア。
荘厳な彫刻が施された内装。
紅の絨毯。
大きな窓には、絨毯と同じ色の赤いカーテン。
それらに調和した玉座に腰掛けた一人の娘が、尊大かつ不敵に笑う。
美しい娘だった。
人間に換算するなら、概ね10代後半くらいの外見だ。
黒を基調とする上品なゴシックドレスと、赤の裏地に彩られた大きなマントに身を包む、やや小柄な体躯。
まだ幼さの残る顔立ちを彩るのは、背中の中ほどまで伸ばされた、色素の薄い金髪。
肌の色は、ぞっとするほどに白く、染み一つ見受けられない。
赤い宝玉のような瞳の煌めきは、相対者の全てを見通すかのよう。
そして―――弧を描く口元に覗くのは、普通の人間より明らかに発達した犬歯。
衣装も含めて彼女の姿形を見れば、誰もが同じ結論に至ろう。
即ち、吸血鬼―――この娘は、夜を統べる闇の眷属の一柱であると。
「さあ、汝らの願いを言うが良い。求めるは、更なる力か? それとも財宝か?」
吸血鬼の右手には、1本のワイングラス。
そこに注がれし赤黒い液体を、優雅な所作で軽く一口飲む。
「ふざけるな!!」
悪の囁きに対し、勇者カインは聖剣の切っ先を玉座の吸血鬼に向け、啖呵を切る。
「俺たちは、正義の為―――そして、セシリアを助ける為、お前を倒しに来た!! 誘惑には屈しないぞ!!」
彼らの真っ直ぐな魂の輝きを示すが如く。
勇者の脇を固める者たち―――まずは、三角帽子を被ったエルフの魔女っ子が叫ぶ。
「あんたが今まさに飲んでる血……いったい何人を今まで犠牲にしてきたの!?」
「さてな? 数えたことなどない」
くつくつと笑い、吸血鬼は肩を竦める。
すると、今度は鎧や盾を装備した、屈強という言葉を絵に描いたようなドワーフの戦士が問う。
「道中では何人もの戦士たちが魂を貴様に囚われていた……大方、討伐に失敗した者たちなのだろう!? 慈悲はないのか!?」
「慈悲? 彼らは我の忠実なる眷属よ。好きに使って何が悪い?」
"貴様!!"と憤る戦士。
彼に落ち着くよう促しながら、俊敏そうな軽装で固めた槍使い―――獣人の青年が進み出る。
「お前ら、こいつに善意など説いても無駄だ。知ってるだろ?」
相変わらず尊大な笑みを崩さない吸血鬼に、槍使いは油断なく構えながら、噂に聞いた吸血鬼の悪行を口にした。
「こいつは、自分の美貌を保つために何人もの処女をさらい、その生き血を満たした風呂に浸かることを至上の悦びと―――」
「え⋯⋯気持ち悪っ⋯⋯」
「「「「……?」」」」
勇者たちは呆気に取られた。
威厳もへったくれもない、なんとも言えない声で発せられた声が、最初誰のものか分からなかったのだ。
彼らの視線の先では、若干身を仰け反らせて、ドン引きの表情を浮かべた吸血鬼の少女が、やがて再び優雅な所作で肩肘を突き、邪悪な笑みを浮かべた。
「よく知っているではないか―――そう。ちょうどまさに、うってつけの娘が手に入った所よ」
「ッ!? セシリア!!」
吸血鬼が指を鳴らし、床の一部が左右に割れてせり上がってきた十字架。
そこに鎖で囚われた美少女―――聖女セシリア。
清楚な雰囲気を漂わせた彼女は、勇者カインが最初に仲間にした女の子であり、これまでの旅路の中で確かに絆を深めてきた大切な仲間だ。
そして、勇者カインたちがこの屋敷に挑んだのは、攫われた彼女を救出する為でもある。
「さて、長話にも飽きてきた」
ワイングラスの中身を飲み干し、黒衣の令嬢の姿をした吸血鬼が立ち上がる。
「愚かな小童どもよ。せっかく我が慈悲をかけ、褒美で済ましてやろうと思うたのに―――この娘を返せとな?」
ざわり、と風が吹き始め、吸血鬼の両足がゆっくりと地面から離れ、宙に浮き上がる。
何処からともなく現れた、真紅の薔薇の花弁。
それが吹き荒れる風に舞う中、彼女が纏う大きなマントがはためき、そのシルエットは巨大な翼のように見えた。
体の前で腕を組むかのような、強者の傲慢さすら滲み出る構えと共に、その爪が異様に長くなる。
「な、なんて威圧感なの!?」
「みんな気をつけろ!! 来るぞ!!」
勇者たちが身構える中、黒衣の吸血令嬢の真紅の瞳が怪しく輝いた。
「身の程知らずども。我の愉しみを邪魔だてしようとしたこと……後悔するがよい!!」
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勇者カインの物語における重大かつ人気の高いエピソードの1つ―――吸血令嬢討伐編における、最終決戦の火蓋が落とされた。
