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第3話 やさしさ


翌日の朝、(みなと)は寝不足気味だった。

原因は言わずもがな昨夜のメッセージだろう。

『湊もちゃんと嫌なこと考えるんだなって』

この一文が頭から離れなかった。ずっと頭の中でこの言葉が流れていく。

別に嫌な気持ちになったわけではない。

むしろ心は救われていた。

これまで誰にも見せかった部分を、初めて“否定されなかった”のだ。

いつもと違うこの感覚が、なんだか落ち着かなかった。

結局昨日は午前2時ごろまで眠りにつくことはできなかった。

少し鬱陶しいほど騒がしい教室に入れば、いつも通りの日常に踊ってくる。

「おう白崎、おはよー」

「おはよう」

いつも通り、当たり障りない回答を選んで口にしていく。

いつも通り話して、いつも通り笑って、いつも通り過ごした。

でもなぜか今日の自分は“作り物”のように見えてしまった。

他人から見れば何も変わらないいつも通りの湊だっただろうが、なんだか少し心がモヤついた。

窓の外を見れば昨日とは変わって曇り空が広がっている。

まるで自分の心のように、どこまでも曇っていた。

「湊」

突然名前を呼ばれて、慌てて声の主に顔を向けるが、そこに立っていたのは他でもない、夕陽(ゆうひ)だった。

「おはよう」

「…おはよう」

慣れない感じで挨拶を返すと、夕陽は自然と隣の席へ腰を掛ける。

なんだかその動作が少し懐かしいとともに、戸惑いを覚えた。

確かに昔はこんなだったような気がする。

でもその光景を完全に思い出すには、少し時間が経ちすぎていた。

そんな事情を知る由もない夕陽は俺に話を振ってくる。

「寝不足?顔死んでるけど」

「そんなにわかりやすいか、俺?」

「わかる」

あまりにも回答が早かったので少しびっくりしたが、なぜか安心感みたいなものが湊を包み込み、湊は苦笑した。

「お前って昔からそういうのよく気づくよな」

「湊がわかりやすすぎるんだけどね」

そう言いながら夕陽は頬杖(ほおづえ)をつく。

「昨日結局投稿しなかったね」

突然の話題に心臓がピクリと跳ねる。

湊が使っているSNSは書き込みをしていることが他者にもわかるのだが、リアルタイムでしか表示されないため、誰も見ていないだろうと思っていた。

まさかそこまで見られているとは思ってもいなかったので、内心ドキリとしたのである。

「……見てたのかよ」

「なんとなくね」

裏垢のことをこんなにも普通の会話として組み込まれることがおかしなことでとても不思議な感覚だった。

普通なら触れることをためらうような話題でも、夕陽は面と向かって話してくれる。

その感覚が不思議で心地よかった。

「下書きって消せないよね」

突然夕陽がポツリとつぶやく。

「え?」

「文章も、気持ちも」

その言葉に湊は息を詰まらせた。

何も返すことができなかった。

二人の間に沈黙が生まれたところに始業のチャイムが鳴る。

内心助かったと思いつつ、周りを見渡せばクラスメイト達が慌てて自分の席へと戻っていく。

夕陽も立ち上がり、ふと湊を見る。

「ねえ湊」

「ん?」

「“()()()()”って疲れない?」

一瞬、呼吸が止まった。

昨日から思っていたが、どうしてこの人は自分の核心部分にこんなにも簡単に踏み込んでくるのだろうか。

でもそれが不快じゃなかった。

むしろ心地よいとすら思えている。

(俺は誰かに見つけてほしかったのかもな)

そんなことを考えながらも湊は視線を落として「…疲れるよ」と小さく返した。

夕陽は少しだけ目を細めて、「そっか」とだけ言い残して自分の席へと戻っていった。


授業が始まっても湊は内容がほとんど頭に入ってこなかった。

夕陽という存在が、湊の中を少しずつ浸食しているように感じていた。

机の上に開いたノートはまだ白く、ぼんやりと窓の外を眺める。

曇った雲は今にも雨を降らせそうだった。

でも湊の心はさっきよりもだいぶ穏やかなものになっていた。

ブブッ。

机の中でスマホが震える。

おそらく夕陽からだろう。

授業中なのに、なぜか少しだけ口元が緩んでいた。


この小説は、ボカロP・ピノキオピーさんの「きみも悪い人でよかった」という楽曲をもとにした世界線を描いています。曲を聴いてから読むと、いろいろと見えてくるものがあるので、ぜひ聞いてみてください。


https://youtu.be/PLevj9bdRRA?si=NATb9mtJerQhkNMB

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