勇者カインたちは、すでに多くの魔族を打ち倒してきた凄腕だ。
個々の能力の高さは無論のこと、連携も練り上げられていて、最高の勇者パーティーの典型とも言える者たちだった。
この吸血令嬢を倒したならば、いよいよ彼らの因縁の大元である宿敵、"灰色の魔神王"に挑むかと言う段階である。
しかし―――吸血令嬢は、あまりに強大であった。
「ははは!! 噂に聞く勇者カインのパーティーも所詮はこの程度か? つまらんな!!」
エルフ娘の魔法使いが放つ魔弾の嵐は、高速で残像を残しながら飛び回る吸血令嬢に掠りもしないばかりか、ようやく直撃したと思いきや、意思を持つかのように翻るマントに阻まれてまさかの無傷。
ドワーフ戦士の強力な防御は、必殺技でもなんでもない一撃をまともに受けとめただけで、膝が震え、冷や汗をかかせる。
獣人槍使いの一撃は、死角から迫ったつもりが、片手間のような一薙ぎで逆に吹き飛ばされ、仲間と何度連携しても簡単に迎撃される。
如何なる技も工夫もろくに通用しない中、敵の一撃は容易に致命傷となり得る理不尽の権化。
一人、また一人と戦闘不能に追いやられていく仲間たち。
「諦めよ勇者、貴様の稚拙な剣技など我には届かぬ!! 聖女を諦めれば、命くらいは助けてやろうではないか!!」
「まだだ!! 俺はお前を倒し、そしてセシリアを助け出す!!」
「口先だけは一人前だな!! そら、どうした!? 防戦一方ではないか!! もっと楽しませてくれ!!」
高速移動の合間、吸血令嬢の爪から放たれた赤い衝撃波。
赤絨毯の床を、その下の石の床ごとズタズタに切り裂きながら迫るそれを、なんとか剣で迎撃するカイン。
だが、次の瞬間には、残像を残しながら目の前にまで迫っていた吸血令嬢の爪撃で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
まさに手も足も出ない中、最後までなんとか立っていた勇者カインすらも、救うべき聖女を前にしながら、その膝を屈しかけた―――その時。
「私、信じてる……貴方は絶対に負けない!! だって、貴方は―――ずっと、私が信じた勇者様だから!!」
「セシリア!!」
意識を取り戻した聖女が、心に秘めていた愛の力で奇跡を起こした。
勇者の愛剣は、聖女の純粋なる心の強さに後押しされる形で最後の封印を解かれ、最強クラスの聖剣として完全なる覚醒を果たす。
さっきまで、受けるだけで消耗させられた吸血令嬢の一撃が苦もなく迎撃できるようになる。
逆に、彼の輝く剣の一撃は、防御態勢を取った吸血令嬢を簡単に吹き飛ばし、その傲慢の象徴とも言うべき玉座に叩きつけてしまう。
「ば、馬鹿な!? この土壇場で、奇跡を起こしたと言うのか!?」
「これで終わりだ!! 吸血令嬢!!」
そして、後に灰色の魔神王を討ち滅ぼす際にも重大な役目を果たすこととなる、大いなる一撃が、白く輝く剣から光の奔流として放たれる。
「くっ!? この我がこんな―――お、おのれえええええ!!」
吸血令嬢が光に呑まれ、跡形もなく消し飛ばされる。
こうして、勇者カインは聖女セシリアを救い出し、吸血令嬢の脅威に怯えていた人々を解放した。
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無論、彼らの冒険はまだ終わらない。
この戦いを通して、勇者カインと聖女セシリアの恋愛関係も大きく進み―――灰色の魔神王との最終決戦後には、旅の仲間たちに祝福された幸せな結婚に至る。
平和を噛み締めながら過ごす日々。
だが、それを脅かす新たなる脅威が生まれる。
挑むのは、まだまだ未熟な新たなる勇者たち。
偉大なる先達として、勇者カインとその仲間たちは、新たな冒険譚にも時折顔を出し、後輩たちの成長に貢献することになる。
「勇者アラン。一人で戦うな。勇気と蛮勇を間違えてはいけない。勇者だからって、何もかも一人で背負わなくていいんだ」
やがて、見事一人前に成長した後輩勇者パーティーは、遂に魔王との最終決戦に臨む。
ところが、新たな魔王との決戦の場へと辿り着くまでに立ち塞がるは、復活した幹部クラスをも含む敵の大軍勢だった。
ここまで来て、希望は潰えてしまうのか?
いいや、違う。
「どうした? 君らしくないな、勇者アラン!!」
そこに駆けつけるは、もちろん我らが勇者カインとその仲間たちだ。
「ふん……手間のかかる後輩たちだな」
「あたしたちがここまでしてあげるんだから、しっかり決着つけなさいよね!?」
「儂らの心配は無用!! この程度の連中など、敵ではないわ!!」
「さあ、みなさん!! ここは私たちに任せて、早く先へ!!」
露払い役として、圧倒的な実力を発揮し、瞬く間に突破口を開いて見せつつも、倒すべき真の敵は後輩たちに任せ、激励の言葉と共に送り出す。
それはまさに、偉大な先代勇者パーティーとしての貫禄ある姿。
彼らはそのまま、後輩たちが決戦に集中できるよう、魔の軍勢を蹴散らす無双の活躍を見せた。
そして、送り出された後輩たちも、苦戦の果てに見事魔王を撃破し、平和を取り戻した。
勇者カインとその仲間たちの心揺さぶる冒険譚は、後輩となった勇者アランたちの大活躍と併せて、戦いが終わって何年経っても、多くの人々の心を掴んで離さない。
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そんな物語を後に築くことになる、勇者カインの一行が、朝日の中を村人たちに見送られ去っていく。
やがて彼らの姿が見えなくなり、吸血令嬢の脅威から解放された村では、何の変哲もない一日が始まる。
農夫は畑を耕し、牛飼いは乳を絞り、娘たちは水を汲み上げる。
子供たちが笑い、勇者たちを演じるごっこ遊びに興じる。
老人が揺り椅子でうたた寝する。
そして、夜の帷が訪れた。
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主を喪うや否や、まるで役目を終えたかのように崩れ、焼け落ち、瓦礫の山と化していた吸血令嬢の館。
それは、異空間に残された悪の居城だ。
偽りの赤い月が浮かぶ暗闇の中で、静かに風が吹いた。
その瞬間だった。
誰かが指を鳴らす音が、何処からともなく異空間に響き渡る。
直後、信じ難い事が起きた。
それは、まるで時間を巻き戻したかのような超常現象だった。
瓦礫が次々に積み上がり、壁や床、屋根へと復元されていく。
ひときわ高い尖塔の一つ一つが聳え立っていく。
折れ曲がった無数の街灯が、次々に直立しつつ、蝋燭には次々に火が灯る。
めちゃくちゃに割れていたガラス類が宙に浮き、元の窓枠や棚の装飾などに収まっていく。
砕け散った彫刻が元の荘厳な威容を取り戻し、灰になっていた絨毯やカーテンが埃一つない赤に色を取り戻す。
黒焦げになった階段やバルコニーの手摺は、手入れの行き届いた光沢ある木材の姿に。
戦いの余波で大広間に落ちて砕け散っていた大きなシャンデリアが、再び輝きを増しながらひとりでに鎖を巻かれ、天井へと上がっていく。
そして、あちこちの明かりが灯った古城がその姿―――荘厳なる威容を取り戻しきったその瞬間。
一番外周の城壁にある門が、音を立てて固く閉ざされた。




